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2017-06-16 熱狂の紫陽花いいね

6月に入り、すっかり紫陽花の季節なのです。そこかしこで鮮やかな紫色紅色の花がぽつりぽつりと咲いており、この目を楽しませてくれるようになりました。鎌倉には紫陽花の名所がいくつかあり、連日観光客で賑わっているらしく、どれその様子を見てみようかと先日北鎌倉にある某お寺を訪ねまして。

寺に至る道にはすでに観光客とおぼしき人たちが溢れており、近隣の施設カフェレストランなども賑わっていて、まるでお祭り様相を呈しており。紫陽花の人気たるや凄いなあと思いつついざお寺に着くと入口でみんなお金を払っているのであり。そうか無料というわけにはいくまい観光施設であるからしてと財布を取り出し「いくらかな、250円くらいかな」と思ったら「大人500円」と書いてあるのであり。「妻と2人分で1000円か」と私は静かに思い、「紫陽花を愛でるだけなのに1000円か」と改めて思い、「そこかしこに咲いている、何ならうちの庭先にもちょっと咲いている紫陽花を見るだけなのに、お寺に入場するだけなのに1000円か」と3度ほど思い、財布を持つ手が軽く震えたのですが、いや待て観光施設お金を落とすのも地元民の役目であろうと思い直し、入口にて1000円を払っていざ中に入ったのですが、何しろ混んでいるのです。人で溢れかえっているのです。いざ入ると少しずつしか進めないほど人が詰まっているのです。何だここは原宿竹下通りか、渋谷スクランブル交差点か、ラッシュ時の山手線かと見紛うほどなのです。そんな混雑振りながらも確かに咲き誇る紫陽花は綺麗なのであり、いざ写真を撮ろうとスマホを取り出すのですが、そこにいる人たちほぼ全員が同じくスマホを構えており、紫陽花の撮り合いならぬ取り合いになっているのです。お互い構図を奪い合いながらカシャーカシャーとシャッター音を鳴り響かせているのです。若い人たちはスマホですが年配の方は一眼レフの立派なカメラを持っており。バズーカ砲みたいな50センチはあろうかという長いレンズシャキーン!と音が鳴るほどの迫力で目の前の紫陽花を狙い、ゴルゴ30のような様相シャッターを切っているのです。すぐ目の前の紫陽花を撮るのにそんなバズーカみたいなカメラ必要?と思ったのですが、おじさんたちにはレンズが長ければ長いほどかっこいいという美学があるのでしょうか。紫陽花だけでなく美学の花もそこかしこで咲き乱れているのです。

私も一応来たからには(1000円払ったからには)写真ひとつでも撮りたいじゃないとスマホを向けるのですが、どこで撮っても誰かが映り込んでしまうのであり。良い感じのスポットがあるとそこを撮影したい人による待ちの行列が出来ている始末で。若い女子たちが「マジ綺麗なんですけど〜」「やっべ〜速攻インスタあげなきゃでしょ」などとスマホをいじっており、見ればほとんどの人たちがインスタやツイッター写真を上げて「いいね」を貰おうとするSNSに毒されたいいね亡者なのであり、「いいねはいねが〜、いいねはいねが〜」といいねを求めて彷徨いいねゾンビなのであり。紫陽花たちはそんなゾンビたちに「これでも喰らえ!」とばかりにいいねの素材をばら撒いており、いいねを巡る熱狂的な市場がそこに形成されているのです。静かに花を愛でたい私には全く良くないのです。「NOTいいね」なのです。

そんな中歩いていると横から若い女子の声で「紫陽花さんありがとう〜」などと言っているのが聞こえ。「え、今花にお礼を言った?」と思わずその方面を二度見すると浴衣姿の大学生くらいのカップルなのであり。「紫陽花さんありがとう」などというファンシー台詞に面食らった私なのですが、彼氏と手をつないでの紫陽花デートにしたたかに酔っていたのでしょうか。彼氏の方も「お花にお礼を言う感性女子嫌いじゃないぜ」みたいなまんざらでもない感じなのであり。家族や友人にありがとうを言うよ〜みたいな似非ヒップホップの腐れ外道みたいな歌を私は好まないのですが、こうして天然でお花にありがとうを言う子がああいう歌を支持しているのだなとそのからくり垣間見た次第です。これだけ混雑した観光地で花にお礼を言うテンションになれる人もいるのですね。彼女からは全身からいいね光線が発射されており、まあそこまでエンジョイしてるならいいじゃないと心のいいねボタンを押した私です。

結局人が多過ぎて落ち着かないので10分もしないうちに寺を出た私たちですが、熱狂いいね市場見学出来たのは良い体験でした。ついでに紫陽花ありがとうガール出会えたのも。あの後彼女は「江ノ電さんありがとう、海さんありがとう大仏さんありがとう」と鎌倉風景にお礼を言ったのでしょうか。

