2010-07-17
■ 実は飲食店は他が見習うべき先端の業種になってるのでは?
小さなお店のツイッター繁盛論 お客様との絆を生む140文字の力
外食チェーンは、個人経営のレストランや喫茶店が一般的であった時代に、そういう商売とは縁が無さそうな、工場の生産管理や大規模組織の運営ノウハウを、外食という領域に持ちこんで成立した業態ではないかと思う。
それによる低価格で均一のサービスが提供できるようになって、個人経営の店は激減した。雑貨店や八百屋、魚屋等とコンビニの関係も同じだと思う。
村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」のあたりには、「システムと見込みの無い戦いを続ける個人」というモチーフが繰り返し出てくるけど、80年代に、そういうシステムや中央集権的な組織の圧倒的な力によって町の様相が一変していく様を見ていると、世の中から「個人の顔」というものが消えていくのは、もうどうしようもない既定事実のような気がしたのを思い出す。
そういう、ここ数十年の流れが今、逆転しつつあることを、この「小さなお店のツイッター繁盛論 」を読んでいると感じる。
これは、数多くあるtwitter関連の本の中でも、対象と内容を絞った本だ。対象は飲食店の経営者で、内容は、そういうお店がtwitterをどう使ったらいいかについての、具体的なノウハウだ。
私は、飲食店業界には縁が無いし、食べ歩きとかもあまりしないので、この本のターゲットからは完全に外れた人間なのだけど、この本は非常に面白く読んだ。
特に面白かったのが、「勝手口アカウント」という考え方だ。
著者の中村 仁氏が経営する豚組では、@butagumiという公式アカウントの他に、社長個人の@hitoshiというアカウントを持っている。
公式アカウントは複数のマネジャーが交代で運営していて、お店からのお知らせを流し、予約を受け付ける。twitter上でのやりとりは第三者にも見られてしまうので、DMで予約したい人も多いだろう。だから、このアカウントでは原則として全件フォロー返しをする。
それに対して、勝手口アカウントの方は、店(企業)というより社長個人のアカウントで趣味のことや個人的なつぶやきも流す。フォローするのは、中村氏が「きちんとコミュニケーションを取れる範囲」に限定している。機械的なフォロー返しはしない。
でも、@hitoshiは仕事と関係ない個人的なアカウントでもなくて、ここで予約も受けるしメニューやイベントの相談にのったりもする。
これは、非常に実用的なノウハウであると同時に、潮の流れの逆転を鮮やかに示している、一つの思想であると私は思う。
つまり、今まで組織は、均一で誰に対しても同じ対応をして、全ての商品を同じ品質でいつでも安定して届けることに価値があって、粒の揃わない個人の顔は、少なければ少ない方が良かったのだ。極端に言えば、そこに人間がいなければ、それが一番いいということ。
これを、どんなに非人間的であると非難しても、実際には、人はブランドのあるチェーン店で食事をして、コンビニで弁当を買う。均一な機械であることが正義だったのだ。
「勝手口アカウント」は、完全に商売の為のものであり、売上を伸ばすための工夫をいろいろしながら運営しているが、中村氏が自分で自分のタイムラインを見て、それが楽しくなるように使うという、twitterの原則も忠実に守っている。
組織の一員としての顔と好き嫌いや感情がある個人の顔が、一つのアカウントの中に同居している。というより、人間が組織の中で働く以上、それを分ける方がもともと無理なことではないか、というような開き直りがそこにあるように思う。
ソフトウエア開発で言えば、オープンソースソフトウエアの開発が、この「勝手口アカウント」になるだろう。
ソフトウエアを発注する時に、組織として大規模なシステムの開発経験があって、継続的なサポートが期待できるのと同時に、社員が個人として尖ったオープンソースのソフトウエアを開発をしていて、そこでのコミュニケーションの様子やソースコードの中に自然と表れる技術力を両方見ることができれば、一番安心だと思う。
オープンソースの側の勝手口から知り合って、そこから関連する仕事を発注することができれば、公式のプレゼンや見積りでは表現できない、システムのあやみたい微妙なレベルまで納得し合って、双方が深く納得した関係を短期間で築ける可能性が高いと思う。
そういう「勝手口としてのオープンソース」みたいな事例は、この業界ではまだあまり聞かないが、これらだんだん広まっていくような気がする。
