Lonesome-happy-days

2016-05-25

[]メモランダム2016.5.24〜ウソツキたち

f:id:hiroc-fontana:20160525225151j:image:w120:left 今更ながら、ベッキーについて。

 ワタシも先日のテレビ番組、観ました。中居クンの見事な、見事すぎてあざとささえ感じる話術に感心しながらも、肝心なベッキー言葉には、心に響くものが全く感じられなかったワタシです。

 はっきり言って「どーでもいいわ」というような。

 あるとき、ある人に夢中になって。でもそれは誰彼なく言い触らすようなことでもなく、フツーに二人きりで会って、二人きりの時間を楽しんで・・・。それはごく自然なことですよね。

 その恋愛たまたま有名人同士の間に芽生えたもので、たまたま世に言う「フリン」だったという(ベッキー最初はそうとは知らず・・・なんて言ってましたが)、それだけのお話

 彼女の会見内容が嘘っぱちで、会見でのしおらしい態度とは裏腹な、ラインでのホンネのやり取りが公けになってしまったことは、今回のエピソードの“おマケ”のような話であって、それを先日の放送でいともあっさりと事実だと認めてしまったベッキーに、「ああ、貴女も、自分を守るために平気でウソがつけるフツーの女の子だったのね」と、肩透かしをくらったような、そしてどこかホッとしたような気持ちを抱いたのでした。

 もちろん、公の場で平気でウソをつくのは許しがたいことには違いないのですけれど、例えば自分がある会社の広報部にいて自分の会社の不祥事についての「お詫び会見」をするとしたら、やはりどこか「理不尽さ」を抱えたまま、形だけは思いきり反省を装って、迷惑をかけた人々(←いったい誰に?というギモンを感じつつ)が少しでも納得するように、今にも泣きそうな顔をして会見に臨むと思うのですね。恐らく彼女が会見でそうしたように、余計なことは何も言わず、ただただ頭を下げて、何度もお詫びする。だから、あれはあれでウソだとしても、多少は仕方ないのかも、と。

 ただね、ワタシ、こうも思うのです。何でベッキー、お詫びしてしまったのだろう、って。そして、何でまた、中居クンの番組にノコノコ出てきたのだろう、って。

 もう、相手の男性を好きじゃないとか、彼女がマジメなところ見せれば見せるほど、どんどんシラケていくワタシなのでした。

 いっそのこと、略奪愛を貫いて、しばらく表舞台から姿をくらますくらいの一途さを見せた方が、彼女としては良かったのにな・・・なんて。そんなふうに感じたのです。(もちろん、心の中では不倫相手の奥さんへの申し訳ない気持ちを抱えつつ、です。)

 だってね、シラッと口から出まかせのウソをつきそうな軽薄キャラ女性タレントなんて、今は掃いて捨てるほどいますもの。今更ベッキーがそのカテゴリーの中で勝負しようとしても、厳しいのではないでしょうか。

 かといって、今まで通りの純真で天真爛漫なキャラは、恐らくもうムリ。

 同じような立場の元モー娘。のヤグチ真理が、いまだに鳴かず飛ばずなのは、やはりそこで躓いたのが大きかったように思うのです。純粋愛情ではなく、単なる火遊びであったことを結果として認めてしまったから。もうそんなことは二度としない、と反省すればするほどに、そして番組で明るく振る舞うほどに、観る方は逆にそのキャラに嘘くささを感じて距離を置いてしまうような気がするのです。彼女不倫相手とそのまま真っ直ぐに付き合ってしまえば、その愛は本気だったのだな、と許せたような気がする。他人の反応なんて結局、そんなものなのではないでしょうか。

 現に、ゲイノー界には表立っては話題にされない、現在活躍中の大物の略奪愛がゴロゴロ転がっています。→参考サイトhttp://matome.naver.jp/odai/2137032188066612501

 ベッキーも、今からでもおそくはありません、すでに離婚したと言われる「男性」とヨリを戻して、「逃避行」→「しばらくゲイノー界から引退」→「10年後にデヴィ婦人もどきになって再登場」くらいの気概(構想)を持って、愛の強さというものを世に示してくれたら、見直すのですけどね。。。

 

 誰にでもわかる嘘を公然とつきながら、自分生活(おカネ)の為だけに、うわべだけの反省を見せて、今まで通り表舞台で使ってもらいたい、なんて都合の良い話だと、どこかの知事さんと一緒ですものね。f:id:hiroc-fontana:20160525225150j:image:small:right

2016-05-09

[]時の刻印〜「北の国から」三昧の日

f:id:hiroc-fontana:20160509233023j:image:w240:left あっという間に連休も終わり。いざ終わってしまうと何てことはない、フツーの日常が過ぎていっただけ、という感じ。思えばずっとそうして生きてきた(生きてきてしまった)私の人生50数年・・・単なる連休が終わった、という以上に、そこが残念な気がしてしま今日このごろ。

 私はこの連休仕事に駆り出されたり、その後には少しばかり体調を崩してしまったりで、本当に冴えない「黄金週間」でした。ただひとつトピックと言えば、つい先日契約し直したケーブルテレビのおかげで、たとえ家に籠るばかりの休日になっても少しだけ暇つぶしの“選択肢”が増えた、ということ。

 先週5月4日の「みどりの日」(いつの間にか、4月29日からこの日にお引越ししてたのですね)は、体調が最悪で立ち上がるのも億劫な感じだったので、朝からテレビの前に置いてある一人用ソファに座って(涙)、ケーブルテレビのリモコンを片手にザッピングしていたら、「日本映画専門チャンネル」で思わず手が止まったのです。

 題して倉本聰劇場。なんと朝から北の国から」Day(実際は前日の5月3日から2日連続でした)。

 「北の国から'95 秘密北の国から '95秘密 [Blu-ray]に始まり、「〃 '98 時代(前・後編)」「 〃 2002 遺言(前・後編)」と、1本が約2時間半のドラマを5本連続放送。朝10:00に始まり、終るのは23:30過ぎという、狂気じみたスケジュール!!

