半坪ビオトープの日記

2018-12-10 美馬市の「うだつ」、阿波の土柱

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大急ぎの一泊で小豆島を観光した後は、徳島県にある土柱に行くため、船で高松に向かった。観光名所の小豆島には神戸姫路岡山、高松など瀬戸内海各地から船が出ていて便利。フェリーもあるが、島内のレンタカーの使い勝手も良い。

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高松港でレンタカーを借り、途中で讃岐うどんを食し、美馬市に向かった。脇町には「うだつの町並み」で知られる重要伝統的建造物群があり保存地区に指定されている。江戸時代には、「うだつの町並み」のすぐ南に吉野川が流れ込んでいて、そこに平田船の船着場があり、藍製品が集出荷されていた。今でも石垣やスロープが残っていて船着場公園として整備され、中央に見える藍蔵は売店になっている。

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「うだつが上がらぬ」ということわざの「うだつ」とは、町家の妻壁の横に張り出した袖壁で、防火の役目をした。江戸から明治にかけ、富の象徴としてこの卯建(梲)をあげた立派な家を造っていた。

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その「うだつ」の町並みが、美馬市脇町の南町通りに長さ約400mにわたって続き、江戸時代中期から昭和初期にかけての歴史的建造物が85棟残されている。

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「うだつの町並み」の成り立ちを探ると、1585年(天正13年)の冬、秀吉より四国征伐の功績により、蜂須賀家政に阿波国を拝領、筆頭家老稲田植元が脇城に入城した時に遡る。稲田植元は城下町の復興を命じ、焼け跡に町並み、表口4間、裏へ30間と定めた。月に6回の市を開き、町へ来て商業を営む者の地子銭も諸役も免除したため、讃岐伊予備前などからも商人が集まり繁栄した。

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文政12年(1829)には169棟焼失、天保6年(1835)には29棟焼失と、江戸時代に度々大火に見舞われた脇町では、本瓦葺きに大壁造りの重厚な商家が立ち並んだが、防火用のうだつを造るには相当の費用がかかったという。

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藍商佐直(吉田家住宅)は寛政4年(1792)に創業した藍商で、脇町でも一、二を争う豪商だった。間口11間、奥行き30間とかなり大きく、主屋、質蔵、中蔵、藍蔵、離れ屋の5棟が中庭を囲む、藍商の代表的な屋敷構えを伝えていて、美馬市指定文化財として公開されている。2階の窓は「虫籠(むしこ)窓」という明かり、風入れの窓だが、防火用に漆喰を塗り固め、装飾的要素も加えている。1階の格子造りも「出格子」という威勢を表す様式が施されている。

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主屋も大きいが、2階から質蔵、中蔵を見下ろすと、中庭の広さにも驚く。

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主屋の主座敷では2005年9月に将棋の王位戦第5局が行われ、佐藤康光棋聖が羽生善治王位に勝利した。最終的には4勝3敗で羽生王位が防衛した。

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蔵の中には、かつてこの地を治めた稲田氏の鎧兜や、美馬市出身の日本画家、藤島博文の作品など様々な資料が展示されている。これは山岡鉄舟が将棋の師匠、脇町出身の第12世将棋名人、小野五平に贈った屏風である。幕臣の一人である山岡鉄舟は、江戸城無血開城のため勝海舟と西郷隆盛の会談の道を開き、維新後には明治天皇の侍従となり、学習院の学長も務めた。

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鬼瓦の上に突き出ているのは、鳥伏間(とりふすま)という。鳥が鬼瓦に糞をしないように止まるところなので、鳥休みとも呼ばれる。

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美馬市脇町のすぐ東の阿波市に「阿波の土柱」がある。吉野川によって作られた砂礫層が侵食されてできた奇勝である。この段丘砂礫層は吉野川が約120万年前に、この地が川底だった時にできたものである。

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最も大きいものは波濤嶽と名付けられ、1934年に国の天然記念物に指定されている。高さ10m前後の柱が南北約90m、東西約50mの範囲に多数立っている。このように土柱の手前の展望台から見上げるだけでなく、右手(東側)から土柱の頂上へ登る道や周遊ハイキングコースなどもあって、時間があれば様々な角度から眺めることもできる。

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展望台への道端にモチツツジが咲いていた。モチツツジ(Rhododendron macrosepalum)は、岡山徳島県から静岡県にかけての低山に分布するツツジで、近畿地方には普通に見られる。茎や葉が鳥もちのようにねばねばしているので、モチと名付けられた。腺毛から分泌される粘着液で花粉媒介に与る以外の昆虫を捕殺して、花の食害を防いでいる。

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