仕事の内容によって「勝手口アカウント」みたいな仕組みを持ちやすい業種とそうでない業種がある。飲食店は、一番それが自然に持てる業種だ。だから先行しているわけだが、「勝手口」を持ちにくい業種でも何とか工夫して個人の顔を表に出さないといけなくなってくるのではないだろうか。
ちょうど、「生産管理」になじまない外食という領域に、外食チェーンが進出していったように。
前衛が大きな工場であり、大きな工場の中でやっていることをみんなが一生懸命真似した時代が逆転して、今の前衛は個人経営の飲食店になっているのだ。
今度は、飲食店という業界の最先端の「勝手口アカウント」という発想を、他の業種や大規模な組織が悩みながら取り込んでいく番なのだ。
つまり、組織の中で活動する時に、どうやって個人の顔を前に出し、その個性や感情と組織の機能を調和させていくか。それがあらゆるジャンルで問われているのだと思う。
当ブログの関連記事: ポータル的な外食産業は消えてブログ的な「街の喫茶店」が復活する - アンカテ
これまでは、知らない街で食事をすることになったら、とりあえず有名チェーンに入るというのが安全で手軽な方法だったのですが、これ からは、とりあえず twitter で「このへんでおいしい所知らない?」と聞いてみれば、そういうタイプのブログ的な店を簡単に見つけら れるようになるのかもしれません。
ポータル的な外食産業は消えてブログ的な「街の喫茶店」が復活する - アンカテ
今はほぼ実現していることですけど、これを書いた2年半前には夢みたいな話だったんですよね。
2010-06-24
■ The Globe Language
Flowing Rakuten, Fast Retailing Co., Ltd. was reported that they will use English as official Language in company.
I see Many Japanese show strong opposition against this decision. I think there are very deep misunderstandings of what Mr. Mikitani and Mr. Yanai intended, and it's because of what "English" means to us, Japanese.
For us, "English" was a language to import Western culture and technology in these one and half hundred years. And it implies the language is NOT FOR US, BUT FOR THEM ALL EXCLUDING US. Leaning English means moving from "US" to "THEM" or club of GAIJIN. Anything he or she says is an opinion from outside of us, Japanese.
We do listen to them but we listen differently if he or she is not insider of our community.
But English is not only for native speakers but all people all over the globe communicating with each other.
So I think we need a new word for English to emphasize that it is a language FOR US ALL.
And I propose "The Globe Language". I think the language people in Rakuten and Fast Retailing are using is not English. How about calling it "The Globe Language".
楽天に続いて、ファーストリテイリングも、英語を社内の公用語として採用することを発表しました。
これに対して感情的な反発が予想されますが、これは「英語」という言葉に関して、我々日本人の間にある特別な思い込みの為に、三木谷さんや柳井さんの意図が誤解されているからではないでしょうか。
明治以来、日本人にとって、「英語」は西洋の文化や技術を輸入する為の言葉でした。それは「彼らの言葉」「自分たちと別の世界のガイジンの使う言葉」だったからです。我々は、英語を話す人の言うことは拝聴するのですが、それは常に、外からやってくる言葉だったのです。
