Lonesome-happy-days

2016-09-27

[]ブルーブルーマンデイ Sep.2016

 2016年9月、ワタシの住むここ東京では台風の直撃こそなかったものの、天候不順が続き、澄み渡る秋空などにはほとんどお目にかかれないままに、一か月を終えようとしています。

 一時期は朝晩急に涼しくなって、ひと夏の疲れもあってか、いくら寝ても寝足りないというような気怠い毎日でしたが、ここに来て夏の残滓としか思えないような不快な蒸し暑さがまたぶり返して来たりで、私、実はここしばらく、体調的に「絶不調」でした。

 まあ、夏の疲れ、イコール、暴飲暴食、つまりは自業自得!ということでもあるんですけどね(苦笑)。

9月26日、月曜日。5:45。

 その熱帯夜の寝苦しい一夜が明けたとき、夜ごと繰り返し見させられた悪夢からようやく開放された安堵感とともに、心身にベットリまとわりつく厭らしいまでの疲労感で、月曜としてはこれ以上ない程の“バッド・コンディション”の中に目覚めた私がいました。

 とにかく新鮮な空気が吸いたくて、ベッドサイドのカーテンと窓を一気に開けたのです。

 眼前に広がったのは、どんよりと垂れ込めて隣の建物さえ霞むほどの、深く濃い、朝靄(もや)。グレー一色の景色はまるでその時の私の心持ち、そのものでした。そして開け放した窓からは、昨晩より少しだけ涼しくなった風と一緒に、起き抜けの身体にまとわりつくような湿気が一気に流れ込んできたのです。ジットリと。

( 掲載写真は、あくまでもイメージです。)

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 ぼんやりと眠気まなこで外を見ていた、そのとき。

 なんて綺麗な景色なのだろうか…。

 ふいに、そんなことを心の中で微かにつぶやいている私に気付きました。 えっ?

 暗い月曜の朝の、やる瀬無い感情の渦の中、一瞬だけ心を横切ったその純粋気持ち。これをいま、絶対に逃してはいけない!私は本能的にそう感じて、その一瞬の気持ちを手繰り寄せながら、開け放した窓の前に立ち続けていたのです。でも結局、私はその朝、二度とその気持ち自分のものとして再現することは出来ませんでした。

6:15。

 あとは、うんざりしながら顔を洗い、うんざりしながらヒゲを剃り、うんざりしながらあり合わせの食べ物を胃に押し込んで。窮屈な仕事着に着替えて。

7:00。いつものように仏頂面で満員電車に乗り込んだのです。ブルーマンデイ、ブルーブルーマンデイ。そう唱えながら。

7:30。

 満員電車の中、目の前に思いがけず空いた席に倒れ込むように座った私は、今朝の寝ざめの悪さから、いつの間にかまたうつらうつらとしていたようです。不意に正面の車窓から差し込む光の眩しさで目を覚ましました。遠いビル群に朝日キラキラと反射していたのです。f:id:hiroc-fontana:20160928233730j:image:medium:right

 そう、寝起きに部屋から見た濃い朝靄は、やがて訪れるつかの間の好天の前触れだったのですね。

 それでもシートの狭間で固まった身体は、相変わらず気だるさを抱えたまま。コーヒーで無理やり流し込んだ食べ物のせいで、胃のもたれもピークに達していました。そのとき。

「これからもこうしてもやもやを抱えながら毎日を重ねていくしか

ないのだ。それが今、生きている自分のもの、なのだ。」

なぜかそんな思いが強く胸に迫ってきたのです。唐突に、明快に。

7:45。

 やれやれ。。。ため息つきながら、よっこらしょと、条件反射のように腰を浮かせる、私がいました。

 もうすぐ最寄り駅に到着。これから25分歩いて、あの仕事場に向かうのです。

 

D

2016-09-10

[]充実の秋

 年々、この国は秋の訪れとともに、予想もしない天災に見舞われることが多くなっている気がします。毎週のように列島を通過していく台風。こんなこと、かつては無かったように思います

 被災された皆様にお見舞い申し上げます

 

