Hatena::ブログ(Diary)

法華狼の日記

2018-03-28 上げたのは70日後

[][]国際クジラ学会の集合写真にまぎれていたひとりの黒人女性の物語

絵本の資料としてとりよせた写真に注目した画家が、ツイッターで情報をつのり、ついに本人にたどりついたという。

47年前の集合写真にたったひとり名前のない女性。「誰?」Twitterで呼びかけると…

この写真のある点に、アンデルセンさんは注目した。これは、1971年に開かれた国際クジラ生態会議の写真で、参加者38人のうち37人が男性だったが、1人だけ若い黒人の女性がうつっていた。

アンデルセンさんによると、資料に男性参加者の名前は書かれていたが、その女性の名前だけがなかった。

そして会議の出席者からコンタクトがあり、本人とも直接にやりとりがかなったという。

その後、シェイラさんの仕事が単なる"管理者"でないとわかった。管理業務はシェイラさんの仕事の一部で、彼女はスミソニアン大学生物リサーチ技術者や、スミソニアン女性委員アメリカ哺乳類協会のメンバーもつとめた。

写真が撮影された時は、政府機関で働いていて、上司のクライド・ジョーンズが会議に連れていったという。

このツイッターを舞台にした探索そのものもレポートとして興味深い。


それにしても正体が充分なキャリアのある人物と知ると、なおさらひとりだけ名前が記載されていなかったことが重く感じられる。

本人は「地球を守るために何かする時、私の名前を知る必要なんてないでしょう?」と語ったそうだが、シェイラ氏の存在は地球を守るためだけでなく、マイノリティがガラスの天井を超えた前例のひとつでもあったのではないか。

2017-11-23 上げたのは1日後

[][]『英雄挽歌・孔子傳』

弟子の子貢と曽参が、亡くなった孔子の逸話を語りつづける。波乱に満ちた生涯を、しずかに悼むように……


儒教の祖となった孔子の半生を、出崎統監督が1時間半の長編アニメとして映像化し、1995年にNHK総合で放映された。

TV アニメ 孔子傳 - allcinema

DVD化こそされていないが、当時にVHSビデオ化されたものが流通し、よく公共施設にも収蔵されており、現在でも試聴は困難ではない。

演出は五月女有作。キャラクターデザイン作画監督は古瀬登で、原画は山本泰一郎と佐藤雄三と原田俊介の3人だけがクレジット。ただしNHKアニメはクレジットされる人数に制限があり、ノンクレジットで他のアニメーターが参加している可能性はある。


あまり感情をあらわにしない性格として孔子が描かれているため、出崎作品らしい暑苦しさは少ない。

全体として、淡々と孔子の生涯を追いかけながら、現代社会にも通じる教訓だけ引いていく。弟子ふたりの回想ゆえ、師への批判が出ないのは自然だが、あくまで偉人の伝記に娯楽を足したつくり。

それでも、古い悪友の原壌に、母の葬儀だからと手伝ってやった逸話は印象的だった。棺桶の掃除をほうりだし、葬儀には似つかわしくない歌をうたいはじめた原壌を、弟子が反発する一方で孔子は静かにいたみ、その歌をなつかしむように歌う。これ自体は史実に元ネタがあるらしいが、さらに落ちぶれた原壌を孔子が叱責する晩年の後日談は出てこず。あたかも旧友のもつ獣性が超人としての孔子をゆるがしたかのように位置づけられていた。

また、覇権をにぎろうとする君主たちの栄枯盛衰を、遍歴する孔子が目撃する流れで、戦記物語としても楽しめる。このアニメの孔子は厭戦的な性格なので、あくまで観察者か被害者という位置づけだが、それゆえの諸行無常な雰囲気があった。


ちなみに原作は、台湾漫画家が日本の雑誌『モーニング』で連載した漫画『東周英雄伝』。作者の鄭問2017年3月に58歳で亡くなったばかり。

漫画家の鄭問さん死去 代表作に「東周英雄伝」/台湾 | 社会 | 中央社フォーカス台湾

未読だったが、試し読みしたところ複数の英雄を短編で紹介する連作で、孔子は英雄のひとり。やはり出崎監督らしく、大きく原作から内容を変えているらしい。

東周英雄伝(1) (モーニングコミックス)