しかし、今や、英語はネィティブスピーカーの言葉ではなく、この地球上全ての人が互いにコミュニケートする為に使う言葉になっています。
だから、「彼らの言葉」でなく「我々全ての為の言葉」としての英語を指す、新しい言葉が必要とされていると私は思います。
一つの案として、「グローブランゲージ」という言葉を提案したいと思います。楽天やファーストリテーリングの社内で使われている言葉は、多くの日本人が「英語」という言葉で想像するものとは違います。その言葉を「グローブランゲージ」と呼ぶことにしたらどうでしょうか。
2010-05-31
■ 同床異夢ableでなければプラットフォームと言えない
プラットフォームとは、「同床異夢」という言葉の「同床」の床のことである。そこにのっかっている人たちが、それぞれ違う夢を見ることができてはじめて、それをプラットフォームと呼ぶことができる。
そういう観点から見ると、次の発言はとても重要なことを言っている。
オープンソースソフトウェアのライセンスって作者の意思ですらコントロール出来なくなることに一定の価値があるわけで、逆にAppStoreだったら作者のコントロールによって「このレビュー書いたやつ個人的に気に食わないから使うな」とか出来たら楽しいと思う。
作者を信頼できなくても、作者がコントロールを失うことを信頼できれば、安心してその床に乗ることができる。基本的にプラットフォームはオープンソースをベースとすべきで、そうでないと作者からどんな意地悪をされるかわからない。
日本の会社だと、経営者はさまざまなしがらみの中にあって、常識外のことはほとんどできない。そういうケースなら、作者を信頼できなくても、作者を縛るしがらみを信頼して、そこに乗るという選択はあり得る。でも、アメリカの企業にはそういう常識は通用しない。
アメリカの企業も上場して一人前になれば、社会からそれなりの制約は受けるが、むこうは事前にチェックしようとはせず、何をやってもまず見守って結果を見てから判断する。事前にチェックして差し止めようとする日本とは違う。
こんな動きがこれから続々出てくると思うけど、アップルというプラットフォームに乗るなら、それなりの覚悟が必要だ。
アップルというプラットフォームは、どう見ても、同床異夢ableではない。
孫さんは、そのリスクがわかっていて、あえて乗っているような気がするが、これから、その点をよく考えずに乗る企業が続出しそうな気がする。
iPhone上で動くソフトを開発し、それを重要な基盤としてビジネスを行なうことは、ハイリスクであって、そのリスクの性質は、過去のどんなプラットフォームとも違う。
WindowsをはじめとするパソコンOSでは、OS作者にどんなに嫌われても、ユーザが望む限りソフトを実行する手段はあった。iPhoneでは、ジョブズの判断は絶対的で、ジョブズが駄目だと言ったら、ある日突然、そのソフトが実行できなくなる可能性がある。違う床、つまり、アップルと競合しない分野や競合しない規模のビジネスであれば、それなりの自由はあるが、ひとたび、アップルと同じ床に乗ろうとすると、違う夢は見させてくれない。本や雑誌は相当危いと思う。
AndroidのようなオープンソースのOSであっても、端末の環境はキャリアやメーカーに縛られるケースはあるが、キャリアやメーカーはそれぞれ競合しつつ独自の判断で、動いてよいソフトを選択する。大本のグーグルには、その自由がない。
オープンソースでは、そのソフトに対する権利について、作者は特別扱いされない。グーグルには、Androidを自由にする権利がない。キャリアはいつでも自分のユーザと一緒に、グーグルと違う夢を見ることができる。
実際に、Androidを採用したベンダーの多くは、グーグルを信頼している度合いより警戒している度合いの方が大きいだろう。
ビジネスとはそもそも同床異夢で、だから、契約というものが非常に重要だ。オープンソースは、契約というシステムに匹敵する大発明で、これによってビジネスの環境が広がる。
知識経済ではネットワーク効果が大きくなるので、たくさんの夢を乗せるプラットフォームが非常に重要になる。そこにみんなが乗るためには、契約というルールに合意することと同じレベルで、オープンソースをベースにすることが必須になるだろう。契約は自分のコントロールを強化することで、オープンソースは自分のコントロールを意図的に放棄することで、これからの経営者は両方の実務を知りつくして、両者を駆使して同床異夢ableなプラットフォームのあり方を模索していくだろう。
2010-04-22
■ ネットの管理は分散でいくべきじゃないだろうか?
