Lonesome-happy-days

2017-11-14

[]CDかき入れどき 〜さて安室ちゃん・・・

 だいたい11月というのは大物のCDリリースが相次ぐのが恒例ではあるんだけど、今年は参ったわ。

 邦楽洋楽を問わず好きなアーティスト作品情報が次々と告知されるものだから、あれも欲しい、これも欲しい、となってしまいまして。ワタシ、先月から1カ月の間に密林サイトに6枚もポチ、しちゃいました。こんなの、久しぶり。

リッスン・ウィズアウト・プレジュディス 25周年記念盤スタンダード・エディション(期間生産限定盤)【Amazon.co.jp限定】相聞(ポストカード付)明菜(通常盤)レピュテーション (ジャパン・スペシャル・エディション)(初回生産限定盤)(DVD付)ダイアモンズ~グレイテスト・ヒッツ               

 

 

 それで、早速ヘビロテしているのはやっぱりアムロちゃんでね。

Finally(DVD付)(スマプラ対応) 通常盤

Finally(DVD付)(スマプラ対応) 通常盤

 まず、オープニングに収められたデビューシングルの「ミスターU.S.A」(初めて聴いたのだ)が予想以上に良くて、わ、いいじゃん!と思ったのね。それで「愛してマスカット」「TRY ME〜私を信じて〜」とつながって、(ユーロビートのこの安っぽさが懐かしいわ・・・)なんて独りごちながら、次々飛び出す懐かしい曲を聴いていて、DiSC1の終盤まで聴いたとき、ふと気づいた。

あ、これ、“オールタイムベスト”じゃないんだわ!」と。 

 でも。「Dreaming I was dreaming」「toi et moi」「SOMETHING 'BOUT THE KISS」「LOVE 2000」「PLEASE SMILE AGAIN」といった、低迷期ながら確実に次の展開に向けてチャレンジを重ねていた時期の曲たち、そして、マニアックR&B色に染まった初期の曲ゆえ最もセールスが落ち込んでいた時期の名曲群「shine more」「Put 'Em Up」「ALARM」さえオミットされてしまって、これで果たしてアムロちゃんの集大成アルバムと、言えるのか?

 言えないよ!

 ということでワタシ、結局はもう一枚これ、密林でポチ!しちゃいました(中期の曲を集めたベスト盤ね)。LOVE ENHANCED - single collection ああ。またこれでおカネが飛んでいくわ・・・。(これ、よくある「引退商法」なのかしら?なんて疑心暗鬼になったりしてね。)

 ところで、本アルバムFinally』、3枚組のDisc3はほとんど既発アルバムには未収録の曲ばかりということで、そこで“元を取った”感があるのは確かで。ただし、曲のほうはちょっと玉石混交様相を呈していて、近年のオリアルのスキのない完成度から比べればワクワク感は遥かに少ないかも。全編英語で通してきたここ数年の作品には、英語にチャレンジしているというだけでも緊張が漲っていたような気がするのだけど、今回の新曲たちの多くはかつてのアムロちゃんの代名詞でもあった、英語日本語ブレンドした“似非R&B”的世界に戻っていて(コムロ作品もあり)、嬉しい反面やはり、引退に向けて、もう「挑戦」はやめたのね・・・という一抹の淋しさが残るのも事実で。

 カウントダウン。始まってます

2017-11-05

[]コンサートSEIKO JAZZ 2017」

SEIKO JAZZ(初回限定盤B) 11月2日オーチャードホールで開催されたコンサートSEIKO JAZZ 2017」。私、ファンクラブ会員の友達のおかげで、参加することが出来ました。

 文字通り「ワンナイトオンリー」というべきこの貴重なコンサート(その後、リクエストが多かったためか、名古屋、大阪公演も決定したとのこと)をラッキーにも観賞できたことへの感謝を込めてのレポでございます。(ただし、まだ2都市公演が控えているのでネタバレはなるべく少なく…ここが辛いわ。)

 平日夜、開演18時30分と、ヒラサラリーマンには少々厳しいセッティングにもかかわらず(なんちゃってオヤジリーマンのワタシ、もちろん仕事を早引けしました…汗)、開演時間5分前にはほぼ満席状態ドームコンサートであればお決まりのセイコ・コールが掛かる時間だけど、ここは体育館ではなく、ふだんはクラシック聴く会場、オーチャードホールということで、多くのセイコファンはどこか居心地悪そうに大人しく幕が開くのを待っている。

 そして10分ほど遅れて幕が開き、左からピアノサックスベースドラムフォー・メン(全員白人ミュージシャン)と、そのバックに8人のストリングス日本人男女混合チーム)の編成で生演奏一曲雰囲気が出てきたところで聖子さん登場。アルバムSEIKO JAZZSeiko Jazzを丁寧に再現するコンサートは、こうして幕を開けたのでした。

