城平京『名探偵に薔薇を』

名探偵に薔薇を (創元推理文庫)
城平 京

4488423019
東京創元社 1998-07
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 なんで買ったのか覚えていないんだけども、たしか数ヶ月まえに東京創元社がこれをプッシュしていたような、いなかったようなで、名前に触れることがあり、どんなもんじゃろと覗いてみた。

始まりは、各種メディアに届いた『メルヘン小人地獄』だった。それは、途方もない毒薬をつくった博士と毒薬の材料にされた小人たちの因果を綴る童話であり、ハンナ、ニコラス、フローラの三人が弔い合戦の仇となって、めでたしめでたし、と終わる。やがて童話をなぞるような惨事が出来し、世間の耳目を集めることに。第一の被害者は廃工場の天井から逆さに吊るされ、床に「ハンナはつるそう」という血文字、さらなる犠牲者……。膠着する操作を後目に、招請に応じた名探偵の推理は? 名探偵史に独自の足跡を印す、斬新な二部構成による本格ミステリ

 というお話で、小人地獄というのは毒薬の名前。「致死量〇・一から〇・一二グラム、冷水温水隔てなくよく溶け、ほぼ無味無臭。効果は嚥下後1時間を過ぎて表出し、その症状は心不全より他に判ずること能わず。人体の小袋いずれも障りなく、心臓さえも異常なし。解剖の限りを尽くせども不審なる粉薬の残滓とて掬えず、徒労に終着する」。「外気が摂氏四〇度を超え、また零下一〇度を下回ろうとも」変質なし。「酸化にもよく抗じ、以てその薬効に風化なし」。ただ「瑕瑾わずかにあり、致死量の二十倍を境に非常な苦みを生じ、高濃度にては舌を焼かんばかり、嚥下もかなわず。口中にしばし留まれど、即座に吐かれた際に死は毛ほどの気配も見せず。また致死量の十倍を境に薬効の発現は幾何級数的に早まり、愚直な解剖によりても胃に残る異物を検出すること容易となる」と説明されている。うまく使えば完全犯罪の道具にできるとも。
 で、視点人物三橋荘一郎が駅のホームで見知らぬ男から「小人地獄をご存じか?」と声をかけられるところから物語は始まる。荘一郎は大学院生で藤田家のひとり娘鈴花の家庭教師をしている。ある日、藤田家の家政婦片桐房江からで、鈴花の母恵子が家に戻らないと言われる。房江はどうしていいかわからず荘一郎に電話したと言い、荘一郎は鈴花のそばにいてやるために藤田家へ向かう。
 恵子は死体で発見される。現場の床には血でこう書かれていた。「ハンナはつるそう」
 それから第二の死体やら過去の因果やらが展開していき、名探偵が登場しと、ツボを押さえた展開が続いていく。これから読む人の楽しみを奪わないために、詳しくは触れないで、一気に解説に話を飛ばす。解説の津田裕城は著者の知り合いだとかで、本作成立の過程を書いている。それによると著者は大学入学時点ではミステリーはほとんど読んでいなかったが、そこから月50冊ペースでミステリーを読み始め、しかも読んだ作品の長所と短所を分析し、実作に役立ちそうなアイディアはメモを取るという努力を続けた。(個人的には解説読んで、おもちゃ箱をひっくり返したようなアイディア贅沢使いを可能にしたのは、この多読かと納得した。)そして1995年、初めてのミステリ創作に取りかかった。

長い構想期間ののち一気に書き上げられたその小説は、文章に多少荒さがみられたが、探偵小説としての構成は奇跡的にもほぼ完成されていた。タイトルは「毒杯パズル」(中略)
 一年後、数編の短篇ミステリを仕上げて自信がついた城平は読者に恵まれなかった不幸なミステリ第一作「毒杯パズル」の改稿を思い立った。(中略)
 こうして一九九七年三月、二部構成の長篇探偵小説『名探偵に薔薇を』が完成した。

 ちょっとこの人が羨ましいと思えてしまうエピソードだなと思った。どの程度元バージョンを残してるのかわからないけども、半分程度であったとしても、このレベルの作品を商品の形態じゃなく読んだら、相当興奮するだろう。やべえ天才来ました、みたいにゾクゾクしたんじゃないかという気がする。難易度は短編版のほうが高かったと思われるので、その分やられた感も強かっただろうなとも。もちろん、長編化した結果生まれた魅力もたくさんあるとは思うけど。

 で、ネタバレにならない範囲で感想を言うと、全体としてはよくまとまっていて感心したし、面白かった。のだが、ラストの4ページがとても受け入れられない話をしていて、好き嫌いで言えば嫌いだった。真相は別にいいんだ。そのあとが残念すぎた。○の○○モチーフ+○○○○○○で○○○○で終わるとかいい加減にしろよと思えてならなかった。ミステリー好きには気にならないところなんだろうと思うし、最近の世相から考えて、こういうのウケるのかもしれないんだけど、もうちょっとどうにかならなかったんだろうか。まあ、自分が読むべき時期に読まなかったのが悪いのかもしれない。十五年前ならもうちょっと読了時の印象はよかったかも。 
 
