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2018-09-11 私、平成最後の晩夏に昭和を味わう

そんなわけで佐賀から帰りました。わずか1週間だったのですが、長く感じましたね。

佐賀ではだいたい惣菜など買って部屋で食べていたのですが、たまに外食もしておりました。佐賀でRITMUSというお店をしている北島さん夫妻に美味しい中華に連れて行ってもらい、紹興酒炭酸で割った上海ハイボールなるものいただきました。料理に合って実に美味でございました。こういう地元の人じゃないと知らない店に連れて行って貰えるのは嬉しいことです。

その北島さんに紹介して貰った松原うどんという店も良かったですね。病院の奥のガレージみたいな空間にあるカウンター7席だけのこじんまりした店で。その店内の作りがビンテージというか、もう昭和時代からそのまま更新されてない雰囲気なのです。メニュー張り紙やら店の什器やら歴史を感じさせて。おばあさんひとりで切り盛りしているのですが、このおばあさんがまたジブリ映画に出て来そうな優しい魔女みたいな雰囲気なのです。にこやかな笑顔で素敵なのです。おばあさんひとりで順番に作っているので、うどんが出て来るのが異様に遅いのですが、そこは丁寧に作ってくれている証でしょう。このおばあさん、背が低い上にちょっと腰を曲げているので、カウンター内での作業の様子がこちらからまり見えず、うどんをちゃっちゃと湯切りするアクション特に感じられず、でもいつの間にかうどんが出来上がっているので、どうやって作ってるんだろう、天ぷらもいつの間にか揚がっているしなと不思議な気分になったのですが、きっと魔法か何かで作っているのでしょう。そういえば呪文みたいな独り言も呟いておりました。そんな魔法調理によって作られた野菜うどんは麺も柔らかくつゆも出汁が効いていて美味でした。値段も400円と破格で。こんな佐賀の小さなうどん屋魔女がいたとは驚きです。

去年佐賀に来た時にもおそらくほぼ常連しか来ないであろうビンテージ食堂に入ったのですが、今年もそういう古い店を1軒見つけて入ってみました。経年を感じさせる暖簾から見ても歴史がありそうです。まず入ったら店員のおばちゃんに「うわあ」と少し驚かれたのですが、常連じゃない人が入って来たことにびっくりしたのでしょうか。ここの店内も昭和から更新されていない作りなのですが、少し雑多で小汚い印象なのです。古い雑誌とか新聞とかが無造作に置かれており。田舎の親戚の家の感じが半端ないのです。夫婦で昔から経営している店と思われ。とりあえず瓶ビールを頼んだのですが、これがまた微妙にぬるく。キンキンに冷えてなんぼのビールなのになあと思いつつ次に冷奴を頼んだのですが、あらかじめたっぽたっぽに醤油がかけられており。奴が子供プールに足元を浸らせているかの如く醤油に浸っているのです。間違えてかけ過ぎたのでしょうか。醤油の量はセルフでお願いしたかったなあと思いつつも、ひたひた醤油奴とぬるぬる瓶ビールが旅に来た感を味わえて、妙に落ち着く感じでしたね。若干の哀愁も味になるというか。あと野菜炒めも頼んだのですが、おばあちゃん家で日曜の昼に出して貰ったような懐かしの味でこれも良かったですね。美味くもなく不味くもなく。途中で常連客が入って来て会話が始まったりなどの光景が見られ。テレビでは鶴瓶の家族に乾杯を放映しており、私はひとり遠く離れた佐賀家族に乾杯しておりました。

食べ終えて店を出る時に店員のおじちゃんがわざわざ出口まで追いかけて来て、何だろうと思ったら「お客さん、もしかして新聞記者の方ですか?」と聞かれ。あまり想定外の問いに戸惑いつつも「いや、違いますけど…」と応えたのですが、あれは何だったのでしょうか。私は普通にTシャツ姿だったし、メモも書いてないし、おじちゃん取材らしきこともしてないし、どこに記者要素を見出したのでしょうか。あまりに妙な質問で帰り道に反芻しながら笑っちゃいましたけどね。ひょっとしたら何か面白いネタがあったらブログに書いてやろうという私のジャーナリズム精神を嗅ぎ取って「む、こやつは新聞記者かっ」と判断したのでしょうか。だとしたらある意味鋭いですけどね。