 タイトルとは真逆の内容でのご挨拶になってしまいましたが、この秋、音楽の面では個人的に久しぶりのワクワク感を抱いている私がここに居ます

 まずは聖子さんYOSHIKIさんとのコラボドラマ主題歌と言うことで話題になっている新曲薔薇のように咲いて 桜のように散って」が9月21日にいよいよ発売。【早期購入特典あり】薔薇のように咲いて 桜のように散って(初回盤A)(DVD付)(特典:ポストカード付)ドラマは7月からOAなのに、なかなか発売日が決まらずどうしたのかしら?と思っていたところ、どうやらドラマ最終回クライマックスに合わせての発売だったようで。まさかこの、いつもながら全くおカネをかけてなさそうなホワイトバックのジャケット撮影のために2カ月もかけた、なんて、考えたくもないわよね(苦笑)。とはいえこの曲、純粋にイイ曲で、聖子さんの声にも合っているし(♪トゥルリラー、なんてフレーズも出てきたりして)久々にヒットの予感。テレビでもたくさん歌って欲しい。

 

 そして聖子さんのシングルの一週間後に発売されるアルバムがこちら。

Fantôme

Fantôme

宇多田ヒカルさん。なんと8年ぶりですって。まあ、ブランクがあってもこのヒトの音楽の中にある独特の“凝縮された何か”は、不思議と輝きを失うことがなくて、俺もずっと飽きずに聴き続けて来たし、恐らくこのヒトも林檎ちゃんと同じく「音楽」という形で何かを吐き出すことが“生きることそのもの”なんだろうナ、なんて思っていたから、この復活は“いかにも”だし、とても嬉しいことよね。リードシングルは「花束を君に」。朝ドラを観ながら毎日歌っているのにこの曲も不思議と、飽きないのよね〜。

 

 そしてそして、なんとユーミンも11月2日に3年ぶり38枚目のニューアルバム発売とのニュースが。

All about POP CLASSICO [Blu-ray]

タイトルは『宇宙図書館』。

HPhttp://yuming.co.jp/information/2016/09/01/3379/

そしてアルバム発売に合わせて1年に亘る超ロングランコンサートツアー。思わずユーミン身体もつのかしら?と心配になってしまうのだけど(苦笑)、きっと、ユーミンなら大丈夫ツアーでファンの前に立つことこそが、彼女の美と健康のパワーの源に違いないから・・・。めざせ、黒柳徹子!ワタシも何とかチケットをゲットして、応援に行きたいです。

 

 さて最後アキナ

FIXER -WHILE THE WOMEN ARE SLEEPING-ディナーショーで久々にファンの前に登場するとのことで、そのニュースを聞いたときはまたデマ?と勘ぐってしまったのだけど(何度も騙されてますからね 苦笑)、どうやら今回は彼女も本気みたいで。ディナーショウなら恐らく声を張り上げなくても済むし、時間も体力も大会場のステージほどは使わなくても済むだろうしで、彼女の復活の場としてはなるほど相応しいのかも。でもきっと、チケットプラチナ確実ね。スゴイ競争率になりそう。

 中森明菜さんのニュースはもう一つ。

こちらもビックリでございます。11月30日発売のニュー・アルバム。今度は70年代〜00年代のポップ・ロックカバー集だそうで、どんな選曲になるんでしょうね。タイトルは「歌姫」じゃなさそうだし、もしかすると洋楽カバーしらね。こちらも楽しみ。これを機にマイペースでの活動が続けられるといいね明菜さん。

 

 ということで皆様、災害対策を万全に、充実した秋をお迎えください。

2016-09-07

[]映画三昧〜「君の名は。」そして、クセのあるすばらしき日本映画たち。

 「君の名は。」

 すごく、面白かったです。

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 子供じみた感想ですけど、そんなノリこそがこの映画には相応しいのかな、なんて。

 あまりに評判が高いので、ちょっと観ておこうかな、と土曜日の朝、ぼんやりテレビを見ながら朝食を食べている時に思い立って、即、一番近い街の映画館夕方の回の座席ネット予約。残り少ない席(もちろん一人席)を何とかゲット。本当に便利な世の中になったものよね。特に、こんな風に速攻即決で休みの予定が決められちゃう東京という街はやっぱり恵まれている、としか言いようがない。