 私、全部、観ました(笑)。そして泣いた、泣いた・・・涙が涸れ果てるくらいに。寝る前に鏡で自分の顔を見たら、白髪まじり不精ヒゲ&瞼がおぞましく腫れた、無様な中年ジジイがそこに(苦笑)。

 「北の国から」が連続ドラマとして最初放送されたのが1981年。ワタシは当時リアルタイムでそれこそ毎週夢中になって見ていました。そこから最終作が作られた2002年まで、20年。いわば「北の国から」はワタシたち世代にとっては外せない、ドラマバイブルみたいなものかも知れません(勿論好きキライはあるでしょうけれど)。昨年のアカデミー賞作品賞ノミネート作品で、6歳の少年が18歳になるまでを同一の俳優が演じて話題になった「6才のボクが、大人になるまで6才のボクが、大人になるまで。 [DVD]

という感動作があったけれど、「北の国から」はそれに先立つこと30年以上前に、同じことをやっていたわけで(ここは純ちゃん口調で(笑))。それはスゴイことなのです。カワイイ赤い頬をぽってりさせていた吉岡くんや、無垢で健気な感じが愛おしかった中嶋朋子ちゃんは、いつの間に憂いを帯びた大人になり、最初は男盛りの雰囲気だった田中邦衛さんも、最後は70歳の枯れたオジイちゃん。思えばこの国では山田洋二監督の「男はつらいよ男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け HDリマスター版(第17作)が足掛け26年・48作(!)、「釣りバカ日誌」も足掛け22年・22作と、ご長寿シリーズもの定番であったりもするのだけれど、どちらかと言えば時代設定がタイムレスな「寅さん」「浜ちゃん」とは違って、「北の国から」の場合はしっかりとストーリーに“時の経過”が刻まれているのが、魅力なのですね。例えば邦衛さん演じる五郎さんが昔を回想するシーンがあれば、そこには子役時代吉岡くんや朋子ちゃんが当時の映像でちゃんと出てくる。長男・純君の恋愛遍歴を辿れば、初々しい横山めぐみちゃんや裕木奈江ちゃんや宮沢りえちゃんが、次々と回想シーンの中に現れる。そんなドラマ、他にありませんよね。

 「2002 遺言北の国から 2002 遺言 [DVD]では、大事共演者たちが一人、また一人とこの世を去っていく中、五郎さんも遺言を残そうとするわけです。ドラマ主人公にも着々とカウントダウンが迫っていることを感じさせる、この何とも言えない切ない感じ。そう言えば先日終了した朝ドラあさが来た」も、ドラマ開始時からずっと元気だったダンナさま(玉木宏が好演)が、終盤を迎えて少しづ生命を枯らしていく様が何とも切なかったのですけど、最近ワタシ、こうした“愛着のある人(もの)”が身のまわりから消えていってしまうこと(抗えない時の流れ)を想像するだけで、悲しくて切なくて仕方がないのです。歳のせいですかね。「2002 遺言」はこのシリーズ最終作ということもあって、全編にそんな寂しさが漂っていた気がします。

 そんな「北の国から」は、長い時を刻む壮大なドラマでありながら、大人になった息子(純)・娘(蛍)は、二人ともどちらかと言えば不器用人生を歩んでいて、でもそれぞれに不器用なりに一生懸命自分たち未来を切り拓こうとしているという、おとぎ話ではないそのリアルな感じが、何とも身につまされるのですね。そして根底にあるのは、家族への、どうしようも動かしがたい愛情であって。

 平凡に見えても、地に足をつけて、人間らしく自分らしく生きていければ、人生、上等なのだ。

 誰とも会わずに一日じゅうテレビにかじりつき、ひとりずっと涙を流し続け、最後には、そんな風に思えたのでした。

2016-04-30

[]セイコのひとり紅白歌合戦

 ゴールデン・ウィークに突入ですね。皆様いかがお過ごしでしょうか。

 さて我らが聖子さん、今年も律儀に(笑)、内容はどうあれ(苦笑)、待望のニューアルバム6月8日に届けてくれるそうです。

 →http://www.universal-music.co.jp/matsuda-seiko/news/2016/05/04

アルバムタイトル『Shining Star』ですって。。。今回もブレない聖子さん(苦笑)。)

 いろいろありますが、聖子さんを見習って「明日に向かい、走って行きましょう!」というわけで、ニュー・アルバム発売&夏恒例コンサートツアーを前に、昨年末の“サゲサゲ”ステージ屈辱を果たすべく(笑)聖子たんの“ひとり紅白”ここに実現。

 

 まずは白組1981年7月発売のシングル白いパラソルからどうぞ。

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 紅組トップバッターはもちろん、1982年1月発売「赤いスイートピー」。

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 名盤『SUPREME』より「白い夜」。

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 こちらは近年のコンサート定番曲、「赤い靴のバレリーナ」。

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 続いてはセカンアルバム『North Wind』より、元気溌剌な「白い恋人」。

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 え?もうネタ切れ?えーい、こうなったらピンクも行っちゃえ!