帰宅して早速ミル坊に「ミル坊さんありがとう〜」とガールの如く言ってみましたが、きょとんとした顔をするだけでした。どうやらミル坊にとっての「いいね」はおやつのようです。

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2017-06-09 イヤフォン越しのビートルズ

ザ・ビートルズの「サージェント・ペパーズ」50周年にちなみ、2017年リミックスバージョン新装発売とのことで、何だまたビートルズはお得意の商法ファンから金を巻き上げようとしているのか、これまでもアンソロジーリマスターベストリミックスネイキッドブルーレイ紙ジャケボックスだと手を変え品を変えファンの財布から金をむしり取って来た、ビートルズの名の元のカツアゲが横行しようとしているのかと警戒レベルを引き上げた私なのですが、自然と耳に入って来る賞賛の声を聞く度に「やべえ聴きたい」という気持ちが溢れて来るのであり、そのうち積極的賞賛の声を拾い始めている自分がいて、そうなると「やべえこれは聴かないといけない」とすでに暗示にかかっているのであり、気が付くとポチッと購入のボタンを押しているであり、ビートルズファンの性というか、業のようなものを感じないではいられません。

そんな業により入手した音源をいざiTunesに入れると「すでに同じものが入ってまっせ」「置き換えますか、兄さん」と聞かれ、その時点で「私は何で同じ物を買い直してしまったのだろう」と一瞬冷静になる自分がいたのですが、いや同じ物でありながら違う物であるのだと言い聞かせ置き換えずに入れると2009年のリマスター版と今回の2017年リミックス版が交互に並ぶ形になるのですよね。それで交互に聞き比べをすると「うわ、こんなに違うのか!」とその差が歴然とわかるわけです。もう素晴らしいのひと言に尽きるのです。音質が良くなっているのは勿論、本来こうあるべきだったのではという定位になっており。両者を聞き比べつつ改めて名盤だなあとしみじみしてしまった次第です。ボーカル中央に寄せられているので、かつての「イヤフォンを片方ずつ分け合って聞いているとひとりはボーカルが聞こえない」という現象がなくなったわけですね。何でこうも片方に寄せるかねというミックスが多いんですが、ビートルズは。

「イヤフォンを片方ずつシェアする」で思い出すのは永瀬正敏工藤夕貴が出演していたジャームッシュの「ミステリー・トレイン」という映画で、時代的にカセットウォークマンだと思うのですが、列車の中でイヤフォンを片方ずつ分け合って音楽を聞いているシーンが印象に残っているのですよね。イヤフォンをするという行為は外界の雑音を遮断して孤独時間を獲得する意味合いがあるかと思うのですが、それをもうひとりと共有することで「ふたりきり」という密接さが生まれるのですよね。画像動画などは外から第3者が横から覗けたりするので2人だけで共有というのは難しいですが、こと音楽となるとイヤフォンは右と左しかないので2人でしか共有出来ないのです。しかもイヤフォンのコードの短さから言っても距離が近づくわけです。

学生時代ウォークマンビートルズを聞いていたらクラス女子が「五十嵐くん何聞いているの?」と突然私の耳からイヤフォンの片方を取り上げ、自らの耳に装着するという胸キュンテロが投下されたことがあるのですが、キスが見舞われるのではなかろうかというほど私の顔のすぐそばに顔を寄せ「この曲誰?」と問うた彼女の耳には肝心のポールのボーカルは聞こえていなかった可能性があると思うと「ちょっと待ってモノラルミックスと交換するか、2017年のリミックスが出るまで待ってくれない?」と言いたい気にもなるのですが、時を戻すことは出来ないのです。

当時ダビングしたカセットテープを安いラジカセ再生して聞いてもあれだけ感動出来たビートルズなので、音質はあんまり関係ないと言えば関係ないですけどね。名盤を良い音で聞き直す作業はやはり楽しいのです。リンゴドラムが巧いという周知の事実を改めて実感しました。ねばきしえいびーおーぷん、と聞こえる最後の謎のメッセージを聞きながら、ふとあの時私のイヤフォンを奪い取った彼女は元気だろうかと想いを馳せてしまった私です。今なら片方だけでもポールのボーカルが聞こえるんだよ、と。f:id:fishingwithjohn:20170606185342j:image

