Lonesome-happy-days

2017-09-19

[]胃カメラ呑んで、また酒を呑む。

 先日、胃カメラを飲みました。“飲みました”なんて、いかにもサラっと書きましたが、実際は太いチューブを喉にギューギュー押し込まれて、ゲーゲー言いながら、頼んでもいないのにお腹の中をあちこち探られたわけです。涙ボロボロで。。。

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 残りの人生、元気でいられる限り美味しいお酒を飲みながら美味しいものを食べて過ごせたら、それだけで幸せよ!などと悪態つきながら私、連日のひとり酒を続けてきたわけですけど、やはり何事も節度が大切ということなのか、7月の定期健診で見事に引っかかりまして。「慢性胃炎の疑いあり」とね。

 自覚症状はあったのです。毎朝、起きると胃が重くて、なんだか胃の中にもう一枚袋を飲み込んでそれが胃の中でザラザラと動いているような、そんな感じ。マズイよなこれ、とは思いながらも、時間がくれば何事もなかったかのように我が物顔で訪れる「旺盛な食欲」にほだされて、ついつい食べ過ぎ、飲み過ぎを繰り返してきたわけですね。

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 胃カメラでの検査結果は幸い“胃が荒れています”という、当初の健診結果以上のものは無かったのですが、こんな能天気な私でさえ、もしも…の結果をどこかで恐れていたのでしょうか、病院を出たあとの開放感は格別で、思わず歩きながらアステアのようにステップでも踏んでしまいそうな気持ちになっていまして、我ながらその単純さに驚いた次第です。もちろんその日の夕餉にはここぞとばかりの肴がテーブルに並んだ事は言うまでもありません。

 そして、さすがに検査まで飲酒を控えていたせいか、翌日からは胃の方も絶好調違和感はほとんど現れなくなりました。ゲンキンなものです。

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 そう、苦しい検査も、その結果も、本当はすごく怖かったのですね、私。意識していない振りをしていても。

 50代を迎えて、もう自分キャパとしてはそれなりに出来ることはほとんど経験出来たように思っていたし、自分としてはいつ死んでもいいかな、などと考え始めていたのですが、どうやらそれはポーズでしかなかったようです。言ってみれば悟りきって平然と死に向かえるカッコいいオトナのフリをしていた、というだけ。いざフタを開ければこんなにも死を恐れ生に執着していた私だったわけですね。オーバーでなく。

 胃カメラ検査を通じてのほんの些細なエピソードではありますが、つくづく自分本心いちばん理解できていないのは自分なのかもしれない、そんなことを気付かせてくれた体験でした。

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 昨年、宮沢りえの熱演で話題になった映画湯を沸かすほどの熱い愛湯を沸かすほどの熱い愛 通常版 [DVD]で、宮沢演じるガンに冒されて余命数ヶ月を宣告された主人公が死を覚悟しながらも気丈にかつ淡々と生を重ねていく姿に観る者は圧倒されるのですが、終盤、死の直前にその主人公

「生きたいよ。まだ死にたくない!」

と泣き崩れるシーンには、心をかき乱されるものがありました。

 ああ、やっぱりそれがきっと人間なのだな、と。自分も同じだと。

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 そして私、まだまだやり残しがいっぱいの半端人間であることを自覚をしながらも、だからと言って欲張らず、やはり今までと変わりなく無理せず残りの人生を生きていこう、と改めて強く思ったのです。

 取りあえずこれからも少しずつ巷に星の数ほどある未知の美味い食事処を見つけだし、機会に恵まれれば素敵な人々との美味しいお酒を酌み交わしていこうと。

 死ぬまで残された間に何かを成し遂げようということは、生への大きな動機づけ、意味づけには違いありませんが、それがまた重い荷物を再び背負うことにもなり、いざそれが達成出来なければいたずらに様々な「執着心」を呼び起こすだけような気がしてしまうのです。それは、肩から荷を降ろして坂道を下りて行く過程にある五十路オトコの自分が望む生き方とは、やはり違っているのですね。

 そして結局最期は思い切り弱音を吐きながら、人間らしく死んでいく決心をいたしました。

 これも一種開き直りなのですよね。

2017-09-03

[]断筆・・・しません。できません(笑) 

 日々は矢のように過ぎ去って、2017年も9か月目を迎えました。

 7月以来、すっかりご無沙汰してしまいました。

 このブログをスタートして14年を経過しましたが、その間で更新にこれほど間を空けてしまったのは初めてかも知れません。

 

 今回、ブランクが空いてしまった理由は・・・特に無いのです(汗)。

 敢えて言うならやはり、「はてなダイアリー」の“アクセス解析機能”が廃止されてしまったことが少なからず私の中の「書こう」、あるいは「書かなければ」という意欲のようなものを削いでしまったことは確かかも知れません。

 ブログ開設当初のように「とにかく誰でも良いので、私の抱えているこの思いを共有してください!」という風な純粋動機はいつの間にずいぶんと薄れて、最近はもっぱらアクセスの数字を一応毎日チェックしながら、「ああ、こんなにアクセスがあるのだから、そろそろ新しい記事提供しなくちゃいけないかな」なんて、どこか上から目線で、半ばノルマのような感じで更新してきたようなところも正直、あったのです。コメントを頂ければもちろん嬉しくて、ワタシなりに感謝を込めて返信するのですが、新しい記事を書くときはいわば、実在する誰かではなく、アクセス解析で表れる「数」だけを相手に、義務を果たすために書いてきたような、そんな感じになっていました。

 それでいざ、アクセス解析が出来なくなって、誰かに読まれている実感から遠くなってしまうと、書く、ということの優先順位自分のやりたい事の中では驚くほどランクを下げていた、という現実に直面したのです。

