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2016-06-26

働かないのは憲法違反なの!? 産業革命以降の労働観、その「大前提」が変わり始めた

| 17:01

現代ビジネスに6月15日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48917

働かないのは憲法違反

そもそも「働く」とは何なのか。人は何のために「働く」のか――。

著者もメンバーのひとりとして参加している20年後の働き方を考える厚生労働省の懇談会、「『働き方の未来2035:一人ひとりが輝くために』懇談会」では、そんな、そもそも論に火がついた。ついたというより、労働政策の素人である筆者が質問を投げかけたのをきっかけに議論になったのである。

働くということに関して日本の法律はどう定めているのかを調べてみた。国の最高法規である憲法にも、「勤労」つまり働くことについての規定がある。

「すべての国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」

そう憲法27条には書かれている。さらに第2項には「賃金、就業時間、休息その他の労働条件に関する基準は、法律でこれを定める」とあり、第3項には「児童は、これを酷使してはならない」とある。

他にも、「奴隷的拘束の禁止」(18条)や「職業選択の自由」(22条)、「勤労者の団結権、団体交渉権」(28条)などが定められている。

おおむね理解できるのだが、ひとつだけどうしても気になった点がある。27条に書かれている「すべての国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」という規定だ。

「勤労の権利」は分かるとして「義務を負う」というのはどういう意味か。働かないで遊んで暮らすのは憲法違反ということなのだろうか。

働かざる者食うべからず?

労働法の先生方に聞いてみた。

大家のおひとりは、「精神規定なので、働かないからといってすぐには憲法違反にはならない」という答えだった。もうひとりの大家からは、「憲法13条で幸福追求権を認めているので、働かないことが幸せだという人にまで働く義務を課しているわけではない」というお答えだった。

素人からみると、労働法の先生たちはあまり憲法を本気で捉えていないようにみえた。そんな素人質問はされたことがない、ということだろう。

別の機会に労働経済学の大家にも同じ質問をぶつけてみた。今度は答えがすぐに返ってきた。

「働く能力も機会もあるのに働こうとしない人は、生活保護を受けられないということです」というのだ。憲法学者の解釈もおおむね、それが「定説」というか「定番の解釈」になっているようだ。

しかし、素人からすると、憲法の条文をそのまま読んで、生活保護を受けるには、という規定のようにはどうしても思えない。やはり、働かずに不労所得を得て安穏と暮らすのは憲法違反と読むのが正しいのではないか。そう思ってしまう。

日本国憲法制定に大きな影響を与えたアメリカ人の宗教的倫理観が背景にあるのか。あるいは日本に根差した儒教精神に遡るのか。日本には「働かざる者食うべからず」ということわざもある。

実は、日本の法律には、「働くとは何か」といった定義が定められているものはないようだ。

労働基準法の出だしは「1章総則」となっているが、1条はいきなり「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」という規定から始まる。憲法27条2項にある「賃金、就業時間、休息その他の労働条件に関する基準は、法律でこれを定める」を受けているのだろう。「働く」とは何かという定義なしに「条件」から入っているのだ。

そんなの働くということは誰でも分かる自明のことだろう、という指摘があるかもしれない。しかし、対価を得るものだけが「働く」ことか。ボランティアは労働ではないのか。趣味で作ったものを売っていても労働とは言えないのか。様々な疑問がわいてくる。

働き方の大前提が変わっていく

日本の労働政策というのは、企業に雇われている「労働者」と雇っている「使用者」の利害を調整し、過酷な労働を強いられている労働者を保護して権利を守るための政策だとされてきた。

だから今でも、労働政策の根幹の法律は労働者代表、使用者代表、公益代表という三者の合意の上でないと決められないことになっている。いわゆる三者合意と言われるものだ。

だが20年後の未来を考えた場合、企業に雇われてこき使われるような働き方はごく一部で、多様な働き方が広がっているように思われる。労働は苦役なので働く時間を制限するべきだという産業革命以降の工場労働を前提とした働き方の前提は、大きく変わっている可能性が高い。そもそも苦役の部分はAI人工知能)を搭載したロボットが代替している可能性が高い。

逆に言えば、現在の労働法労働法制がカバーしている領域が、働き方のごく一部になってしまうのだ。いや、すでに現在でも、労働法できちんとカバーされていない働き方が存在する。

非正規労働はすべて悪で、正社員に置き換えるべきだ、という主張がある。同じ工場で働いている人が、正社員か派遣かによってまったく待遇が違うような差別は、当然早急に是正されるべきだろう。一応、安倍晋三内閣も「同一労働同一賃金」を掲げている。