2017-06-07 猫と侍

妻がお店の買付けでリトアニアラトヴィアに1週間行っており、周囲からはしばしの独身生活ですねえなんて言われていたのですが、ミル坊もいるしその間春日部行ったり招き猫の絵付けワークショップ西荻窪行ったり(これがかなり盛り上がって楽しかったです)、しみじみ独りの時間というのも少なくまあ普段通りの日々でしたね。普段食べないお菓子を夜中に食ったりちょっとうるさめのレコードを聴いたり香港映画(「Mr.Booアヒル警備保障」)を深夜に見たりするくらいの羽根の伸ばし方はしましたけどね。これが羽根だとすると私の羽根は何と小さいのかという向きもありますが。ミル坊は「あれ、いつも騒がしいあやくんがいないな」と思うと同時に「ひょっとして今後ゆうくんと2人だけで暮らしていくのかな」と不安に思ったのか妙にみゃあみゃあ私に鳴くのであり、「ねえまさかゆうくんまでいなくならないよね?」みたいな目で見るので「大丈夫だ、ずっとミル坊と一緒だよ」と抱いてやろうとすると「みゃあ!」と逃げるので何ごとかと見やるとカリカリを入れている皿が空っぽなのであり。何だお腹減ってるだけかとうなだれながらカリカリを足したら「ふむふむ、上出来だね」みたいな目で私を見るのであり、ミル坊にはかなわないなと思った次第です。でも寝る時もずっと私のそばにいたし、昼間も常に私の姿の見えるところにいて、この1週間でより男同士の結束が固まったような気もします。まあ私の気のせいなのかもしれませんが。

そんな様子を知ってか知らずか高橋徹也さんが「独身気分の折、一緒に野郎メシでもどうですか?」と誘ってくれまして。この「野郎メシ」という無骨表現が侍みたいだなと思いながら待ち合わせて一緒にお酒など飲みました。実はmolnで予定されていたタカテツさんのライブの日程を先に変更する機会があったのですが、そのお詫びとのことでレコードいただきまして。そんなことでいちいちお詫びすることもないのですが、この律儀さが彼を侍たらしめているのだよなあと思いながら受け取りましたけどね。彼がツイッターでよくお気に入りレコードを紹介しているのですが、その内の私が気になっていた1枚だったので嬉しかったですね。2人して居酒屋に入ったのですが、最初店員のおばちゃんに強引にカウンターに通されそうになったところを「や、テーブルでも良いですか?」とタカテツさんは侍の如き鋭い眼光で強くテーブル希望し。その後注文を頼む際に「この店の売りの串焼きを頼みましょうか」と言うので「別に串焼き以外の1品物でも良いんじゃないですか」と言うと「や、さっき無理矢理テーブル席に座っちゃったので悪いかなと思いまして」と店員のおばちゃんにも筋を通すとはどんだけ侍やねんと思った私ですけどね。そこで四方山話をしながらご飯を食べて楽しい時間を過ごしました。少し前にタカテツさんの「Reflections-ep」というアナログ盤の中古ディスクユニオンで見付けて買ったのですが、何とそれがタカテツさんの直筆サイン入りで「2015.9.18」と日付けも書いてあり。その写真を見せて「これって本物ですか?」と聞いたら「俺の書いたサインですね」とのことで。「2015年って結構最近ですね」とタカテツさんは苦笑しつつ「まあ仕方ないですね〜」と言うのであり。もしこれを売った本人がこの記事を読んでいるとすれば猛省を促したく思った次第です。サインをいただいたものを売るなよと。ご本人が見る場合があるのだぞと。まあそれを見付けて買って、本人に見せちゃう私も私ですけどね。(コレクションとしてどうしても欲しかったのですよね。)その後お互いの近況やタカテツさんの若き日のトンガったエピソード過去辛酸を嘗めたエピソードなども拝聴し。初めて耳にする話などもあり面白かったですね。若き日のタカテツさんの写真を見るとまたキレッキレで眼光鋭く、触る者みな斬りそうな侍然とした様相なのですよね。思わず「侍」という漢字に「タカテツ」というルビを振りたくなってしまった私です。今でこそ柔和なタカテツさんですけどね。しかしその剣の覚えは衰えないどころか鋭さを増しているのです。近くリリースされるという新譜も楽しみになりました。molnでのライブもそのうち発表出来るかと思います。