 もう一方の書く動機、“テーマ=題材”に視点を移せば、このブログを書き始めた頃と比べると、イチオシの太田裕美さんは私が騒ぐまでもなく、世間ではここにきて随分と再評価が進んでいるようですし、聖子さんも大スタアとして高値安定。偉そうに言わせて頂ければ、このブログ役割はもう終えたような気分なのです。内容はともかく、私が裕美ファン、聖子ファンの皆さまに届けるものとしてはもう、14年間で書き溜めた過去記事だけでも充分かも、と。そんな風に考えたりもしていました。

 とは言え、いざ改めて自分過去記事を読み返してみると、齢40の独身男が14年の年月を経て独身のまま(当たり前です、ゲイですから)53歳になり、こんな有り様に変化してしてきた経緯が、ありありと記録されているのも確かでして、私個人としてはある意味貴重な、生きてきた証には違いなく、このまま書き終えて凍結してしまうというのも勿体ないように思えたのですね。

 あともう一つ、こうして第三者に向けて「書く」という行為プライベートで長く続けてきた事は、私のようなバランスの悪い人間が社会にひとり生きていくうえで、時に心を解放する手段であり、時にじっくりと自分を見直す貴重な時間として、欠かせないものであったことは明言できます。書くという行為を通じて、まとまりのない考えを整理し、伝えたいことを筋みちだてる訓練を重ねてきたおかげで、いま50代の私がこうして社会の一員として何とか挫けずに生きていられる。大袈裟ですが、そんな気もしているのです。

 

 そのようなわけで、これから趣味として書き続けたい気持ちは変わらないのですが、今後は自分が本当に書きたいと思う出来事に出会った時に、その記事を、書きたいタイミングで書きたい。そう思うようになりました。(勿論太田さんや聖子さんが新譜を出してくれた時には、恐らくイッツ・オートマティック!(笑)記事にしているでしょうけどね。)

 これからしばしば今回のようにブランクが空くこともあるとは思いますが、宜しければ何卒今まで以上に気長に、お付き合い頂ければ嬉しく存じます。

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2017-07-27

[]シンガー・ソングライターシンガー

 まずはこの曲を。八神純子さんの4thシングル。「さよなら言葉」。

https://www.youtube.com/watch?v=Yp_2XmH02WM思い出は美しすぎて【Blu-spec CD2】

 この美しい曲、八神さんの透明感のある歌声にぴったりで、ワタシの大好きな曲。でもね、この曲、八神さんの自作曲じゃないんですね。作詞作曲小野香代子さんという方。ポプコングランプリを獲りながらも結局はレコード化されず(ご本人がすぐ留学してしまったとの話)、当時ポプコンの“顔”的な存在だった八神さんがオトナの思惑に押されて、仕方なくカバーした、というようなお話。でもね、そんなことは感じさせないくらい、彼女にピッタリな名曲だとワタシは思ってます。残念ながら全然ヒットしなかったけどね。

 さて、そんな流れで今回は「シンガーソ・ングライターシンガー」と題して、いわゆるシンガー・ソングライター作家さん)が、色々なイキサツから他人の作ったウタを歌った曲を集めてみました。

 

 竹内まりやさん。この人、デビュー当時は“アイドル仕様”のシンガーだったんですよね。だから、曲も作家が作った作品を歌っていました。CMソングにもなった1980年作品不思議ピーチパイ」は作詞安井かずみ作曲加藤和彦という、音楽界に名だたるオシドリ夫婦作品。でも当のまりやもその後、ダンナのタツローと共作でアピールして“オシドリ夫婦”ぶりを存分に発揮、リア充ぶりを振りまいてますね。やっぱ彼女負けず嫌いかしら? 

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 続いてはNOKKO「人魚」。この方はまあ、シンガー・ソングライターと言ってもどちらかと言えば、シンガー寄りかしらね。この曲の作詞はご本人ですけど、作曲歌謡曲大御所・筒美先生。もともとジャンルを超えた名曲を多数生み出されてきた筒美京平さん。90年代はNOKKO以外にもオザケンとかピチカートとか、自らと親和性のある素材を見つけては素敵なコラボを繰り広げてくれていました。

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 シンガーソングライターの多くはある時期、創作作業に疲れてしまう瞬間があるみたいで。結構カバーソングに挑戦していたりします。でもこれは、シンガーとしての自信がなければできないこと。

 以下お三方は、シンガーとしても存分に実力と魅力を備えているのは確かかも。

 スピッツタイムトラベル」。(作詞松本隆作曲原田真二

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 井上陽水コーヒー・ルンバ」。(作詞中沢清二 作曲ホセマンソ・ペローニ

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 椎名林檎木綿のハンカチーフ」(作詞松本隆作曲筒美京平

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 トリは、吉田拓郎さん。吉田さんが初めて他者に依頼したオリジナル作詞作曲中島みゆきさん。「永遠の嘘をついてくれ」。この曲はそのままタクローさんの自作曲のように聴こえてしまう、奇跡みたいな曲。今回は、この曲で締めます

Long time no see

 

 それではみなさま、素敵な夏をお過ごしください。

2017-07-21

[]7月21日に生まれて

 ようやく各地、梅雨明けですね。九州豪雨で被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げます。

 

 早くも7月後半。7月21日キンキの20周年ですって。気づくとかつては「若さ象徴」とも思えたジャニ系の面々でさえいつの間にベテラン(&オジサン)になっていて、ホント、時の流れの速さを感じます。

 今回はキンキ20周年にちなんで(実はあまり関係ないですけど・・)キンキデビューと同じ、7月21日発売の名曲たちを集めてみました。調べてみたら、特にワタシと同年代の人たち(かつての“新人類”くんたち)にとっては意外な名曲揃いでした。

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動画こちら

  • ANGEL(1988年)・氷室さん

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  • お久しぶりね(1983年)・ルミ子たん

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  • 待つわ(1982年)・あみ〜ん!