なお、kindle版も出ている。価格は確認時で583円。
名探偵に薔薇を
城平 京

B00KCMZTBG
東京創元社 1998-07-24
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J.L.ボルヘス 土岐恒二訳『永遠の歴史』

永遠の歴史 (ちくま学芸文庫)
ホルヘ・ルイス ボルヘス Jorge Luis Borges

4480086250
筑摩書房 2001-03
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 ボルヘスによる「珠玉の哲学的エッセイ集」。
 以下目次。

  • 序文
  • 永遠の歴史
  • ケニング
  • 隠喩
  • 循環説
  • 円環的時間
  • 千夜一夜』の翻訳者たち
    • 1バートン大尉
    • 2マルドリュス博士
    • 3エンノ・リットマン
  • 覚え書 二篇
    • アル・ムウタスィムを求めて
    • 誹謗の手口

 面白いのかどうかもよくわからないというのが、ボルヘスを読んだときに思うことで、すっげえ面白いような、とってもつまらないような、と、宙づりになったまんま、ひとつひとつは短い文章を読み終えるという以外の読み方を知らなかったりする。そのくせ、タイトルを見ると「うわ面白そう」と思うのだから我ながら不思議だ。特に好きなタイトルは「砂の本」らしく3回か4回買った。このままではまた買ってしまうと思い、昨年やっと読了したが、内容はほぼ忘れた。本書を読んだのも、放っておくと持っているのを忘れてダブらせてしまいそうだったからで、二日前に読み終えたばかりだというのに、内容はほぼ忘却されようとしている。薄れゆく記憶をたぐり寄せてみると、表題作よりアイスランド詩のケニング(「あらかじめ定められた同意語句」と説明されている)を扱った「ケニング」その次の「隠喩」「『千夜一夜』の翻訳者たち」なんかが面白かったが、もっとも魅力を覚えたのは、「アル・ムウタスィムを求めて」だった。こんな書き出し。

 フィリップ・グウィダラは、ボンベイの弁護士ミール・バハードゥル・アリーの小説『アル・ムウタスィムを求めて』(The approach to Al-Mu'tasim)について、「それはほとんどつねに訳者の関心をひきつけずにはおかないイスラムの寓意詩と、必ずジョン・H・ワトソンの手には負えなくなり、ブライトンのもっと行き届いたペンションで人生の恐怖の仕上げをするあの探偵小説との、なんとなくしっくりしない組合わせ(ア・ラーザー・アンカムフォタブル・コンビネーション)である」と書いている。しかしむしろ、セシル・ロバーツ氏がバハードゥルの本の中で「ウィルキー・コリンズと十二世紀の著名なペルシアの詩人ファリード・ウッ・ディーン・アッタールとの、二重の、ありそうもない後見」を指摘しているが――その穏やかな意見をグウィダラはそのまま何も新しいことは付け加えずに、しかし怒りっぽい独特の調子で繰返しているのである。基本的には二人の著者の言うことは一致している。二人ともその作品の探偵小説仕立てと、神秘主義的な底流(アンダーカレント)とを指摘している。そのような異種交配はなにやらチェスタトンとの相似をわれわれに想像させるかもしれないが、すぐにそうではないことがわかるだろう。
『アル・ムウタスィムを求めて』の初版は一九三二年の末にボンベイで出た。用紙はほとんど新聞紙同然であり、表紙には、買手に向けて、その本がボンベイ市の出身者によって書かれた最初の探偵小説であると謳われていた。(中略)それが、ドロシー・L・セイヤーズの序文をつけ、挿絵のほうは――おそらくそうしてくれて幸いだったが――省いて、ロンドンのヴィクター・ゴランツ社からつい最近翻刻された本の原版である。いま私の目の前にあるのはその翻刻本のほうで初版本には未だに巡り会っていないが、初版のほうがずっと素晴らしいことだろう。

 ボンベイ(今はムンバイっていうの?)出身者が初めて書いた探偵小説ですよ。いったいどんなもんなのか。

 その作品の目に見える主人公は――その名はついに一度も口にされることはないが――ボンベイ法律学生である。彼は不敬にも父祖の宗旨たるイスラム教を信仰していない。しかし、ヒジュラ暦睦月十日の夜が暮れるころ、イスラム教徒とヒンズー教徒の騒乱の渦中に巻き込まれてしまう。それは太鼓と祈願の声の響く夜であった。(中略)(騒乱の最中)死物狂いの手で彼はひとりのヒンズー教徒を殺す(あるいは殺してしまったと思い込む。)