ピンクモーツァルト」。1984年シングル

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 ピンクもういっちょ。1982年の傑作『Pineapple』より「ピンクスクーター」。

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 青組の登場です(笑)。「青い珊瑚礁」。

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 青もう一つ、でもこちらは「蒼」で、少し深みを帯びた青色だそう。

 「蒼いフォトグラフ」。1983年瞳はダイアモンド」のカップリング

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 白組トリはこれでいかが?1987年シングル

Pearl-White Eve」。 D

 大トリは、こんな色。(もう紅白なんて、どうでも良くなってる(笑)

瑠璃色の地球」。

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手抜き企画で、ごめんなさいね(苦笑)。

2016-04-27

[]おもんばかる

 「慮(おもんばか)る」。

 ネット辞書によれば、以下の解説があります

「慮(おもんばか)る」とは

(「おもいめぐらす」が変化した言葉

 何かを実行するときに、周囲との関係や将来への影響など、あらゆるケースを考え合わせる。よくよく考える。思いめぐらす。考慮する。

http://hyogen.info/word/9889749

 

f:id:hiroc-fontana:20160420075721j:image:medium:left ご無沙汰しております

 わずか1カ月の間に、色々なことが起きてしまいました。

 熊本地震。そして、時を同じくして地球の反対側ではエクアドル地震。

 被災された人々の為に、自分に何ができるのか。何も出来ないからこそ、せめて被災者の方々の気持ちに寄り添って、思いめぐらすことだけでも続けていたい、そんなことを考えていました。

 とは言え、いまさらそんな気持ちをここに書いたとしてもどこか“空回り”ばかりの感じもしておりました。

 その頃、ちょうど愛用している手帳用のボールペンが何かの拍子にペン先のボールがうまく回らなくなって、意味のある言葉いくら書き止めようとしても途中でインクが切れて文字さえ満足に書けない状態に陥ったりしまして、何だかそんな歯がゆいエピソードが、如何にも今の自分象徴しているかのように感じました。

 あまりにインプット情報が多すぎて、アウトプット経路が“ジャム”を起こした状態、とでも言いましょうか、そんな1か月でした。

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 私的なところでは、先日、親友最愛のご家族が亡くなられたのですが、親友が本当にそのご家族を心から愛していたことは周りの誰もが知っていましたので、結局は「他人」に過ぎない私なぞ何が出来るでもない事はわかりつつも、どうすれば打ちひしがれた彼の気持ちに寄り添えるのか、それを“慮る”こと、まさにそれが私にできる唯一のことのように思えて、それこそ全身全霊を込めて彼と亡くなられたご家族の心に少しでも近づけるように祈ったのです。

 でも白状します。私には、それがとても難しかった。。。いくら気持ちに寄り添うことに専念しようとしても、結局は周囲をぐるぐると回るばかりで、相手の本当の気持ちには決して近付くことが出来ない。私には、その方法がわからないのです。絶望的なくらいに、そのことだけが、分かってしまったのです。f:id:hiroc-fontana:20160420075812j:image:medium:right

 考えてみれば、そんなこと、今までほとんどしてこなかった自分。。。結局のところ、人のことは二の次共感など脇に除けて、自分勝手に生きてきた自分であったことを今更ながら知ったのです。

 そして、こんなことも。

"だから、hiroc-fontanaさんって、キライ。すごくイヤ、そういうところが。"

 去年の年末、忘年会の席で、10年来の友人から、面と向かってそう、言われました。その友人は年下ということもあって、私、気安くアレコレと、言い過ぎていたのですね、それまで。「学歴や知識を笠に着て、いつも上から目線」。それが、彼から見たhiroc-fontana評でした。ショックでした。自分としてはそんなつもりは全く無かっただけに。

 この4月に入って、しばらく音信不通だった彼から「久しぶりに飲みませんか?」と連絡が来たのです。正直、どんな顔をして彼に会えば良いのか戸惑いながらも、彼の方から連絡をくれたというそれだけで、私としては嬉しくて。結局、居酒屋で再会して、時間も忘れるほどに語り合いました。年末の忘年会の席で起こった気まずいエピソードのことには、二人とも全く触れることのないまま。そして、最後まで、彼がなぜもう一度私と会う気になったのかを聞かないまま。

 私はいまも、彼の本当の思うところは何だったのか、よくわかりません。でも、そうした関係をギクシャクさせたまま、面倒だからと言って遠ざけておくばかりだったこれまでの自分が間違っていたことを少しだけ、反省ました。

 自分でない、誰かの気持ちをただじっと、静かに「おもんばかる」こと。

 おそらくその面での感性に欠ける自分からこそ、その努力だけは続けなければいけない、と思っています

2016-03-27

[]ベストテン・クラシックス〜1981年3月

 お久し振りです。

 ホントーに公私ともに忙しく、いっそブログは休止させて戴いた方が良いのかも、などと考えていた今日この頃です(苦笑)。でもまあ、そんなに早まった行動を取らなくとも、過去ログの「聖子さん」「裕美さん」関連だけでも多くの皆さんがお寄りくださっている現状もありまして、まあ、ボチボチ続けさせていただきましょう、と考え直したところでございます

 そこで今回はネタ切れのときの定番企画(笑)、こちらも久しぶりのベストテン・クラシックス。今から35年前、1981年3月チャートです。

 1982年以降の「アイドル全盛期」前夜、いわゆるニューミュージックがまだまだ勢力を誇っていた時期の少し渋めな印象のチャートですが、いやなかなか、面白いメンツが揃っています

 それでは、カウントダウン

 10は前週16位からトップテン入り。寺尾聡さん「シャドー・シティ」です。発売は1980年8月最初にこの曲がタイヤメーカーCM曲として流れ、このシブイ曲を歌っているのはだれ?え?あの俳優の「てらおあきら」?という感じでじわじわ話題になって、結局それが「ルビーの指環」の大ヒットを呼んだわけですね。

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 続いて第9位。13位の初登場から2週目でトップテン入り。さだまさしさん「驛舎えき)」です。さださんはこのころトップテン常連でした。ヒット曲というには地味な作品ですが、同時期の「北の国から」とリンクしているような作風でもあります