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  • ゆ・れ・て湘南(1982年)・ヒデミ!

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  • パープルタウン(1980年)・八神さん

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太田さんのこの曲はヒットしなかったので、知らない人も多かったかもね(苦笑)。

手抜き企画で、ごめんあそばせ!

2017-07-09

[]ブレない聖子乾杯Seiko Matsuda Concert Tour 2017〜

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 恒例の聖子夏コン、今年は7月8日(土)の武道館公演に行ってきました。

 まずは、このニュースで驚かれた聖子ファンも多かったはず。

→「松田聖子が背中と腰を強打、武道館公演座って歌唱(日刊スポーツ)」

 そう、hiroc-fontana、まさにそんなレアライブ居合わせていたのです。

 まず誤解なきよう断っておきますが、公演中に聖子さんが転んで負傷したわけではありません。開演前にご本人の声で「不慮の事故によりケガをしてしまったため、本日の公演は内容を一部変更してお届けせざるを得なくなりましたことをお詫びいたしま・・・」といった内容のアナウンスがあって、観客は「どうしたんだろう・・・」と、騒然。

 ただ、予定通り公演は行われるということでひとまずは安堵し、開演時間にはいつもの聖子コールで本人の登場を待つばかりとなり、そして、ステージの幕が開くと、色とりどりのデイジーのお花畑の舞台のセリに、聖子さんが・・・椅子に座って登場、という形で・・・。

 どうやら、雨で転んでしまって背中と腰を強打してしまい、一時はベッドから起き上がることもできないくらいだった、というところまではご本人から説明(らしきもの)はあったのだけど、どこで、いつ、どのようにケガをして、今がどんな状態なのか、といったマスコミが喜びそうな詳細なハナシは、黙秘権執行で(苦笑)、観客にも明かされず。。

 ひな壇から降りてくる時には、ダンサーの男性に支えられて一歩一歩ひきずって歩く姿に、きっと痛みがひどいのだろうな〜と想像しつつ、「転んじゃったんです。皆さんも、気をつけてね。」と言ってガハハと笑い飛ばす姿に、ワタシ、何だか感動しちゃって。

 結局は、そんなコンディションで2時間超のステージをやり遂げた聖子さん。いつもは舞台右から左に駆け回る、終盤のヒットメドレーコーナーでは、機材用台車の上に乗せた“アリス椅子”(←聖子たん命名)に座り、左へ右へ台車で移動しながらファンに手を振る聖子たん。たしかに見た目は少し滑稽でもあったけれど、まるでそんなことなど気にも留めずに、この日を楽しみに集まって来たファンの期待に応え、その責任を果たすことに人生を懸ける「凄み」を昨日の聖子さんから感じたのは事実で。Seiko Matsuda Concert Tour 2016「Shining Star」 [DVD]

 アコースティックコーナーでナマで歌った曲の数々(ご本人曰く100年ぶりに歌ったという(笑)レア曲あり)。椅子に座ったままで、背中や腰を痛めた状態で、あそこまで声が出せるのはシンガーとしてやっぱりスゴイ、と改めて感動したhiroc-fontanaでした。声の方も「JAZZ」以降、何だか独特のベルベット・ボイスが進化してきている感じも。

 何より、そんな聖子さんを応援するファンの想いと聖子さんのファンへの想いが一体になった、エンディングのメドレーでのこれまでにない盛り上がりは(もちろん私も一緒に歌い、振り付けに合わせて踊りました(#^.^#))、ご本人のケガなど全く感じさせぬもので、やっぱりこの人、聴衆の心をつかむスターオーラが半端じゃないな、と唸らされましたわ。

 口パクから時間続けられたんでしょ?とか、ワンパターンで手抜きのステージよね、とか、いつもならつい出てしまうそんなイジワルな見方を完全に払拭するような、「世紀の大スター松田聖子、ここにあり」を見せられた気がしましたわ。完敗、いや、ここは、乾杯!(祝杯)です。

 今年の聖子夏コン、本当に行って良かったですわ。ありがとう聖子さん。感謝です。

 しばらくは、後遺症が残ったりしないように、くれぐれも大事にして欲しい。

2017-07-03

[]メモランダム2017.7.3

  • あなたのことはそれほど・・

 まずは、とてもプライベートなことを書かせていただきます。 

 最近大学時代サークル仲間からの同報メールが沢山届くのです。やれ、誰々が久しぶりに東京に出てくるから集まろうとか、やれ、現役が出場する大会を皆で見に行こう、とか。

 もちろん、私も数年に一度くらいは忘年会やら何やらに呼ばれれば重い腰を上げて旧交を温めたりもする(→正確には、その“ふりをする”?)ので、一斉送信メールのメンバーに入っているわけなのですが、正直、そんなメールがくるたび、“面倒だな”と思ってしまうのです。そしてそのたび、そんな風に感じてしまうことが少し、後ろめたくなるのです・・・

 先日来たメールはどうやら、仲間のひとりのお子さんが若くして急逝したというショックなお話でした。「どうやら」というのは、肝心な「訃報」メールが私には届かず、その後の本人に向けたお悔やみのメッセージ葬儀に出席するかのやり取りだけがスレッドになって回って来たからなのです。そのやり取りの中でのキイワードから、ああ、そうだったんだ、と私は事情を察したにすぎません。