ここ数日で、今後数年のネットを左右しそうなニュースが連続して来ている。
- TwitterのつぶやきにMIDIや顔文字の埋め込みも可能に − @IT
- 【レポート】米Apple、「Concert Ticket +」による電子チケット販売で特許申請? (1) iPhone/Macを使った電子チケット販売 | パソコン | マイコミジャーナル
- Tech Wave : 【解説】Google時代の終焉宣言するFacebook新戦略【湯川】
最初のは、Twitterの「アノテーション」という新機能の発表。
「アノテーション」とは、140文字のつぶやき一つ一つに、プログラムで処理できる任意のデータを埋めこめるという話。「任意」というのが重要で、ネットの重要な技術は「任意」という言葉がつきもの。
たとえば、「つぶやきに位置情報を埋めこむ」と言われると、そのデータが何に使われどの程度の広がりを持つ話なのか、誰にでも予想がつく。この項目が増えていくとして、「URL」とか「ISBN」とか「価格」とか、項目名をつけて発表してくれれば、その意味がわかる。
でも、Twitterの偉い所は「140文字にどの項目を埋め込んだらいいか、本当にわかってる人は社外にいる」ということをよくわかっていることだ。だから、項目名もそれを使う開発者が勝手に決めてよいことになっている。「それぞれが勝手に決めて、開発者同士ですり合せしてください」ということで「任意の」となっているわけだ。
私が、このニュースを聞いて反射的に思いついたのは、次のような応用だ。
たとえばtwitterを通信経路として使うオークションのアプリとか作れそう
Twitter / essa
kindleで本読んでて気にいった一節をtwitterに投げる。見た目は書名と引用文だけの普通のtweetだけど、裏にメタデータでisbnとアフィIDが入ってて、followerはそこからダイレクトにその本が買える、とかできそう。
Twitter / essa
どんなアプリを作るにしろ、公式RTによる転送と拡散が使えるし、送信元に認証もできるし、follow関係のホップ数による処理とかできる。オークションだったら、twitter上で近い人を優先して落札させるとか3ホップ以上とは取引しないとかできる
Twitter / essa
活用法は無限にあって、その全てのアプリが、Twitterのスケーラビリティとソーシャルグラフを活用できる。
二つ目のニュースは、iTunesでコンサートのチケットが買えるようになるのでは?という話。
これは、アップルの特許申請を見ての推測なので、実際にそうなるかはわからないけど、権力を分散して物事を進める仕組み - アンカテ で書いたように、iTunesというストアとiPhoneという携帯端末の組み合せには、いろいろな可能性があることは確かだ。
三つ目は、Facebookの発表に関するTechWaveの湯川さんの解説記事。
こちらは、上の二つと比べると発表そのもののインパクトは、私にとっては小さかったが、「ポスト・グーグル世代の台頭」という勢いはすごく感じる。これをうまく表現していると思ったのが、@namekawa01さんの次のTweet。
2年前は酒屋で免許証見せろといわれそうな少年だったのに、ザカーバーグに早くも強烈なカリスマが。「ウェブはソーシャルが当たり前になる、その中心はFacebook」
Twitter / Umihiko Namekawa
ただ、私には、Apple/Twitter/Facebookに関して、共通に気になることがある。この三社がこれから、ネットの汎用インフラを支えていく可能性は高いと思うが、三社とも「管理の分散」というネットの基本を踏まえていない。そこが気になる。
IPパケットのルーティングもDNSもメールも、そしてもちろんWebも、ネットのインフラは全て分散処理だ。分散処理だから、部分的な故障はあっても全体としては稼動し続けるし、利用者の急増にも対応できる。
Apple/Twitter/Facebookが築こうとしているインフラは、そういう昔ながらのネットとは違って、特定の会社が単独で運用している。
単独で運用と言っても、技術的な意味では多数のサーバによる分散処理だろう。これらの会社は、そのうち、世界中のDNSサーバやメールサーバの総数に匹敵するような台数のサーバを、世界各地に分散した多数のデータセンターの中で運用していくことになるだろう。
しかし、ネットにおける分散処理は、「処理の分散」だけでなく「管理の分散」という意味もある。Apple/Twitter/Facebookは、「処理の分散」はどんどん進めていくだろうが、そのインフラの中の資源の管理は、自分たちだけで行なうだろう。
