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himaginaryの日記

2010-08-31

貨幣の「簿価」と「時価」

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アルファブロガー会計士として有名な磯崎哲也氏のツイート経由で、日銀券に関する磯崎氏とito_haru氏との論争があったことを知った。


その中で磯崎氏は次のように述べている。



これを読んで、少し前のMacromaniaのエントリに、ほぼ同様の指摘があったことを思い出した。以下に該当箇所を引用してみる。

...the Fed did not simply create new money out of thin air. It created the money out of your mortgage, which in turn, is an income-generating security backed by a real asset (your home).


Now, we might all agree that creating fiat money and distributing it willy-nilly throughout the economy (helicopter drops) is ultimately inflationary. But this is not what is happening. It is by no means clear to me that an asset-swap of this form (money for MBS) is intrinsically inflationary. It all depends.


What does it depend on? Well, above all, it depends on the underlying quality of the assets backing the MBS. If these prime mortgages start to default en masse, then we have a de facto helicopter drop of cash, and this will be dilutive.


An analogy to keep in mind here is that of a company, say Microsoft, financing the purchase of new capital (say, a takeover of some smaller firm) by issuing new equity. New shares are created "out of thin air." But is the new share issue dilutive (would it depress the purchasing power of existing shares)? The answer is that it depends. If the acquisition is accretive, then share value is likely to increase (the effect is deflationary). On the other hand, if the acquisition turns out to be a bust, the new share issue will be "inflationary."


(拙訳)

・・・FRBは何も無いところから新たな貨幣を創造したわけではない。FRBあなた方のモーゲージ担保証券を基に貨幣を創造したのだが、そのモーゲージ担保証券は、(あなた方の住宅という)実物資産に裏付けられた利子を生む証券である*1


不換紙幣を創り出してそれを無理やり経済に行き渡らせれば(ヘリコプターマネー)、究極的にはインフレを招くことには誰もが同意するだろう。しかし、現在起きているのはそのようなことではない。今のような形の資産スワップ貨幣MBSスワップ)が本質的にインフレ的かどうかは自明ではないのだ。それは条件次第である。


どのような条件に依存するのか? まず、MBSの裏付けとなっている担保資産の質に依存する。もしプライムのモーゲージ担保証券*2束になってデフォルトし始めたら、我々は事実上ヘリコプターマネーを保有していることになり、貨幣価値は希薄化するだろう。


ここで考えるべきアナロジーは、例えばマイクロソフトのような企業が、新規資産の購入(例:小企業の買収など)を新株発行によってファイナンスするケースである。新株は「何も無いところから」創造される。だが、その新株発行は希薄化をもたらす(=既存の株式購買力を押し下げる)だろうか? その答えは、条件次第、ということになる。もし買収が価値を増加させるならば、株式の価値は上昇するだろう(=デフレ的な効果をもたらす)。しかし、もし買収が失敗に終わるならば、新株発行は「インフレ的」だった、ということになるだろう。


なお、以前紹介したように、Andolfattoと同じカナダ経済学者であるNick Roweは、中央銀行が発行する貨幣の裏付けとして資産がある、という見方に否定的である。何か反論するかな、と思ったら、案の定、コメント欄に登場して、以下のようなことを述べた。