 おそらくスマホのメッセージでは同じようなグループのスレッドが沢山立ってしまうから、やり取りの途中でどのスレッドに返事を書くか、混乱してしまったのだと思います。

 もし、私がこの年齢で自分の子供を亡くしたら・・・。子供を持たない私にはその辛さは想像だにしえないのですが、おそらく私が想像する何十倍も何百倍も、激しい悲しみ、痛みなのでしょう。今まさにそんな辛い想いをしている、かつての仲間の顔が浮かびました。

 でも、私は、メールをスルーしました。

 いいえ、訃報が直接届かなかったことに腹を立てたからではありません。

 彼ら(サークル同期仲間)との関係は、もう終わっているからです。ただでさえ、年一回会うか会わないかの仲間たち。その中でも、お子さんを亡くした当人とはここ10年来会っていないし、年賀状さえ取り交わしていないのに、こんな同報メールで訃報を“何となく漏れ聞いて、お子さんが亡くなったという、恐らく人生の中でも最大級の辛い体験に対して、まるでずっと親友であったかのごとく慰めの言葉を語れる図々しさは、さすがに私には無いからです。

 それでも、「その思いを察するに言葉も出ない」「奥さんを支えてあげて欲しい」・・・スレッドにどんどん書き込まれる他の仲間たちの親身なお悔やみの言葉を前に、立ち往生し、どうしてもそこまでの思いに辿り着けない私は、只々後ろめたく、遣る瀬無い思いになるばかりだったのです。私は冷たいのだろうか、はたまた、こうして自ら孤独に進むばかりの愚か者なのだろうか、と。

 しかし、今回の出来事を通じて、気づいたことが一つあったのです。

 私にとって、彼らと過ごした時代は勿論とても大切な、懐かしい思い出。でも。。。いざ、振り返れば・・・

 それほど自分は、彼らと過ごしたあの時代が、好きではなかったのです。そんなことに今更、気づいたのですね。あの時代は懐かしいけれど、自分にとっては彼らに合わせようと少しばかり無理をしていた、辛い時代だったということに。その思いに向き合わずにまた、あの頃と同じように無理をしようとしていたのです、きっと。

 過去からの古いつながりは、付き合いの長さ・それだけで貴重です。でも、今となってはもはや自分必要としていないつながりも、実は多いのです。つい欲張ってしまいがちですが・・。最後はそんなことを考えさせられました

 (お題をお借りしましたので、一応。)

あなたのことはそれほど 1 (Feelコミックス)

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  • 逃げるは恥だが役に立つ

 都議選が終わりました。グリーン統一した政党に風が吹いて、圧勝という結果でした。

 一方で政権与党には逆風が吹き荒れました。選挙妨害だ、とおっしゃる幹部もおられましたけど、全部、安倍ちゃんの責任ですよね。やはり。

 一党独裁政権下、マスコミ事実上言論統制政権への表立った批判ができなかった鬱憤を晴らすかのように、ここにきて加熱する週刊誌報道に乗っかって批判報道一色に傾いているような気がします。

 そんななか、安倍ちゃん自身は秋葉原での「帰れコール」に、逆ギレ議会での国会議員相手ではなく、とうとう「一般市民」を相手に「こんな人たちには負けない!」ですって。取り巻きたちの粗相の数々はともかく、最後最後に首相自身の(一部)国民に対してのあの発言報道で、どれだけ多くの人々が反自民に動いたか、ご本人は今もわかっていないでしょう、おそらく。

 国民の声を真摯に受け止め、反省すべきは反省する謙虚姿勢こそが、国を率いる立場にある人にはあってしかるべきです。

 それとは真逆で、最後に国民に悪態をついてその場を逃げ去る首相の姿に、本当にがっかりしました。その結果が、この都議選だったような気がしてなりません。

 自分批判するものはみな、敵。これってどこかのお騒がせ大統領と一つ片だな、と思えて暗澹たる気持ちです。

(お題をお借りしましたので、こちらも一応。)

 

 

  • ダウントン・アビー

ダウントン・アビー ファイナル・シーズン DVD-BOX 黒柳徹子さんも、ファンだとか。

 本当に、面白いんです。この群像劇。いま、日曜日の夜にNHKファイナルシーズンを放映中。

 19世紀末から20世紀初頭の貴族の屋敷(お城)を舞台に、そこに住む一族(メインは三人の娘)を中心に、毎回華やかな貴族階級生活の中で起こる様々なエピソードが満載。のみならず、その屋敷に仕える大勢使用人たちも入れ替わり立ち代わり、エピソードの主役として登場してきて、それらが同時進行で進んで行くわけですから最初登場人物が多いのでついていくのがやっとこさでも、一度ハマると本当に中毒になるのです。中には、ゲイ下僕がいかにも〜、なイメージ(蛇のような冷徹なずる賢さを持つヒール役)で登場してきて最初は“う〜む・・・”という感じだったりもするのですが、その彼が、屋敷の子供たちにはすこぶる優しくて人気者だったりして、ひとりの人物を描くにも多層構造でキチンと「ひとりの人間」として捉えらえるようになっていて、そこがとてもリアリティのある面白さにつながっているんです。

 朝ドラの「ひよっこ」も、沢山の登場人物面白エピソードを次々と提供してくれて、私はとても面白く観させてもらっているのですが、こちらはいかにも「日本的」なノンビリ平和面白さで、「ダウントン・アビー」のいかにもイギリス風な骨太面白からすると、人物像の描き方がやや平面的(イイ人ばっかり)で、少し物足りなくなってしまうのです。