 最初聖子さん本人はおろかオーディエンスにも緊張が感じられたものの、良い意味ジャズという音楽リラックス効果もあって、次第にアルバム真骨頂でもある、エレガントなアレンジとそれに乗る聖子さんのスモーキーな声の恍惚感に会場全体が包まれていく。

 そしてラテンの曲では、ノリノリで会場にマイクを向けて「オパ!」のレスポンスを求める聖子さん。続くトークでは「ワタシ今日ね、踊りながら、あら腰が動いてるわ!と気づいたの。ガハハ。」と、例の腰を痛めた事件からめての自虐ネタ披露。この辺からジャズ仕様のソフィスティケーテッド聖子から、いつもの天然聖子が抑えきれずに溢れ出てきて、会場も一層リラックスムードに。きょとんとするバックミュージシャンに流暢な英語で逐一爆笑トークの内容を説明するセイコたん。そこまでするか??(苦笑)

 そんな調子で途中休憩を挟み、すべての曲をフルコーラスのナマ歌でじっくり聴かせてくれた今回のコンサートドーム会場ではなくコンサート専用会場だけあって音響も素晴らしくて、生楽器をバックに聖子さんの美声が存分に堪能できました。まあ欲を言えばもう少し曲を歌って欲しかった気持ちはあるけれど、聖子さんも言っていたとおり、デビューして35年以上経って新しい形(元アイドル彼女ジャズだけを歌うコンサートを開催したわけですからね!)のステージを見せてもらえたことだけでも、価値があったのかもしれない。うん、確かに。

 当の聖子さん、トーク中に「ジャズを歌うのは初めてで、今は勉強中です。」と何度も言っていたのが少し気になったのだけど(プロがそんなこと言っていいのか⁈とお叱りが来そうでね)、一方ではオーディエンスもほとんどは恐らくコアな聖子ファンと思われるから、やはりジャズ初心者が多いはずで、結局はそんな関係性だからこそ成り立つコンサートでもあったのかな?なんてことも感じたのね。でも私は、あくまでも謙虚聖子さんに好感を持てたし、だからこそ、これからジャズ分野のプロデューサーディレクター指導真摯に受け止めながら、さらにジャズ・フィーリングを磨いて、ぜひ新たなボーカルの地平を切り拓いていって欲しいな、なんてことを考えながら聴いていたのだ。

 今回のコンサートCD再現としてはかなりのクオリティだったものの、まだまだ聖子さんが持っている無尽蔵のボーカルテクニックが使い切れていないな、と感じた箇所もいっぱいあったように思う。丁寧に歌い過ぎるばかりに、意表を突くようなフレージングや歌い方が、ライブにもかかわらずほとんど無くて。エラソーに言わせてもらえば本来ならそれがあってこそのジャズだと思うので、そんな意味で、聖子さんなりに精一杯よくぞやってくれた、でも、次回にこそ期待!?というような、“条件つきプレミアコンサート”だったと言えるのかも、と。

 「SEIKO JAZZ」が、単なる「SEIKOなりのJAZZ」ではなく、「SEIKOならではのJAZZ」となる日を期待して、ということで。聖子さんも「シリーズ化」宣言したからには、お願いね。

2017-11-03

[]KSのこと

f:id:hiroc-fontana:20171103215050j:image

 ケヴィン・スペイシー。好きな俳優でした。

 代表作は「アメリカン・ビューティー」ですが、ワタシがイチバン好きだったのは、「L.A.コンフィデンシャル」で彼が見せた、ヒーロー面した悪徳警官。背広をダンディーに着こなし、エレガントに微笑みながら、その裏では手練手管で悪を尽くすその腹黒さに、ゾクゾクさせられたものでした。L.A. Confidential [Blu-ray]

 そんな彼、私生活では結婚の“ケ”の字もなく、以前からゲイであると噂されていました。ワタシとしては好きな俳優さんのひとりですから、それはそれでステキなことでは?なんて思っていたのですが。。。

 今回、ハリウッドセクハラスキャンダルの嵐が吹き荒れる中、彼・KSが男性へのセクハラ当事者として登場してしまった(そしてどさくさ紛れにカミングアウトしてしまった)ことは、ファンとしてはとても残念なことです。

 

 かつて、巨匠ルキノ・ヴィスコンティ監督が寵愛した俳優ヘルムート・バーガーは、まさにヴィスコンティ恋人であることを公然事実として認められながらも、それをスキャンダラスに取り上げられることはなく、ヴィスコンティ映画でそのミステリアスな魅力を振りまき、観客を魅了し続けました。ルートヴィヒ ? 神々の黄昏 完全復元版 [DVD]