おばちゃんの方が野菜炒めを作っていたのですが、普通にフライパンがっしゃんがっしゃんしていたので、ここは魔法調理ではなかったようです。魔法の部類に入るのはかけ過ぎの醤油と私のジャーナリズム精神を見抜く目くらいでしょうか。

昭和香りを残すビンテージ食事処を佐賀で堪能した平成最後晩夏でした。平成時代を丸ごと昭和のまま乗り切るのだから昭和って長い時代だったんだなあと実感しますね。次の年号になってもきっと昭和のままなのでしょう。むしろそうであって欲しいとさえ思う昭和生まれの私です。f:id:fishingwithjohn:20180909111611j:image

2018-09-08 バリ、サガ林檎捜索事件

そんなわけでまだ佐賀にいます。

今回の台風21号関西被害に続き北海道で震度7の大地震発生という、由々しき事態に戸惑いながら旅先にいます。電気が使えて食事も出来て、平穏日常を送れるありがたさを実感します。被害に遭われた方々には心よりお見舞い申し上げる次第です。

バリ夏休み中のあやも自分が不在の間の日本でこんな立て続けに災害が起きているとは驚きであろうと思っていたら、逆にこちらが驚かされる一報が先日あり。山田から五十嵐くん、あやちゃんiPhoneなくした!」という衝撃のラインが来たのです。今回岩崎さん含めそこそこの人数でバリに行っていて山田氏も一緒なので連絡が来たのですが、あろうことか海外iPhoneをなくすとはとんだドジっぷりを披露してくれたものです。そこからバリにいる山田氏たちとサガにいる五十嵐とであやのiPhoneを探すミッションが始まりそもそもどこでなくしたのか、盗まれたのか落としたのか、全く覚えがないまま気が付いたら手元から消えていたらしく。「iPhoneを探す」という機能でどうにかならないものかと問うと「あやちゃんAppleIDパスワードがわからないと探せない」とのことで。何しろあや本人がIDパスワードも覚えていないと言うのです。両方覚えていない状態で今までどう使いこなしていたんだという話ですが。「五十嵐くん何か心当たりない?」とのことで「メールアドレスの○○は?」と言うても「違う」「では携帯の方の○○は?」と言うても「違う」となかなか正解に辿り着かないのです。「自宅にメモとか残ってない?」と言われても私は今サガにいるのです。自宅にはミルしかいないのです。ミル坊に「あのね、あやくんのAppleIDパスワード知らない?」と聞いても「にゃー(知らない)、にゃにゃにゃー(おやつちょうだい)」としかおそらく返って来ないでしょう。鎌倉にいるアユミさんからも「gmailアドレス可能性高いのでは?」などとアドバイスが入り。銀行口座暗証番号を忘れた人に「何か心当たりない?」「ほら誕生日とか電話番号とか」「結婚記念日とか」と闇雲にチャレンジするようなものです。暗証番号チャレンジは確か3回まで可能だったと思うのですが、Appleチャレンジは何回可能なのかしら。そんなことを思っていたら「あ、駄目っぽい」「Apple IDロックされちゃった!」と連絡が来て。こうしてiPhoneを探す機能iPhoneを探す道は閉ざされたのです。こうなったらその日行った場所をすべて辿って足で探すしかあるまいと提案するも、岩崎さんから「おそらく見付けるのは難しい」という判断が下されたらしく。あやのiPhoneバリのどこかに残されたまま帰国する羽目になったのです。

取りあえず誰かに悪用されたら大変なのでiPhone機能をストップし。今回私のiPadをあやがバリに持参していたので、帰国するまではそれを使って私のiPhoneとやり取りすることにし。(諸々山田氏が操作してくれました。)そもそも私が使うために導入したiPadですが、今回の旅で機内で映画を見るためにあやが「これも見たいな、あーこれも見よう」と何本も自分好みの映画DLしており、さらにはiPhoneなき後のバリ写真動画iPadで撮り出すし、挙げ句には「ねえ、このiPadにインスタ入れていい?」と自分用のインスタも始めて、すっかり我がiPadくんがあや色に染まって帰国しそうな雰囲気です。あやのインスタをフォローしている人はそんな騒動があったことも知らず優雅バリの旅の様子を見ていたことでしょう。