 貴族がどのような暮らしをしていたか、豪華な装飾品や華麗なファッションはもちろん、豪奢な生活の裏に隠れた苦悩(所有する土地を管理し、利益を産み続けるにはそれなりの才覚が必要)などもしっかりと描かれていて、勉強にもなります。

 テレビシーズンは残すところ、あとわずか。でも一見価値あり、オススメです。残り少ない回で、複雑なストーリーについていけるかどうかは別として(苦笑)。

→「ダウントン・アビー公式サイト

2017-06-29

[]太田裕美コンサート2017(東京編)レポ

 6月24日(土)、おなじみの渋谷文化総合センター大和田さくらホール」で行われた太田さんのコンサートに行ってきました。f:id:hiroc-fontana:20170629220104j:image:w360

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 4月の京都でのコンサートに続き、hiroc-fontanaとしては今年2度目のナマ太田さんは、もはやファンの間では伝説番組になった(ちょっとオーバー?)「名盤ドキュメント」以降の驚くべき再評価の高まりとも相まって“第2次全盛期”とも思えるほどにステージ上で輝いていて、そしてそんな太田さんを迎えるファンの熱気もここ何十年と見られないほどに高まっていた感じ。京都も素晴らしかったけれど、今回はそれ以上に、非の打ちどころのない充実したステージでした。

 こちらも恒例、楽しいトーク(hiroc-fontanaのアレンジですが)を挟んで当日を振り返ってみます。(曲抜け、順番違いなどおればお許しくださいね。)

 白いワンピースショート・ヘアの太田さん登場。〜ピアノ〜 

1.雨の予感(1st『まごころ』・1975)

 ☆フュージョン・ロック調の長いイントロを達者なミュージシャン3人+太田さんが完璧再現ファンタスティック

2.青い傘(5th『12ページの詩集』・1976)

3.雨だれ(1stシングル・1974)

〜季節柄、雨にちなんだ曲を選びましたが、今日はあまり梅雨らしくないお天気ですね〜(当日は晴れ時々曇り)。去年のさくらホールコンサートは2月だったので冬の曲を沢山歌ったのですが、どうしても重い曲が多くなってしまって・・・。なので今回は夏に向けて夏らしい曲を選びました。次の曲は本当に久しぶりに歌います

ギターを手に〜

4.オレンジの口紅(4th『手作りの画集』・1976)

5.河口にて(10th『Feelin’Summer』・1979)

 ☆ピアニカ演奏

ギター・コーナーではいつも、蔵出し曲を歌わせてもらってます(笑)1979年7月に発売した『Feelin’summer』は、松本さんと筒美先生から離れて初めてのアルバムでした。「河口にて」の作詞は来生(えつ子)さんなのですが、このアルバムから選曲しようと考えていた丁度その頃、来生(たかお)さんとの共演(彼の曲を本人とレコーディングしたとのこと)のお話が来て、ビックリしました。たかおさんとはその時に初めてお会いして、不思議なご縁を感じました。でも次の曲は来生さんの曲じゃないんですけどね(笑)今日コンサート、お誘いしたけど来られないって言われてしまって・・。 だから、いいでしょ?

6.掌の夏(10th『Feelin’Summer』・1979)

7.エアポート'78(8th『ELEGANCE』・1978)

〜「名盤ドキュメント」は本当に反響が大きくて、ソニーさんから在庫切れになるくらいに売れている、と嬉しい連絡も頂きました。番組で私も初めてマスターテープを聴き直したのですが、時間にあくせくせず、じっくり丁寧に、好きな音楽を創れた幸せ時代だったな、と改めて思えたんです。秋にはアナログ盤も発売が決まったというニュースもあって、信じられない気持ちです。次はそのアルバムから歌います

ピアノ弾き語り

8.袋小路3rd心が風邪をひいた日』・1975)

9.水車(みずぐるま)(同上)

10青春のしおり(同上)

〜「袋小路」は、松本さんもお気に入りだそうで、リクエストされたのですけど・・・今日は来てくれていません(笑)!京都は来てくれましたけどね。「水車」は、私が作詞作曲した曲ですが、本当に拙くて恥ずかしいので、あまり歌ったこともなかったんです。でも「名盤ドキュメント」で真心ブラザースさんが仰っていた通り、たしかに20歳の少女にしか創れない世界には違いないな、貴重だなと。それで思い切って今回、歌わせて頂きました。

〜メンバー紹介〜

青春のしおり」の歌詞に出てくる「赤毛のアン」にちなんで、メンバーに“一番好きなの本は何?”と話を振るも、西海氏、岩井氏ともに“あまり本を読まないので・・・”と。これには太田さん「男どもはこれだから・・」と飽きれ顔(会場、爆笑)。その後、大古さんがやっと「嵐が丘」と答えてくれて、しばし女子恋愛トークに。

〜スタンド〜

11.真夏出来事(最新AL『tutumikko』・2014)

12.南風〜SOUTH WIND(17thシングル・1980)

 ☆今回も“Let's Shine!”で人差し指を立てて腕を回す振り付けが会場のあちこちで見られました。

13.ドール(12thシングル・1978)

14.木綿のハンカチーフ(4thシングル・1975)

〜もう、終わりだと思った?まだだよ〜(笑)(←今回も、出ました!)私は2(?)年前からツイッターをしていて、息子から“こんなことはゼッタイ書いちゃダメ”とか教わったんですけど、幸い温かいコメントばかりで、一度も炎上することもなくホッとしています。前回京都で「売茶翁」の話をしたときにそのお名前を思い出せなかったんですけどあとで調べてツイッターで流したり、今回、オリジナルロゴマーク募集したら沢山の素敵なデザインの応募があって、その中から選んだデザインでTシャツを作らせて頂きました。ツイッターもSNSも、キチンと良い方に使えば本当に便利なんですよね。