東周英雄伝(1) (モーニングコミックス)

2017-11-09 上げたのは2日後

[][][][]『提督の艦隊』

17世紀のオランダは、国内では共和派とオラニエ公派に二分され、国外では大国によって貿易を妨害されていた。

ややオラニエ公よりだった軍人ロイテルは、トロンプ前提督が戦死したことで、共和派の首相から提督に任じられる。

首相とその兄から協力をとりつけたロイテルは、オランダ海軍を整備し、たしかな戦術でイギリス海軍に勝利するが……


2015年のオランダ映画。総製作費12億円をかけ、実物大の帆船やVFXを多用し、ひとりの提督の戦いの日々を見せていく。

D

大規模な爆破や凄惨な銃撃戦などもありつつ、浜辺で市民が海戦を観戦することもある。そんな戦争のかたちが変わりつつある時代。

オランダの歴史にくわしくなく、ロイテル提督についても名前すら知らなかった*1ので、とりあえずVFXを多用した近世の海戦映画として楽しんだ。

外国から自国を守った英雄の物語ではあるが、オランダ国内の政争や暴動などで内省的な視点もあり*2、ナショナリズムが強すぎないことも良かった。


ハリウッドではB級アクション映画を多く手がけているロエル・レイネ監督だが、本国で撮った本作は重厚な大作感が充分にある。

戦闘ではスローモーションを活用し、地上戦で手持ちカメラをゆらす演出も使いつつ、そうした現代アクション映画らしい技法はアクセント。原則として舞台となる海域や都市の全景をしっかり見せてから、落ちついた芝居で歴史劇らしくもりあげていく。

海戦ではゆっくりと帆船が列をなして進み、石を投げれば届きそうな距離から砲撃を初め、敵を分断してから接近して切り込む。遠景の帆船は3DCGで作られて個性がないことや、敵味方の陣形が明確なこともあり、見ていて『銀河英雄伝説』を思い出した。いや、むしろこうした前時代の英雄譚を宇宙におきかえた作品が『銀河英雄伝説』と考えるべきか。

連絡と連携で戦場を支配する王道だけでなく、敵の裏をかいた奇策も楽しめる。特に、序盤に首相とロイテル提督が論議して決めたことが、首相が物語から退場した後、クライマックスの作戦で実を結ぶ展開は、ドラマともども熱いものがあった。


ただ、ロイテル提督については全体的に描写が足りなかった感がある。おそらくオランダ周辺では有名な英雄で、説明を省略してもつたわるのだろうが。

たとえば序盤、ロイテルが提督に推された時、そうなるだけの背景が描かれていない。その時点で映画が描いたロイテルの軍人ぶりは、前提督の戦死に同じ戦場でたちあっただけ。物語が進んでから、提督になる以前に活躍した戦場の名前が会話にのぼってくるが、それも言葉だけですまされる。対立する派閥の両方から推されるべき人物という実感がわかない。

映画の登場人物としては、現代的で快活な人格ゆえに古い社会と衝突しがちな首相兄弟や、イギリス王の甥や同性愛者という弱い立場でゆらぎつづけるオラニエ公が、ロイテル提督よりも魅力的に感じられた。後半に入り、活躍を重ねすぎて政争に巻きこまれてからは、ロイテル提督にも魅力が出てくるのだが。

*1:正確性はともかく、こちらの個人サイトがくわしく、映画を鑑賞した後に興味深く読んだ。デ・ロイテル 目次

*2:当時の貿易を保護する提督の物語ならば、植民地政策や奴隷貿易についての留意もほしかったが。

2017-10-07

[][][]「日本のこころ」の江戸時代、元文科相の歴史観

「日本のこころ」から「希望の党」に初期から鞍替えした中山成彬氏。

元文部科学大臣でありながら、その歴史観は愛国を超えて珍妙の域に達している。

それも、政策や外交において争点とされがちな近現代史だけではない。


まず、中山氏は希望の党において、入党者の思想チェックをまかされているという。

希望の中山成彬氏「思想チェックしてる」 候補選びで - 2017衆議院選挙(衆院選):朝日新聞デジタル

「安倍政権打倒、政権交代とわめくのは元民主党の人たちだが、国民は民主党政権のトラウマが消えていない」と述べた。政権交代を主張する旧民主出身の立候補予定者らを牽制(けんせい)した。