今回の災害於いても連絡や情報を得る大事ツールとして活用されているスマホですが、なくすと本当に大変だなと実感した次第です。あやもiPadがなかったら誰とも連絡つかないし情報も得られないまま数日海外で過ごさなければならなかったでしょう。今回たまたま友人たちと一緒だったのが幸いでしたが。もしもの事態に備えておくことが大事だなと今回の一連の災害あやのバリiPhone紛失事件で学んだ私です。

あやのiPhoneは今頃誰かに拾われているのか、海中を漂っているのか、土の中に埋もれているのか。その答えは風に吹かれているのです。神々の国バリの風に。

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2018-09-05 9月の虫の音 サガとバリ

突然ですが昨日から仕事佐賀に来ています。去年も出店した玉屋という地元デパート職人展の仕事です。

当日は台風の影響により飛行機が飛ばないのではと危惧されたのですが、何とか無事成田から定時に飛び佐賀空港に到着出来ました。午前中早めのフライトだったのが良かったのでしょうか。ただいつもより多めに揺れましたけどね。「いつもより多めに揺らしております〜」と台風染之助染太郎が機体を揺らしていたのでしょうか。「揺れてるけど飛行に問題ありません」というアナウンスが何回もなされ、それ本当なん?と懐疑的になりつつも、ただおとなしく乗っているしか術はないので静かに乗っていましたけどね。ただ着地の時は「どん!」と経験したことない大きな衝撃があり、一瞬「死んだかも…」と覚悟しましたけどね。いや待て着地の衝撃は台風とは別に関係なくないか?と後で冷静になって思いましたが。あれは何だったのでしょうか。関西方面が酷いことになっているのをその時は知らず、「すでに佐賀は晴れてるやん〜」と今回の台風の影響を軽く見てしまっていた私でしたが、被害に遭われた方々にはお見舞い申し上げます佐賀空港関西空港みたいな状況になったらと想像しただけで恐ろしい思いです。

ところで私の夏休みあやの母方の実家に行った後、佐賀に行くまで数日残っていたので終始fwjのレコーディング作業をしておりました。昼間は蝉の声、夜になると鈴虫などの秋の虫の声がうるさく、録音に相応しい静寂を得られなかったのですが、それも宅録醍醐味です。いっそ環境音と一緒に録音するというスタイルでやり抜きました。もう何年も断続的に行っている録音ですが、まだ終わる気配が見えません。でもいつかは終わるのでしょう。あれだけ暑かった夏でさえ9月に入りもう終わろうとしているのです。秋の虫の音をマイク越しに聞きながら季節の変わり目を感じました。録音中ミル坊は「ゆうくんいつまで作業してるんだよう〜」と何回も遊びに誘って来ましたが、「まだもうちょっと〜」と待ってもらいました。ミル坊、お前の声も録音されているんだぞ。

そんな作業を直前まで行ってから佐賀入りしたのですが、あやは「ちょっと夏休みバカンス行って来ます〜」とまるで近所のスーパーに買い物に行くみたいな身軽さでバリに行ってしまい。佐賀搬入作業をしている間もバリ優雅な休暇ショットが何枚も送られて来て、サガとバリ、同じ二文字なのにこの違いは何なのだろうかと想いを馳せた私です。バリといえばザ・スパイダース主演の映画ザ・スパイダースバリ島珍道中」を思い出すのですが、映画ラストプルトニウムバリ島の土に埋めるシーンがあり、そんな危険極まりないものを埋めるんかいと思ったものですが、あれはまだ埋められたままなのでしょうか。あやがあれを掘り起こさなければ良いなとふと思った次第です。映画の公開は1968年だし映画の中の話だし、実際埋めてたの日本のセットの中のバリ島ですけどね。出演していたムッシュも亡くなってしまったし、寂しい限りです。

佐賀にいてバリのことを思い、なぜかザ・スパイダースの曲を聴きながらこの文章を綴っている私です。もう9月になってしまったのですね。f:id:fishingwithjohn:20180905220417j:image

2018-09-01 文化遺産、文人墨客、歴史探訪サマー

8月の終わりに夏休みを数日いただき茨城県にあるあやの母方の実家あやのご両親と一緒に行って来ました。あやのお母さんの実家が元造り酒屋だったことは知っていたのですが、実際に訪ねてみてその規模と歴史にびっくりしましたね。