15.金平糖シングルみんなのうた)2011)

 ☆オープニング・アドリブ・バージョン。

16.青空の翳り(14thシングル・1979)

17.七つの願いごと3rd『心が風邪をひいた日』・1975)

 ☆コーラスごとに盛り上がっていく曲をまたまた3人のバックミュージシャンが見事に再現

アンコール〜 ロゴ入りオリジナルTに花柄スカートで再登場。

18.さらばシベリア鉄道(19thシングル・1980)

19.葉桜のハイウェイ(『I Do,You Do』1983年

 ※アナザー・バージョン。歌の最後太田さん「前向きに、幸せに、生きて行きましょうね!」とメッセージ

(EG&B&Per:岩井眞一、AG:西海孝、Pf&Key:大古富士子)

 いや〜、本当に今回の太田さん、ノッてました。歌声も低音は力強く、高音域は澄みきってよく響いて、見事にオリジナルキイで歌いきってくれたそのお姿は、最近メディアでの注目度を自らの力に蓄えて、パワーが溢れているように思えましたわ。まさに、今が“旬”。といっても過言ではない感じ。

 そんな太田さんの充実ぶりに呼応してか、3人のバックミュージシャンとの息もいつになくピッタリで、ボーカルにも演奏にもスキがなく、ず〜〜っと惹き込まれっぱなしだったhiroc-fontana、太田さんの曲と過ごしてきたあの時代、この時代トリップしきりでした。泣いて笑って、最後はすっきり、前向きに。。。ありがとう太田さん。

 あ〜、今回のライブ映像で残してほしかったな〜。

 

(追伸)思えば太田裕美さん再評価の前哨戦だったかもしれない「STEREOSOUND」誌の“オーディオ名盤コレクション”シリーズ。昨年SACD化された『こけてぃっしゅ』『ELEGANCE』(ともに既に完売)に続く太田裕美復刻プジェクト第2弾として、話題の『心が風邪をひいた日』と、声が絶好調だった頃の5th『12ページの詩集』のSACD化が決まったそうです。番組でも聴いていたマスターテープに記録されていた、太田さん20歳の頃の澄んだ歌声が、どれほどリアル再現されるのか?楽しみですね。

2017-06-11

[]セイコ・アルバム探訪2017〜『Daisy

Daisy(通常盤)

Daisy(通常盤)

 さあ、稼ぎ時、到来よ!今年の夏もコンサートツアーやるわよ。あ、ついでにとりあえず新しいアルバムも急いで作ったので買っておいてね!コンサートでも何曲か、歌うわよ。

 みたいな、ね。(やれやれ。)

 聖子たんはご自分趣味実益を兼ねて、そして健康維持のために(笑)、とにかく毎年、同じスケジュールをこなすことに命をかけているみたいです。『SEIKO JAZZ』というしっかりとコンセプトを持ったアルバムを春に出したばっかりなのに・・・。あちらはあくまで「お仕事」で、これはこれ。私のやりたいことは、こっちよ!みんなもわかってるでしょ?とでも言わんばかりに。

 そんな感じで届いたこのニュー・アルバム果たして一生懸命レビューする意味はあるのかしら・・・なんてことを思いつつ。まあ、こっちもお約束で、とりあえずは「探訪」してみるといたしましょう(苦笑)。

 だって聖子さんが新しいアルバムを出したという、それ以外の意味は、何も無いんだものね。これって。

 聖子たん。いよいよナツメロ歌手の域に入ってきた感じよね。ナツメロ歌手と言えば、恒例のリサイタルは、第一部が人情味溢れる歌謡ショー、第二部に懐かしのヒットメドレーで、決まり。一方、聖子たんの夏コンの場合第一部は、後にも先にもこの一回だけしか披露されない新譜からの「口パクパフォーマンス(もちろん、セットはメルヘンチックな白いお城に、衣装お姫様ドレス)。第二部の恒例のリクエストコーナーとアコースティックコーナーを挟んで、第三部はいものノリノリ80年代ヒットメドレー。ファンのみんなが知っているあの曲、この曲を歌うわよ!みんなも、歌ってね〜〜!みないな世界ね。それはそれで、いいのよ。恒例行事、つまりは「お祭り」だから

 そしてファンの方はと言うと「奥さん、リサイタル、一緒に行きましょうよ!そうそう、今年出した新曲披露するみたいよ。CD買って、練習しとかなきゃ!ウフフ・・」となるわけね。トホホ。

 その新譜。コアな聖子ファンは、あまりの“王道セルフ”ぶりに、もはや諦めの境地。感想は→「予想していたよりも、悪くなかったです」。

 もっとディープなファンは、怒り心頭感想は→「完全にやっつけ仕事。夏のコンサートのためのグッズの一つでしかない(怒)」。

 案外、聖子ファンじゃない人の方が、フツーのポップ・アルバムとして、楽しめてしまったりするのかも。。

 とは言ってもね、ガンコに続けるホワイトバックのアルバムジャケに(本人はシリーズ化のつもりかもしれないけど、見てよこれ!→)、Daisy(初回限定盤B)Shining Star(初回限定盤A)(DVD付)永遠のもっと果てまで/惑星になりたい(初回限定盤A)(DVD付)薔薇のように咲いて 桜のように散って(初回盤A)(DVD付)