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 第8位!先週5位からランクダウン。五十嵐浩晃さんの「ペガサスの朝」です。チョコレート菓子CMソングとして大ヒットしました。前年にやはりCMソングの「愛は風まかせ」がスマッシュヒット、この曲で初のトップテン入り。北海道出身で、ポスト松山千春さん的に言われていた時期もあったような気もするんですが、そのあとが続かず・・・。とはいえ今だ現役で地道な活動を続けられているとのこと。

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 さあ、7位に我らが聖子さん登場。松田聖子さんの4thシングルチェリーブラッサム」です。トップテン7週目にして惜しくもトップ3から陥落ですが、1位を4週キープ、最終的には売上67万枚を記録する大ヒットでした。軽々と高音まで地声で押し通すそのボーカルのパワーに、19歳の聖子さんのキラキラした可憐極まりないルックス。もう、奇跡ですわ。初の財津作品を歌う聖子さんの姿には「新しい何かが始まる」予感が漲っている気がします

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 セイコたん登場で、ちょっと熱くなり過ぎました(苦笑)。

 続いて第6位は「スローブギにしてくれ」、南佳孝さんです。浅野温子さん主演の同名映画主題歌としてヒットしました。この第6位が最高位。もっとヒットしたような気もしたんですけどね。 D

 

 第5位!先週7位から2ランクアップでトップ5入り。矢野顕子さん「春咲小紅」です。化粧品CMソングで、彼女にとっては生涯唯一のシングルヒット。バック演奏はなんと、YMOです。才気ほとばしるアッコさんが“フツーに”優れたポップ・ソングを書く人なのだ、ということを世間に知らしめる意味で、価値あるヒットでした。いま思えば。

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 さて、続く第4位1981年上半期、しつこいくらいに(苦笑)トップテンに居座った、ある意味この年を代表する大ヒット演歌奥飛騨慕情」。作詞作曲歌唱は、竜鉄也さん。この年の年間チャート2位、もちろんミリオンヒットでした。この曲を聴きながら思わず声を合わせて唸っている自分に気付く、hiroc-fontana、五十路です(苦笑)。残念ながら竜さんは2010年にお亡くなりになっています

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 では、ここでトップテン圏外11位〜20位のご紹介。

11位 スニーカーぶるーす(近藤真彦

12位 恋のぼんちシート(ザ・ぼんち

13位 恋=Do!(田原俊彦

14位 FOXYスーザン・アントン)

15位 万里の河(チャゲ&飛鳥

16位 未完成郷ひろみ

17位 横須賀Baby(横浜銀蠅

18位 サンセットメモリー(杉村尚美

19位 ブランデーグラス(石原裕次郎

20位 悲しくて(雅夢

ななんと、裕次郎さんがまだ現役でヒットを飛ばしていたんですね。スゴイ。アイドル聖子マッチトシの三つ巴でしたが、それ以外は影も形もなく。サンメモの杉村さんチャゲアス雅夢など、やはりまだNM勢の方が元気な時代でした。

 

 さていよいよトップ3に突入第3位17位にもランクインしているT.C.R.横浜銀蝿R.S.(正式名は“THE CRAZY RIDER 横浜銀蝿 ROLLING SPECIAL”。長いっ!)の「ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)」です。当時、高校生だったhiroc-fontana、クラスに数名居たロングスカート&ロングヘアーのツッパリ姐さんがこの曲を流しながら昼休みツイスト踊っているのを恐る恐る横目で見てましたっけ(汗)。

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 第2位!こちらも2曲目の登場。1981年代表する曲はやはりこの曲でしょう。寺尾聡さん「ルビーの指環」。このあと10連続で1位をキープしますレコード大賞をはじめ、年末音楽賞総なめでした。「ザ・ベストテン」での12週1位は番組最長記録で、記念として特別ソファが作られました。

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 さて、第1位は、先週と変わらず、シャネルズ3rdシングル街角トワイライト」です。3週にわたって1位をキープするこの曲、最終的に72万枚を売り上げ、デビュー曲「ランナウェイ」に続く売上を記録しました。いまやボーカリストとして確固たる地位を築いている鈴木マーチンさん。何だかこの頃が懐かしいですね。

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 いかがでしたか?南佳孝さんに銀蠅にシャネルズ、ナニゲに1981年オールディーズがリバイバルした年だったようですね。

 そんな中、やっぱり光っていたのは、聖子さん!でした。

2016-03-14

[]メモランダム震災から5年

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 震災から5年が経ちました。

 震災後1年も経たぬうちにすっかり元通りの生活に戻り、只々身のまわりの瑣事に振り回されるばかりの毎日を過ごしてきた私には、今さら震災について語れるような事は何も無いように思えて、書くまでに少し時間がかかってしまいました。

 5年目ということで、テレビ番組なども震災特集が組まれて、私も何本か観たのですけれど、時の首相、菅直人さんが原発事故に際してあたかも「東電翻弄した“悪役”」としてあまりに何度も登場してくるので、今更ながら“ああ、そういえばあの時は民主党政権だったのだ・・・”と気付き、アベ現政権いくら国民を無視した独りよがりな政治を続けていても、民主党(民進党に改名するそうですが)はじめ、野党に対して国民の期待が一向に高まらないのは、震災時における、かの政権右往左往ぶりがいまだ国民の意識に刷り込まれているからに他ならないと確信したところです。

 ですが、ちょっと引っかかるところがあって、ネット検索してみたら、なんとあの「阪神淡路大震災」が起こった1995年の首相は、社会党の村山富市さんだったのですね。(政権は、自民・社会・さきがけの連立政権でした。)