 同様に、ヴィスコンティ映画に多数出演したダーク・ボカードも、ゲイであることを噂されながらもf:id:hiroc-fontana:20171103222618j:image:medium:right生涯それを認めることなく、スクリーンでも私生活でもミステリアスな陰影を残したまま、この世を去りました。

 希望としては、彼・KSもそんな感じで、ミステリアスな魅力を保ったままキャリア後半を重ねて欲しかったし、そうなるものと思っていました。

 しかし報道そのままの、若い男性に誰彼構わず手を出していた(下品表現ですが)とすれば、ミステリアスも何もありません。おそらく何かが彼の「万能感」を間違った方向に導いてしまったのでしょう。相手の心を傷つける行為は誰にも、まして力のある者であるなら尚更、許されるはずもありません。

 その意味では、今回の批判はやっと、同性間のこうした不正行為が、アナザー・ワールドあるいはアンダーグラウンドでの出来事として終わらせるものではなく、より普遍的ものとして俎上に上がった、いかにも「21世紀的なスキャンダル」と言えるのかもしれません いずれにせよ、ある意味では人間の性(さが)でもあるこうしたスキャンダラスな話は、かつてのエンタテインメント界には数多隠れていたに違いなく、すべて赤裸々に暴露されてしまう21世紀という時代をワタシたちは迎えているわけで(おそらく泣き寝入りしていた数多の人々を思えばそれは好ましいことなのです)、それはつまり、ヴィスコンティ時代の、良くも悪くも、ミステリアスなものはミステリアスなまま呑み込んでしまうという、そんな時代はとっくに終わっていたということなのですね。

〜11/6追記

 続報が次々と。KS、完全アウトですね。同情する余地は、無くなりました。。。当初はワタシ、不本意な形でカミングアウトに至ったと表層的に捉えていたので、彼に同情的な気持ちでこの記事を上げたのですけれど(反省です)、確かによくよく考えれば、謝罪文と絡めて、言い訳にも贖罪にもならないにも関わらずカミングアウトを発表したことは、やはり致命的でした。大物の俺が意を決してカミングアウトするのだから、世間はそれで当然許してくれるだろうとでも勘違いしていたのでしょうか。そうした「裸の王様」ぶりが、今回のスキャンダルに繋がってしまったのでしょう。

2017-10-29

[]20世紀へのオマージュ・続々と〜「ブレードランナー2049」

D

 久しぶりに映画話題

 「ブレードランナー2049」観てきました。前作「ブレードランナーf:id:hiroc-fontana:20171029093741j:image:medium:rightでは2019年のロスアンジェルスが舞台だったものを、そこから30年後、2049年LAを描いた本作。実際には、1982年公開の前作(本編)から、35年の年月が流れてしまっているわけで。(35年も経てば、あんなにカッコよかったハリソン・フォードも、おじいちゃんになっちゃうのは仕方ないわよね・・・。)

 ワタシ、前作を観たのは高校三年生のときでした。その頃は、2019年なんて夢また夢、映画の中にあるような雑多な文化が入り混じった退廃的な雰囲気と、酸性雨が降り続く都市の沈鬱な雰囲気が、きっと未来なのだろうな、なんて漠然と感じていたに過ぎませんでした。まさか、こんな風にいとも簡単に生き続けて、めでたく2019年を迎えるところまで来ようとは、思いもしませんでした(汗)。 

 当時は日本が世界の中で着々と地位を築いていた頃とあって、映画の中で未来都市の中に「日本的もの」がたくさん登場するところもどこか「あるかも」と思わせられたものでした。ワタシの好きなジャンルナイトメア悪夢)」要素もたっぷりで、劇中のあちこちに謎解きのカギ(その多くは解明されないのですが)が潜り込ませてあって、本当に当時から何度も映画館に足を運び、DVD化されてから「完全版」を購入、ことあるごとに何度も見返しているほど、大好きな映画でして。だから自分としては珍しく、公開2日目という超速攻でこの続編を観てきたわけです。

 続編の感想としては、少し冗長なところを除けば、前作に敬意を表して真摯に作られている印象で、カルト的ファンを持つという前作の「熱狂的ファン」の期待にも応えているのではないかな、と。個人的にはとても面白かったし、映像もとても美しくて、満足できました。ただ、これ、少なくとも前作を観ていないと「??」なことが多すぎるし、2019年から2049年までの30年間の時代背景などをセリフから追うだけでとても労力が要って(苦笑)、それこそ「カルトファン」でないと、ポカンとしてしまうのではないかな?なんてことも思えました。正直、ワタシもその「空白の30年間」がよくわからなくて、家に帰ってネット検索したら、実はオフィシャルHPでちゃんとそこを説明するショートムービーも公開されていて(その中のアニメ版(監督日本人の渡辺信一郎さん)が素晴らしいのです)、「は〜、いまどきの映画はこんな風にマーケティングが展開されるのね」などど、2017年という“あの頃の近未来”を改めて感じたりもしたわけです。