安易で使い回しワードフル回転、おまけに日本語としておかしなところもあちこち目に付く稚拙歌詞は、趣味世界でならまだ許容できるけれども、やはりプロ作品としては、作品へのこだわりだとか愛情だとかアーティストとして当然の「完成度を求めていく姿勢」が、近年のセイコさんのセルフ作品には、圧倒的に足りない気がするのよね。例えばオープニング曲春の風誘われて」というタイトル、曲を聴けば確かにサビのフレーズそのままなので受け入れられるものの、本来はたとえフレーズがそうであっても、いざタイトル決めする時には「春風に誘われて」とか、正しい日本語に直すのが正解のように思うのよね。逆にその方が変化があって面白いし(って、俺の頭が固いだけ?)。あと「Daisyを君に」。これって、「花束を君にFantômeでしょ?どう考えても。聖子さんが意図的無意識にかかわらずヒット曲のパクリをしちゃうのは手クセのようなもので避け難いにしても(苦笑)、だれか回りに「これは恥ずかしいから止めませんか?」と忠言できる人はいなかったのかしら?この曲が中々イイ曲なだけに、そういったツメの甘さがなんとも歯がゆくて。

 まあ、そんなわけで、思わずグチがドバーっと出ちゃいましたけれど(苦笑)実は、それほど嫌いなアルバムじゃないんです、これ。(思わずエロジジイが撮ったスナップ写真?”と思わせるようなジャケットと、思わず聖子たん、もしかして●知症が始まっちゃてる?”と言いたくなるような破壊力バツグンな収録曲タイトルを除けば!ね。)

 思いのほか前フリが長くなってしまいましたので、今回の曲紹介はサラッといかせて頂きます。YOSHIKIによる10曲目「薔薇のように〜」を除き作詞作曲聖子さん。今回はアレンジの野崎洋一さん(3,4,10以外)と松本良喜さん(3,4曲目)がそれなりに頑張って、変化をつけているのが印象的。

 タイトルそのまんまのサビのフレーズがポップで、印象的なアップテンポポップス。声は枯れているけど、やっぱりこの声、明るい曲に乗ると心地よいのは確か。

  • 友達恋人がIt's a wonderful♡〜Shake it!! Baby〜

 ヘンテコなタイトルなうえ(また♡つけちゃったのね。トホホ。)歌詞も聴けば聴くほど意味不明迷宮入りです。しかし意表を付くワルツメロディーが耳を惹く。なんだかこれこそが聖子ワールドなのかも、と思わせてしまう、いろんな意味でスゴイ曲。

  • 今を愛したい

 CMソングのこの曲はビックリするほどオーソドックスバラード。というか、イントロから既視感たっぷり。でもコアなファンには、こんな曲が安心なのかしら?

 ピアノイントロ、聴いたことあるような気がする。あれ?前の曲の中に“あなたへの愛”ってフレーズ、出てこなかったっけ?でもコアなファンには、やっぱり、こんな曲が安心なのかしら?

  • 私・・恋してる

 タテノリ&アップテンポの親しみやすいポップ・チューン。聖子たんのダビングボーカルと、ヴァース部分でバックがドラムだけになるところが新鮮。

 今までになく静謐雰囲気イントロと歌い出しに思わずハッとする(歌い出しの聖子さんのボーカルの音が割れてるんですけど・・・)。でも曲が進むにつれて、どこか散漫な印象に。うーん、一本調子に進んできたところでこうした荘厳な雰囲気の曲を持ってくるという意図はすごくわかるんだけどな〜、ちょっとツメが甘い気がする。残念な曲。

  • ごめんねなんて言わないで

 ミディアム。低音で膨らませた声の歌い出しから高音のファルセットに展開する曲構成は中々で、セイコ・ボーカル純粋に楽しめる曲。

 またまたヘンテコなタイトル(こっちには☆がついちゃいました・・・)。でもイントロハミングからして軽やかでハッピーポップスで、これ悪くないです。ドラミングだけの短い間奏もいいアイデア。このアルバム、ヘンテコなタイトルの曲に意外な良曲が多いという珍しいパターンです。

 ここは、アルバムタイトルと同じ「Daisy」で良かった気がする。ギター一本をバックに切々と歌う聖子さんのこの歌声に、ファンは満足でしょう。

  • 薔薇のように咲いて 桜のように散って

 やっぱり格が違いますね。ああ、あのサプライズもぬか喜びだったのね・・・(タメ息)。

 

 今回も最後までお付き合い、ありがとうございました。

2017-05-21

[]怒れ若者?いや、怒るな、高齢者

 人は年齢を重ねるにつれて人柄が丸くなって、穏やかになる、とか。よく言われることだけどね。

 それは、嘘よ!

 五十路を迎えてつくづく、そう思う。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 先日、ちょうど帰宅時間帯の電車が架線事故か何かで遅れていて、駅で長い時間待たされた挙げ句、やっと来た電車も満員。とりあえず一台見送って、やっと次の電車が来たと思ったら、アナウンスで「この電車は予定を変更して当駅止まりになります。お急ぎのところ、大変申し訳ありません。」ときた。

 駅で電車を待っていた乗客と、急に終点が変わって電車を降ろされた乗客で、駅のホームは立錐の余地ないほどになり、さすがに俺、プチっとキレてしまって。改札に直行したのだ。

 反対方向の電車フツーに走っているのだから、まずは逆方向から途中駅までの折り返し運転電車を寄越して、このあぶれた人たちを運ぶべきだろう!って。だいいち、ホームは人で溢れて危険だぞ!って。