 さて映画の方は、よく出来たジュブナイル、というのが第一印象。男女入れ替わりのストーリーということで、アラフィフ世代なら大林宣彦監督の「転校生転校生 [DVD]をまず思い出してしまうけれど、観る前はあの映画の焼き直しかな?なんて思っていたのに、いざ蓋を開ければ、入り組んだ伏線が絡み合って進む展開がなかなかスリリングで、思わず引き込まれてしまったワタシ。その意味では、“楽しませ要素”てんこ盛りの、まさにイマドキの作品

 そしてこの映画、何より、絵がとにかくキレイ殺伐としたイメージで描かれることが多い東京の街並さえ、キラキラと輝く美しい風景として登場してくるのよね。それは田舎町に住む少女の憧れの気持ちが映し出した心象風景でもあったりするわけだけどね…。まあ、振り返れば誰もが10代の頃に見ていた風景はおそらく、今見ているそれよりは遥かに輝いていたはずだったわけで、この映画が醸し出すピュアな印象は、描かれる背景や風景の美しさに負うところが大きいのかもな、なんてことも思った。

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 この映画批評などで引き合いに出される“ジブリ映画”も、絵の美しさでは定評あるけれど、この「君の名は。」は、ジブリにつきものの“説教臭さ”が全くないところも良かったのよね(環境問題がどーのこーのとか、戦争反対!とかいうやつね)。それにちょっと強引なハッピーエンドも、途中で何度となくインサートされる音楽も(オジにとっては少しばかりうるさかったけど)、結局は若い子向けのアニメならではなのかもな、なんて思って。でもそれでいい、と思ったのだ。

 そう、映画館はイマドキの若い子がいっぱいで、その多くが見終わったあと、何だか穏やかなイイ顔して出口に向かっているのを眺めながら、オジさん、少し嬉しかった。こんなピュア作品若い子に受ける日本という国は、捨てたもんじゃないな、なんてね。

 

 さて。

 独身中年のワタシ、翌日の日曜日もヒマを持て余しましてね。夜はお酒を飲みながらひたすらケーブルテレビ鑑賞となりまして。

 「悪人」(2011年悪人 (特典DVD付2枚組) [Blu-ray]、「紙の月」(2014年)と、クセのある2本の邦画を立て続けに見たのね。紙の月前者ではイメージを覆すダークな妻夫木くんと脇役ながら鬼気迫る満島ひかりさんの演技に圧倒され、後者ではひたすら堕ちていく宮沢りえさんにカタルシスを感じたりしながら、どちらも最後には、あたかもポン!と放り出されたかのような何とも“楽しくないエンディング”が待っていたことに“やれやれ”なんてタメ息ついたりして。それで、思ったの。

そうか、「君の名は。」は、やっぱりハッピーエンドだから、あれだけヒットしているんだろうな、とね。

 とりあえず日本映画、確実に面白くなってます

2016-08-28

[]ひとり旅2016〜富山・高岡編

 今年の夏ももう終りを迎えようとしています。皆様は今年、どんな夏を過ごされたのでしょうか。

 ここ数年、夏休みを使ってひとり旅をするのが私の恒例になっておりまして、今年は何がきっかけだったかよく覚えていないのですが突然「富山県に行こう」と思い立ったのです。

 ネット宿泊地などを検索するうち「高岡」という地が目に留まり、そこに決めました。

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(↑しずかな旧い街並みに心癒されます。)

 旅は、土地土地で出会う人々との縁も楽しみの一つではありますが、ワタシは「土地との縁」というのを感じたりするのです。大袈裟に言えば“その土地が自分を呼んでいる”というような。それは多くの場合、あ!行きたい!と思う直感に過ぎなかったりもするのですが、いざ友人に誘われて行った土地でもやはり直感的に「ここに呼ばれて来たのだな」とわかる、何故か“しっくり来る”土地があったりしまして(オキナワとか)、今回の高岡もそうでした。f:id:hiroc-fontana:20160815142530j:image:w240:right

 なぜそのように感じるのか、例えば前世で縁のある土地だったとか考えるのもそれなりに楽しいのですが、いざ訪れてみると急に天気が良くなったり、なぜか心が軽くなったりという体験、それだけでもう、充分だったりします。(もちろん一方で旅行中ずっと天候に恵まれず、何故か心が重くなってしまったりする土地も、少なからずあります。)f:id:hiroc-fontana:20160815130334j:image