 実はもう一本、最近観た映画がありましてね。それが「エイリアン・コヴェナント」なんです。f:id:hiroc-fontana:20171029100112j:image:medium:leftあの、「エイリアンシリーズ」の前日譚の2作目。こちらは本編が1979年公開。ワタクシ、当時は中三(笑)

 いまハリウッドでは、「エイリアン」にしろ、「スター・ウォーズ」にしろ、「猿の惑星」にしろ、20世紀の名作シリーズものがここにきて続々と前日譚やら後日談やらスピンオフ的なものまで、数多作られていて、それがどうも個人的には腑に落ちないというか、映画界の行き詰まり感とでも言いますか、確実に私たち・かつての映画ファンの動員が見込める企画安易に流れ過ぎているような気がしてならないのです。

 まあ、最近のそうしたオマージュ作品は総じて当時のシリーズイメージを壊さないよう丁寧に作られているというのも確かに感じられるところなのですが、それにしても、本編でナゾとして残されていたエピソードはナゾのままだからこそ良かったりもするわけで、オマージュ作品ではその「ナゾとき」に終始するばかりに、結局、辻褄合わせでストーリーが複雑になってしまい、ナゾが深まっていくという迷宮入り作品も多いように思えます(「エイリアンシリーズはまさにそこにハマってしまっています)。

 まあ、ワタシたちおじさん世代は、こうして今ごろになってあの頃の作品の続編が見られる悦びを感じつつ、同時に「あー、やっぱり本編の方が良かったな〜」などとノスタルジックに耽ることを素直に楽しんでいればいいのかも知れませんけどね。

2017-09-28

[]メモランダム2017.9.28

 まるで幼稚園児のケンカみたいですね。一方の大統領が「ロケットマン」「マッドマン」と罵れば、一方の最高指導者は「ごろつき」「老いぼれ」と応酬する構図。まあ、言いながらも双方、ある程度計算しているのかも知れませんけどね。

 そんなキナ臭い情勢下、アメリカ軍需産業の業績が伸びているようです。当然、そうなりますよね。

 安倍ちゃんも、北の脅威のおかげもあって、支持率回復でシメシメ。ここぞとばかりに解散に打って出ましたが、百合子女史の新党結成に民進党の皆さんが予想外の援護射撃で、自民党は焦っているようですね・・・あ、でも、百合子女史の新党って、「保守派」で「改憲を進める」方々が集まるはずなんですよね・・・これって、野党なの?

 なんだか、三者三様ながら、それぞれなんとなくメリットあり?みたいな。

 色々な意味で、どこか、キナ臭いです。

 

 イヤですね、この言葉。つくづく、昔は大らかだったよな〜、と。「それも芸の肥やしだからさ。」と、芸能人の道ならぬ恋に一種の憧れを抱きつつ市井の人々の色恋とは別物として、ある意味積極的無関心」を装えたのも今は昔。いまや不倫が発覚すれば即座にメディア挙っての吊るし上げ、公開リンチとなります

 とはいえ、不倫不倫ですし、そのうえ“謝罪会見でウソ”はいけませんよね、やはり。斎藤さんとベッキーがここまで叩かれてしまうのは、女性からというのも明らかにあるようですが(ゲス極のリーダーも、ナベケンさんも、雨サコも、♂はみんな何となくやり過ごしましたからねえ・・・)やはり、彼女たちは明らかに謝罪のフリをしならシャーシャーとウソを付いてしまったことが、致命的だったように思います。(彼女たちの息の根を止めた、LINEのやりとりとかセルフィーの流出は、本来そっちの方が悪質な行為のはずなのですけどね。)

 斎藤由貴さんは、いっそのこと往年の大女優然とした態度で開き直って「ワタシは常に新鮮な恋(オトコ)を食べ続けていないと生きていけないの。」とか(笑)言い放って、その魔性最初からさらけ出してしまえばより一層箔がついたかも知れず、そうした狂気沙汰を生き抜ける大きな可能性を秘めた方と思われるだけに、つくづく今回は残念でしたね。