  1. The modern (i.e. last 40? years) QTM says that the price level is determined by both the current *and the expected future* supply of money. If the former rises, but the latter falls, the net effect can go either way. Nobody expects the current increase in Ms to be permanent. (Plus it's also determined by the demand for money, of course).
  2. "Backing" matters only insofar as it influences future money issuance (or interest on money, if applicable). Same for shares of course, where Microsoft's acquisition would lower share prices if the shareholders never expected to see any of the returns from that acquisition in the form of higher dividends or share buybacks.
  3. But for money, unlike shares, there is no promise or guarantee that the moneyholders, unlike the shareholders, *will* see those returns. Most get handed over to the government. Money is like a closed end mutual fund, *except* all the profits from the assets held by the fund go to the government. Which means it is not at all like a mutual fund. Any normal closed end mutual fund which promised to pay all its profits to the government would find its shares unmarketable.
  4. The fundamental value of a share equals the NPV of expected returns. The Bank of Canada promises a negative 2% real return on its shares. Do the NPV calculation with a negative r. It's undefined. The little number at the end does not converge to 0 as time goes to infinity.
  5. The fundamental value of a share equals the NPV of expected returns. But for a share, the r used in the NPV calculation is market-determined, and is exogenous to the quantity of shares outstanding. That is not true for M. The rate of return at which people are willing to hold M varies inversely with M/P. People are willing to hold some M/P even at Zimbabwean rates of inflation. So the NPV calculation cannot even be defined without a money demand function relating M/P to r.
  6. IIRC (and it was decades ago I read that paper) Bruce Smith was talking about a period with fixed exchange rates. So the supply of M was endogenous. But the QTM is talking about the effects of exogenous shocks to Ms.
  7. Money, as medium of exchange, really is special. People are prepared to pay to hold it. It is ror dominated by other assets.
  8. Ahhh! You younger generation of UWO grads (shakes head)!

(拙訳)

  1. 現代(ここ40年くらい?)の貨幣数量説によると、物価水準は、現在の貨幣供給と、将来の予想貨幣供給の両者によって決定される。もし前者が上昇する一方で、後者が低下するならば、差し引きの効果がどうなるかは不定である。今の貨幣供給が永続すると予想する者は誰もいないだろう。(なお、貨幣への需要ももちろん決定要因となる。)
     
  2. 「裏付け」が問題になるのは、将来の貨幣発行(もしくは、適用可能ならば、金利)に影響を及ぼす限りにおいてである。この点は当然ながら株式と同じである。当該の買収に伴う投資収益が高い配当や自社株買いという形で結実する、とマイクロソフト株主が予想しなければ、株価は低下するだろう。
     
  3. しかし貨幣は、株式と違い、保有者がそうした収益を手にするという保証は存在しない。収益の大部分は政府の手に渡る。貨幣はいわばクローズド型の投信のようなものだ。ただし投信の保有する資産からの収益がすべて政府に渡るという点は違う。ということは、投信とは似ても似つかぬということだ。通常のクローズドエンドの投信が利益をすべて政府に渡すと謳えば、まったく売れないだろう。
      
  4. 株式ファンダメンタル・バリューは、予想収益の正味現在価値に等しい。カナダ銀行は、自らの株式についてマイナス2%の実質収益率を約束している。負の割引率rで正味現在価値を計算するとどうなるか。結果は不定である*3。僅かな終端価値が、時間を無限に近付けてもゼロに収束しなくなる。
     
  5. 株式ファンダメンタル・バリューは、予想収益の正味現在価値に等しい。しかし株式については、正味現在価値の計算に使われる割引率rは市場で決定され、発行済み株式数の多寡とは無関係である。だが、貨幣についてはそうではない。人々が貨幣Mを保有したいと思う貨幣の収益率と、実質貨幣残高M/Pとは反比例する。たとえジンバブエ級のインフレ率においても、人々は何がしかのM/Pを保有したいと思う。従って、M/Pとrを関連付ける貨幣需要関数抜きでは、正味現在価値の計算を定義することすらできない。
     
  6. 私の記憶が正しければ(しかもその論文を読んだのは何十年も前のことだが)、ブルーススミスが固定為替相場の時期を取り上げて何か書いていた。その時期においては貨幣供給は内生的である。然るに貨幣数量説は貨幣供給への外生的なショックを取り扱っている。
     
  7. 貨幣は交換媒体なので、本当に特別な存在である。人々はその保有のためにむしろ代金を支払うのだ。従って、その投資収益率は他の資産に比べ低くなる。
     
  8. ああ、まったく君たち西オンタリオ大学の若手連中と来たら(…と頭を振る)!

