Lonesome-happy-days

2017-01-03

[]メモランダム2017.1.3

f:id:hiroc-fontana:20170103123537j:image

 新年あけましておめでとうございます!昨年はあまり記事更新できなかったにも関わらず、多くの方にご訪問いただき有難うございました。今年もご愛顧のほどよろしくお願いします。

 ところで聖子さんの紅白でのパフォ、何だか印象に残らなかったですね〜。

f:id:hiroc-fontana:20170103212524j:image:medium:leftイントロが流れた瞬間に(映像ではあのYOSHIKIピアノ伴奏・・・)ワタシ、「え?CD?」って思いましたもの。まあ、忠実にCD再現した完璧に近い演奏だったのか、あるいは史上最高の「パク」パフォーマンスだったのか、どちらでも良しとしときましょう、ここは。新年ですし(笑)ライト聖子ファンが、「聖子、やっぱりウタうまいじゃない!」と思ってくれればそれでいいわ、なんて。(実際に、聖子には全く興味の無い友達(♂60代)が、“今回の聖子の歌、よかったね〜”なんて言ってましたしね。シメシメ(笑)

 でもね。ファンとしては、それにしては演出(なんでYOSHIKIがメインステージ聖子がサブステージやねん!)も、歌唱シーン(たとえ「パク隠ぺい工作」にしてもカメラ、引きすぎちゃう?)も、衣装ドレス、黒!)も、地味すぎて残念でしたわ〜。ヘンテコ演出が目立った(苦笑)今回の紅白の中では、インパクトが欠けていたような気がするのよね。土屋タオを(なぜ?の嵐!)ダンサーに引っ張り出したヒロミ・ゴーなみに、セイコの曲でも誰かを踊らせちゃうとか、すればよかったのにね。主題歌ドラマがらみでタッキーとか(無理だろうけど)。いっそ、ムカシのよしみでヒロミ・ゴー本人に頼み込んで華麗に舞ってもらっちゃうとかね(笑)。これ、話題かっさらったわね、実現したら。

 ・・・そんな感じで、今年も紅白、ナニゲに楽しませていただきました。文句言われようが存在価値を疑われようが、やっぱり紅白紅白話題性はもちろん、お金のかけ方が半端じゃない。これに代わる番組は、無い。それを痛感いたしましたわ。

 

 昨年末11月12月と2カ月立て続けに風邪を引いて寝込んだあげく、年末にはギックリ腰になってしまって、普段マイペースな私もさすがに落ち込んでしまいましてね・・・。そのとき周囲から一年の厄落としだったのじゃない?」なんて励ましを頂いて、あ〜そうかと思いましてね。一念発起、これを機に、古くなった身の回り品も全部新しくしてスッキリしちゃおう!なんて考えたんですね。

 ワタシ、もともと基本的に物持ちは良い方で、たとえ安物でも、気に入ったものは長く使うタチなんです。

 それで大晦日の日に、思いきって古くなった鞄と財布、スマホケースを買い換えたんです。何せ、鞄と財布は5年間、スマホでさえも3年間は使い続けてきたモノ。その間ほぼ毎日行動を共にしてきた訳だから愛着もハンパなくてね。いざ捨てる段になったらやっぱり捨てられないんです。

 結局は、使い古した鞄も財布もスマホケースも、新調したモノが入っていた箱やら袋やらに丁寧に収納して、押し入れの中に・・・。「ありがとうね」なんて言いつつ。こうしてまた、モノが増えていくのですね。振り返ればこの人生、色々な面で、同じようなことしているかもしれませんわ、ワタシ。

 古い自分は押し入れに押し込んで、気持ちだけは一新して、新たな年・2017年を迎えています(苦笑)。

 

 前にもちょっとだけ書いたことがあるのですけど、ワタシ、年末にその一年出来事や1年間にお世話になった人々との交流を振り返って、簡単一年の総決算のメモを作っているのです。10年前くらいから。それを見ますとね、あ〜、この年はこれがあったんだ〜と、忘れ去っていた人や出来事を改めて思い出したり、あのころとは環境自分も随分変わったのだな〜なんて、多少は(自分の)変化を実感出来たりもするのです。

 実はそれと一緒にワタシ、毎年「●●年(翌年)の自分」というテーマ未来日記も書いていましてね。年末年始の、できるだけ誰にも邪魔されない、心が透明な時間帯に、そのときの自分潜在意識の中で感じている自分課題をあぶりだして、それを克服するイメージで、未来日記を作るのです。文章はできるだけ明瞭に、断定する形でね。

「予想もしなかった。1000万円の宝くじが当たって、セレブ生活を送ることになった。俺はシアワセだ。」とか。

←ウッソで〜す!こんな非現実的なことは、書いたことはないの・・・怖くて。ワタシが書くのは、あくまでも今の自分課題を乗り越えたあとの、今よりスッキリとした未来日記

 この未来日記も書き始めて10年になるわけで、読み返すと、もちろん結果が全く違っていることも沢山あるけれど、現実化していることも少なくないことに気付くのです。

 要は、どんな良い未来を迎えたいか、年に一度でも前向きにそれを考えることが大事なのかな、なんて思うのです。そうした集団意識が、よりよい未来を創っていくのかな〜、なんて。

 一年のはじめなので、ちょっとコッ恥ずかしいポジティブ過剰なお話。ご容赦くださいね。

 

 今年も、皆さまにとって良い年となりますように!