(↑今回も、高岡駅に着いた途端、厚い雲が切れて青空が。)

 さてその高岡、加賀藩主・前田利長が築いた高岡城の城下町で、いかにも加賀国らしい意趣に富む工芸品(鋳物・漆製品など)が店先のあちこちに溢れ、趣ある街並みが美しい、本当にステキな街でした。インバウンドの影響もまだ無く人気(ひとけ)の少ない静かな佇まいの古い街並みを歩きながら、私は文字通り「前世自分に還った」ような妙な感覚にとらわれていたのです。初めて来た場所なのに、なんて居心地の良い場所なのだろう・・・と。これも、きっと「縁」だったのでしょうね。

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(↑レトロな建物を横切るレトロ路面電車映画のセットじゃありませんよ。)

 以前も書いたことなのですが、ワタシにとっては“ひとり旅”は「日常」でもあるんですね。日々、色々な人とすれ違いながら浅く広く「他生の縁」を交わしていく人生家族もなく独りで生きていくというのは、多かれ少なかれそういうことなんです。濃密な関係性の中で人と人同士、お互いに強い影響を及ぼし合うようなエピソードからは、いくぶんか縁遠い生き方

 その意味から言えば、「ひとり旅の“足跡”」がほとんど他人に見える形では後に残せないのと同じく、こうして生きている「ワタシが生きた足跡」って、きっと何も残せないのだろうな、なんて思うのです。それはそれで、仕方のないこと。

 でも今回、わかったことがひとつ、ありまして。

 こうして“ひとり旅”を続ける中で、土地土地で出会う人々との何気ない会話をとても自然に愉しむことができている自分を(今回の高岡の旅で)今更ながら発見して、

「そうか、旅は「人生経験(時の積み重ね)」として残っていくのだ。」

 そんなことを感じたのです。これまでの内気で人嫌いな自分とは、すこしだけ違っている、いまの自分が、旅の途中の、ここにいる、というような・・・ちょっと一言では表現できないような不思議な感覚

 

 時を重ね、人々とすれ違いながら、たとえ短い時間でも共有できるその時を、すこしずつでも楽しみ、重ねていけること。

 おそらく、それで充分ということなのですよね。きっと。

 

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藤子F・不二雄さんは高岡出身。氷見線は忍者ハットリくん仕様。

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↑ハットリ君電車に乗って「雨晴海岸」へ。素晴らしい地名です。

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万葉集にも歌われたという美しい海岸も、そろそろ日暮れどき。

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日本酒名物白えびのかき揚げで、ひとり晩餐。シ・ア・ワ・セ。

2016-08-23

[]林檎、魅せる。RIOTOKYO

長く短い祭/神様、仏様(初回完全限定生産) リオ五輪閉幕。

 閉会式フラッグハンドオーバーセレモニー”(というのだそう)での東京プレゼン安倍くんがマリオコスプレで登場したのには賛否あるものの(苦笑)、まさに「COOL JAPAN」を世界アピールする、素晴らしい内容だったわよね。

 そのクリエイティブスーパーバイザー(兼 音楽監督)に名を連ねていたのが、我らが椎名林檎ちゃん!最初はワタシもそうとは知らず、ただただスゲー!カッコイイ!と思いながらセンターフィールドに繰り広げられる近未来ダンスを見ていたのだけど、そのうちにどこかで聴いたジャズワルツメロディが流れてきて・・・。それが林檎ちゃんのアルバム逆輸入〜港湾局逆輸入 ~港湾局~ (初回生産限定盤)に入っていたインスト(「望遠鏡の外の景色(Paisaje)」)だ!と気付いて、すべてがつながった!のね(笑)。あ、この演出、去年の紅白の林檎ちゃんの(全出演者中で間違いなくトップの)クールステージ、そのまんまだよね、と。そして納得。シーナリンゴはやっぱり、天才

 そして、これを機にいよいよ世界に向けて発信ね。

 もともとそのセルフプロデュース能力には定評のあった彼女出世作「ここにキスして」のボンデージ衣装、「本能」でのナースコスプレ、「罪と罰」で振りかざしたのは日本刀・・・。初期のPVは衝撃的ビジュアルでも話題になったのよね。その一方で、技巧的表現を駆使した歌詞には古風な「和」のテイストが色濃く漂い、まさにデビュー当時からCOOL JAPAN」を体現してきたのが彼女、林檎ちゃん。