 まあ聖き市民代表標榜する政治家さまならいざ知らず、いわゆる“タレント”“アーティスト”とかいう人たちが性に奔放かつ貪欲であっても、私は一向に構わないのですけどね。マスコミの方々、から騒ぎもほどほどに、という気持ちです。

↓まだまだ発売中。

ETERNITY

ETERNITY

 

namie amuro LIVE STYLE 2016-2017 [Blu-ray]

namie amuro LIVE STYLE 2016-2017 [Blu-ray]

 安室ちゃんありがとう。良くやったよね、そう、言いたい。

 大好きなアーティスト引退宣言なのに何故か未練をあまり感じないのは、彼女には(あちこちで聞かれる話ではありますが)やはりアスリート的な印象が強いからなのでしょう。フィジカルパワーがピークにある時期に、出せるものを出し切って最高記録のレースを見せてもらったような爽快さがありますよね。

 そんな彼女40代差し掛かり、まだまだ大丈夫であるのは間違いないけれど、正直、今のスタンスの延長でもう一つのピークを迎えることはかなり難しいはずです。(口パクバラードを歌う50代のアムロちゃんなんて、想像できないですしね・・・苦笑。)

 音楽性にしても、彼女が目指す「完璧さ」はその到達点に近づくほどに、良い意味でJpop特有ケレン味のようなものが取れ過ぎてしまって、それが却っていわゆるガチガチ洋楽サウンドの中では埋没してしまって、果てはオリジナリティの喪失につながってしまうという、贅沢なジレンマを抱えていたような気がするのです。ですから、近年の全編英語で押し通したアルバム群は、総じてハイクオリティではあるけれども、どこかかつてのアムロちゃん作品にあったような一聴して耳を奪われてしまゴリゴリとしたインパクトは、リリースごとに薄れて来ていたような気がするのも確かだったような気がします。(エラソーに書いてしまって申し訳ないのですが・・・。)

 本当の引退理由はご本人が語らない限りわかりませんが、週刊誌的にその理由を追求するよりも、このカッコいい引き際そのものが、いかにも稀代のアーティスト安室奈美恵そのものという、それだけでOKのような気がします。

 11月にベスト盤発売ですが、来年までにもう1枚いや、2枚くらい、新譜も期待したいですね。

安室ちゃん関連記事リンク〜 こんなに、書いてたのね♡

2017-09-19

[]胃カメラ呑んで、また酒を呑む。

 先日、胃カメラを飲みました。“飲みました”なんて、いかにもサラっと書きましたが、実際は太いチューブを喉にギューギュー押し込まれて、ゲーゲー言いながら、頼んでもいないのにお腹の中をあちこち探られたわけです。涙ボロボロで。。。

 〜 * 〜 * 〜 * 〜 * 〜 * 〜

 残りの人生、元気でいられる限り美味しいお酒を飲みながら美味しいものを食べて過ごせたら、それだけで幸せよ!などと悪態つきながら私、連日のひとり酒を続けてきたわけですけど、やはり何事も節度が大切ということなのか、7月の定期健診で見事に引っかかりまして。「慢性胃炎の疑いあり」とね。

 自覚症状はあったのです。毎朝、起きると胃が重くて、なんだか胃の中にもう一枚袋を飲み込んでそれが胃の中でザラザラと動いているような、そんな感じ。マズイよなこれ、とは思いながらも、時間がくれば何事もなかったかのように我が物顔で訪れる「旺盛な食欲」にほだされて、ついつい食べ過ぎ、飲み過ぎを繰り返してきたわけですね。

 〜 * 〜 * 〜 * 〜 * 〜 * 〜

 胃カメラでの検査結果は幸い“胃が荒れています”という、当初の健診結果以上のものは無かったのですが、こんな能天気な私でさえ、もしも…の結果をどこかで恐れていたのでしょうか、病院を出たあとの開放感は格別で、思わず歩きながらアステアのようにステップでも踏んでしまいそうな気持ちになっていまして、我ながらその単純さに驚いた次第です。もちろんその日の夕餉にはここぞとばかりの肴がテーブルに並んだ事は言うまでもありません。

 そして、さすがに検査まで飲酒を控えていたせいか、翌日からは胃の方も絶好調違和感はほとんど現れなくなりました。ゲンキンなものです。

 〜 * 〜 * 〜 * 〜 * 〜 * 〜

 そう、苦しい検査も、その結果も、本当はすごく怖かったのですね、私。意識していない振りをしていても。

 50代を迎えて、もう自分キャパとしてはそれなりに出来ることはほとんど経験出来たように思っていたし、自分としてはいつ死んでもいいかな、などと考え始めていたのですが、どうやらそれはポーズでしかなかったようです。言ってみれば悟りきって平然と死に向かえるカッコいいオトナのフリをしていた、というだけ。いざフタを開ければこんなにも死を恐れ生に執着していた私だったわけですね。オーバーでなく。