2016-12-23

[]セイコ・アルバム探訪2016冬編〜その2『Snow Garden』

f:id:hiroc-fontana:20161219211203j:image:w240:right 今年の年末紅白に出演する聖子さん。歌う曲は「薔薇のように咲いて桜のように散って

【早期購入特典あり】薔薇のように咲いて 桜のように散って(初回盤A)(DVD付)(特典:ポストカード付)に決まったそうで、やはり今年のこの曲のヒットは彼女にとっても特別だったのかしらね。昨今の紅白を考えれば、彼女クラスベテランがその年に出した曲を歌えるというのは、大したものよ。(さゆりさんなんて、今年も「天城越え」だものねっ!)

 さて、お約束通り、Stereosound誌監修による再発クリスマスアルバム&ハイブリッド盤レビューの2回目は、オリジナルでは1987年11月21日発売、『Snow Garden』です。

 発売当時の記録は、オリコン最高位1位、29万枚の売上。先行シングルPearl-White Eve」収録があったとは言え、イレギュラー企画盤でこの最終売上は、スゴイわね。この時期の聖子さん、サヤカちゃんの子育て時期という事もあって、メディア露出が少なくてファンは飢餓感を煽られていたわけだけど、その一方で休養たっぷり、心身とも充実していたに違いない聖子たんのフィジカルコンディションは最高で、長いキャリアを通してみても、この時期の声の美しさは格別。透明感があって、表現も非常に繊細なものが多い。そんな時期のアルバムが、声の輪郭がくっきりと出るリマスタで再発された訳で、ホント幸せよね。プロダクションノートによれば、デジタル化が進行していた80年代後半の制作にも関わらず、このアルバムマスターのほとんどがアナログ・テープに録音されていたとのこと。そこに録音されていたアナログ特有の艶のある滑らかな音をなるべく手を加えずにDSD(ダイレクトストリーム・デジタル)変換したものが、このSACD盤。

 実はね、前回『金色のリボン』のときとはこちらの試聴環境も違っていまして、晴れてSACDプレーヤーが我が物になったのです!(メリークリスマスフォー・ミーよ!)ということで、今回はきちんとSACD層を聴いた感想も加えます。

 アルバムのオープニングは、かなり前にセイコソングスでも取り上げた名曲Prease don’t go」(作詞松本隆作曲南佳孝編曲井上鑑)。こちらは冒頭にクリスマス街角喧騒から、彼が旅立つ駅に迷いながらも向かう女性の靴音、そして駅から蒸気機関車が走り出す車輪の音…イントロに至るまでの効果音だけでもまるで、短編映画を観るかのようなドラマチックな作り。このアルバムプロデュース松本隆さんなのだけど、同年に映画微熱少年』を監督しただけあって、かなり演出にリキが入ってるわ〜、という印象。一方の聖子さんのボーカルは全編ウィスパーを駆使して繊細な世界を作り上げていて、見事にそれに応えている感じ。SACDの音はドラマチックなバックのど真ん中に、情感を細やかに紡いでいく聖子さんの歌声がくっきりと浮かび上がっていて、SE含めて7分半という長い曲にもかかわらず、終始とても贅沢な時間が流れていく気がするのよね。

 2曲目は「妖精たちのTea Party」(詞:松本、曲:鈴木康博、編:西平彰)。ファンタジックテーマからいって同年5月発売の『Strawberry TimeStrawberry Timeに収録されてもおかしくない曲だったはずが、何らかのオトナの事情でこの盤に収録になったのかもね。とはいえ元オフコースオリジナルメンバーだった鈴木さん、かのバンド小田さんワンマンバンドになってしまった鬱憤を晴らすがごとく、ここではポップで印象的なメロディー聖子たんに贈っています。確かこの曲、「なるほど!ザ・ワールド」のテーマ曲にもなったのよね。イイ曲だからシングルカットしても良かったのにね。音の方は、いかにも80年代後半を感じさせる打ち込み系サウンドをバックに、まるで子供童話読み聞かせるようなママドル・セイコの優しい歌声が鮮やかに蘇っています。

 3曲目には先行シングルの形でリリースとなった「Pearl-white Eve」(詞:松本、曲:大江千里、編:井上PEARL-WHITE EVE(CCCD)イントロに、教会の聖歌風のコーラスを加えたロング・バージョンを収録。この曲のこの”聖なる世界”は、やはり唯一無二という感じ。この当時の聖子さんの声でなければ創りえない世界、と言っても過言ではないと思う。今までのリマスタではボーカルエコーでぼやけてしまいがちなところを、SACD盤では慎重にコントロールされた美しい発音発声リアルに浮かび上がってきて嬉しい。それと、バックで微かに聴こえる鐘の音がとても綺麗に響いてくるところも素敵。

 “Today’s Avenue Side”と題されたLPでいうA面最後収録曲は切ないバラード恋したら・・・」(詞:松本、曲:辻畑鉄也、編:奈良部匠平)。「♪一人の時間は長くてこわい そばにいて」などと、松本さんにしては体温高めな(笑)恋歌を、ママになった聖子さんのアクが抜けたボーカルがより大きな世界観を湛えた曲に昇華させている感じ。『Strawberry Time』でもアルバムラストに「Love」という名バラード聖子たんに提供した辻畑さん、こちらもA面最後を飾るに相応しい出来。米米なんかを手掛けていたという奈良部さんのやや大仰なシンセアレンジは、ちょっと好みじゃないのだけどね(汗)。

 さて、“Yesterday’s Street Side”となるB面の残り6曲は、冬をイメージした過去曲の再収録5曲(「一千一秒物語」「瞳はダイアモンド」「ハートのイアリング」「愛されたいの」「Let’s Boyhunt」)に、1982年クリスマス企画盤『金色リボン』の収録曲星のファンタジー」(曲編:大村雅朗)を改題・改詞して歌い直した「雪のファンタジー」を収録。

