ヘルタースケルター



★film rating: C
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

その美貌により圧倒的人気を得ているモデルのりりこ(沢尻エリカ)。実は彼女は全身整形手術によって作られていたのだ。しかし手術による後遺症と、同じ事務所の後輩モデルで素から美女のこずえ(水原希子)の存在により、りりこは心身ともに蝕まれていく。


前評判が高かったのでかなり期待していたのですが、残念。まるで乗れませんでした。岡崎京子の名作同名コミックが、1990年代半ばの発表当時にどのような受け止められたのか、詳しくは知りません。こちらのコミックは道徳的に非常に真っ当な、意外性のない物語で、そんなに面白くない名作でした。内容は予定調和から外れず、驚きが何もなかったのです。ですからその原作に比較的忠実な脚色がなされた映画に乗れなかったのは、当然だったのでしょう。過剰な映像、過剰な演技、過剰な音楽。全てが偽悪的なまでに過剰な世界では、役者達のその極端な演技と極端な台詞に笑わせてもらいました。この世界は殆どギャグです。ポエマーなセリフ連発の検事役の大森南朋。ヒドい社長振りの桃井かおり。ヒドい目に遭うマネジャー役の寺島しのぶ。軟弱でヘタレな御曹司役の窪塚洋介。彼らの状況や演技には大笑い。特に大森は出て来るだけで可笑しかったです。もっとも劇場内で笑っていたのは、私と私の左後ろに居た女性くらいでしたが(その女性はかなりバカ受けしていたのがさらに可笑しかったです)。


漫画やアニメは台詞やエピソードが現実よりも圧縮され、飛躍した表現が許されるメディア。そこが実写映画との大きな違いですし、それが良さでもあります。しかし漫画を忠実に映画化するとギャグになるのは当然でしょう。沢尻エリカは振幅の大きい役を大熱演していましたが、原作にあった人間離れしたりりこ像とはイメージが違っていました。熱演ではあるけど全身整形美女にしてはスタイルが日本人体型なのも減点。もっともこれは仕方ないです。あの役を演じられる神々しいまでに美しく、かつ「役者」である人は、今の日本映画界にはいなさそうですから。とはいえ沢尻が映画の見ものではあるのは間違いありません。ちょこっとは脱ぐので、「スキャンダラスな言動で話題の女優が主演のスキャンダルな見世物映画」としては、それなりに成立しているのですが。原作でもりりこはやりたい放題、脱ぎ放題なので、どうせなら映画版も見世物としてそこまでやってくれれば良かったのに、とも思いました。その意味では中途半端な映画ではあります。


蜷川実花は写真家としては知っていましたが、映画監督作品を観るのは初めてでした。映像は確かにこだわりを感じましたが、その映像が内容に奉仕していません。画のスタイルこそあれども、人物の心象を映し出しているようには見えず、ただただ己の美意識を前面に押し出しただけ。そもども人間の心理を描写する事に余り興味がないのでは。しかもテンポが悪い。あの程度の内容で2時間強は長過ぎます。全体にこってりした熱が籠った演出なのは分かりますが、1場面1場面、これは長過ぎるのではと思える箇所が目に付きます。それと何故か東京の屋外場面は渋谷ばかりなのも気になりました。渋谷は若者の街だから、という事だからなのでしょうか。


これだけインターネットによる情報があっという間に広まる現代において、映画の展開の古臭さも気になりました。いくら何でも現代ではばれるだろう、と。風刺劇なのは当然として、現実味のない映像を多用しているのだから、思い切ってブラックコメディにする手もあった筈。案外作り手の覚悟が出来ていない、中途半端で退屈な映画になっていました。


ヘルタースケルター
Helter Skelter

  • 2012年 / 日本 / カラー / 127分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):R15+(刺激の強い性愛描写がみられ、標記区分に指定します。)
  • MPAA(USA):-
  • 劇場公開日:2012.7.14.
  • 鑑賞日時:2012.7.14.
  • 劇場:TOHOシネマズ ららぽーと横浜6/デジタル上映。公開初日の土曜23時55分からの回、205席の劇場は4割くらいの入り。毎月14日はTOHOシネマズデイで一律千円というのもあってか、あるいは夏休み気分の三連休初日というのもあって、だったのかも。
  • 公式サイト:http://hs-movie.com/ 予告編、映画情報、公式ブログへのリンク、著名人コメントなど。話題作の割には内容は少な目。