 まさしく、適材適所。このキャスティングをした東京オリンピックスタッフも、いい仕事をしてくれましたよね。

 さて、4年後の本番は、今回のプレゼンのせいで「期待はずれだった」と言われないように、頑張ってもらわないとね。本番も是非、林檎ちゃんを抜擢してほしいわ。

 

〜林檎・関連記事

2016-08-20

[]「いのちの価値」〜再再掲

相模原の障害施設での事件では、被害に遭われた「障害のある人々」に対する犯人発言があまりに酷く、家族関係者は「被害者は二度殺された」とおっしゃっていることはご存知の通りです。

 

以下、2009年の3月22日に書いた記事の再掲です。

この記事2011年にも一度、再掲載しているのですけど、今こそもう一度多くの皆さんに読んでもらいたくて、恥を承知で再アップさせて頂きます。

 

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私は日常仕事知的障害者の方々と触れ合う機会が数多くあります。

知的障害者の人たち」というと、残念ながら多くのイッパンの人々は彼らのことをこう思うでしょう。

「何をしでかすかわからない人たち」、ひとことで言えば「アブナイ人たち」。

正直、最初は私もそう思っていたうちの一人でした。

しかし、実際に彼ら(知的しょうがいのある人たち)と付き合ってみて、その考えは180度変わりました。とにかく生きることに真摯で、自分のペースで、自分の出来ることを一生懸命にする。楽しいと思うことを素直に楽しみ、嫌なことを素直に拒否する。そして、同じひとりの人間として我々や仲間を受け入れ、時には自然な思いやりさえ見せてくれる彼ら。

そこには、打算や、一方的な憎しみや、分を超えた私欲などは全く無いのです。あるのはただ、ヒトとして一生懸命に生きること。いのち。それだけ、なのです。

私はそんな彼らと触れ合うたび、人間根底には「愛」と「善」があるのだ、ということを学びます。特に重い障害を抱えている人ほど、私にさまざまなことを教えてくれるような気がします。そして、言葉もなく穏やかに隣に寄り添っているだけで、とても幸せ気持ちにさせてもらえるのです。

普段は「何かが・標準レベルで」デキナイ、というそれだけで差別されてしまう彼ら(しょうがい者の人々)から、実は私たちは多くのことを学び、心豊かにさせてもらうことが出来るのです。誤解を恐れずに言わせてもらうなら、それだけでも彼らのいのち、その価値は計り知れないものであると、私は思うのです。

私は「障害者」という言葉を、彼らに障害があるから、という意味で捉えていません。私たちの社会が、彼らにとっての障害を作っているだけなのです。

(これを書くとさらに誤解を招くかもしれませんが、)ゲイである私は、この社会で生きることに多少の障害を感じています。ゲイであるというだけで蔑視対象となったり、酷い場合社会的にも差別されてしまったりするのが、リアルなこの現代社会です。その意味で、私も「しょうがい者」の一人であると、思っているのです。(もちろん、これは私が「そう感じている」という意味です。)

ゲイである私は、男性でありながら女性を愛することができません。しかし、出来ること・出来ないことは本来、人それぞれ、どんな人にもあることであって、それによって人のいのちの価値が変わるわけではありません。いわゆる「しょうがい者」といわれる人々も、一般に「健常」と言われる人々も、その意味では緩やかなグラデーションで繋がっているのです。

いのちの価値は、みんな同じなのです。私は、そう思います。

名古屋市のいわゆる「闇サイト殺人事件」では、何の罪も無い女性が僅かなカネ目当てで酷い殺され方をしました。被告の3人の男たちは、捕まってから反省の色なく、被害者被害者母親侮辱する発言を繰り返したといいます。たしか「(遺族は)運が悪かった」とか、「名古屋市の数千人(数万人?)のうちの一人が居なくなっただけのことだ」など・・・大切な人のいのちの重さというものを、踏みにじるような言葉です。