 胃カメラ検査を通じてのほんの些細なエピソードではありますが、つくづく自分本心いちばん理解できていないのは自分なのかもしれない、そんなことを気付かせてくれた体験でした。

 〜 * 〜 * 〜 * 〜 * 〜 * 〜

 昨年、宮沢りえの熱演で話題になった映画湯を沸かすほどの熱い愛湯を沸かすほどの熱い愛 通常版 [DVD]で、宮沢演じるガンに冒されて余命数ヶ月を宣告された主人公が死を覚悟しながらも気丈にかつ淡々と生を重ねていく姿に観る者は圧倒されるのですが、終盤、死の直前にその主人公

「生きたいよ。まだ死にたくない!」

と泣き崩れるシーンには、心をかき乱されるものがありました。

 ああ、やっぱりそれがきっと人間なのだな、と。自分も同じだと。

 〜 * 〜 * 〜 * 〜 * 〜 * 〜

 そして私、まだまだやり残しがいっぱいの半端人間であることを自覚をしながらも、だからと言って欲張らず、やはり今までと変わりなく無理せず残りの人生を生きていこう、と改めて強く思ったのです。

 取りあえずこれからも少しずつ巷に星の数ほどある未知の美味い食事処を見つけだし、機会に恵まれれば素敵な人々との美味しいお酒を酌み交わしていこうと。

 死ぬまで残された間に何かを成し遂げようということは、生への大きな動機づけ、意味づけには違いありませんが、それがまた重い荷物を再び背負うことにもなり、いざそれが達成出来なければいたずらに様々な「執着心」を呼び起こすだけような気がしてしまうのです。それは、肩から荷を降ろして坂道を下りて行く過程にある五十路オトコの自分が望む生き方とは、やはり違っているのですね。

 そして結局最期は思い切り弱音を吐きながら、人間らしく死んでいく決心をいたしました。

 これも一種開き直りなのですよね。

2017-09-03

[]断筆・・・しません。できません(笑) 

 日々は矢のように過ぎ去って、2017年も9か月目を迎えました。

 7月以来、すっかりご無沙汰してしまいました。

 このブログをスタートして14年を経過しましたが、その間で更新にこれほど間を空けてしまったのは初めてかも知れません。

 

 今回、ブランクが空いてしまった理由は・・・特に無いのです(汗)。

 敢えて言うならやはり、「はてなダイアリー」の“アクセス解析機能”が廃止されてしまったことが少なからず私の中の「書こう」、あるいは「書かなければ」という意欲のようなものを削いでしまったことは確かかも知れません。

 ブログ開設当初のように「とにかく誰でも良いので、私の抱えているこの思いを共有してください!」という風な純粋動機はいつの間にずいぶんと薄れて、最近はもっぱらアクセスの数字を一応毎日チェックしながら、「ああ、こんなにアクセスがあるのだから、そろそろ新しい記事提供しなくちゃいけないかな」なんて、どこか上から目線で、半ばノルマのような感じで更新してきたようなところも正直、あったのです。コメントを頂ければもちろん嬉しくて、ワタシなりに感謝を込めて返信するのですが、新しい記事を書くときはいわば、実在する誰かではなく、アクセス解析で表れる「数」だけを相手に、義務を果たすために書いてきたような、そんな感じになっていました。

 それでいざ、アクセス解析が出来なくなって、誰かに読まれている実感から遠くなってしまうと、書く、ということの優先順位自分のやりたい事の中では驚くほどランクを下げていた、という現実に直面したのです。

 もう一方の書く動機、“テーマ=題材”に視点を移せば、このブログを書き始めた頃と比べると、イチオシの太田裕美さんは私が騒ぐまでもなく、世間ではここにきて随分と再評価が進んでいるようですし、聖子さんも大スタアとして高値安定。偉そうに言わせて頂ければ、このブログ役割はもう終えたような気分なのです。内容はともかく、私が裕美ファン、聖子ファンの皆さまに届けるものとしてはもう、14年間で書き溜めた過去記事だけでも充分かも、と。そんな風に考えたりもしていました。

 とは言え、いざ改めて自分過去記事を読み返してみると、齢40の独身男が14年の年月を経て独身のまま(当たり前です、ゲイですから)53歳になり、こんな有り様に変化してしてきた経緯が、ありありと記録されているのも確かでして、私個人としてはある意味貴重な、生きてきた証には違いなく、このまま書き終えて凍結してしまうというのも勿体ないように思えたのですね。