 過去曲では「一千一秒」のボーカルのくっきり具合にしびれ、「瞳は」では喉を酷使した当時の聖子さんの声の荒れがあまりにリアルでびっくりしたり、どれもやはり新鮮に聴こえてくる。なお「Let’s Boyhunt」のみ、エンディングにスキーのエッジ音がミックスされた特別編集最後の「雪のファンタジー」は、声の切なさで聴かせた1982年録音「星の〜」と比較すると随分とアクが抜けてあっさりとした印象だけれども、静けさ湛えたこの曲に寄り添うようなピュアで繊細なイメージはこちら(1987年録音)のボーカルが勝っていて、メロディとアレンジは同じでも、全く違った印象の作品に仕上がっているのが凄いところ。ちなみに聖子さん、「ファンタジー」では曲の最後に“Merry Christmas.”と控えめに囁いていたのが、5年後の「ファンタジー」では“I Wish You a Merry, Merry Christmas, with this song!”などと自信たっぷりイングリッシュを「披露」していて、これぞ聖子たん、という感じ(笑)

2016-12-18

[]セイコ・アルバム探訪2016冬編〜その1『金色リボン

 これから2回連続で、Stereo Saund誌監修によるSACDスーパーオーディオCD)盤で再発されたクリスマス・アルバム2枚を取り上げます。

 今回は、1982年冬に発売された『金色のリボン』。f:id:hiroc-fontana:20161218155739j:image:medium:right

 ユーミン三部作(赤スイ、渚バル、小麦色)の連続大ヒットで、タダのトップアイドルから時代を切り拓くアーティストのひとりに変貌した感のあった、1982年聖子たん。ユーミンブランドをまとって以来、ナニゲに高値感を醸し出し始めて、アルバムも『Pineapple』『Candy』の2作がニューミュージック系の大御所作品を凌ぐ大傑作&大ヒットになって、もう絶好調だったこの年の年末に、さらにこんな素敵なクリスマス・アルバムも出してしまうという、まさに当時の聖子スタッフ、離れ業よね。

 そんな作品SACDとして、アルバムとしては例の10万円BOX以来となる再リリース収録曲的には1984年編集盤『Seiko Avenue』Seiko・Avenue2009年の『Christmas SongsSeiko Matsuda Christmas Songsでほとんどリイシュー済みとはいえ、やはりオリジナルのパッケージで且つイイ音での再発というのは、価値があるというもの(とはいえ、ワタシの場合、まだSACDプレーヤーは持っていないのだけど・・・涙)。

 さて、聴いてみましょう(ハイレゾ・ウォークマンちゃん、オネガイ!(笑))。まずは「クリスマス・メドレー」。赤鼻のトナカイジングルベルサンタクロースがやってくる・・・。ワオ!スタンダードクリスマスソングの数々を、丁寧に歌いあげる20歳の聖子ちゃんが確かにマイクの前にいる!シンセのバックがちょっと安っぽいのがイタダケナイものの、このテの企画ありがちな、肌が泡立つような恥ずかしさもなく、しっかりと聖子節でチャーミングに童謡を歌いあげる聖子さんの天才ぶりに改めて感動。続くはユーミンカバー恋人がサンタクロース」。最後にはサンタに遠い街に連れて行かれてしまう“隣のオシャレなお姉さん”こそがユーミンで、このウタの主人公聖子ちゃんしかいないわ、というくらいにピッタリ自分の歌にしている。音程甘くくぐもりがちな低音も、なんと瑞々しいボーカル再現

 続くはオリジナル3曲。「Blue Christmas」は財津和夫さん作曲バラード。“♪青い〜っ キャンド〜ル〜 火をと〜っ もして〜」。しっとりと透明感のある声を絶妙にしゃくり上げながら切なく歌いあげる聖子たん。くっきりとした音で聴くと、声の閉じ方に独特の情感がこもっていて、本当にうまいな〜、と思わされる。続いてはセイコ・ソングスでも取り上げた「ジングルベルも聞こえない」。“♪イヤ!来ない〜でよ”。この、リアルニュアンス恋人同士の痴話ゲンカが、ホント、愛くるしく思えてくる。さて、発売当時は2枚組LPで、45回転アルバム企画盤で「Blue Christmas」と題された1枚目の最後を飾るのは、大村雅朗さん作曲ワルツバラード星のファンタジー」。SACD的には、静かな低音の歌い出しで微妙ファルセットを絡めた優しさ溢れるボーカルが、聴きどころ。この曲、もう1枚のクリ・アル『SNOW GARDEN』では「雪のファンタジー」として詞を変えて再録されるのだけど、個人的にはこの若くて新鮮な情感にあふれる82年バージョンの方が好きかな。

 さて、2枚組LPの2枚目は題して「Seiko ensemble」。シングル小麦色のマーメイド」をオープニングに、聖子たんのラジオ番組主題歌HAPPY SUNDAY」、シングル風立ちぬ」のカップリングRomance」、映画サントラから野の花にそよ風〜サブテーマ」」、「野ばらのエチュード」のLPテイクという、アルバム未収録の5曲に、「赤スイ」「チェリブラ」など、季節的に違和感の無い人気曲を寄せ集めた(苦笑)10曲。

 この中ではやはり1曲だけ「夏!」な(苦笑)、「小麦色のマーメイド」のアンニュイボーカルが鮮やかに再現されていて、やっぱり素晴らしいな〜、と。打ち寄せる波をイメージさせるイントロギターリフレインの艶やかな音色もさることながら、「♪プールに飛び込む あ〜なた〜」の「た〜」のところが吐息声になりながら「た〜」としっかり甘えて終わるところなんかが今回のリマスタで見事に再現されていて、もう、たまりませんわ。