被告は二人が死刑になり、一人は無期懲役判決です。

私は死刑の是非を論じるつもりはありません。ただ、こう思うのです。

今回、死刑となった二人は自分のいのちの価値をもって、この社会の影の部分に光を当て、それを自分のいのちと一緒にあの世へ葬り去ってほしい。そして、生き残った一人は自分のいのちの価値をもってこれからの長く辛い年月の中で反省を重ね、必ず被害者と遺族への償いをしてほしい。

〜みんな生きている。いのちがある。自分とつながっている。〜

その想像力を、私は失いたくありません。

2016-08-06

[]りふれっしゅ・こけてぃっしゅ

 感動してます。この瑞々しい音に。

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 オーディオマニア向けの雑誌Stereo Sound」が、過去名盤の数々を名エンジニアの手によるコダワリのリマスタを施して、ハイエンドなオーディオ環境での再生にも耐え得る最高音質SACDに蘇らせるという好企画オーディオ名盤コレクション」。聖子さんの80年代の作品がそのラインナップに上がって大きな話題(そのうえ限定販売ゆえすぐにソールド・アウト!)になったのは昨年のこと。そして今年7月、なんと太田裕美さんの「こけてぃっしゅ」(1977年7月発売)と「ELEGANCE」(1978年8月発売)、2枚の夏の名盤がその仲間に加わることに!ワタシ、聖子さんのシリーズの時は迷っているうちに買い逃してしまったので、今回は迷わず即ゲット!でした。

 残念ながら下町の小部屋住まいのワタクシにSACD再生できる環境は無いのだけれど(苦笑)、とりあえず通常のCD環境でも音の違いがわかるとの触れ込みだったので、CDが届いたその日、夜遅く帰宅ながらも、届いた段ボール梱包を解くのももどかしい位にワクワクしながら、金色に輝くそSACDをウチのミニコンポ(苦笑)のトレーに乗せてプレイボタンを押したのだ。

 そうしたら、やっぱり、違う!!何が違うかって、バッキングの音も勿論だけど、太田さんがまるで目の前で歌ってくれているような、くっきりと瑞々しい声の輪郭、そこが凄くてね。40年前(!)の絶好調太田さんのボーカルが見事に蘇ってくるのだ。

 太田裕美さんのボーカルは、ご本人も認めているのだけれど、どちらかというとハスキーで、時に低音がくぐもりがち。例えば『こけてぃっしゅ』は、夏の爽やかな早朝を思わせる静かなワルツバラード「夏風通信」という曲で幕を開けるのだけれど、短いピアノ伴奏のあとに入ってくる太田さんの歌声がとても控え目な囁きに近い声で、今までのCDだと何を歌っているのか、聴き取るのが難しかったのね。ところが今回の音源ではマイクの前で歌っている太田さんが目の前に居るように感じられて、ささやき声でさえもはっきりと聴こえる。

 ダウンロードの普及で中々CDが売れない状況下、比較CDお金を落とす中高年層向けの旧盤リマスタは多けれど、大好きな歌手の一番肝心な「歌声」を、これほど感動的に蘇らせてくれたCDは、初めてかも。

 「レインボー・シティー・ライト」での可愛らしいダビングコーラス。「心象風景」のサビ前“♪Day light dream〜”の、空に抜けるようなファルセットボーカル好調期に録音された「恋愛遊戯」のサビでの素晴らしい声の伸び。そして「暗くなるまで待って」では、アンニュイボーカルで難曲を見事に歌いきる。その振幅。

 このSACDによって、目の前にさりげなくもくっきりと立ち上がるその40年前の歌声に触れて、太田裕美というボーカリストの素晴らしい才能に、改めて感動せずにおれないのです。

 それにしても、一部では名盤と囁かれながらも、聖子さんとは違って時代代表するビッグネームでも何でもない(苦笑)“太田裕美”という歌手アルバムが、こんな形で脚光を浴びて復活するというのは、ファンにとっては「奇跡」以外の何物でもない。本当に嬉しい、2016年・夏のお中元(笑)でした。

 もちろんこちらもオススメ(↓)。

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プロダクションノートによれば「「クリスタルムーン」の比類のないクリーミーヴォイスさえも、ただならぬ厚みと色気を感じさせてやまない」とのこと。まさにそう!)