その実家宇都宮線烏山という駅から車で20分ほどの高部という地域にあるのですが、まず実家敷地内に歴史を感じさせるレトロな佇まいの3階建ての楼閣がどーんと聳え立っているのが目に入るのです。これが何と地元文化遺産として認定されているという明治20年建立の「岡山家喜雨亭」だそうで。(ちなみに岡山あやのお母さんの旧姓です。)水戸偕楽園好文亭を模して作られたというこの建物は1階が茶室になっており、2階では文人墨客が集い詩を詠んだり宴を催したりしていたそうで。母の実家が酒蔵と聞いてあやの酒好きはここがルーツかと思っていたのですが、詩を詠んだり宴を催したりというのも受け継いでいるんだなと実感した次第です。3階には当時としては珍しいステンドガラスなど施されており、そのモダンな作りに感心してしまいました。その楼閣の横には「養浩園」という膨大な敷地庭園があり、美しい木々や池などが配置され、稲荷様を祀った祠などもあり。祠にも立派な彫刻意匠が施されていて見事なのです。また酒を製造、保管していた蔵もそのまま現存しており、歴史的建造物ありすぎ〜、そして残りすぎ〜、どんだけ〜見学しながらつい興奮してしまいました。実家文化遺産とはどんか気分なのでしょうか。

実際の住居の方も昭和からそのままと思われる佇まいで。歴史ある民宿のような広さと立派な作りで。詩や句を詠んだとおぼしき掛け軸や屏風などがいくつも飾らせており、年季の入った壁時計など骨董がそのまま残されているのです。建物は部屋や酒を販売する店舗など後からあちこち継ぎ足したような作りで、部屋数がいくつあるのかわからぬほどの大きなお屋敷なのです。横溝正史映画ロケで使えるなという感想をまずは抱きました。(だとすると殺害されるのはこの蔵かなとか、庭の池かなとか、祠付近かなとあれこれ撮影プランも浮かびました。)あやは幼少の頃、この家の離れのある廊下の先に別世界への入り口がある夢をよく見たそうですが、さもありなんです。子供にしてみたらこんな楽しい遊び場はないでしょう。巨大な迷路みたいな空間かくれんぼのし甲斐があるというものです。

今は親戚のおばさまがひとりでここに住んで全部を管理しているのですが、市の職員が楼閣の掃除を申し出たり、京都庭師さんたちが庭園の手入れを申し出たりしているそうです。みんな文化遺産を守らねばという気持ちになるのでしょう。よく取材見学の申し込みもあるそうで、事前にアポを取れば見学可能なそうなので、興味を持たれた方はいかがでしょうか。

そんな文化遺産のある元造り酒屋邸宅でおばさまの美味しい手料理をたらふくご馳走になりました。夕方にはみんなで蚊取り線香持参で墓参りもし、田舎夏休みを堪能しました。田舎あるある定番として、食べる以外には特にすることもないのでやがて寝るわけですが、何しろ横溝正史ロケで(私の中で)お馴染みなお屋敷なのです。暗くて怖いのです。何かがいそうな暗闇満載なのです。怖がりのあやに「階段の陰に白い着物姿の髪の長い女性が立ってたよ」とか「屏風から視線感じるなと思ったらおかっぱ頭の童子がこっち見てたよ」とか脅かしてあやをトイレに行かせない活動などに興じた私なのですが、実際幼少の頃あやはこの家では怖くてひとりでトイレに行けなかったそうです。「トイレに行けなくなるからやめて!」「わーわー!」と耳を塞ぐ作戦であやは抵抗していましたが、実際言葉にしてみると私自身が「あれ、何か視線感じるんだけど?」みたいな気分になり、セルフで怖くなっちゃうという落とし穴があるのでこの遊びはお勧めは出来ません。(そういえば寝ていたら誰かが枕元に立ってこちらを見ていたような気配を感じたのですが気のせいでしょうか)

次の日は那珂川沿いで川遊びなどしつつ鮎の塩焼きをビールでいただいたり、黒磯に立ち寄ってカフェお茶飲んだりしながら帰りました。歴史に触れた夏の一日でした。

岡山家の酒蔵が製造していたというオリジナルブランドお酒「花の友」をぜひ一度飲んでみたかったです。酒ばかりは建造物と違って後世に残せないですからね。あの粋な作りの楼閣で優雅な庭を眺めながらの酒はさぞかし美味だったことでしょう。幻の美酒に想いを馳せた私です。

あの夜、私の足元に立っていたのはあの頃を知る文人墨客のひとりだったのでしょうか。ならば酌み交わしたかったですね。花の友を。詩のひとつでも詠みながら。f:id:fishingwithjohn:20180904234134j:image