 つまり、あのときも正確には自民党政権ではなかったということ。

 もちろん、菅首相はじめ民主党の初期対応のまずさが、その後の原発事故の被害拡大や復興の遅れを招いたことを否定するつもりはありませんが、もう5年も経つのにいまだ仮設住宅に住まわざるを得ない方々をそのまま放置し、一方でたった5年のうちに原発の再稼働を強行しようとしている「自民党」が、もしあのとき、政権を握っていたとしても、私は民主党が行ったそれと、大差なかったような気もするのです。いまだ嘗て経験したことのない大災害、それはどの政党にとっても同じだったわけですから

 確かに、官僚組織の現体制を作ったのは「自民」ですから、もし自民党政権だったら震災時の行政の動きがもう少しスムーズだったのかもしれない、という見方もあります。しかし、野党とはい全面的に与党・民主党をバックアップできなかった当時の自民党の責任も、決して小さくないように思えてならないのです。

 震災後、日本が劇的に復活したようなムード雰囲気)が漂っています。おもてなしクールジャパン、インバウンド拡大などプライドをくすぐる言葉で外国人観光客の急激な増加が喧伝され、テレビでも“ガイジンが驚く日本のスゴさ”を取り上げる番組を目にしない日がないほどです。そして、4年後にはオリンピック

 でもその陰には、放射能の汚染水が日々大量に生みだされ、甲状腺がんに罹患する子供たちが確実に増え、ゴーストタウンと化した福島の避難区域には放射能に汚染されたイノシシやニホンザルの大群が跋扈し、仮設住宅孤独死する高齢者が後を絶たないという「現実」があるのです。

 どこか、奇妙な感じがするのは、私だけでしょうか。

 真実は、肝心な情報は、依然、隠されたまま。政権が変わろうと、そこは変わっていないのです。むしろ、自民党政権になって、巧妙に目くらましされているような印象さえあります。

 震災直後、避難所の不便な環境さえもじっと我慢し、被災地周辺地域では計画停電節約生活をじっと我慢して、なんとか悲しみ・痛みを乗り越えてきた日本人には、あれ以来、たしかに微かな“誇り”と“愛国心”が生まれてきたような気もします。しかしどこか、今の政治はそんなところにつけ込んでうまく誤魔化そうとしているような気がしてしまうのです。

 あの震災で18000人近い方が、亡くなられ・あるいは行方不明のままだ、ということ。原発事故などの影響で、いまだ生まれ故郷に戻れない方が17万人もいらっしゃること。

 それを決して、忘れないようにしなければ。改めてそう思いました。

2016-02-29

[]究極のワン・ノートソングスピッツ「リコリス」

 先日、飲み屋で会った30代の子音楽の話で盛り上がって、どんな曲を聴いて育ったの?(笑)なんて訊いたら、出てきたのが「スピッツ」だった。へえ〜!なんてビックリしてしまったのだけど、考えてみればスピッツが「ロビンソンロビンソンブレイクしたのはもう20年前だものね。10代の多感な時期にスピッツを聴いていた子たちが、2016年のいま30代のいいオトナになっていても当たり前のハナシであって。そんなことに驚いているこっちの方が、彼らにとっては“へえ〜!”なんでしょうネ。

 そんなわけでスピッツ。たまにCDラックから取り出して聴くたび、草野マサムネくんの茫洋とした独特な声と独特な詞の世界観で、その揺るぎないスピッツワールドにいつでも誘(いざな)ってくれる“タイムレスバンド”。本当に、聴くたびに時間を飛び越えていつでも「或る空間・或る時間」にワープさせられてしまう“強力な磁気”が彼らの音楽の中にはあるような気がする。

 導入として敢えて「声」と「詞世界」を彼らの魅力のように書いたけれど、hiroc-fontanaとしてはスピッツ最大の魅力は、なんと言っても草野くんの紡ぐ「メロディーの素晴らしさ」、それに尽きるような気がする。一聴するととてもシンプルなようでいて、実はアイデアに溢れていて、それでいてしっかりと日本人心の琴線に触れる哀愁”が必ず盛り込まれている。

 今回紹介する曲「リコリス」は、まさにそんな一曲で、2004年シングル正夢正夢カップリング曲で、2012年アルバムおるたな』にも収録された作品。こちら、メロディがとにかくシンプル、というより、なんとサビが一音でず〜っと続くという究極のシンプルさ。

 サビの「ふ〜れ〜あ〜う〜こ〜と〜か〜ら〜 は〜じ〜める〜」というメロディーがず〜っと“C#”の二分音符で作られているのね。これ、例えばメロディーだけをピアノで弾いて誰かに聴かせたら完全に「♪な〜んみょ〜ほ〜れん〜げ〜きょ〜」よ(笑)。それがね、草野くんマジックで、何とも爽やかで心地よい風が吹いているようなメロディーに聴こえるわけ。タネ明かしをすれば同じ音(ワンノート)の裏で、細かに刻むベースを中心に、コードが「DM7 →A →E →F#m →DM7 →C#7」と規則的に動いているからであって、そのコードの中で“C#”の音が絶妙活躍をしているわけ。サビの一見単調な音の流れの中で、ある瞬間は清涼感・ある瞬間は寂寥感・ある瞬間にはノスタルジック幸福感・・・聴いているだけで無意識にさまざまなフィーリングに包み込まれてしまう。こんな曲、草野マサムネさんにしか作れません、ホント

 とは言ったものの、実はジャズボサノバ界の巨匠アントニオ・カルロス・ジョビンさんの「ワン・ノートサンバSamba de Uma Nota Só)」という名曲がありまして、こちらは冒頭の主旋律からずっと同じ音で構成されていることで昔から知る人ぞ知る、という感じのスタンダード・ナンバーなのね。ひとつの音の連続から次のフレーズでは別な音の連続に移って、また同じ音に帰ってくる。聞くところによればこれはまさに恋人同士のことを音で表しているのだとか。

