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2009-12-26

翻訳ミステリーの子供・小路幸也さんの巻 第七回(構成・杉江松恋)

 小路幸也さんをお招きしての「週末招待席」も残すところあと一回。今回は、小路さんの翻訳ミステリー観をお聞きしてしまいます。日本語で書かれたのではない海外文学を日本語で読むことの意味や、翻訳文体と言われるものに対する気がつかなかった指摘など、今回も読みどころは満載です。


(前回の記事を読む)


――改まってお聞きしてしまいますが、小路さんは翻訳ミステリーの素晴らしい点とは何だと思われますか?


小路 何よりもまず、〈届かない地の物語〉ということでしょう。日本人ではない人たちが書いたその土地の物語です。そこに描かれたものを日本語で知るということの楽しみは単一民族ならではかもしれません。同じように、違う教義を持った人たちの〈暮らし〉を事細かに知ることができて、自分もその中で生活できるのですから下手な旅行より楽しくてしょうがありません。ミステリーである以上、多かれ少なかれそこに悲劇が描かれるはずです。ときには日本人の感覚では有り得ないような〈血の悲喜劇〉がそこに繰り広げられるのです。映画ではただ眼の前を通り過ぎるだけのドラマが、文字で濃密に描かれて堪能できるのですから、こんなにコストパフォーマンスの高い〈海外ドラマ〉は翻訳ミステリーしかないでしょう。


――文字で描かれる、という点は本当にそう思います。


小路 これはまったくの戯言かもしれませんが、英語、もしくはその他の言語と日本語の表現を比べたときに、日本語の表現方法の多様性は他の言語の追随を許さないのではないでしょうか? 間違った知識かもしれませんが、たとえば『きらきら』が『ぎらぎら』に変化するような擬態語の表現は海外の言語では難しいと松岡正剛さんがおっしゃっているのを聞いたことがあります。だとしたら、素晴らしい翻訳家の方々が訳した翻訳ミステリーは、原書よりも素晴らしい細やかな表現方法で成立した〈日本人が編み出した海外の物語〉なのではないかと。そういう物語を読めるのも、翻訳ミステリーならではでしょうね。


――もし、小路さんが翻訳ミステリーを読んでいなかったら、もしくは好きではなかったら、ご自分の文章表現が変わっていたのではないか、というような部分はありますか?


小路 日本語の文法すらきちんと把握してませんし、翻訳ものにありがちな表現というものの研究もしてませんが、自分の作品をゲラで直しているときに、〈一文で表現できることを分けている〉ことが多いことに気づきます。たとえばですけど、〈彼は僕に向かって手を振ったんだ。〉を〈彼は手を振ったんだ。僕に向かって。〉というように。これは翻訳ものを読んできたせいではないのかなぁと考えたことがあります。うーん、違うかなぁ(笑)。それと、以前に書いた作品で〈僕はそれをまるで生まれたての子猫を抱くように静かに優しくつかみとって、〉という表現を使いました(『そこへ届くのは僕たちの声』)。もちろん自然に出てきたものですけど、これは明らかに何かの翻訳ものの表現だろうなぁと後で苦笑したことがあります。以前に編集者に「小路さんは独特の文章のリズムを持ってます」と言われましたが、もしそうだとしたら、それは翻訳物を読んできたせいじゃないかと思っていますね。


――翻訳文章の豊かさ、ということをおっしゃっておられましたが、これは原書ではなくて日本語訳で読めてよかった、と感じた訳書はありますか? または、訳文のリズムがお好きな翻訳者はいらっしゃいますでしょか?


小路 繰り返しになってしまうかもしれませんが、マイクル・Z・リューインの私立探偵サムスンシリーズですね。何せ英語が判らないのでなんとも言えないですけど、心優しき探偵サムスンの魅力というのは日本語に訳されたからこそ際立っているのではないかと思います。おそらく原書で読む英語のサムスンはもっと乾いている人間ではないかと。日本語で日本人が読むと、そこに独特の湿り気と(冗談ですが)わびさびが加わり、さらに妻に逃げられた不器用なバツイチ男の情けなさも加わると(笑)。むろん、私立探偵である以上、偏屈でタフな男のスタイルを踏襲してはいますが、日本語をしゃべるサムはやはりどこかウエットで、そこがたまらなく好きです。


――微妙にマザコンな感じなんですよね。


小路 翻訳者となると、これもやはりそれほど意識はしていないのですが、大好きな作家を訳していらっしゃる常盤新平さん、田口俊樹さん、柴田元幸さん、石田善彦さんなどの方々は気になりますね。

(つづく)

(プロフィール)

小路幸也 しょうじ・ゆきや

北海道旭川市生れ。札幌市の広告制作会社に14年勤務。退社後執筆活動へ。2003年に『空を見上げる古い歌を口ずさむ pulp-town fiction』で第29回講談社メフィスト賞を受賞し、デビューを果たす。2006年、古書店を経営する大家族が主人公の『東京バンドワゴン』を発表し、ミステリー以外の読者からも注目を集めた。著書多数。北海道江別市在住。