 そして、騎馬隊もやって来て、大混乱の中、主人公は市からいちばん遠い郊外を目指して逃げ、潜伏する決心をする。彼は、自分が一人の偶像崇拝者を殺すことはできたかもしれないが、イスラム教徒のほうに偶像崇拝者よりも理があるかどうか、確信をもって知ることはできないと考える。そして前夜耳に挟んだ「マルカ・サンシ」という女を捜し出してみようと決心する。全21章はその遍歴の物語となる。それは「ある魂が他の多くの魂に残していった仄かな反映を通してその魂をあくまでも探求する」物語だという。
 もうね、すごい読みたくなった。とりあえず、kindle版があったりしないかと検索かけたらノーヒット。1932年の出版ならまだ無料で読むのは難しそうだと思いつつ、タイトルでググってみる。
 そうしたら、
 そうしたら、
 こんなのが出てきた。

"The Approach to Al-Mu'tasim" (original Spanish title: "El acercamiento a Almotásim") is a fantasy short story written in 1935 by Argentine writer Jorge Luis Borges.
(『アル・ムウタスィムを求めて』(スペイン語原題:"El acercamiento a Almotásim")は、アルゼンチンの作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスによって1935年に書かれた幻想短編小説である。)

http://en.wikipedia.org/wiki/The_Approach_to_Al-Mu%27tasim

 激しくやられた……。ほんとに読んでみたかったんだけど、これ……。

福井健太『本格ミステリ鑑賞術』

本格ミステリ鑑賞術 (キイ・ライブラリー)
福井 健太

4488015336
東京創元社 2012-03-22
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 第13回の本格ミステリ大賞評論・研究部門受賞作品。どんな本かは序文がコンパクトにまとめてるので引用しとく。

 本格ミステリは保守性と変革性――既成のコードを守っていく価値観と、新たな試みに挑もうとする意志のパランスを探りつつ、歴史を通じて多くの傑作を生み出した文芸ジャンルである。そのセンスと蓄積が小説だけではなく、多彩なメディアでも有効に機能することは言うまでもない。貪欲なまでの融和力を通じて、本格ミステリ的なるものはエンタテインメントの世界に遍在しているのだ。
 本格ミステリの広がりは歓迎すべきことだが、それらを十全に満喫するためには、受容者にも相応の素養が求められる。職人の想いと技巧を知らなければ、創作物への理解は浅くならぎるを得ない。図像学が絵画の鑑賞を深めるように、パロディの把握には元ネタの知識が問われるように、そこでは無数の審査が行われている。楽しみ方は自由だという前提を踏まえたうえで、多くのファンが愉悦とともに学習したシステムを「こう読むほうが楽しめる」「これに気付かないのは勿体無い」と整理すること――具体例を伴う技術論として、優れた本格ミステリの技法を抽出し、鑑賞法の基礎を記すことが本書の目的なのである。

 で、目次はこんな感じ。

  • 序文
  • 第一部 原則篇
    • 第一章 フェアかアンフェアか
    • 第二章 伏線の妙味
    • 第三章 ミスディレクション
  • 第二部 鑑贅篇
    • 第一章 犯人特定のロジック
    • 第二章 動機の問題
    • 第三章 解決の多層性
    • 第四章 操りのシステムと罠
    • 第五章 倒叙という本格
  • 第三部 技巧篇
    • 第一章 先行作との関連性
    • 第二章 幻視の風景
    • 第三章 不可能犯罪の宿命
    • 第四章 アクロバットの美学
    • 第五章 パズルとミステリの間
    • 第六章 法則性の罠とミッシングリンク
    • 第七章 真実の苦味と青春ミステリ
  • 第四部 発展篇
    • 第一章 異世界の論理
    • 第二章 超自然への視点
    • 第三章 叙述トリックの鬼子性
    • 第四章 メタミステリの開拓性
    • 第五章 謎の物語

 目次見て興味を感じる向きには楽しめるんじゃないかと思うが、一点だけ。この本は各章ごとにいくつもの作品を取り上げて論じているが、そのうちのいくつかは完全にネタを割っている。個人的にはネタも割らずにミステリ論じる(買うように煽るのではなく)なんて無茶だと思うし、読んだ結果は無駄なネタバレだと思う箇所はなかったので、疵とも思えないのだけど(あ、そういえば「叙述トリックの鬼子性」って章だけはさすがに飛ばして読んでない。)、人によってはネタバレ、駄目、ゼッタイ。の人もいるから、一応老婆心ながら注意をば。ついでに言うと、この本買ったのは、某作家が「知りたいことが書いてあった」と言ってるのを見て、何が書いてあったんだろうと興味を持ったからだった。そもそも何が知りたいことなのかが書かれてなかったのだから、それが書いてあるのかどうかわかるはずはないのだけどね。そんなわけで、ミステリー書きたいと思ってる人が読んでも得るものがあるのかもしれない。