だからといって、すべてがフルタイムで働く正規社員ばかりになっていくかというとそうではない。短時間の労働や、フレキシブルな働き方、あるいは会社以外での働き方など多様な働き方へのニーズは大きい。ひとりでいくつもの企業で働く副業型の働き方も広がるだろう。

そうした多様な働き方を考える時、そもそも「働くとは何なのか」といった原点を見つめ直す必要が出てくるように思う。

懇談会は7月に向けて報告書の作成に入るが、まだどんな結論になるかが見えているわけではない。だが、20年後を考えると働き方の多様性が急速に増すのは間違いなさそうだ。そうした多様な働き方をカバーできる労働法制や労働政策のあり方を考え直す必要があるということだけは間違いなさそうだ。

2016-06-23

「アベノミクス最大の成果は?」と聞かれたら、こう答えるのが正解!

| 11:27

現代ビジネスに6月22日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48970

2年前には想像できなかった変化

アベノミクスの最大の成果は何だと思われるだろうか。安倍晋三首相がしばしば繰り返す「雇用者数の増加」でも、気配がようやく感じられるようになった「デフレからの脱却」でもない。何といっても大きいのは、とうてい変わらないと思われてきた日本企業の経営のあり方を、大激変させたことではないだろうか。

東京証券取引所は6月17日、「東証上場会社における独立社外取締役の選任状況(速報)」を発表した。それによると、東証が定める独立性の基準をクリアした社外取締役(独立社外取締役)を取締役会に2人以上置いている会社は東証1部1958社のうちの77.9%と全体の四分の三を超えた。2年前には21.5%だったので、まさしく激増である。

長年、日本企業は、取締役会によそ者を入れることに強い抵抗感を示してきた。それがわずか数年で、社外の人を複数置くことが「当たり前」になったのである。1人以上の独立社外取締役がいる企業は東証一部の96.2%、独立性の基準に満たないものの社外取締役を置いている企業を加えると全体の98.5%に達する。30社を除いてほぼすべての会社の経営に「よそ者」が関与するようになったのである。

この大変化は民間企業の動きだが、企業経営者が率先して社外取締役の導入に動いた結果ではない。安倍内閣が行ってきた「コーポレートガバナンスの強化」に向けた様々な施策によって、企業経営者が背中を押された結果、実現したものだ。

第2次安倍政権が誕生した2012年末の段階では、主要企業の間にも社外取締役受け入れへの反対論が渦巻いていた。民主党政権時代に法務省の法制審議会がまとめた会社法改正案では、途中まで社外取締役ひとりの選任を義務付ける案が有力だったが、経団連企業などの強い反対で最終段階で義務付けが見送られた。

当時のムードからすれば、わずか4年で主要な日本企業の大半に社外取締役が入ることなど想像だにできなかった。

コンプライ・オア・エクスプレイン

そんな中で安倍内閣がアベノミクスの3本目の矢である成長戦略の柱のひとつとして「コーポレートガバナンスの強化」を掲げた。

会社法の改正では、社外取締役を置かない場合、「置くことが相当でない理由」を株主総会で説明することを義務付け、当時の谷垣禎一法務大臣が「(社外取締役は)実質的には義務付け」だと国会答弁することで、一気に流れを変えた。

また、成長戦略の一環として、企業のあるべき姿を示す「コーポレートガバナンス・コード」の策定を盛り込み、わずか1年で東証の上場規則に盛り込ませた。コードには「独立社外取締役2人以上の選任」が明記された。

コードは法律ではないため遵守する義務はないが、守れない場合にはその理由を説明することが求められた。いわゆる「コンプライ・オア・エクスプレイン(遵守せよ、さもなくば説明せよ)」と呼ばれる原則を導入した。

東証にグローバル標準の企業を集めた「新指数」を設けるように求めたのも成長戦略だ。これは「JPX日経インデックス400」として実現し、社外取締役を置いている企業や国際会計基準IFRSを採用している企業に選定にあたって加点する仕組みを採った。つまり、社外取締役を導入している企業にインセンティブを与えたわけだ。

やはりアベノミクスの一環として導入したスチュワードシップ・コードも日本企業の外堀を埋める役割を果たした。スチュワードシップ・コードとはあるべき機関投資家の姿を示したもので、生命保険会社などがなぜその会社の株式に投資するのかきちんと説明でき、保険契約者の利益を最大化することが求められるようになった。