そんな1週間でしたが、妻も買付けの旅から帰国し。ミル坊は外国の強烈な匂いを嗅ぎ取ったのかやたら荷物クンクンして不審がってしましたが、ようやく慣れたようです。

6月はまだ始まったばかりです。どうなることやらです。

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2017-06-02 猫と草刈り

この時期になると庭の雑草が伸び放題で、余裕で私の背丈を越えるのっぽな草共がぼうぼうと生え栄え、あたかもジャングル様相を呈しているので仕方なく刈ることになるのですが、雑草というやつは何故にかくも成長するのかと毎年思わざるを得ません。私が現在の私の身長に至るまでに10数年要したのに対し、名も無き草共はたった数ヶ月で私と同様の身長へと成長を遂げるのです。恐るべき成長率なのです。クラスでの背の順で言えば私と近い位置に並び、親しい友人になったかもしれぬのっぽな草共をバッサバッサと切り捨てる作業残酷にも思えるのですが、庭のジャングル化を止めるためには仕方ありません。私に岡本信人ばりの知識が備わっていれば食用の草を選り分け生活に役立たせるのですが、残念ながら私は信人要素を持ち合わせていないのです。殺人鬼の如く庭に生え聳える草共を鋏で切り倒していると、ミル坊が「あれ、ゆうくん何やってるの?」と物珍らしそうに窓から眺め、遊びに来たご近所猫ミミも「ご主人、精が出ますな」と高見の見物をしていて、2匹の猫に見守られながら草刈りするという何かの遊戯のような様相を呈し出し。猫というギャラリーを得ると私も不思議と張り切ってしまい、「ペガサス流星拳!」「廬山昇龍覇!」「ネビュラストリームネビュラストーム!」「スターダストレボリューション!」などと聖闘士星矢よろしく小宇宙(コスモとルビを振って下さい)を演出して草刈りに挑むのですが、その熱き闘いの最中いつの間にかミル坊はそっぽを向いており、ミミはひとりでゴロンゴロンしていて、私だけがポツネンと残されているのであり。我が小宇宙は寂しきものなりと肩を落としたりしているのです。

いざ刈った草の残骸を袋に詰めようとするも背の高いものは入らないのでまた細かく切るのですが、殺人鬼遺体を袋に収納するのにバラバラに刻む作業ってこんな感じなのかなとふと思ったりし。草の脚を折り首を掻っ捌き腰を切り、無惨に切り刻まれた亡骸を詰め込むこの猟奇的ゆうくんの姿をミル坊に見られてはならぬとコソコソ作業をしていると再びミミがやって来て「ご主人、精が出ますな」とばかりに見るのであり。私のかっこいい小宇宙を見ずして猟奇的側面ばかりしかと見るのは如何なものかと問うのですが、ミミは「そんなこと言われましても」という顔で見るばかりなのです。

草むしりというある種不毛作業を今後の人生於いて時間せねばならないのかと途方に暮れたりもするのですが、そこに土がある限り雑草は生えて伸びて行くのです。雑草とはそういうものなのです。この逞しさを雑草から学ぶための作業と思いながら今後も私はペガサス流星拳などを繰り出すのでしょう。

もうすぐ夏がやって来ます。雑草との闘いはこれからなのです。

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2017-06-01 猫の綿菓子

もう6月とは時の流れの早さに驚くばかりです。日々の慌ただしさに翻弄されている間にも季節は確実に移り変わっているのですね。気付けばミル坊の体毛も冬毛から夏毛へ生え変わる時期らしく、とにかく抜け毛が凄いのです。ごそっと白い毛の塊が落ちているかと思うとミル坊の毛なのです。この塊を集めてもう1匹別なミル坊を作れるのではないかと思う程の毛の塊が日々抜け落ちているのです。白い塊はふわふわしており、見た目は綿菓子のようであり、階段などに転々と綿菓子が落ちている様を見ては「嗚呼自分はもう何年綿菓子を食べていないだろうか」などと幼少期の祭りの思い出に想いを馳せたりしてしまうのです。綿菓子製造機と化したミル坊を見る度に「神様は何故に斯様な毛むくじゃらの生き物を創りたもうたのか」と思う訳ですが、この毛のふわふわ人間共を癒すための仕様かと思うと神様グッジョブやんと親指を立てざるを得ません。掃除機の追いつかぬ抜け毛癒しのためだと思うと容易く許容してしまう私です。

近所に住むミミという老猫が頻繁に我が家にやって来て「撫でてくれーい」と目の前でごろんごろんするので、ついワシャワシャと身体を撫でてやるのですが、そうするとやはり手や衣服抜け毛がごっそり付くので「お前もか!」という感じで毎回掃除しなければならないのですが、「今日も遊びに来たよ!」という感じで鈴を鳴らしながらやって来る姿を見るとついつい撫でてしまうのです。世界中の猫の冬毛がごそっと抜けるこの時期、家々の片隅にたくさんの綿菓子製造されていると思うとそれはそれで幸せ光景ではないかと思ってしまう私です。人間核兵器ミサイルだと、ろくでもないものを作り落としている間、猫はふわふわの綿菓子を作り落としているのです。どっちの世界幸せなのでしょうか。国会でろくでもない発言をしている政治家の姿を見るとふと猫よりも下等な生き物に見えてしまうことがあります。いっそ猫に首相やらせれば良いのではと半ば本気で思ったりしているこの頃です。

5月は何かと慌ただしくとても長かった印象です。充実していたのでしょうか。6月もそうでありたいとミル坊の落とした綿菓子掃除しながら思う私です。

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