 LPテイクの「野ばらのエチュード」は、テンポシングルバージョンよりゆったりしていて、なるほど収録アルバムCandy』のシックイメージに近いとはいえ、歌い方がずいぶんとブリッコな印象で、ああこれじゃ、あのアルバムでは浮いてしまったかもね。でも今聴くと、ある意味、新鮮で、貴重だわ。

 

 さて、次回は1987年冬発売の『Snow Garden』の予定です。いつになるか、わからないけど・・・

2016-12-17

[]メモランダム2016.12.17

  • 何があったにせよ

 俳優の成宮さんの薬物疑惑、そして突然の引退表明・・・

 直筆のメッセージでは心の動揺もあってか、ハッキリとしない部分があるにせよ、「引退」という結末を選んだことで、ゲイであることも、薬物を常用していたことも、認めてしまったことになるのでしょうね。

 仕事場では「真面目な苦労人」として振る舞い、仕事仲間からの評判も決して悪くなく、着実に俳優としてキャリアを積んできたところにいきなり、それを覆すようなプライベートの部分を、信用していた仲間から暴露されてしまったショック、その心理的ダメージは、想像に難くない。

 でもね。やっぱりちょっと腑に落ちないのです。

 引退メッセージには、禁止薬物を使っていた(かもしれない)という事(こと)の重大性については否定説明もお詫びもなく、ただ「仲間から裏切り」という被害者的側面ばかりを強調し過ぎているように思えてしまうのです。

 精神的な未熟さが露呈していますね。

 ゲイであるわが身を振り返ると、その辺りもどこか身につまされる気がしてしまうところも、残念でなりません。

 

f:id:hiroc-fontana:20161218143650j:image

 傑作!との呼び声が高い本作、観てきました。

 漫画家、こうの史代さん原作ということで、私はこうのさんの作品では2004年に出た「夕凪の街 桜の国夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)という漫画本をずっと前に買って読んでいまして、その淡いながらも、じわじわと胸を締め付ける切なさが大好きで、今回の映画も楽しみにしていたんです。

 期待に違わぬ素晴らしい映画でした。絵の美しさでは先の「君の名は。」も素敵でしたけど、こちらの「世界の片隅」の方は、まさに水彩画日本画的な、儚い美しさ。日本人の心の原風景でもある戦前自然あふれる風景を見事に再現していて、一見淡々と進んで行くストーリーからこそ、この穏やかな淡い風景の中に主人公と一緒に自分も溶け込んでいくような、そんな錯覚さえ覚えました。

f:id:hiroc-fontana:20161218143651j:image

 舞台は、昭和20年前後の広島。日本が戦争にのめり込み、そして敗戦を迎えるころまでの時代を、主人公・すずという平凡な女性を通じて描きます。すずさんは、少しのんびりした性格で、絵を描くのが大好き。映画の中では、彼女の目を通して、瀬戸内の海に立つ白波が跳ねる白ウサギになったり、呉が軍港ゆえに何度となく襲われる空襲では、青い空に現れては消える白い爆煙が、まるで画用紙に落とした絵具の滴のように描かれたり、はたまた主人公が悲しくも時限爆弾の爆発に遭って大けがを負う場面では、無音の暗闇に白チョークのパラパラ漫画のような絵が続く・・・といった感じで、暗い時代背景でありながら、主人公純粋な心の目を通して、全編がイマジネーション豊かな世界観に彩られている気がします。

 そして、特筆すべきはやはり、主人公すずの声を演じた、のん能年玲奈)。あの、とぼけたような話し方がのんびりとした性格のすずさんに活き活きと命を与え、健気さと独特のユーモアを感じさせて、人物像に深みを加えています。それがゆえに淡々した印象のこの物語が、市井の人々が健気に懸命に生きて行くということの背景に横たわる、何とも言えぬ“切なさ”を強く感じさせるものになっているような気がするのです。この映画が傑作になったのは、彼女の声があってこそ。そう言っても過言ではありません。

 淡々と生きる主人公・すずは、10代で言われるままに何の疑問もなく嫁入りし、気が付けば夫を愛している自分に気付くのです。そんな彼女人生のある時期、戦争が始まり、空襲が酷くなって身のまわりから物が無くなり、彼女自身も大けがを負い、心も大きく傷つき、でもいつしか戦争も終わって、港に沈む軍艦を横目に、また闇市に買い物に出る彼女がいるのです。そして街は廃墟になりますが、すずが住む、丘の中腹の家の周りには戦争前と変わらない、のどかな田園風景が広がっている・・・

 たとえ大きな力によって人生を歪められることがあるとしても、それでも人は健気に生きて行くのです。小さな楽しいこと、嬉しいこと、自分にとって素敵なことを探しながら、それぞれの心に小さな希望の灯をともして。それで、いいのですよね。最後はそんなシンプルメッセージが、心に響いてきました。

 いい映画でした。

f:id:hiroc-fontana:20161218143649j:image

2016-11-28

[]額の刻印

 また、やってしまいました。

 その日、久しぶりに会った友達と盛り上がって、つい調子に乗って日本酒をグイグイ。少し前に風邪で寝込んで、しばらくお酒が飲めなかったこともあって、もう、ホントに美味しくて。

 でも私、過去に何度となく日本酒で失敗していることをその時は都合良く記憶から消し去っていたんですね。

 友達と別れたころ、おそらくすでに酩酊状態だったワタシ。帰りの駅の階段で蹴つまずいて、おでこを強打。と言ってもそこは酔っぱらいです。さほどのダメージを感じずに改札に向かっていたのです。それで、駅のホームに向かう途中、若い女性に突然、呼び止められたんです。