おおかみこどもの雨と雪



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

東京大学の学生、花(声:宮崎あおい)は、講義で知り合った「おおかみおとこ」(声:大沢たかお)と恋に落ちる。やがて2人は、元気活発な姉の雪と、内気で大人しい弟の雨をさずかった。しかし彼らは「おおかみおとこ」と人間の合いの子。感情が高ぶると「おおかみ」に変身してしまうのだ。都会で人目を避けて育てるのに限界を感じた花は、家族で緑豊かな山あいの田舎の集落に越す。大自然の中で伸び伸びと育つ2人だったが、彼らには選択の時が迫っていた。


映画が終わると、子連れ団体引率係と思しき女性は目を真っ赤にして、「号泣しちゃったよ」。子育てをした人にとっては感じるものが多い映画なのでしょう。事実、私も中盤までは心の琴線に触れたりしました。後半の展開は私自身が経験するのはまだ先だと思っているからか、自分でも意外にも涙腺が刺激されませんでした。でもそうか、親の知らない内に子供は育つというから、ね…。


私は細田守作品は初めてです。『時をかける少女』も『サマーウォーズ』も、確か近所のシネコンでは上映していませんでした。ですが本作はあちこちのシネコンで上映され、回数も多い。気軽に観られるようになったのは有り難いものです。今回、大画面で観て良かったと思いました。CGを使いまくった精緻な背景は、大画面鑑賞に相応しい画そのもの。時には実写動画をトレースしたかのような場合も少なくありません。その手前でアニメならではのデフォルメされた、簡素な線のキャラクター達が活き活きと動き回ります。その様を観るのは、ちょっとした体験、アニメ映画ならではの悦楽でした。まずこの1点だけでも、この映画をお勧めする理由になります。


映画には登場人物それぞれに込められたテーマがありました。各々が明確に描かれ、腑に落ち、納得の行くものでした。ときにユーモラスに、ときにさらりと描かれた子供たちそれぞれのドラマも印象的ですが、私自身が親なので、「親である事」というテーマがやはり心に残ります。でも実生活で親でなくても、これは十分に楽しめる映画だと思います。子供であっても親であっても、人は成長していくに従って変わっていくというのが、映画の主軸たるテーマだと解釈しました。そうすると、ほら、子持ちでなくとも想像しやすいでしょう?


終盤には嵐の中で花が山探しする場面が用意されていて、事実上のクライマクスとなっています。これがかなりこってりと描かれていたので、少々長く感じてしまいました。これはピクサージブリ等の、テンポ重視のアニメーション映画に慣れているからかも知れません。劇中での花は、優しく礼儀正しく、愛情深い頑張り屋で、何事もあっさり受け入れてしまう、一見「理想の母」として描かれています。しかし本当にそうなのでしょうか。彼女が夫(事実婚?)のみの介助で、自室にて出産するのは、子供と自分の命を軽く見ているのではないか。子供が異物を飲み込んだときに病院に連れて行かないで電話だけで解決するのは、単に運が良かっただけなのではないか。秘密を守る事ばかりにこだわり過ぎているのではないか。映画は成長した雪の落ち着いたナレーションがかぶせられ、その声は主に肯定調です。しかしこれは飽くまでも娘の主観であり、 また母から聞いた情報を基にしているもの。描かれている行為は全てが褒められるものではなく、花は未熟な母親だったのです。


映画は田舎に移ってから伸びやかに人物達と描写していきます。花も農作業のみならず、色々な面で成長して行きます。終幕でお危険を顧みず、必死になって息子の姿を探し求める花。でも残酷なのは、あそこで描かれていたのは子を探す母の想いであって、子供にとってどうなのかは別だ、という事実。親も成長していくけれども、子供は親の気持ちとはまた別に成長し、自立し、旅立っていくものなのですから。


全体に面白く、感銘も受けた箇所も多いのですが、観終えた直後は少々の物足りなさも感じました。内容は含蓄に富み、アニメ映画としての意匠は凝らされており、映像も音楽も美しいのに関わらず。どうやら映画の終盤が、私の事前の期待と違っていたようでした。前半同様に、後半も子育ての感動が描かれているのかと思っていたら、結末で冷厳な事実を突き付けられたのです。つまり自分の予期していた期待と違う、痛い映画だったのです。しかし私はあれで良いのだと思うようになりました。