〜関連過去ログ

「太田裕美アルバム探訪1『エレガンス』」

「太田裕美アルバム探訪6『こけてぃっしゅ』」

2016-07-30

[]ベジタリアン&アルコホリズム

 →ミックスジュースぶどうパン

 →麻婆ナス、わかめスープザーサイサラダごはん

 →生卵入り納豆オニオンリングサラダシメジ味噌汁ごはん

あ、忘れてた。晩ごはんに缶酎ハイ500ml。KIRIN本搾り。最近お気に入りのやつ。キリン 本搾りチューハイ グレープフルーツ 缶 350ml×24本

それにしても動物性タンパク、少ないわ…マーボのひき肉に、卵くらい。気付けば何となくベジタリアンな私。飲み過ぎ、食べ過ぎさえなければ、けっこう健康的な食生活なのにね。

 

そう。このごろ、酒量が増えてしまってね。ほぼ毎日飲んでるの。ましてや外で友達と飲んだりすると、どうしても調子に乗ってしまい度を超して飲んでしまう。

そして…。揚句に記憶を無くしてしまうのですわ・・・。とほほ。

いいえ、家にはちゃんと帰るんです。翌朝、ベッドの上で目覚めると、着替えもしているし(おまけに服はハンガーに掛けてあるし)、シャワーを浴びた痕跡もある。

でも、帰宅後の記憶が全くない。と言うか、友達と店を出てその後の記憶がなかったりするのね。

つい先日もそんな感じで、友達ハシゴ酒した翌日、電車に乗って出かける用事があって自動改札を通ろうとしたら、ICカードエラーになってしまったのね。駅員に調べてもらったら、飲んだ帰りの最寄駅から入場した記録はあるものの、どこにも降りた形跡がなかった。それで記憶を辿ったら…。あっ!って。タクシーで帰って来たことを思い出したの。そういえば、現金が無くてカードタクシー代を払ったような気がする。で、財布の中をよくよく探してみたら、カードの明細書もちゃんと入ってた。

少しずつ戻ってきた記憶

飲み友達と別れて。電車に乗ったら、すぐに寝ちゃって、起きたらどこかわからない駅で。あわてて降りてみたらなんと、乗ったのと同じ駅で!(そう、熟睡して乗り過ごして、終点から折り返しちゃってたのね!)そこまでは思い出したのだけど、どうやって改札を出たのか、タクシーをどこで拾ったのかは、結局殆ど思い出せなかった。

  

ところでナゾがもう一つあってね。翌日、エラーになったICカードリセットしてから改札を通ったら、残額表示が3千円を超えていたのね。普段、千円以上はチャージしない自分なのに、なんでカード残額がこんなにあるの?と、ビックリしてしまって。酔って千円札を五千円札に間違えてチャージしたならまだしも、なぜ3千円なの??ワケわかんなくて。

記憶喪失?多重人格?認●症のはじまり?…いやいや…(苦笑)。これにはさすがに少しばかり、自分が怖くなりましたわ。

 

それともうひとつ、その夜のことを思い出そうとすると、ボ〜ンヤリとある場面が浮かんできてね。それが頭から離れないの。

何軒目かのお店で、浮かれきった勢いで、“誰か”とブチュ〜、としたような、しなかったような…。アレは、誰? ホントーに、ワタシの記憶

ホントーに、困ったちゃん・・・。怖いわ。

2016-07-26

[]一括りにして欲しくない

今朝、痛ましい事件がありました。

相模原の障害者施設で19名の方が殺害された事件です。

人格異常者が起こした、異常な事件です。

施設を辞めさせられたからと言って、なぜ罪もない障害者を襲ったのか。

なぜ職員大勢いる昼間ではなく、真夜中に、眠っている無抵抗な利用者たちを襲ったのか。

怒りが収まりません。

介護施設の勤務が過酷から、とか、人手不足で防犯体制が疎かだから、とか

一般論で一括りにして、この事件分析するのは、間違いです。

犯人は、普通人間ではありません。明らかに異常です。

犯人に対して、何ら同情は要らないと思います。

 