 駅員にそう言ってやろうと思ってね。

 でも、改札にはすでに先約がいたのよね。窓口の駅員に大声で文句言っているオヤジが。

 そのみっともない姿と、“自分に言われてもな…”と明らかに困り顔の駅員を見たら、すっかり怒りの気持ちが吹き飛んでしまってね。

 結局は肩を落として大人しく振替輸送キップを受け取り、改札をトボトボ通り過ぎるもうひとりのオヤジが・・・。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 一説によると、加齢と共に前頭葉の働きが衰えて感情のコントロールが難しくなり、高齢になるほど怒りっぽくなるのだとか。うん、わかる気がする。最近何かにつけキレ易くなっている俺(間もなく53歳)。通勤の混雑した階段でノロノロと歩きスマホして人の流れを滞らせている若いリーマンとか。満員電車の中で座っている俺の足を踏んずけたくせに、邪魔な足を出してたお前が悪い、みたいにこっちを睨んでくるバカ女とか。いざ一歩外に出れば、無神経で自分本位な人々に次々とすれ違うことになり、朝から晩までキレっぱなしなのだ。

 ただその一方で、加齢で大脳皮質にも皺が多くなるぶん、分析的に物事を捉えられるようになるから、当然の結果として気が長くなるという話もあって、そう単純な話でもないようで。ある調査では、幸福度は高齢者ほど高いという結果も出ているらしい。

 いざ振り返ってみれば自分場合も、そうした怒りを感じるのは専ら、見ず知らずの他人であったり利害の対立する存在だったりするわけで、その相手が身近な人物、例えば友人たちや同僚だったりすると、ほとんどの事を許せてしまう、というより怒りを全く感じなかったりするのだ。

 つまり、身近な人間関係においては、若い頃と比べると明らかに、円滑かつ幸福関係が築けている。ある意味それは、他者への過度な期待や自分自身へのこだわりが解けてきたからこそ得られる境地で、あきらめの一種なのかもしれないけれど。

 俺が日ごろ感じる怒りは、よくよく考えればストレス社会とほとんど中身は同じものであって、そう言えば、旅行先でリラックスしている時は、人混みの中にいてもそれほど怒りを感じないな、と。

 もし、穏やかな気候の人里離れた土地で、好きな仲間に囲まれて老後を過ごせたら、それはもしかしたらとても幸せに満ちた老後になるのかも知れない、なんて思えた。(素敵な思い出に抱かれつつ、一方でそれをどんどん忘れながら・・・おいおい。)

2017-05-11

[]徒然なるままに聖子

 ジャズアルバムに続いて、6月には“いつものポップスアルバムの発売を予定しているという聖子さん。

 その後はそのアルバムタイトルDaisy』を冠したコンサートツアーで稼ぎつつ、プロモの為のテレビ出演をポツポツとこなして2017年営業は終了、みたいな感じ?(あ、あとディナーショウと紅白(お呼びがかかれば!)がありますね。)

 というわけでおそらくジャズサプライズ以外は表面上は頑なに“いつものスケジュールをこなすばかりに見える聖子さんなのだけど。冷静に眺めてみると、デビューして40年近い歌手が毎年ニューアルバムリリースとコンサートツアーを恒例行事のように繰り返すということ自体、スゴイことなのよね。そのうえ、31周年コラボ竹内まりやに始まって、その後もCHARAユーミンYOSHIKI、果てはボブ・ジェームスクインシー・ジョーンズまで。一時のセルフ一辺倒から、ここにきて確実に挑戦の幅が広がっている感じ。その極め付けが今年のジャズサプライズだったわけだけど。SEIKO JAZZ(初回限定盤B)

 だけどねえ。

 聖子さんが頑張っている割に、何だか、80年代の全盛期に比べて「やった!」という感じ、本当の意味でのサプライズが感じられないのは何故なのかしらね。ふとそれを考えてみたのだ。もしかしたら聖子さんって、日本の写し鏡なのかもな、なんてね。

 この国自体が成長期だった80年代から40年近くが経過して、すっかり成熟しきった日本、もはやあの頃のような目覚ましい発展は見込めないにも関わらず、相変わらず平和繁栄未来永劫続くことを単純に信じきって、いま目の前の幸せ満喫している私たち。やれ東京オリンピックだ、インバウンド景気だとか言っても、未来のない“から騒ぎ”なのかもしれないのにね、本当は。

 街はどんどん新しく生まれ変わって、便利になって、次々と新しいことが起こっているのに、その新鮮さは、あっと言う間に過去になって、すぐ消える。ただ、加速度的に時間が流れていくだけ。過去反省も、未来への希望も、確かなものは何もなくて。それでも世の中は回り、何となくキチンと成立している、あやふや不思議な国ニッポン。(バブルはどこに行った?失われた20年はどこに行った?そんなに日本って、回復してるの??)

 

 デビュー37年目、50代後半になった聖子さんも、同じだと思わない?

 最早ピークはとっくに過ぎて、どれだけメンテナンスを加えたとしても、いつまで歌えるのかわからない。でもこのハッピーな「今」が続く限り、その流れに乗ってひたすらそれを輝かせることを、反射的に選んでしまう。そこには理屈はないのよね、きっと。過去はあるけど振り返らない。未来はもちろん、ない(笑)。こうして「今」が、あるだけ・・・

 

 まあそんな感じで、成熟しきって何ら発展性も伸びしろも感じられない6月発売のセルフ新譜ですが(苦笑)、まさに2017年の(今の)聖子さんがレコーディングしたのだという、その「現在進行形」の中にちょっとしたシゲキを感じつつ、また今年の夏を過ごし、聖子さんと一緒にまたひとつ歳をとる、聖子ファンの私たちなのですね(笑)

 何だか連休疲れで、いつになく、とりとめない内容になってしまったわ。ゴメンナサイ。