 「ワン・ノートサンバ」しかり、シンプルであるからこその「オンリー・ワン」。草野さんが創るスピッツ音楽を聴いていて、本当にそう思った。

(残念ながらオリジナルの「リコリス」動画はありません。“なんちゃってスピッツ(笑)”の中ではこちらがわかりやすいのかな?なんて思いますので、この動画で曲の雰囲気を味わってみて下さい。)

 参考:「ワン・ノートサンバ

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 おまけ。これもワン・ノートソング、かもね(笑)

ピンク・レディー「DO YOUR BEST」

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2016-02-21

[]クラシカルな名作に見る“ゲス不倫”〜「アパートの鍵貸します」&「ゲームの規則

 金曜・土曜と連続飲み会約束をしていたのが、どちらも先方の事情でキャンセルになってしまい(涙)、今週末はひとり、家でゆっくり映画でも観ようか、と考えた。19日の金曜日の宵にNHK-BSで俺の大好きな「アパートの鍵貸しますアパートの鍵貸します [Blu-ray]放送される情報を得ていたので、久しぶりに夜更かししながら、酒を片手に傍らに美味しいツマミを用意して、カウチポテトスタイルでじっくり大好きな古い映画を観るってのもいいかな〜、なんて。

 「アパートの鍵貸します」は1960年公開のラブ・コメディの傑作で、監督脚本は名匠ビリー・ワイルダー、主演はジャック・レモンヒロインシャーリー・マクレーン。俺、この映画がずっと前から大好きで、VHSビデオも買って何度も観ているのだけど、残念ながら引越しして以来アナログビデオ鑑賞ができる環境に無いので、観るのは本当に久しぶりだったのよね。

 それで、何年ぶりかに観たこの作品シャーリー・マクレーン天使のごとくキュートなスマイルや、こじゃれたネタがあちこちに仕込まれた脚本の素晴らしさに改めて感動したのだけど、まさかこの映画を観ながら、2016年の今の日本ならではのタイムリーな“あの話題”に思いを馳せることになるとは、思いもよらなかったのね、最初は。

 そして、それに追い打ちをかけたのが、ひとり酒の勢いを借りて、続けて次に観ちゃった(笑)映画(こちらは買ったばかりのDVD)。時刻は真夜中(苦笑)。

 それが、1939年に公開されたフランス映画史上に残る名作「ゲームの規則」。ゲームの規則 [DVD]ジャン・ルノワール監督のこの作品ジャンルではこちらも一応ラブ・コメディと言われているけれど、コメディタッチの色合いは無くて、とにかくたくさんの登場人物が入り乱れて織りなされる風刺の効いた群像劇という印象の強い映画。こちらも俺、大学生の頃に名画座で観て、当時はその目まぐるしい展開に只々茫然とするばかり(「すげえ・・・。」みたいな(笑))だったのだけど、大人になった今、改めて観直してみると沢山の新たな気付きがあって、とても新鮮で面白かった。そしてこの映画でも、観ながら俺がまず考えたのが“あの話題”、だった・・・

 さて。“あの話題”とはいったい?

 そう、ベッキー、そして宮崎議員と続いた、「不倫問題」ね。俺が週末に続けてみたクラシカルな名画2本、その共通テーマが「不倫」だったのだ。

 まず「アパートの鍵貸します」では、f:id:hiroc-fontana:20160221162848j:image:medium:rightレモン扮する大企業に勤める独身サラリーマンが、自分の住むアパート(注:日本で言うところの「アパート」とは作りも広さも随分違いますよ!)を、ひょんなことから上司不倫の密会場所として提供したことから始まるドタバタ劇で、Sマクレーン演じる憧れのエレベーターガールが社長の不倫相手として自分アパートに来た、というのがオチ(というか、そこから話がどんでん返しの展開に・・・)なのね。そして驚くなかれ、社長をはじめ彼のアパートの鍵を拝借して“しっぽり”な上司は5人もいたりするのだ。そのお蔭でJレモン扮する主人公は、アポイント調整に右往左往するわけだけど、その功績を買われて(苦笑)あっという間に執行役員上り詰めるのだ。まあ、そのあとのストーリー展開がまた泣かせるのだけどね。

 一方の「ゲームの規則」。f:id:hiroc-fontana:20160221162847j:image:medium:rightこちらのテーマは、一言で言ってしまえば「フランスの貴族階級の乱痴気騒ぎ」。“ゲームの規則”というタイトルには、色恋沙汰に規則は有るのか?(無いでしょ?)というアイロニーが含まれているわけ。そんなわけで、貴族の館に集まったハイソな面々が、既婚者・独身わず入り乱れて(男色家らしき登場人物もいるが、さすがに詳細は描かれていない)ただひたすら色恋沙汰に現(うつつ)を抜かす姿が、芸術的カメラワークと緻密な脚本で終始、高いテンションを保ったまま展開していくこの映画

 とにかくヒロインの女(貴族の領主の妻)が、結局誰のことが好きなのか自分でもわからなくなるほど、あちこちの男にモーションをかけて「ジュテーム」と言いふらしまくるわけ。ただ厄介なのは、それがこのヒロインに限らず、登場人物の多くがその傾向にある、ということ。つまり皆がみな“恋多き女(男)”であると同時に、それは明らかに「社交辞令」でもあるのだ。夫婦はお互いに、相手不倫を知りながらそれを許し、不倫相手さえも“社交辞令で”許そうとする。ある意味規則などないようでいてその裏で目に見えぬ規則がしっかり存在しているような、マカ不思議世界がそこにあるわけ。