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2018-08-25 さまざまな邂逅 ヨシンバ20周年ライブ

先日はヨシンバの20周年ライブを見に下北沢まで行って来ました。ヨシンバは私が以前やっていたバンド各駅停車時代自分イベントに呼んだこともあり好きなバンドひとつなのですが、とある事情でしばらくライブも見ていなかったのです。

この日のヨシンバは元カーネーション鳥羽さん、ヒックスヴィル中森さん、玉川裕高さんというスタイル異なるギタリストゲストに迎えての編成で。男くさくて野太い演奏で最高でしたね。こんなギタリスト映えするバンドがあるでしょうか。特に玉川さんは10数年前に初めて彼のバンドコモンビルを見た時と変わらぬ格好良さにビビりました。鳥羽さんの巧みなギターワークも近距離で堪能出来ましたし、中森さんのリッケンバッカーにも痺れました。みんなプレイに華があるのです。しかし何と言ってもfwjのサポートギターひじきさんが10数年振りにヨシンバで演奏する姿を見られたのが個人的には感慨深かったですね。

実は2004年にfwjがCDデビューをして、ライブをする際のサポートギタリストを探していた時に「そういえば以前共演したヨシンバにアコギの巧い人がいたな」と思い出し、ボーカル吉井さんを通じて彼の連絡先を聞き、「うちでギター弾きませんか」とスカウトしたのがひじきさんとの始まりだったのです。ちょうど彼がヨシンバを脱退した直後だったのでオファーを快諾していただき。それ以来14年の付き合いになるひじきさんですが、長年「元ヨシンバ」という経歴を伏せて活動しており。そんな事情もあり何となく私の中でもヨシンバは遠い存在になっていたのです。そんな両者の関係がこの日雪解けを迎えたようで、何だか我がことのように嬉しい気持ちになりました。

この日、ヨシンバの出番前にボーカル吉井さんとひじきさんのデュオでの演奏があり。元々大学同級生であるこの2人が始めたバンドがヨシンバなので、10数年振りにオリジナルメンバーが顔を合わせたということでしょうか。照れ臭そうに、でもどこか嬉しそうに演奏する2人の姿は放課後に部室で練習する学生のようで、こういう雰囲気バンド歴史が始まったんだなあと何だかしみじみしてしまいましたね。さらに2人の大学の後輩である比屋定篤子さんもシークレットゲストで登場し。3人で美しいハーモニーを重ねておりました。以前molnに比屋定さんをゲストに呼んだ時にひじきさんから「実は比屋定は私の後輩なんです」と言われ驚いたんですけどね。色々な繋がりがあるものだなと。

この日は会場でたくさんの知り合いの方に会い。ヨシンバのドラム朝倉さんとも20数年振りくらいにお話出来ました。朝倉さんが以前ラブサーカスというバンドに在籍していた頃に各駅停車デモ録音に参加して貰った経緯があるのですが、会うのはそれ以来だったので「うわー、ご無沙汰してます〜、うわー」と朝倉さんはだいぶ驚かれておりましたね。共通の知人の近況など聞き、人生とは色々なりと想いを馳せた次第です。あと鳥羽さんに「この間のカーネーション野音行きましたよ」と言ったら「うん、知ってる。ブログ読んだよ」と言われ、鳥羽さんにも読まれて良かったなーと素直に喜んだ私です。ひじきさんの息子さんにも久々に会い。fwjの「アゲハに映る」という曲のMVに幼き日の彼も映っているのですが(荒川河川敷ロケした時に一緒に来ていたのでチラッと出演したのです)、もう高校生になって背も177cmとお父さんを越える長身になっており、「よその子ゴーヤは育つのが早い」という博多華丸大吉ネタ共感してしまった次第です。そりゃあ年も取るよというものです。

最近普通に20年振り」みたいな文言を書くことが多いですが、そんな長い年月音楽やバンドを続けている人たちがたくさんいるということなのですよね。自分も頑張らなくてはいけないと思った次第です。各駅停車時代からの付き合いのドラマー横山さんと「バンドって良いよね」と話しながら帰りました。未だにバンドへの憧れや幻想を抱きながら活動している自分がいるのです。とりあえずギター練習しなきゃなと静かに思った私です。f:id:fishingwithjohn:20180825192647j:image

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