 「大丈夫ですか〜?!」と。

 え?と振り返る私に、女性はバッグから取り出したティッシュを数枚渡してくれ、「これで、とりあえず…」と、顔を拭く仕草

 言われるままに顔を拭いてビックリ‼️

 流血してる!それもかなり多量に…

 女性心配そうに、さらにバッグから絆創膏セットを渡してくれて、「本当に、大丈夫ですか〜?」と。

 私、これはヤバイ、と思いつつも、これ以上見ず知らずの人に迷惑をかけてはいけないという気持ちと、それ以上に恥ずかしさから

 「だ、大丈夫、と、とにかくだいじょ〜ふ、れす、から…。」

 呂律も回らないままに言い訳しながら、彼女から逃げるように踵を返して、とりあえず駅の外に出て、タクシーを止めたのです。

 あとはショックで、急に回り出したアルコールのせいで家の住所を運転手さんに告げるのもやっとこさ。クルマが走り出したのもわからないくらいに、あっと言う間に前後不覚状態に陥ってしまい、着きましたよ!と叩き起こされてやっと、ああ・・・帰れたんだわ、と。そんな状態で。

 

 翌朝。あの状態でいつの間に自分で貼ったのか、眉間に十字に貼られて血の滲んだ絆創膏を恐る恐る剥がすと、眉間のすぐ下に、パックリと3センチほどの傷が・・・。そして鼻の真ん中が無残に腫れて、まるで私はロッキーか?アバターか?みたいな。 アバター 3Dブルーレイ&DVDセット(2枚組) [Blu-ray]ロッキー(特別編) [DVD]

 この傷、しばらく消えそうにありませんが、これから忘年会シーズンに向けての自分への戒めとして、むしろ残っていて欲しいくらいです(苦笑)。

 それにしても、です。見ず知らずの酔っぱらいオヤジにきちんと声をかけてくれて、ティッシュと絆創膏をくれたあの若い女性。その優しさに、今更ながら感謝です。この世の中、捨てたもんじゃないですわ。生きてて良かった。いろんな意味で、そう思いました。

 あの時の彼女に。しっかりとお礼も言わずに申し訳ありません。本当に、ありがとう!

2016-11-21

[]スマップオトナ買い

世界に一つだけの花

 最近マイブームスマップ比較的新しいシングルをゴッソリと買って、聴き漁ってるのだ。

 すっかり解散カウントダウンに躍らせてるわよね、全く。

 まあ、以前も記事にした通り、元々スマップの曲はキライじゃなかったのだけど、カネにモノいわせた事務所戦略には決してだまされないわ、と意地で聴かなかった部分が大きいわけでね。実際、今回聴き漁ってみて、改めて良く出来た曲がとても多いナ〜と思ったし。

 今回の“オトナ買い”のきっかけは、25周年のベスト盤のインフォSMAP 25 YEARS (初回限定仕様)があって、有終の美を飾ってくれるならこれは買ってみようかしら…と楽しみにしていたのに、いざ正式発表された曲目を見てみたら、あら前に買った2枚のベスト盤(『VEST』『SMAP AID』)Smap VestSMAP AID(スマップエイド)期間限定発売げんきのRED-AIDハンカチVerで充分だわ〜という感じだった上に、自分としては聴きたかった「僕の半分」が入ってないし、これなら別にシングル買っちゃった方が安上がりだわ、なんて思ってね。

 でもそこがミステイクで、そこから始まっちゃったの、悪い癖。「僕の半分」をアマゾンポチっとやったら、横に「さかさまの空」が表示されて。あっ、この曲もイイのよねー、ポチっ、なんて。笑。そんな調子で結局、あれもこれもと計8枚をオトナ買い…。

 血迷った独身中年ゲイ無駄遣い?いいえ!思わぬ出費にはなってしまったけれどね、無駄遣いではなかったわ。キッパリ。ちなみに買ったのはこれらの曲。

 ああ、スマップ、いいわ。特に晩年(?)の曲は間違いなく…。もう、そう言ってしまってもいいわよね。

 まずボーカル。何事もとにかくソツないキムタクはいはい、巧いのはわかりましたよ…みたいな)を中心に、キムタクグラニュー糖をまぶしてアイドルチックに仕上げた感じ(何気にこちらも技巧派ボーカル)の吾郎くんに、グループ随一のオトコ声のストレートさが時に驚くほどイイ味を出す慎吾ちゃん。ふんわりとした人柄が歌声にも現れたようなソフトさが魅力のくん。そして年を重ねる中で見事そのグニャグニャなヘタウマボーカルを“オンリーワン”にまで昇華させてくれた中居くん。初期中期のスマップのウリが息の合ったユニゾンコーラスだったとすれば、後期からはいつの間に完成された5人それぞれの個性的ソロボーカルをフィーチャーした曲が中心になって、後期スマップはそれでまた魅力が倍増してるのは確かで。

 そして作家たち。古くは山崎まさよしマッキーからデリコ斉藤和義、クボジャーサカナクション、林檎ちゃんにヒャダインに果てはゲス乙女まで…旬な作家(と新進気鋭の若手たち)から今どき信じられないほど贅沢に曲提供を受けて、後期のその作品群の充実ぶりはまるで、ビートルズ解散までの道程を辿るようで(ちょっとオーバーなのは承知の上でね)。

 そして、彼らの曲の魅力は、何故かどの曲にもそこはかと漂う、哀愁。たとえタイトル曲が元気イッパイでも、カップリングではほぼ例外なく泣かせてくれるのね。そう、スマップカップリング曲も洩れなく素晴らしいというのが、シングルオトナ買いしたからこそ知り得た事実

 尤も、こうしてライトなファン(ということにさせて!)たちが騒ぐほどに渦中の彼らは解散イベントを楽しめていないだろうことは、あの解散謝罪会見を見ただけでも充分わかるわけで、だからこそ、今のうちに音楽面だけでもその足跡をキチンと再評価してあげましょうよ。