 第二次世界大戦を控えていた当時、社会から隔離されたような生活を謳歌していた上流社会を風刺しようとしたジャン・ルノワールの誇張も、多分に盛り込まれているとは思うけれど。

 

 以上、週末に観た2本。かたや、55年前の映画。もう一本は、さらに20年遡ること、なんと76年前!!!映画なのね(きゃ〜〜)。

 こんなに古くから、人々は不倫問題を抱え、苦しみ、憎み、一方で密かにそれを愉しんできた、ということね。

 そしてそんな2本の映画を続けて観て俺が強く感じたこと。それはね。

 昔は、大らかだったな〜〜と。つくづく。(ちょっとだけ、バッシングされたベッキーがかわいそうになった。)

2016-02-07

[]太田裕美コンサート2016レポ

 東京では今年最初の太田さんのソロコンサート、2月6日(土)の第1日目に行って来ました。会場はすっかりお馴染みになった渋谷区文化総合センター大和田「さくらホール」。f:id:hiroc-fontana:20101028161314j:image:medium:right太田さんとしては小さめの会場で手作り感とまごころ溢れるライブをしたい気持ちと、その一方で近年は年々太田さん再評価の動きが確かに高まっているようで、東京ライブは毎回ソールドアウトとなってしまうことへの対応もあったのでしょう、今年は2デイズのライブ。

 hiroc-fontanaは開演20分前に到着。会場入り口は既に長蛇の列で、その殆どが見たところ50代以上の熟年男性(そういう私も…苦笑)で、その奥様らしい妙齢の女性がちらほら、という感じ。1月16日にBS-TBSで放送された「僕たちは昭和を生きた」は、太田さんの半生にスポットライトを当てた、まさにファンとしては保存版というべきステキな内容だったのだけど、番組中ずっと画面左上に番組名と一緒に「太田裕美 60歳」というテロップが表示されていて、あらら…という感じだったのね。でも確かにね、相変わらずの若々しさと美しさを保っている太田さんだけを見ている限りは、思わず時間が止まったような錯覚に陥るのだけれども、40年の歳月は確かに流れているわけで、列に並ぶファンの年齢層の高さに今更気づいて、容赦なく表示された太田さんの年齢テロップが改めて受け入れられた感じ。

 そうは言いつつきっちり17時半に始まったライブに登場した白いフリルドレス姿の太田さんを目にした瞬間、やはりいつも通り、あっと言う間に40年前にタイムスリップ。特に今回の裕美さん、高音の伸びが素晴らしくて声の方も絶好調、本当にその歌声を聴く限りは、30〜40年前の全盛期に戻ったようでした。

 そんな素晴らしいライブ1日目の、これまた素晴らしすぎたセットリストは以下の通り。今回は初めて「冬」がテーマの曲を集めたコンサートになったとのことで、その意味でも貴重でした。(こちらも絶好調だったMCトーク(hiroc-fontanaの意訳です。かなりアレンジが入ってますがご容赦のほど・・。)も、どうぞ。)


〜ギターを手に〜

1.朝、春になあれ(1978年「背中合わせのランデブー」)

2.スカーレットの毛布(1978年「海が泣いている」)

(裕美MC:作詞家・岡本まさみさんが昨年11月に亡くなられたことを突然聞いてビックリして。Youtubeで数十年前にテレビの旅番組で共演したときの映像を見返して、優しいお人柄を改めて思い出して、お亡くなりになる前にもう一度お会いしておけばよかったと後悔しています。岡本さんから頂いた歌を歌うことで私の気持ちを届けたいと思います。)

3.Smile(1981年「君と歩いた青春」)※ピアニカ演奏

4.ロンリー・ピーポーII(1983年「I do, You do」)

〜ピアノ弾き語り〜

5.白い季節(1974年 1stシングルB面)

6.雨だれ(1974年 1stシングル)

(裕美MC:デビューに当たって筒美先生とお会いして「太田裕美用メロディーA」「メロディーB」みたいな感じで2曲を聴かせて頂いた。「白い季節」は今歌っても、音程が高いわ〜。もしこれがA面になってずっと歌うことになっていたら、きつかったかも。。。(もう、今回が(歌うのは)最後かも。)A面が「雨だれ」で良かった〜。(会場、爆笑))

7.青春のしおり(1975年「心が風邪をひいた日」)

(裕美MC:昨年の松本隆さんの45周年記念コンサートで大橋純子さんと楽屋が隣になって、御主人の佐藤健さんと何十年かぶりに再会。佐藤氏が作曲したこの曲と「一つの朝」は両方とも大好きな曲で、今もコンサートで歌っていることを佐藤さんにお話ししたら、とても喜んでくれました。)

8.海が泣いている(1978年「海が泣いている」)

9.海に降る雪(1980年「十二月の旅人」)

10.最後の一葉(1976年「12ページの詩集」&6thSG)

(裕美MC:冬の曲はやっぱり少し「暗い」ですね(笑)。次からは少し元気になる曲を。1983年にニューヨークに行った経験は私にとってかけがえのない体験。若いうちにやりたいことが出来たからこそ、今の落ち着いた私の人生がある。もしそうでなかったら、昔ヒット曲があっただけの、ただの「飲んだくれ」になっていたかも(会場、またもや爆笑)。帰国後すぐに発表したアルバム『Far East』から2曲聴いて下さい。)

11.Kiss Me(1983年「Far East」)

12.Midnight(1983年「Far East」)

〜ハンドマイク〜

13.しあわせ未満(1977年 7thシングル)

14.木綿のハンカチーフ(1975年 4thシングル)

〜スタンドマイク〜

15.ガールフレンド(2014年「tutumikko」)

(裕美MC:ここまで歌わせて頂いたのは全部、筒美先生の曲ですね。カバーアルバム「tutumikko」を作るにあたって、色々な歌手の筒美作品を聴きましたが、贔屓目もあるかもしれませんけれど私が筒美先生から頂いた曲は、どれもイイ曲ばかりだったな〜、と改めて思いました。)

〜ハンドマイク〜

16.ドール(1978年「ELEGANCE」&12thSG)※熱唱!

