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法華狼の日記

3000-01-01 このダイアリーについて

hokke-ookami3000-01-01

日記の主な話題は、アニメやネットや歴史認識についての感想。


記事リストは以下。自作小説、へのへのもへじ、アニメや諸文化や歴史にまつわるデマ、等々。

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2016-07-28

[][][]池田信夫氏の意味不明な主張を見て、植村隆氏への謝罪で見せた醜態を思いだした

池田信夫氏と藤岡信勝氏への高木健一氏による名誉棄損訴訟が和解したとの報 - 法華狼の日記で、謝罪文を出す予定というハフィントンポスト記事を池田氏否認するツイートを紹介した。

しかししばらくしてブログエントリのひとつとして「お詫び」が掲載された。

池田信夫 blog : 高木健一氏へのお詫び

私が、2014年9月1日に当ブログに掲載した「慰安婦を食い物にする高木健一弁護士」と題する記事において、「慰安婦を食い物にする高木健一弁護士」、高木健一弁護士と受け取られるような書きぶりで「慰安婦を食い物にする『ハイエナ弁護士』」と記載したことは誤りでしたので、高木弁護士に多大なご迷惑をお掛けしたことをお詫び申し上げます。

これはハフィントンポスト記事で予定されていると報じられた文面とほとんど同じだ。

藤岡信勝氏・池田信夫氏が「誤り」認め謝罪文 慰安婦訴訟の弁護士批判記事

7月末までに以下の内容で謝罪文が載る予定だ。

2014年9月1日に当ブログに掲載した記事において「慰安婦を食い物にする高木健一弁護士」「ハイエナ弁護士」と記載したことは誤りでしたので、高木健一弁護士に多大なご迷惑をお掛けしたことをお詫び申し上げます。

しかし普通なら最上部に表示されるよう、和解で決められている未来の日付でエントリを掲載するか、ヘッダーやサイドバーに掲載するべき文章だろう。

しかも池田氏は今のところツイッターでもフェイスブック*1でも告知せず、ハフィントンポスト記事を書いた北野隆一氏や朝日新聞への非難をくりかえしている。

謝罪することを嫌がる心情はわからなくもないが、お詫びを掲載さざるをえない以上、このような小手先のごまかしがどこまで通用するだろうか。


ただ、池田氏がいったん削除して再掲したエントリに「植村隆記者は、こうした北朝鮮日韓分断工作に利用されたにすぎない」*2と書かれているのを見て、以前に植村氏へ謝罪したことを思い出した。

池田信夫 blog : 植村隆氏への回答

彼が事実誤認だと指摘しているのは、1992年1月の「慰安所 軍関与示す資料」の記事を植村氏のものと私が書いた点だが、これは昨年12月22日に発表された朝日新聞の第三者委員会の報告書で次のように事実関係が明らかにされた。

吉見氏は1991年の年末に資料の存在について東京社会部の記者であった辰濃哲郎に連絡をしたと言い、上記朝刊1面記事を中心となって執筆した辰濃は、1991年の年末に吉見氏から連絡を受けて過去の政府答弁などを調べ、当該資料の存在にはニュース性があると判断して記事化を考えた。

これは辰濃氏自身も『朝日新聞 日本型組織の崩壊』で認めており、事実だと考えられる。私の本が出た段階(昨年10月31日)では判明していなかった事実だが、結果として私の記述は誤りだった。私は朝日新聞と一緒にされたくないので、ここで訂正し、植村氏に謝罪する。

この「謝罪」を読んで納得できる人はどれほどいるだろう。

そもそも根拠も出さず筆者を特定したことが誤りだ。事実誤認を示す資料を認識してから謝罪したわけだが、事実が不明なら取材するか、最初から名指ししなければ良かった。

一方、2014年の朝日検証において撤回されたふたつの記事は、根拠は存在していた。専門的な辞書と、当事者の証言、それぞれ当時において信用してもしかたない信頼性はあった。

誠実さにおいて劣るという意味で、たしかに池田氏は朝日新聞と一緒にできない。


しかも植村氏が軍関与記事を書かなかったという事実は、第三者委員会の報告書で初めて明らかになったのではない。

2014年8月に公開された朝日検証で、植村氏が登場する検証記事と、軍関与記事の検証記事を見比べれば、別人ということに気づける。

「元慰安婦 初の証言」 記事に事実のねじ曲げない:朝日新聞デジタル

91年8月11日の朝日新聞大阪本社版の社会面トップに出た「思い出すと今も涙 元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」という記事だ。

 元慰安婦の一人が、初めて自身の体験を「韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会」(挺対協)に証言し、それを録音したテープを10日に聞いたとして報じた。植村氏は当時、大阪社会部記者で、韓国に出張。

植村氏は、提訴後の91年12月25日朝刊5面(大阪本社版)の記事で、金さんが慰安婦となった経緯やその後の苦労などを詳しく伝えたが、「キーセン」のくだりには触れなかった。