 これまでに発売したシングルが55枚すべてトップテン入り。連続10位内獲得曲数の歴代1位は勿論スゴイけれど、「世界に一つだけの花」「夜空のムコウ」「らいおんハート」など、音楽使い捨てられるこの時代に、これからも歌い継がれていくに違いない名曲の数々を残してくれたという、それだけでも、ジャニ系で成功したグループは数あれども、やはり彼らは「別格」だと思うのよね。

 歌う時の一人一人のポージング(いわゆるダンスではなくて)の優雅さではピカイチだった彼らが、もう揃って歌う姿を見られなくなるというのは、やっぱり少し、寂しいわね・・・

2016-11-12

[]『宇宙図書館松任谷由実

宇宙図書館(初回限定盤)(DVD付) ユーミン38枚目、3年ぶりの新譜です。アルバムチャートではオリジナル盤としてほんっと〜に、久しぶりのウィークリーNo1を獲得(おそらく97年の『Cowgirl Dreamin'』以来)。御年62歳での1位。女性ではライバルまりやを抜いての“最年長記録”だとか(苦笑)。

 デビューから40年以上の歳月を経る中で、人として、良くも悪くもおそらくは市井の人々には想像も出来ないような経験を重ねてきたに違いない、この方。凛とした強気姿勢を崩さずに、常に才気溢れる“ユーミンであることを求められ、その期待に応え続けてきたそのプレッシャー想像するだけでも、平凡極まりない人生を送って来た自分なぞは目が眩むばかり。

 でも。どんな人生にも分け隔てなく、そして容赦なく、刻々と時は刻み続けているわけで。

 70年代のユーミン、80年代のユーミン。90年代、00年代、そして2016年・・・。その間にユーミンが重ねてきた「時」がいま、こうした形で表現されて、自分の重ねてきた“時”と重なっている、そこが、奇跡・軌跡・奇跡・・・に思えて。

 『宇宙図書館』を聴いて最初に感じたのは、そんなこと。

 かつての、その時代に落とし込まれた縦糸・横糸を拾い上げて、次々にキラキラと輝くタペストリーを織り上げていく言葉メロディー職人ユーミンの影は、もう随分と薄くなって、今の彼女は、黙々と土を練り釉薬を慎重に選び抜いて、深く静かに自分の色を表現していく陶芸職人のように思える。いま、ユーミンが創る音楽は、まずは彼女自身との対話であり、彼女が重ねる時であり、おなじ時を伴走してきた者のみがその価値を分かち合えればよいもの、もしかしたら今、彼女はそんな風に考えているのかもしれない。

 このアルバム新譜だし録音もとても良いけれど、その一方メロディーもアレンジ(「AVALON」は80年代TOTOみたいだし、EDMの「星になったふたり」はユーロビートに聴こえるし)も、新しいものははっきり言って、何も無い。歌声も少し錆びついて、かつのての“α波ヴォイス”はほとんど失われてしまった。でも、これでいいのだ。この作品こそ、ユーミンが重ねてきた時間、そのものから。俺にはなぜか強く、そう思えたのよね。

 ダウンロードで1曲1曲がキリ売れされ、便利さ・手軽さを前に、総合芸術であるべきCDアルバムの意味さえ忘れ去られた現代、いささか気合いの入り過ぎた、この素晴らしすぎるアルバムジャケットの装丁だけを見ても、ユーミンの想いが痛いくらいに伝わってきて。

 穏やかなバラード宇宙図書館」に始まり、荒涼とした荒野を思わせる勇壮な曲調の中に、失った人を追慕する果てしない想いが切ない「残火」、ふとした瞬間のこの世界の美しさと儚さ、その一瞬を切り取った「Sillage〜シアージュ」は鮮やかな抽象画を見るようで。オープニングから3曲を聴いただけでも、ここにいるのは、いつもの・変わらないユーミン

 懐かしい声、耳に馴染むメロディー。曲を聴きながら自分もいつしか何度も過去に旅して、そのときどきの思いを探りながら、それでいてユーミンが時折繰り出す、言葉の鋭さにハッとして我に返る。それはまるで、時空を越える旅。そんな感じ。

 夢の中であなたは なつかしい服着て

 忘れていた未来を 教えてくれる

  「宇宙図書館」詞:松任谷由実

 

 『宇宙図書館』は、ユーミンによれば、すべての人の過去記憶が収められた、宇宙の図書館アカシック・レコードね。まさしくそんなイメージがこのアルバムを通じて出来上がっているのが凄くて、私も時空の旅、いつのまに何度も・・・

 過去に戻って、忘れていた未来を取り出してこよう。

 穏やかでどこか懐かしいこのアルバムからユーミンがくれた素敵なメッセージ。じっくりと味わいたい。

2016-10-27

[]メモランダム2016.10.27

 ここ数年、国営放送朝ドラにすっかりハマって、ずっと見続けているのですが、今回の『べっぴんさん』には、イマイチ入り込めずにいます。まあ、まだ始まったばかりなので評価を下すのは早い気もするのですが、前々作『あさが来た連続テレビ小説 あさが来た 完全版 ブルーレイBOX2 [Blu-ray]から三作連続で“実在女性モチーフにした立身伝”が題材になっていまして、さすがにマンネリ感を拭えない気がして、そこが中々気持ちを入れ込むことができない理由ひとつであるのは確かなようです。

 ただ、ここ三作で共通していることがもう一つありまして、もしかしたら、かの国営放送局は、そこを狙って同じような題材にしたのかしら、なんて穿った見方もしたりしています