犯人の異常な言動を察知して警察に届けた、同僚の施設職員

警察官同席のもと、本人と面談し、諭そうとした施設長。そして犯人は、施設を辞めた。

みな、障害のある利用者を守ろうとした、立派な行動でした。

しかし、危険な人物として措置入院まで至った犯人を、最後に野放しにしてしまった原因は

「行政」の“セクショナリズム”だったようです。

残念でなりません。

これでは、被害に遭われた19人、そのご家族は、報われません。

そして、彼らを守り切れなかった施設職員の気持ちを思うと、やりきれません。

2016-07-16

[]映画は変わった。『アリス・イン・ワンダーランド〜時間の旅〜』

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 お久し振りです。

 アリスといえば、思い起こされるのは聖子さん「時間の国のアリス」だけど、リリースは、なんと32年前!!きゃあ!そんな昔なのね。そうそう、聖子さんがYOSHIKIと組んだ新曲、まだフルバージョンは未聴だけれど、なかなか良さそうな感じよね。メロディーがとても耳に残る作品。発売は未定のようだけど、いまから楽しみですわ。

 

 さて“映画の”アリスは6年ぶり。今回は、聖子さんではなく、こちらが本題でした(汗)。

 前作も大好きだったけど、今回も楽しませてもらいましたわ。前作のレビューでも書いたとおり、やっぱりワタシはこういう夢の世界(ただしそれは「悪夢」!のほう (笑))にどっぷり浸かれる作品が大好きで、その意味ではティム・バートン作品の、怖くて気持ち悪くて、そしてどこか可笑しい作風にいつもノックアウトされちゃうのよね。今回も突然動き出すチェスのコマたちはブキミカワイかったし、ヘレナ・ボナム=カーター演じる赤の女王は終始グロテスク全開だったし、ベジタブルだまし絵の家来たちのフォルムなんかも素晴らしかった。

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 でもこの続編、ティム・バートンが監督からプロデュース側に回っている分、いくぶんか彼のテイストは薄められてしまっているのよね(監督はジェームス・ボビン)。「ナイトメア」系から少しだけ「ファンタジー」寄りという感じね。決して悪くはないのだけれど、例えば前作ではそれぞれ善悪など気にせず動き回ってアリスの冒険をかき回すキャラ達が魅力だったのだけど、今回は完全に皆がアリスの味方か敵か、という勧善懲悪の構図が根底にあって、キャラとかストーリーとか、色々な意味で単純化し過ぎたのかもね。そこが残念。

 ジョニデのマッドハッターは本来、名前の通りハチャメチャなキャラのはずなのに、ナイーブで心優しい部分が強調されて、どこかチョコ工場のチャーリーとカブるし。あのアン・ハサウェイ演じる白の女王も、すっとぼけたフシギお嬢様キャラが光っていた前作に比べると、今回は単なるアリスのお友達の設定で、魅力半減。。。もったいないわ。

 とはいえ、本作のキイパーソン“タイム”f:id:hiroc-fontana:20160716185023j:image:medium:leftという魅力的な新キャラ登場もあり、前作から比べても格段に進歩したCGのお蔭で(おまけにすっかり定着した3Dのお蔭もありで)画面の隅々まで目を凝らしつつ、この世のものではない夢の世界を存分に楽しんだワタシ。イヤなことはすべて忘れて、カタルシス〜〜でしたわ。

 見終えて思ったのよね、映画は変わったな〜と。

 明らかにCGの発達と関係はしているのだろうけど、映像ありき、話題性ありき、そして子供にもわかる、子供に悪影響を与える要素を極力抑えた、シンプルなストーリー、そんな映画が増えたな〜、と。予告編がディズニー系列の作品ばかりだったので尚更そう思えたのかもしれないけどね。

 まるで戦前・戦中にMGMがゴージャスにお金をかけまくって送り出した、(でもストーリーは至ってシンプル・・陳腐な・・・)数知れないミュージカル映画のようで。娯楽として人々の心を昂揚させるけれど、後には何も残らないような、ね。もともと映画は作られては消費されるものには違いないけれど、それが少しずつ加速しているのかもな、なんて。

 時代がかつての戦前・戦中の雰囲気に近づいているからそうなっているのか、単に映画ビジネスを成立させるための必然の方向でしかないのか、そこはよくわからないのだけれど。

 でも結局のところ、映画が変わったように思えるのは、単に年齢を重ねて自分自身の感性が変わっただけなのかもしれないけどね(苦笑)。

「アリス・イン・ワンダーランド〜時間の旅〜」公式HP