 あともう一つ、こうして第三者に向けて「書く」という行為プライベートで長く続けてきた事は、私のようなバランスの悪い人間が社会にひとり生きていくうえで、時に心を解放する手段であり、時にじっくりと自分を見直す貴重な時間として、欠かせないものであったことは明言できます。書くという行為を通じて、まとまりのない考えを整理し、伝えたいことを筋みちだてる訓練を重ねてきたおかげで、いま50代の私がこうして社会の一員として何とか挫けずに生きていられる。大袈裟ですが、そんな気もしているのです。

 

 そのようなわけで、これから趣味として書き続けたい気持ちは変わらないのですが、今後は自分が本当に書きたいと思う出来事に出会った時に、その記事を、書きたいタイミングで書きたい。そう思うようになりました。(勿論太田さんや聖子さんが新譜を出してくれた時には、恐らくイッツ・オートマティック!(笑)記事にしているでしょうけどね。)

 これからしばしば今回のようにブランクが空くこともあるとは思いますが、宜しければ何卒今まで以上に気長に、お付き合い頂ければ嬉しく存じます。

f:id:hiroc-fontana:20150927153502j:image:w640

2017-07-27

[]シンガー・ソングライターシンガー

 まずはこの曲を。八神純子さんの4thシングル。「さよなら言葉」。

https://www.youtube.com/watch?v=Yp_2XmH02WM思い出は美しすぎて【Blu-spec CD2】

 この美しい曲、八神さんの透明感のある歌声にぴったりで、ワタシの大好きな曲。でもね、この曲、八神さんの自作曲じゃないんですね。作詞作曲小野香代子さんという方。ポプコングランプリを獲りながらも結局はレコード化されず(ご本人がすぐ留学してしまったとの話)、当時ポプコンの“顔”的な存在だった八神さんがオトナの思惑に押されて、仕方なくカバーした、というようなお話。でもね、そんなことは感じさせないくらい、彼女にピッタリな名曲だとワタシは思ってます。残念ながら全然ヒットしなかったけどね。

 さて、そんな流れで今回は「シンガーソ・ングライターシンガー」と題して、いわゆるシンガー・ソングライター作家さん)が、色々なイキサツから他人の作ったウタを歌った曲を集めてみました。

 

 竹内まりやさん。この人、デビュー当時は“アイドル仕様”のシンガーだったんですよね。だから、曲も作家が作った作品を歌っていました。CMソングにもなった1980年作品不思議ピーチパイ」は作詞安井かずみ作曲加藤和彦という、音楽界に名だたるオシドリ夫婦作品。でも当のまりやもその後、ダンナのタツローと共作でアピールして“オシドリ夫婦”ぶりを存分に発揮、リア充ぶりを振りまいてますね。やっぱ彼女負けず嫌いかしら? 

D

 

 続いてはNOKKO「人魚」。この方はまあ、シンガー・ソングライターと言ってもどちらかと言えば、シンガー寄りかしらね。この曲の作詞はご本人ですけど、作曲歌謡曲大御所・筒美先生。もともとジャンルを超えた名曲を多数生み出されてきた筒美京平さん。90年代はNOKKO以外にもオザケンとかピチカートとか、自らと親和性のある素材を見つけては素敵なコラボを繰り広げてくれていました。

D

 

 シンガーソングライターの多くはある時期、創作作業に疲れてしまう瞬間があるみたいで。結構カバーソングに挑戦していたりします。でもこれは、シンガーとしての自信がなければできないこと。

 以下お三方は、シンガーとしても存分に実力と魅力を備えているのは確かかも。

 スピッツタイムトラベル」。(作詞松本隆作曲原田真二

D

 井上陽水コーヒー・ルンバ」。(作詞中沢清二 作曲ホセマンソ・ペローニ

D

 椎名林檎木綿のハンカチーフ」(作詞松本隆作曲筒美京平

D

 

 トリは、吉田拓郎さん。吉田さんが初めて他者に依頼したオリジナル作詞作曲中島みゆきさん。「永遠の嘘をついてくれ」。この曲はそのままタクローさんの自作曲のように聴こえてしまう、奇跡みたいな曲。今回は、この曲で締めます

Long time no see

 

 それではみなさま、素敵な夏をお過ごしください。

2017-07-21

[]7月21日に生まれて

 ようやく各地、梅雨明けですね。九州豪雨で被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げます。

 

 早くも7月後半。7月21日キンキの20周年ですって。気づくとかつては「若さ象徴」とも思えたジャニ系の面々でさえいつの間にベテラン(&オジサン)になっていて、ホント、時の流れの速さを感じます。

 今回はキンキ20周年にちなんで(実はあまり関係ないですけど・・)キンキデビューと同じ、7月21日発売の名曲たちを集めてみました。調べてみたら、特にワタシと同年代の人たち(かつての“新人類”くんたち)にとっては意外な名曲揃いでした。

D

f:id:hiroc-fontana:20170720211912j:image:w640

動画こちら

  • ANGEL(1988年)・氷室さん

D

D

D

  • お久しぶりね(1983年)・ルミ子たん

D

  • 待つわ(1982年)・あみ〜ん!