映画とは難しいものです。世に多く聞く「期待外れ」「思っていたのと違う」は、ネガティヴ、マイナスの面で言われる場合が多い。しかし映画とは予想と違い、思っていたのと違う方が驚きがある筈。ただその驚きが余りに予想のベクトルと違うと、ネガティヴな思いで受け取ってしまうものでもあるのです。映画はそのありのままで理解し、その結果受け入れるか否かではありますが、さて私のように器用でもない人間には、そう毎度のように即理解し、受け入れられるとは限りません。でもこれって、「映画」に限らないですよね。


おおかみこどもの雨と雪
The Wolf Children Ame and Yuki

  • 2012年 / 日本 / カラー / 117分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):G
  • MPAA(USA):-
  • 劇場公開日:2012.7.21.
  • 鑑賞日時:2012.8.13.
  • 劇場:TOHOシネマズ ららぽーと横浜11/デジタル上映。お盆休みの月曜20時10分からの回、125席の劇場で50人くらい。
  • 公式サイト:http://www.ookamikodomo.jp/ 作品紹介、予告編、公式ブログ、監督インタヴュー等。

桐島、部活やめるってよ



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


金曜日。とある高校の男子バレーボール部キャプテン桐島が、部を辞める事になります。それが原因で同級生数名に波紋が及ぶ…というのが主な内容。明確なプロットがある訳ではなく、主役が1人と決められている訳でもない群像劇です。劇中では特に触れられていませんが、エンドクレジットを見るとロケ地は高知市となっています。


朝井リョウの同名小説を吉田大八が監督、脚本(喜安浩平と共同)を担当して映画化した本作。題名は何度聞いても憶えられませんが、映画自体は心に残る佳作でした。まぁしかしです。青春映画でスタンリー・キューブリックの名作『現金に体を張れ』をやるとは!同作はギャング映画の古典。同じ時間での複数の人物の行動を多元描写し、映画史に名前を残した映画です。後にクエンティン・タランティーノが『レザボア・ドッグス』でその構成を真似したのでも有名ですね。例えばこういう事です。映画はAという人物の行動を追います。それが終わったら、次に映画は時間を巻き戻して、同じ時間帯でのBという人物の行動を追います。本書の原作は未読ですが、元からそうなっているのではなさそう。いや、かなり脚色されているのではないでしょうか。それくらい随所に映画独自の表現、映画ならではの興奮がありました。


それにしても、です。自分の高校時代を思い出しながらの鑑賞は、中々楽しい体験でした。かくいう私は(殆ど)帰宅部。軽音みたいなのもやってましたが、同級生とだべっていただけでした。その当時私が抱いていた、進学も含めた将来という、来たるべき現実への漠然とした不安も、きちんと劇中の登場人物たちのそれとして描かれていました。開巻早々に出る「金曜日」のテロップで一通りの時間が描かれ、次に再び出る「金曜日」というテロップで「これは…?」と訝しく思い、そこから描かれる多元描写に感心し、三度目の「金曜日」で密かな興奮とスリルを感じました。久々にお目にかかる手法でしたが、個々人のドラマと、彼らが共有している時間を描く必然として、非常に上手く機能していました。こう書くと深刻な日常を地味に描いたかのように思われそうですが、実際にはユーモアの挿入が楽しい。大事件が起こらずとも十分に面白いのです。


終盤に用意されている屋上の場面は、映画的カタルシスに満ちていました。画と音のシンクロ。感情のシンクロ。いやスケールは小さくとも盛り上がります。これが映画だ、と。全員が想いを成就出来る訳ではなく、特に大きな展開とか進展とかもありません。だからこそ日常の心の揺れは十分に描けています。心理描写の説明調台詞が最小限なのが品良く、逆に映像は饒舌にさえ感じました。『桐島、部活やめるってよ』は、明るく陽気で前向きばかりが青春映画ではないとばかりに言いたげな、しかし軽快でユーモアを忘れずに高校生たちの内面を切り取っています。


桐島、部活やめるってよ
The Kirishima Thing

  • 2012年 / 日本 / カラー / 103分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):G
  • MPAA(USA):-
  • 劇場公開日:2012.8.11.
  • 鑑賞日時:2012.8.14.
  • 劇場:TOHOシネマズ ららぽーと横浜6/デジタル上映。世間ではお盆休みの平日火曜、20時40分からの回。毎月14日のTOHOシネマズデーで1人一律千円だからなのか、お盆休みの火曜夜は20人以上の入り。評判は上々なのに興業的には今一つを伝えられていたが、この後、ネットで口コミが広がり、興業的成功を収めたのは結構な事。
  • 公式サイト:http://kirishima-movie.com/ 予告編、作品情報、特別動画(WOWOWでのみ放送されたCF)等。