たとえば、Twitterのハッシュタグの衝突問題がある。
Twitterは、ハッシュタグの運用については完全にユーザまかせだが、「管理しない」というのも管理の一つで、ユーザには、Twitterの外でハッシュタグを決めることはできない。
本来は、ハッシュタグは、#アンカテ@hatena.ne.jp のような感じで、メールアドレスと同じようにドメイン名をつけて管理されるべきものだと思う。ドメインの持ち主がハッシュタグを管理するのだ。そうすれば、今のように、誰かが気紛れにつけてなし崩し的に使われるドメインと、厳格に管理されて衝突が発生しないで予約もできるドメインが共存できる。
ネットは多数の価値観が衝突する場であって、「処理の分散」だけでは回らない。インフラには「管理の分散」も必要なのだ。
これから、Apple/Twitter/Facebookがインフラ化して、多数のアプリケーションで使われるようになっていくと、管理を分散する仕組みが無いことで、いろいろな問題が発生してくると、私は予想する。
そして、この「処理は分散、管理は集中」ということを最初にやり始めたのはグーグルだが、今のグーグルは、これら三社の追い上げを受けて、管理の分散の為の規格をいくつも提案している。
つぶやきを置く場所、友達リストを置く場所、自分のパスワードを置く場所、それらを参照する場所を、全部違う所にできるようにしようと言うのだ。メールはそうなっていて、みんなそれぞれ違う場所にメールを置いているが、それと無関係に誰とでも相互にメールのやりとりができる。ソーシャルメディアもモバイルインターネットも、こういうインターネット本来の形にすべきだと言うことだ。
「おまえが言うな」とは思うが、私はグーグルが言っていることが正解だと思う。
今までは、分散処理をしてないと、管理でなく処理の問題で破綻したので、「管理の分散」が議題に上がることはなかった。
しかし、Apple/Twitter/Facebookは、単独で世界人口全部に対応できるだろう。TwitterとFacebookは「処理の分散」技術の最前線にいて、次々と技術開発を進めている。Appleだけは「処理の分散」が苦手なので、相当苦労しそうな気もするが、先行者もいるので出来ないことは無いだろう。
だから、「管理が分散してなくて本当にいいのか?」という課題が、いくつもの具体的な問題としてこれから浮上してくると私は思う。
2010-04-20
■ 河合隼雄がタクシーに乗ると運転手が身の上話を語り出す
河合隼雄さんと茂木健一郎さんの対談集であるこの本にこんな話が出てきます。
- 河合: ときどき起きるのは、僕の乗ったタクシーの運転手さんなんかが、むちゃくちゃに身の上話なんか始めるんですよ。
- 茂木: エーッ!そりゃおもしろい話ですね(笑)
- 河合: タクシーに乗るでしょう。すると「私は、本当は別の仕事をしていたんですよ」とか話しだすんです。それで僕が「へえ〜」とかいうとね、ブワーッと話が続いてきてね。それで、曲がり忘れたりね(笑)。まるっきり違うとこに行ってたりするんです。そこでメーターを倒して、「ここからタダで行きますから」とかいって(笑)。そのあいだ、もうずっと、身の上話。
- 茂木: 河合先生ってわかってのことですか。
- 河合: いやいや、全然知らんのですよ。
- 茂木: わからないで、なぜか身の上話をするんですか。
- 河合: うん、しゃべりたくなってくる。だからこのごろタクシーに乗る時は、こわい顔して乗ってるんですよ(笑)(P127)
河合さんのカウンセリングは、カウンセラーがクライアントにアドバイスするのではなく、聞くことに始まり、聞くことで終わる、こんな感じです。
- 河合: 苦しんでる人がこられたら、苦しみをとるんじゃなくて、苦しみを正面から受け止めるようにしているのが僕らの仕事やと思っています。
- 茂木: 逃げちゃいけないということですか。
- 河合: 逃げない。まっすぐに受ける。だいたいまっすぐに受けてない人が多いんです。たとえば「うちの家内が」とかいって奥さんの悪口ばっかりいってくる人を、ふつうの人はまっすぐ受けないんです。(中略)それを僕らのように正面からグーっと聞いていたら、「いや、もしかしたら私も悪かったかな」とかいうことになってきて(中略)
- 茂木: そのようなときは、どうやってうまく向き合わせるんですか
- 河合: 向き合わせないんですよ。(中略)僕らはその奥さんの悪口を完璧にまっすぐ聞くわけです。まっすぐに感心して「はあ〜」と聞いていると、その人の視線がまっすぐになってくる。(中略)