 中山氏は先月28日にツイッターで「安倍首相の交代は許されない」と投稿。これについては「小池(百合子)さん以外の人では、今の国際情勢で安倍首相に代わる人はいないと思う」と説明した。

朝日記事が伝えた下記ツイートのように、早くも与党の茶坊主を目指す宣言をしている。

民進党を割ってまで協力している前原氏に対して、希望の党側から見くだす態度もすごい。

ちなみに中山氏が野党として自民党を推すのは今回が初めてではない。「日本維新の会」にいた時もそうだった。

そして九州の比例単独で中山氏が出馬するという報道において、いっそう安倍首相の続投に期待するコメントを出した。小池氏の消極的な態度を受けてのことか。

希望が中山氏公認 小池氏不出馬なら「安倍さんがいい」 - 2017衆議院選挙(衆院選):朝日新聞デジタル

「小池(百合子)さんが(衆院選に)出たら政権交代を狙う。小池さんが出なければ、安倍さんがいいと思う」と話した。「安倍首相の交代は許されない」という9月28日のツイッター投稿の意図について、「あれは小池さんに出馬してくださいというラブコールだった」と釈明した。


さて、これに限らず失言や暴言で注目されてきた中山氏のツイッターだが、あまり知られていないツイートを紹介したい。

批判や反論ではなく、座敷牢で口をふさごうとする発想を堂々と語っている。ここまで現代日本の政治家から民主国家へ嫌悪が表明されるのも珍しい。

このように中山氏は江戸時代は暗黒ではなかったと認識している。権力者が目障りな発言者を座敷牢に閉じこめる社会が、暗黒でなくて何というのだろう。

中山氏は文科相だったのに、本名もはっきりしない*1うさんくさい人物のもとで勉強会をするというのも不思議である。

念のため、江戸時代には座敷牢がなかったというように考えを変えたわけではない。勉強会の後も、鳩山由紀夫氏を座敷牢に入れたいむねを語っていた。


他には、日本の少数民族を否定しながら、少数民族を否定する中国の陰謀を主張するツイートもある。ここで中山氏のいう中国は、中山氏の鏡像でしかない。

この主張は、仮にも多民族国家として運営している中国より、ぐっと少数民族の否定にふみこんだともいえる。2008年に日本を単一民族国家と主張して、アイヌ民族団体から抗議された時のことを反省できていない。

そもそも沖縄県民というくくりを、民族というくくりと同一線上にあつかうことからおかしい。中国人に多種多様な民族がふくまれていることと同じように、沖縄県民も多種多様な民族がいることはあたりまえだ。

*1:一応、インターネット上にはマルチ商法で稼いでいた「小名木伸太郎」という人物という情報が流れていたりもするが、きちんと確認できていない。

2017-09-14

[][][]軍艦島にかぎらず、さまざまな意味で「遺産」には負の側面がある

軍艦島をはじめとして、「産業遺産」として記憶されつつある炭鉱。

その遺産の負の側面が指摘されることへの反証として、美しく楽しい記憶の証言がもちだされることが少なからずある。

炭鉱に朝鮮人差別がなかったという産経記事が、方城炭鉱の事務員の証言を使っていて、見えている景色のちがいに頭をかかえた - 法華狼の日記

それを論じた木村至聖『産業遺産の記憶と表象 「軍艦島」をめぐるポリティクス』を読んだところ、興味深い情報がいくつかあったので、要約するようにまとめておく。


先ごろ世界遺産の一部として登録が決まった長崎県端島、通称軍艦島も、当時としては近代的で先進的な生活が何度となく語られている。

急傾斜の炭層ゆえに機械化が困難で、だからこそ職人の技術が重用されたこと*1。海中炭鉱ゆえ安全な採掘深度に限界があり、結果として労働者が別炭鉱に再就職できる余裕がある時代に閉鎖されたこと*2

さらに、閉鎖環境ゆえに閉山とともに完全な無人島となり、廃墟化する過程が住人として体験されなかったこと。これは自治体として破綻したことで知られる夕張などと大きく違うところだ。