D

  • ゆ・れ・て湘南(1982年)・ヒデミ!

D

D

  • パープルタウン(1980年)・八神さん

D

D

太田さんのこの曲はヒットしなかったので、知らない人も多かったかもね(苦笑)。

手抜き企画で、ごめんあそばせ!

2017-07-09

[]ブレない聖子乾杯Seiko Matsuda Concert Tour 2017〜

f:id:hiroc-fontana:20170708162450j:image:w360

 恒例の聖子夏コン、今年は7月8日(土)の武道館公演に行ってきました。

 まずは、このニュースで驚かれた聖子ファンも多かったはず。

→「松田聖子が背中と腰を強打、武道館公演座って歌唱(日刊スポーツ)」

 そう、hiroc-fontana、まさにそんなレアライブ居合わせていたのです。

 まず誤解なきよう断っておきますが、公演中に聖子さんが転んで負傷したわけではありません。開演前にご本人の声で「不慮の事故によりケガをしてしまったため、本日の公演は内容を一部変更してお届けせざるを得なくなりましたことをお詫びいたしま・・・」といった内容のアナウンスがあって、観客は「どうしたんだろう・・・」と、騒然。

 ただ、予定通り公演は行われるということでひとまずは安堵し、開演時間にはいつもの聖子コールで本人の登場を待つばかりとなり、そして、ステージの幕が開くと、色とりどりのデイジーのお花畑の舞台のセリに、聖子さんが・・・椅子に座って登場、という形で・・・。

 どうやら、雨で転んでしまって背中と腰を強打してしまい、一時はベッドから起き上がることもできないくらいだった、というところまではご本人から説明(らしきもの)はあったのだけど、どこで、いつ、どのようにケガをして、今がどんな状態なのか、といったマスコミが喜びそうな詳細なハナシは、黙秘権執行で(苦笑)、観客にも明かされず。。

 ひな壇から降りてくる時には、ダンサーの男性に支えられて一歩一歩ひきずって歩く姿に、きっと痛みがひどいのだろうな〜と想像しつつ、「転んじゃったんです。皆さんも、気をつけてね。」と言ってガハハと笑い飛ばす姿に、ワタシ、何だか感動しちゃって。

 結局は、そんなコンディションで2時間超のステージをやり遂げた聖子さん。いつもは舞台右から左に駆け回る、終盤のヒットメドレーコーナーでは、機材用台車の上に乗せた“アリス椅子”(←聖子たん命名)に座り、左へ右へ台車で移動しながらファンに手を振る聖子たん。たしかに見た目は少し滑稽でもあったけれど、まるでそんなことなど気にも留めずに、この日を楽しみに集まって来たファンの期待に応え、その責任を果たすことに人生を懸ける「凄み」を昨日の聖子さんから感じたのは事実で。Seiko Matsuda Concert Tour 2016「Shining Star」 [DVD]

 アコースティックコーナーでナマで歌った曲の数々(ご本人曰く100年ぶりに歌ったという(笑)レア曲あり)。椅子に座ったままで、背中や腰を痛めた状態で、あそこまで声が出せるのはシンガーとしてやっぱりスゴイ、と改めて感動したhiroc-fontanaでした。声の方も「JAZZ」以降、何だか独特のベルベット・ボイスが進化してきている感じも。

 何より、そんな聖子さんを応援するファンの想いと聖子さんのファンへの想いが一体になった、エンディングのメドレーでのこれまでにない盛り上がりは(もちろん私も一緒に歌い、振り付けに合わせて踊りました(#^.^#))、ご本人のケガなど全く感じさせぬもので、やっぱりこの人、聴衆の心をつかむスターオーラが半端じゃないな、と唸らされましたわ。

 口パクから時間続けられたんでしょ?とか、ワンパターンで手抜きのステージよね、とか、いつもならつい出てしまうそんなイジワルな見方を完全に払拭するような、「世紀の大スター松田聖子、ここにあり」を見せられた気がしましたわ。完敗、いや、ここは、乾杯!(祝杯)です。

 今年の聖子夏コン、本当に行って良かったですわ。ありがとう聖子さん。感謝です。

 しばらくは、後遺症が残ったりしないように、くれぐれも大事にして欲しい。