分析やアドバイスが無用だと言っているわけではなくて、それで解決する問題もたくさんある。しかし、どうしてもそれだけでは終わらないケースがあって、本来は、そこからがカウンセラーの出番だということです。
その技の達人である河合さんが、タクシーで「へえ〜」とひとこと相槌を打つと、運転手さんの何かを刺激して話が止まらなくなってしまう。話に夢中で道を間違えてしまうということは、脳の中の普段と違う所が活性化しているのだと思います。
しかし、上には上がいるというか、そういう達人でもなかなかうまくいかない人もいて、河合さんはこんなことも言っています。
文化庁長官となった今でもカウンセリングをしているのですか?という茂木さんの質問に、河合さんは、時間の合間を縫って少しはやってますと答えて、その意味について次のように語ります。
- 河合: 臨床をやっていると、いかに自分が無力かということがよくわかりますから。やめるとね、なんかなんでもできそうな気がして、威張れるんですけれど、(笑)。なかなか人間というものは変わらんですよ。そりゃ、大酒よく飲む人に、酒やめてらうのでも大変ですよ(笑)。いや、本当にむずかしい人は本当に大変ですよ。(P58)
で、どういう人が「むずかしい人」なのかと言うと
- 河合: 僕がよくいうのは、話の内容と、こっちの疲れの度合いの乖離がひどい場合は、相手の病状は深い、というんです。たとえば、こられた人が「人を殺したい。自分も死にたい」とかそんな話をしたら、しんどくなるのは当たり前でしょう。そうではなくて、わりとふつうの話をして帰っていったのに、気がついたらものすごく疲れている場合があるんです。その場合はもう、その人の病状は深い。
- 茂木: ほ〜、なるほど〜。
- 河合: それはやっぱり、こちら側が相手と関係をもつために、ものすごく苦労してる証拠ですね。話のコンテンツ(内容)は簡単なんですよ。それではないところで、ものすごい苦労してるわけ。
- 茂木: 河合先生の言葉、宝石のようです。(P71)
この「自分で気がつかないところで、ものすごい苦労してる」ことに自分で気がつく、っていう感覚はとても大事なことだと思います。
それを明日からすぐ仕事に使おうということではなくて、「自分は自分の気がつかないレベルでたくさんの情報を集めている」という認識を持つことです。
すぐに「ああ、それだ」と思うのは、それはほとんど気がついているわけで、本当にその情報を使う為には少しタメが必要です。その情報が使える時は、だいたい人生の緊急事態なんで、それを忘れたまま一生終わればその方がいい。でも、結構、毎日緊急事態だと思うんです、みんな。
つまり、河合隼雄さんにとっての「臨床の現場」に相当することに直面している人が、カウンセラーでなくてもたくさんいると私は思います。そういう人は、どうしても「威張れない」。「威張れない」のに無理をして空威張りになってしまう。
だけど、「威張る」ことより「聞く」ことの方がだんだん重要になっています。
この本に限らず河合さんの言葉は面白いものが多いので、たぶん、今Twitterで、河合隼雄のbotを作れば、followerをたくさん集めることができるような気がします。でも、名言を「威張る」だけのbotは、河合隼雄ではありません。もし仮に河合隼雄botを名乗るなら、発言を吸い寄せるような機能を持ったbotでないと嘘でしょう。もちろんそれはbotには無理なことですけど。
河合隼雄さんという人は、最後まで無理して「臨床の現場」にこだわり続けた人だったのだと思います。
「威張る」というのは、整理された知識や根拠のあるノウハウを自信満々で提供できる、というようなことだと思うのですが、そういう意味の「威張る」ことは簡単になってコモディティ化していきます。これからは「威張る」より、どうやっても威張れない「臨床の現場」にいることを、逆に強みとして生かしていく方が実際的だと私は思います。
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- 「約束された場所で」 村上春樹 - アンカテ
■ 「圏外からのWeb未来観測」連載開始 -- 第一回ゲストはセカイカメラの井口さん
このたび、WEB+DB PRESS誌で、「圏外からのWeb未来観測」と題した対談の連載をさせていただくことになりました。
第一回目から、いきなり凄いゲストが登場します。
「哲人CEO」 -- エキゾチックな風貌でモバイルインターネットの未来像を語る、頓知・(トンチッドット)の井口尊仁CEOにそんな印象を受けました。しかし、その原点には意外に泥臭い話が...
実際に、井口さんの金融SE時代の苦労話とか、他のメディアにはあまり出てない貴重なお話を聞くことができたと思います。どうぞ、お楽しみに!