 それは、立身伝を通じて戦時中の日本を描くことで、暗に戦争反対を訴えているのでは?ということ。前作「とと姉ちゃん連続テレビ小説 とと姉ちゃん Part1 (NHKドラマ・ガイド)、今回の「べっぴんさん」共に、太平洋戦争のもと、主人公達は回りから少しずつ食べ物生活物資が無くなり、大切な人が居なくなり、それまでの何気ない日常生活が失われていく経験します。そのうえ疎開先では穀潰しの如く扱われて肩身苦しい思いをし、隣組では女系家族ゆえの差別を受けたりしまして、非常事態に陥ったときの人間の醜さを目の当たりにするのです。

 翻っていまの日本、アブナっかしい安倍ちゃんオママゴト政権のもと、この国はいつでも戦争が出来る国作りへと邁進し続けているように見えます。そして、マスコミはもはや政権批判を出来ない体制に飲み込まれてしまったようで、テレビも新聞も現政権のすることに対しては頑なにただ口を閉ざし続けているように見えます

 そんな中、国営放送朝ドラけがドラマというツールを通じて、マイルドに戦争に反対し、静かに平和を訴えている構図、私にはそう見えるのです。

 周辺国の脅威イコール国防イコール軍備増強(→やがて戦争!)という安直思考があたかもスタンダードのようになり、じわじわと“それも仕方ない”という風潮になって来ているのは怖い事だと思います

 まずは外交対話、そして相互理解ありきのはずなのに、その地道な過程がスッポリ抜けてしまっている気がするのです。

 イギリスのEU離脱に始まり、アメリカ大統領選のあまりの異常さ(軽薄な言葉での罵り合い!)を見るにつけ、世界中がどこか短絡的になって、おかしな方向に進んでいるように思えます

戦争中の暮しの記録―保存版

戦争中の暮しの記録―保存版

 ↑やはり、市井の人々の感覚実体験こそが正しく、強い説得力を持っているのだと思いますドラマ(「とと姉」)の中にも出てきた、雑誌暮らしの手帖」の戦争特集。当時の日常品や服装写真イラストで紹介され、人々の暮らしぶりを伝える記事や、貴重な体験談たっぷりで、ある意味あらゆる角度から戦争の真実が生々しく記録された充実の一冊。すっかり朝ドラかぶれの私ではありますが、この本、買って良かったと心から思いますオススメです。

 

  • 経る時

 一カ月近く、記事が書けませんでした。

 私にとって「書く」という行為は、自分存在他者のみならず自分に示すための大切な表現手段の一つです。それは変わりありません。人付き合いはおろか、素直な喜怒哀楽表現すべてが苦手な私にとっては、言うまでもなく“書くことは生きる上で「必要不可欠な行為」”なのです。

 そんな私ではあるのですが、ここに来て自分の中に多少の変化を感じているのです。

 それは、「書く」ばかりでなく「話す」という行為表現手段としてすこしずつではありますが、自分の中で育ってきつつあるように感じていること。50才を越えてようやく…。

 記事が書けなかった理由は、おそらく、それが大きいのだと思っています

 つまり、ようやく少しずつ言葉(会話)という表現手段を身につけ始めた私は、ひとりで「書く」行為に至る前に、誰かほかの人と「話す」という行為を取ることで足りるようになって来た、という事なのかも知れません。

 こうした変化は自分でも正直まだ信じられなくて、いつかまた元通りの「書く」行為に頼って生きる自分に戻るのかも知れないとも思っているのも事実です。

 でもその一方で、今、この人生で初めて、気負いなく多くの他者との会話を軽々と楽しみ、自意識とはほど遠い場所他者自然コミュニケーションが取れている自分が確かにいまして、そんな自分を見つけるたび、何だか生まれ変わったような、新鮮な喜びを感じるのです。

 変化のきっかけは何だったのか、それはわかりません。まるで季節が移り変わるように、気づいた時にはすでに変わっていた、ちょうどそんな感覚です。

 

 時はただ流れていくのではなく、人知れず静かに降り積もっていく。

 私が以前から感覚として捉えていたこと、それは間違いなかった。そう思いました。何気ない日常を重ねていても、確かに自分の魂には刻々と何か価値のあるものが刻み込まれている、大げさですが、そんなイメージです。

 ふとユーミンさんの名曲「経(ふ)る時」(1983年アルバム『Re-incarnation』収録)REINCARNATIONに、そんな暗喩が含まれていることに気づいたのは、恥ずかしながらつい最近のことでした。

 経る時。とは、降る、とき。歌詞の内容は、こうです。

 春、桜の花びらが散るころ、古びたホテルロビーの窓際の席は“薄紅の砂時計の底になる”のです。しかし、秋も深まったこの季節、窓際から見える枯木立が、桜であることを誰もが忘れている。

 そんな風にして、ホテルはしずかに時を刻み、いつの間に寂れ、ここを毎年訪れる古くからの馴染みの夫婦もいつしか年老いて、それでもふたり、薄日の差す空から降り積む時を眺めながら、窓際の席に今日も座っているのです。

 散り積んでゆく枯葉はまさに、空から降る、とき、そのものなんですね。さすが、ユーミンです。

D

2016-09-29

[]祝、19年ぶりトップテン

薔薇のように咲いて 桜のように散って(通常盤)

 9月21日発売の聖子さんの新曲薔薇のように咲いて 桜のように散って」。(つくづくこのジャケット、駄目よね〜。)

 発売初日は8位だったので「そんなもんよね。」と高を括っていたら、なんと翌日9/22付オリコンデイリーチャートで1位になって、もうセイコ友の間では大騒ぎ。それで、これはいけるんちゃう?という感じで見ていたらなんと、ウィークリーチャートでは第6位に初登場!