このコメントに対し、Andolfattoは次のように応じている。

  1. Agreed. Although, I think I'm trying to argue that even if people thought that the increase in M was permanent, that it need not have any effect on the price-level, assuming a bunch of other stuff about backing and fiscal policy, etc.
  2. I'm not sure I agree with you entirely here. Imagine that the new acquisition is a giant gold brick (which generates zero income). If Microsoft purchases the gold brick at market price, the new equity issue is neither accretive nor dilutive. Of course, this assumes that Microsoft shares can be redeemed for gold (the new share issue is backed in this manner).
  3. I see where you are going with this, and maybe you are correct, but I am not entirely persuaded. Your mutual fund example is correct as a practical matter, but not as a theoretical matter. Imagine, for example, that your fund was the only agency capable of producing non-counterfeitable small denomination paper notes. These notes may still be marketable, even if all profits are remitted to the government.
  4. Assets with varying degrees of liquidity are valued beyond their fundamentals. You're not going to disagree with this. I guess you are trying to tell me that money is different than shares; it has a higher liquidity premium. I'm not going to disagree. Have you read the Wallace paper--having a model in front of us would help sharpen the discussion.
  5. OK...(I think...I need a coffee!)
  6. Not sure if fixed exchange rates has anything to do with the argument (will have to think about it).
  7. True, money is a medium of exchange (a tautology, in my view). But money is also an asset and, as such, its value may be influenced, at least in part, by all the sorts of things one normally thinks might influence an asset price.
  8. I'm counting on you old fogies to keep us "young" whippersnappers in shape!

(拙訳)

  1. 同意。ただ、貨幣供給の増加が恒久的なものだと人々が考えたとしても、裏付け資産やら財政政策やらの他の諸々の条件を前提に取り込むと、必ずしも物価水準に影響をもたらすとは限らない、というのが私の議論の方向ということになると思う。
     
  2. これについては完全に同意とは言えないかも。新規の買収対象が(利子を生まない)巨大な黄金のレンガだった場合を考えてみよう。もしマイクロソフトがその黄金のレンガを市場価格で買ったならば、新株発行は価値増加的でない半面、希薄化ももたらさない。もちろん、これはマイクロソフト株式が黄金と交換可能であることを前提にしている(新株発行がそのように裏付けられているとするわけだ)。
     
  3. 言わんとすることはわかるし、それは正しいのかもしれないが、完全に納得したわけではない。貴兄の投信の例は実務上は正しいが、理論上は正しいわけではない。例えば、貴兄の投信が、偽造不可能な小額紙幣が製造できる唯一の機関だったとしてみよう。その場合、たとえ利益がすべて政府に吸収されるとしても、その紙幣は販売可能だろう。
     
  4. 流動性の水準が様々な資産は、ファンダメンタルだけによる評価とはまた違った評価がなされる。そのことには貴兄も反対しないだろう。流動性プレミアムがより高いという点で貨幣株式とは違うということをおっしゃりたいのだと思うが、それには反対しない。ウォレス論文は読まれましたか? モデルを基に論じると、議論がはっきりすると思う。
     
  5. OK…(多分同意…ここでコーヒー休憩!)
     
  6. 今の議論に固定為替相場がどう関わってくるのか良く分からない(きちんと考えてみる必要がありそう)。
     
  7. 確かに貨幣は交換媒体である(私に言わせればそれは同義反復)。しかし貨幣は同時に資産でもある。従って、資産価格に通常影響するとされる諸々の事柄から、少なくとも部分的には、その価値は影響を受けるのではないか。
     
  8. あなた方昔気質の頑固親父が我々「若い」青二才をビシッと締めるのを頼りにしてまっせ!