「軍関与示す資料」 本紙報道前に政府も存在把握:朝日新聞デジタル

吉見義明中央大教授が91年12月下旬、防衛研究所図書館で存在を確認し、面識があった朝日新聞の東京社会部記者(57)に概要を連絡した。記者は年末の記事化も検討したが、文書が手元になく、取材が足らないとして見送った。吉見教授は年末年始の休み明けの92年1月6日、図書館で別の文書も見つけ、記者に伝えた。記者は翌7日に図書館を訪れて文書を直接確認し、撮影。関係者や専門家に取材し、11日の紙面で掲載した。

同じ検証記事において一方が実名で一方が匿名であること。それぞれ「大阪」社会部記者と「東京」社会部記者であること。素直に読めば、これだけで別人と判断するべきだとわかる。

また、朝日検証だけでは確認できないが、著書の略歴*3などから1958年生まれということが以前から知られていた。つまり朝日検証時に55歳から56歳だったわけで、ここからも軍関与報道を植村氏が主導しなかったことがわかる。

池田氏は結果としてではなく、読んだはずの文章を読みとれなかった必然として誤ったのだ。

2016-07-27

[][][][]池田信夫氏と藤岡信勝氏への高木健一氏による名誉棄損訴訟が和解したとの報

藤岡信勝氏・池田信夫氏が「誤り」認め謝罪文 慰安婦訴訟の弁護士批判記事

東京地裁は2015年4月の判決で、高木氏がインドネシアを訪れ広告を出したとの記述について「真実との証明があったとはいえない」と認定する一方、「広告を掲載したかどうかは重要とはいえない」とも述べて、高木氏側の請求を棄却した。高木氏側は控訴。控訴審の東京高裁で今年6月20日、和解が成立した。被告側が「WiLL」誌上に謝罪広告を掲載し、原告側に解決金50万円を支払うとの内容だ。

地裁で高木氏が敗訴したことは小耳にはさんでいたが、こういう判決だったことは初めて知った。この和解内容なら、事実上の高木氏の勝訴といえるだろう。


ただ、今のところハフィントンポストが報じているのみで、なぜか主要メディアには反応がない。

さらに池田氏ツイッターを見ると、この報道には異論があるようだ。

しかし「こういう記事」として提示されたURLは「404 Not Found」になっている。ブログ内を検索したところ、URLの誤りではなく、どうやら削除されているようだ。

その内容は検索エンジンキャッシュで読めたが、訴訟対象にされた記事ではなく、訴訟中の報告のようなものだ。

高木健一弁護士が私に対して起こした訴訟の中で、吉田清治が「慰安婦狩り」を1982年に初めて法廷で証言したことを高木は認めた。したがって「慰安婦の強制連行」というデマを世に出したのは、高木が事務局長として提起したサハリン韓国帰国訴訟だったという重要な事実が確認された。

これ以降、強制連行や植村隆氏の話をしているだけで、高木氏が池田氏に対してどのような訴訟をおこなったのかは判然としない。

ハフィントンポスト記事にあるインドネシアの話はいっさい出てこないし、謝罪文でとりけす予定の「慰安婦を食い物にする高木健一弁護士」「ハイエナ弁護士」という記述もない。


そこで現在でもブログに残っている記事を見ると、当時の池田氏は何が争点なのか、きちんと理解している。

池田信夫 blog : 高木健一弁護士からの訴状

きょう高木健一弁護士から名誉毀損の訴状が来た。その根拠は、私の「慰安婦を食い物にする高木健一弁護士」という記事だ。ここで私が書いたことは、彼が韓国からインドネシアまで行って原告を募集したという周知の事実である。1996年の「朝まで生テレビ」で、藤岡信勝氏に面と向かって証拠を突きつけられ、高木は反論できなかった(奇妙な字幕があとからついた)。

この誤認については、以前にエントリで紹介したように、アジア女性基金論文で検証されている。高木氏の助言で兵補協会が1995年に調査する以前から、インドネシアでは慰安婦支援運動がもりあがっていた。

インドネシアの従軍慰安婦問題は日本の弁護士が焚きつけたというデマ - 法華狼の日記

現地の報道がもりあがって3年後、日弁連の調査をきっかけに多くの元慰安婦が名乗り出て2年後。兵補協会自体も、日本へ軍事預金の払い戻しを求める団体として、1990年から存在していた。従軍慰安婦に限っても、法律援護協会による登録事業1993年からおこなわれていた。やはり高木弁護士が火のないところに煙をたてたわけではない。

この時、池田氏はツイッターでインドネシアの元慰安婦数が過大だというデマも紹介していた。

おかげで安倍晋三氏が国会で主張した「元慰安婦だった人たちを募ったところ、何と二万人も出てきたということであります。我が軍は一万人ちょっとぐらいしかインドネシアにいなかったにもかかわらず」というデマ*1の源流らしいものも判明した。