(裕美MC:エンディングはまたシブイ曲です(笑)。筒美先生から「また一緒にやりましょう」とお声掛け頂いたのが1998年。その時に最初に出来たのがこの曲で、オフィシャルホームページのタイトルにもなりました。再会まで20年のブランクがあったけれど、ゴールデントリオの間にある密度は20年間変わらずに保存されていたように感じました。)

17.水彩画の日々(1998年ミニアルバム「魂のピリオド」)

〜アンコール〜

18.強い気持ち・強い愛(2014年「tutumikko」)

19.さらばシベリア鉄道(1980年「十二月の旅人」&19thシングル)

 まず、オープニングの優しさ溢れる曲「朝(あした)、春になあれ」に意表を衝かれ、3曲目、岡本さん追悼の「Smile」の、太田さんが本当に泣きそうになりながら歌いきる姿に私も思わずウルウルでノックアウト。その後も「白い季節」では、キイが高いとは言いながらもオリジナルキーで見事に歌いきる太田さんの美声に痺れて、怒涛の「冬曲」のあと、久々にアルバム『Far East』でニューヨークテイストに酔わされて・・・。「ドール」の熱唱のあと、これも意表を衝くシブイ逸品「水彩画の日々」で締め。ステキすぎ!

 途中、初めて太田裕美コンサートに参加したファンを拍手の数で確認した裕美さん(hiroc-fontanaの分析ではここ最近の中ではかなり多かった印象。2Days開催効果ですかね?)。今回のシブイ選曲について、「「木綿」とか「赤いハイヒール」といったヒット曲だけでない、アルバムのイイ曲を沢山持っている太田裕美を知ってほしい」と語っていたのが印象的でした。そう、太田裕美は、歌謡アイドルでもなく、ニュー・ミュージックでもなく。「太田裕美」というレッキとしたひとつのジャンルなんです!そう強く思わされた、今回のコンサートでした。

 コアなファンとしては、初日の緊張からか所々に見られた“歌詞間違い”も「バレてるぞ〜」的にサラリと流すとして(笑)、全体としては本当に、本当に、ここ数年ではピカイチの、まさに太田さんと私たちの40年の濃密な時間を感じられるライブでした。

 「白い季節/雨だれ」を披露したとき、「デビュー当時はまさか40年以上経ったいまも、こうして皆さんの前で変わらずに歌っていられる自分を想像することはできなかった」と言っていた太田さん。いえいえ、ファンとしても、40年以上太田さんが変わらずに歌い続けてくれていることが奇跡のようで、本当に幸せだな、と思うのです。

 今の声の絶好調さからすればあと10年は楽勝でしょう、太田さん。これからのご活躍を心から楽しみにしています!

Far East

Far East

2016-02-06

[]それは突然に・・・イントロ無しソング”特集

 ご無沙汰しておりました。

 それにしても、清原元選手の突然のタイホはビックリしました。今年は本当にワイドショー的な話題に事欠かないですね。

 まあ、清原元選手の場合は以前からXデーはいつ?”みたいに囁かれていましたから、のり●ーやアスカの時ほどの“突然感”なかったものの、彼に限らずオクスリ関係では色んな人にウワサがあるよなうで(元オリンピック選手とか元ジャ◎ーずとか)、今回以上にビックリする話はまだまだあるのかも知れません。

 さて、今回は「それは突然に・・・」というタイトルでコジツケてしまいましたが(苦笑)、「イントロ無しで唐突に始まる曲」を集めてみました。

 私の大好きな曲ばっかり!です。

 まずは宇多田ヒカルさんのこの曲。「」。イントロ無しで終始テンション高く歌われる、ごくごくプライベートでありながら、高尚な愛情彼女パッションが半端なく伝わってくる感じがスゴイですね。

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 宇多田さんはこの曲以外にも「Can You Keep A Secret?」「Flavor Of Life」「Prisoner Of Love」「Be My Last」など、イントロ無しソングを数多く持ってます

 次は手嶌葵さん「ルーの唄」。ワンコーラスほとんど、アカペラです。思わず惹き込まれます

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 太田さんといえばこれ。「赤いハイヒール」。

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 ヒカルさんのライヴァルであり同志。林檎ちゃんのアルバム勝訴ストリップ』より「月に負け犬」。なぜかこの詞に泣けてしまうワタシなのです。

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 マイケルだけでなくこの方ももう鬼籍に入られているというのが信じられません。ホイットニー・ヒューストン。もちろん「I will always love you」。静かな歌い出しから、サビに向かって次第に盛り上げていく、このヴォーカル構成の見事さ。本当に素晴らしいシンガーでしたね。

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 さて、お次はガラリと変わって(笑)ピンクレディーが最も脂が乗っていた時期の大ヒット「ウォンテッド」。映像サイボーグ化したあとの“ネオPL”です。

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 平井堅ネエさんは、イントロから気持ちよさげにハイトーン。「思いがかさなるその前に」。

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 最後はこれ。90年代名曲ですね。ウルフルズバンザイ〜好きでよかった」。

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 いかがでしたか?こうして聴くと、イントロ無しで始まる曲って、独特なテンションを漂わせている気がして、惹き込まれる曲が多いですよね。名曲揃いでした。