この後も両者のコメントのやり取りは暫く続いたが、ややすれ違い気味のまま終わっている。その点では、冒頭で触れた磯崎氏とito_haru氏とのやり取りに若干似ている。


これらの議論について乱暴なまとめをすると、裏付け資産(磯崎氏の言葉を借りれば「反対勘定」)を重視する磯崎氏やAndolfattoは、あくまでも簿価ベースで貨幣を考えているように思われる。それに対し、ito_haru氏やRoweは、時価ベースで貨幣を捉えようと試みているように思われる*4

特に、磯崎氏とito_haru氏の議論では、貨幣社債に喩えて話が進んでいる。従って、簿価と時価の乖離という話が入り込む余地はあまり無く、磯崎氏が反対勘定に頑なにこだわる一因になっているように思われる。

一方、AndolfattoとRoweの議論では、株式を喩えに使っている。株式においては、新株発行の場合、払込金がその株式の簿価となる。しかし、株価を決めるのは、その企業の株主分の利益の割引現在価値である。両者が乖離するのは自然であり、株価はあくまでも会計における反対勘定で決まるべきだ、と主張する人はあまりいない。

ただ、Andolfattoには貨幣において割引現在価値を考えるという発想はなく、貨幣の価値はあくまでも裏付け資産の価値に連動する、という考えに留まっている。それに対し、Roweが、将来の予想貨幣供給や、マイナスの実質割引率や、実質貨幣残高と割引率の反相関関係といった要因をベースに貨幣の時価を考えようと試みて、Andolfattoがちょっとそれにはついていけない、という感じになっているように見える。

*1:ここでブログ主のDavid Andolfattoが、今回の金融危機におけるFRBMBS買い取りによるバランスシート増大という文脈の中での貨幣膨張を論じていることに注意。

*2:引用部の前の文章でAndolfattoは、FRBが購入したMBSは優良資産であると強調している。

*3cf. このエントリ

*4:ここでito_haru氏ならびにRoweが考えている貨幣の時価とは、シニョリッジの価値である。

ランバダランバダ 2010/09/01 11:57 お金というものについていろいろ考えた学生時代を思い起こしました。
お金というのは私はホールケーキの切り分けに似ていると思います。
ケーキのどの部分に着目するかは人によって異なるでしょう。
じゃんけんして勝った方がケーキを切って負けた方を先に選ばせれば、
数学的にもっとも合理的な結論になるそうです。
このとき、ケーキを切る事が価格をつけるということに対応するのではないかと
私は思います。

う〜んう〜ん 2010/09/01 12:30 シニョリッジっと検索すると
「中央銀行の,通貨発行によって得られる利益。」(独学ノート)
「貨幣発行益、貨幣発行特権のことをいう経済用語。」(Wikipedia)
とあり、Itoさんが言っておられるのは独学ノートの定義による通貨発行権ですが、磯崎さんは日銀券発行そのものが利益になるのはBSから見ておかしい、まずそこの認識をしっかりしよう、という話をおっしゃる。これは磯崎さんが正しいでしょう。
シニョリッジという言葉は中央銀行のそれと政府のそれと、混合(混同?)して使われているので、Itoさんもそれに乗っかってしまい(磯崎さんは不明)、日銀券の発行自体が日銀の造幣益だと思っているかのような発言が多々ある。日銀券の発行は造幣益にもならず1兆円ほどある政府への上納金(深尾教授らの意見)ですらない、全額負債勘定に計上されるのだというのが、大蔵省から発行された「日本のお金-近代通貨ハンドブック」に書かれていることでスティグリッツらの意見でした。
Itoさんのように負債をガンガン大きくするくらいなら、造幣益で負債の償還、国民に還付するほうが良いと思います。というか国債買い切り、ETF買い上げ、信用緩和まで主張する時点で財政出動へ反対する根拠は弱いですし。

usomeganeusomegane 2010/09/01 13:41 会計の事はよくわかりませんが、
磯崎さんが反対勘定云々と言ってるのは
日銀券を発行して国債を購入して、満期が来る前に売却すれば損失を出す事もある
という話ですかね