 パチパチパチ。

 “松カルテット”復活で一部では(苦笑)話題沸騰だった昨年のシングル永遠もっと果てまで永遠のもっと果てまで/惑星になりたいでさえ、結局はオリコンウィークリーチャートでは11位どまりだったから、今回やっと溜飲を下げた感じかしら、聖子たん。これを機に、まだまだいけるわワタシッ!という感じで(笑)、どんどん外注に挑んでもらいたいわ〜。

 聖子さんの週間チャートでのトップテン入りは、なんと1997年シングル私だけの天使〜Angel〜」(最高位5位)以来。私だけの天使?Angelかの曲の主人公(当時の聖子たんのAngel)、サヤカの成長ぶりを見れば、誰でもその長いブランクに納得するはず。まあ、聖子さんと同時に今週十年ぶりにトップテン返り咲きした、SMAPのアノ曲も、タツローのアノ年末定番ソング(笑)にはスゴいけれど、やっぱりデビュー36年目にしてかつ、19年ぶりにトップテンに戻って来られるという聖子さんのアーティストパワーには、ホントビックリですわ。敬服いたします。

 とはいえこの曲のヒットにはやっぱり曲を作った孤高のカリスマ・YOSHIKIさんのパワーにかなり後押ししてもらっているのは確かで。とにかくメロディーメランコリックで、美しい。日本らしい曲、を意識されたそうだけど、サビ「♪ルリラー ルルリラ〜」あたりのメロディーは確かに童謡の「赤とんぼ」や「夕焼け小焼け」に通じるノスタルジックな響きがあって、“さすがだな〜”と思わせてくれる。そしてそんな、少々ベタな印象のメロディーを、聖子のシルキーヴォイス(と、荘厳なダビングコーラス)で丁寧に織り上げていく感じ、そこがゾクゾクしてね。

 さあ、今日はこれからNHKSONGS」でこの新曲をテレビ初披露。素敵な「ナマ歌」(←これ、肝心)を、聴かせてほしいわ。

 まずは、トップテン入りおめでとう、聖子さん。 

D

2016-09-27

[]ブルーブルーマンデイ Sep.2016

 2016年9月、ワタシの住むここ東京では台風の直撃こそなかったものの、天候不順が続き、澄み渡る秋空などにはほとんどお目にかかれないままに、一か月を終えようとしています。

 一時期は朝晩急に涼しくなって、ひと夏の疲れもあってか、いくら寝ても寝足りないというような気怠い毎日でしたが、ここに来て夏の残滓としか思えないような不快な蒸し暑さがまたぶり返して来たりで、私、実はここしばらく、体調的に「絶不調」でした。

 まあ、夏の疲れ、イコール、暴飲暴食、つまりは自業自得!ということでもあるんですけどね(苦笑)。

9月26日、月曜日。5:45。

 その熱帯夜の寝苦しい一夜が明けたとき、夜ごと繰り返し見させられた悪夢からようやく開放された安堵感とともに、心身にベットリまとわりつく厭らしいまでの疲労感で、月曜としてはこれ以上ない程の“バッド・コンディション”の中に目覚めた私がいました。

 とにかく新鮮な空気が吸いたくて、ベッドサイドのカーテンと窓を一気に開けたのです。

 眼前に広がったのは、どんよりと垂れ込めて隣の建物さえ霞むほどの、深く濃い、朝靄(もや)。グレー一色の景色はまるでその時の私の心持ち、そのものでした。そして開け放した窓からは、昨晩より少しだけ涼しくなった風と一緒に、起き抜けの身体にまとわりつくような湿気が一気に流れ込んできたのです。ジットリと。

( 掲載写真は、あくまでもイメージです。)

f:id:hiroc-fontana:20160928231346j:image:w240:right

 ぼんやりと眠気まなこで外を見ていた、そのとき。

 なんて綺麗な景色なのだろうか…。

 ふいに、そんなことを心の中で微かにつぶやいている私に気付きました。 えっ?

 暗い月曜の朝の、やる瀬無い感情の渦の中、一瞬だけ心を横切ったその純粋気持ち。これをいま、絶対に逃してはいけない!私は本能的にそう感じて、その一瞬の気持ちを手繰り寄せながら、開け放した窓の前に立ち続けていたのです。でも結局、私はその朝、二度とその気持ち自分のものとして再現することは出来ませんでした。

6:15。

 あとは、うんざりしながら顔を洗い、うんざりしながらヒゲを剃り、うんざりしながらあり合わせの食べ物を胃に押し込んで。窮屈な仕事着に着替えて。

7:00。いつものように仏頂面で満員電車に乗り込んだのです。ブルーマンデイ、ブルーブルーマンデイ。そう唱えながら。

7:30。

 満員電車の中、目の前に思いがけず空いた席に倒れ込むように座った私は、今朝の寝ざめの悪さから、いつの間にかまたうつらうつらとしていたようです。不意に正面の車窓から差し込む光の眩しさで目を覚ましました。遠いビル群に朝日キラキラと反射していたのです。f:id:hiroc-fontana:20160928233730j:image:medium:right

 そう、寝起きに部屋から見た濃い朝靄は、やがて訪れるつかの間の好天の前触れだったのですね。

 それでもシートの狭間で固まった身体は、相変わらず気だるさを抱えたまま。コーヒーで無理やり流し込んだ食べ物のせいで、胃のもたれもピークに達していました。そのとき。

「これからもこうしてもやもやを抱えながら毎日を重ねていくしか

ないのだ。それが今、生きている自分のもの、なのだ。」

なぜかそんな思いが強く胸に迫ってきたのです。唐突に、明快に。

7:45。

 やれやれ。。。ため息つきながら、よっこらしょと、条件反射のように腰を浮かせる、私がいました。

 もうすぐ最寄り駅に到着。これから25分歩いて、あの仕事場に向かうのです。

 

D