廃墟が観光資源として成立する時代になって再注目されたことで、現在の風景が良い記憶をさまたげないこと。これは後述するように、外部からと内部からでは違う感覚もあるようだが。

そうした複合的な理由から、他の炭鉱に比べて美しい記憶が語られやすいようだ。


もちろん過酷な労働環境における心身の傷や、戦時期の強制労働問題は軍艦島も例外ではない。

韓国映画『軍艦島』を利用した歴史の否定がおこなわれつつある - 法華狼の日記

労働力や資材の不足をおぎなうため、職人として熟練していない朝鮮人や中国人、さらに外国軍捕虜も動員された。そうしてかき集められた労働者と、それ以前からの勤続者には距離が生まれたという*3

そうした乖離が端島でさらに拡大しても不思議ではない。端島で発見された1925年から1945年の死亡者の記録から、朝鮮人の死亡率が日本人よりはるかに高く、その内容も病死や事故死だったことが明らかになっている*4

正の側面と負の側面は、裏腹であって矛盾ではない。一方がもう一方の反証に必ずなるわけではないのだ。


しかし木村氏によると、そもそも美しく楽しい記憶をもっている当事者は、それゆえに「遺産」となること自体に葛藤をおぼえる傾向があるという*5。自分が生きてきた活気ある場所が、滅びてしまった姿を見たくないし、衆目にさらしたくない気分があるのだろう。

他の地域を見ても、三池炭鉱は採掘がつづいていた1990年ごろから文化庁による近代化遺産の調査がはじまったことで、嫌がられたという。遺産という言葉そのものが「非常にマイナスのイメージが強かった」ともいう*6

ゆえに先んじて廃鉱を博物館化した夕張においては、地域のイメージアップを目的として運営され、大規模な施設ながら負の側面が言及されない観光施設となった*7。歴史の記憶が意識された三池にしても、朝鮮人労働者が望郷の念を落書きした押入れの戸を展示したり、負の側面をふくむ証言映像を上映したりしつつ、博物館全体としては明るい技術革新をテーマにしている*8


ちなみに軍艦島を世界遺産にするNPOをたちあげた人物は、炭鉱マンの親をもちつつも、自身は子供としてくらした立場だった*9。それも生まれ育った場所ではなく、小学6年生から高校卒業までの思春期だけをすごした場所だという*10

 これが僕らのふるさとであり、また日本の近代化産業遺産でもあるということを、元島民の人たちは考え及ばないんですよ。そこまでいけたのは僕がここで生まれてないからいけたんだよ。

その記憶の場所を保存することこそが目標であり、世界遺産にする活動も手段にすぎなかったという*11

X氏は、「大学の先生でも何でもなしに一般の市民だった人間が世界遺産という言葉を使い始めたときはすごく違和感あった」と語る。それでもX氏は「産廃(産業廃棄物)」として朽ち果てようとしていたふるさとを守るための唯一の方法としては、「世界遺産」しかないと判断したのである。

 だが当初は地元だけでなく、元島民の理解さえなかなか得ることができなかったという。

 炭鉱の島を世界遺産だって、一番反発強かったのはここ(端島)の島民ですよ、……そんなことありえないと。また長崎の市役所とか県庁とか色々まわって、こういったこと考えてるっていったときに、……まったく相手にされなかった。

さらに、世界遺産になる場所として呼称される「軍艦島」という言葉は、「端島」に住んでいた島民は使わないと語っていたという*12。2007年の聞き取り時点では、高島出身の軍艦島ガイドのY氏ともども、強制労働の歴史を表に出しづらい葛藤も語っていたともいう*13

いうまでもないことだが、表に語られる証言が、記憶の全てではないのだ。

*1:これは良かった記憶と悪かった記憶の距離を広げ、現在に明るい記憶を語らせやすい要因にもなるだろう。

*2:前掲書153〜154頁。以下に注記する頁も同著から。また、引用内引用には引用枠を足す。

*3:81頁。

*4:160頁。

*5:157〜158頁。

*6:118〜119頁。

*7:115〜116頁。

*8:119〜122頁。

*9:158頁。

*10:210頁。

*11:208〜209頁。

*12:210頁。

*13:157〜158頁。