池田氏が紹介している『大東亜戦争とインドネシア: 日本の軍政』を読むと、「ジャワにいた軍関係者は民間人を入れても二万人前後で、日本人一人に慰安婦一人という計算になる」*2という記述がある。ジャワにかぎった日本軍の人数が、どこかでインドネシア全体の日本軍の人数と混同されたのだろう。

もちろん2万人という数字は現地妻や強姦被害者もふくめたインドネシア全土の登録なので、ジャワに限定した軍関係者との比率は成立しない。ついでにジャワにかぎっても日本軍の人数はもっと多かった。


そもそも、池田氏の高木氏への批判は根本からおかしい。たまたま高木氏は韓国人慰安婦から費用を受けとっていなかったようだが、弁護士という職業で訴訟を助けて費用を受けとって何の問題があるだろうか。

ボランティアに対して、善意や理想だけでは運動としての継続性がないと批判されることがある。社会に訴える活動が「偽善」と誹謗されることすらある。

池田信夫 blog : 「派遣村」の偽善

高木氏が費用を受けとっていたと誤認していた池田氏は、その「現実主義」を賞賛しても良かったはずだ。皮肉なことに。

2016-07-25

[]「ポケモンGO」が流行しているみたいだが、いずれ機能拡張で「ひとりぼっち惑星」の要素を入れてみてほしい

「どうやって?」

ポケモンに短いメッセージを持たせて解放できるようにする」

「他人のメッセージを持ったポケモンなんて集めたくない人もいるのでは」

「メッセージの有無が外見でわかればいい。そして同種ポケモンにもバラエティが生まれる」


「せっかく集めたポケモンを捨てさせるのか」

「解放するインセンティブが生まれて、集めるインセンティブも増すだろう」

「いらないポケモンが捨てられるだけでは」

「ポケモンによってメッセージの文字数や制限が変わればいい」


「しかしそれは懐かしのポストペットでは」

「いや、そのポケモンを解放したら、一定の場所にとどまるだけ」

「ポケモンを横取りされたらメッセージを他人に読まれたりしないか?」

「そう、誰でも取れるから人集めする場所を増やせる」

「それをわざわざ取りに行くのか」

「だから争奪戦イベントをユーザー側がつくったりもできる」

スプラトゥーンチャットを廃するような企業が、そういうことするかね」

うごメモはてなと組んでた時期もあったじゃないか」


「なんで急にそんなことを思いついたんだ?」

「あのアニメらしさを増すにはメッセージ機能を持たせるのが必然と思ったから」

電脳コイル|磯光雄監督作品 

「そんな機能拡張をされたら、都市伝説がいっそう増えるだろうな……」

「望むところだ」

「望むなよ!」

2016-07-24

[]『魔法つかいプリキュア!』第25話 夏だ!海だ!大はしゃぎ!かき氷が食べた〜いっ!

友人といっしょに海へきた主人公たち。ことはは魔法をつかってみらいとリコに麦わら帽子をプレゼント。

みらいとリコは魔法が人に見つからないよう教えるが、ことはは見つからずに魔法を使えばいいと解釈してしまう……


かつてのような自主規制はまったくなく、自由に海で遊ぶ姿が描かれる。作画監督は第1話と第8話を担当した松浦仁美と、他社仕事が多かった伊藤公崇で、なかなか画面が華やかだった。

アクションも充実していて、板岡錦らしいミサイル攻撃など見ばえする攻撃が楽しめる。ことはが敵の作戦でひとりになり、対象をしぼりこめたのが良かったのだろう。閉じこめられた洞穴から救われ*1、空中に飛び出す解放感もなかなかのもの。

前回につづいて、狂信の域に達したヤモーの姿も、哀れなものを感じる。もともと小動物が擬人化されたものだが、このまま浄化せず、何らかのかたちで人格を残してほしいとすら思った。


しかし肝心の、日常パートの中心となるコメディが、どうにも好みにあわなかった。子供が思いちがいして好き勝手して主人公がふりまわされるという展開にはストレスばかりたまる。

大人ならば子供の試行錯誤を暖かく見守るべきかもしれないし、実際に幼い視聴者といっしょに観ている親世代の大半は共感をもって楽しんでいるのかもしれない。しかし私が子供のころは、こういう展開がもっと嫌いだった記憶がある。みらいたち、ことは、どちらの視点で幼い視聴者は見ているだろうか。

ことはを暴走させたままにするため、みらいとリコがしりぬぐいするだけで説明しなおさないのも疑問。ちゃんと注意しようとして、ことはを見失うという描写を徹底するだけでいいところなのに。

*1:救う側のプリキュアがすでに変身した状態であらわれる展開ともども『ふたりはプリキュア』第17話を思いだした。