この結果、機関投資家ガバナンス・コードなどを遵守する企業にしか事実上投資できなくなり、社外取締役を置いていない役員選任議案には賛成票を投じられなくなったのだ。

再び日本を見直す契機に

「日本企業に儲ける力を取り戻させる」というのが、アベノミクスがコーポレートガバナンスの強化を進めた動機だった。企業が収益力を上げれば、それだけでも法人税収が増える。さらに株価が上がれば景気浮揚にも結びつく。企業の利益が社員の給与増につながれば、安倍首相が繰り返している「経済の好循環」が動きだすことになる。そのためにも企業により儲ける経営をしてもらう必要があるわけだ。

社外取締役を導入したからと言って、企業がすぐに儲かるようになるわけではない、という批判も根強くある。だが、取締役会によそ者の目が入ることで、不採算事業をダラダラ続けることは難しくなる。事業を整理しない理由を社外の人にも分かる理屈で説明しなければならなくなるからだ。要は理屈の立たない「なあなあ」の経営がやりにくくなるわけだ。

もちろん、大量に選ばれた社外取締役がすべて期待通りの仕事をするはずもない。高級官僚の天下りや学者、弁護士といった必ずしも経営に詳しくない人物も多く選任されている。

だが、大半の企業で社外取締役が置かれるようになった事は「第一歩」として大きく評価されるべきだろう。まずは「数」が入ることが重要だったのである。

数が充足したここからの課題は、間違いなく「質」に移る。社外取締役がきちんと機能しているのか。本当にその人物が社外取締役として相応しいのか。毎年の株主総会で、株主に評価を下されることになる。

ここ数年、社外取締役の導入に熱心ではない経営者に、株主総会で批判票が投じられるケースが多かった。海外の機関投資家などが選任議案に反対する投票を行ったからだ。これまでは社外取締役というだけで、概ね株主は賛成票を投じたが、今後は大きく変わるだろう。社外取締役として相応しくない人物が総会の投票で批判票を浴びることになりそうだ。

経営者の多くは株主総会での投票結果をかなり気にしている。他の取締役よりも賛成票が少ないと、かなりのプレッシャーになっている。社外取締役が「質」によって選別されるようになれば、日本企業の経営の質も大きく変わっていくに違いない。

安倍内閣は日本企業のROE(株主資本に対する利益率)を国際水準並みに引き上げると成長戦略で掲げた。まだその実現には至っていないが、社外取締役数の変化などをみると、今後、大きく変化する可能性はありそうだ。

日本企業の経営が「儲ける力」を取り戻し、ROEが上昇し始めれば、海外機関投資家などが再び日本企業を見直すことになるだろう。

2016-06-17

「40歳定年制」は非常に合理的な意見 昭和女子大学特命教授 八代尚宏氏に聞く

| 15:42

日経ビジネスオンラインに6月17日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/061500016/

 安倍晋三首相は「働き方改革が次の3年間の最大のチャレンジ」「最大のチャレンジは多様な働き方を可能とする労働制度改革」だと繰り返し述べ、同一労働同一賃金の実現などを掲げている。果たして日本の労働政策や労働市場は大きく変わるのか。政府経済財政諮問会議議員などを務め、長年、労働市場改革の重要性を訴えてきた八代尚宏・昭和女子大学特命教授に聞いた。

同一労働同一賃金の実現で、年功賃金も崩れる

安倍首相は同一労働同一賃金を実現すると明言しています。

八代:本当に同一労働同一賃金を実現するのであれば、大革命だと思います。確かに非正規社員との賃金格差はなくなりますが、同時に勤続年数だけで給料が増える「年功賃金」も維持できなくなる。年功賃金というのは終身雇用制度と表裏一体の仕組みですから、いわゆる日本的雇用慣行と言われるものが、もはや普遍的なものではなくなるわけです。

連合など労働組合や、野党は、同一労働同一賃金に賛成ですね。

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八代経団連も連合も建前としては否定できないわけですが、本音では両者とも反対でしょう。とくに労働組合は正社員の定期昇給を最低限のラインとして守るために労使交渉を積み重ねてきた。最近では非正規労働者の加入を増やす組合もありますが、同一労働同一賃金が義務付けられれば、非正規の待遇が改善されると共に、中高年正社員の待遇が引き下げられる可能性が高いのです。

安倍首相は本気なのでしょうか。

八代:仮に、経団連や連合のように、「現行の雇用慣行に配慮して」という制約をつければ実態はあまり変わらないでしょう。現在でも、すでに雇用機会均等法や労働契約法には不合理な差別的取り扱いを禁止する規定があるわけですから。少なくとも企業に対して、正社員の間や正規と非正規の間での待遇格差についての説明責任を課すことを法律に盛り込む必要があります。これは企業にとっては「負担増」といわれていますが、いずれ合理的な人事管理を促進させるうえで役立ち、企業にとっても大きなメリットがあります。

説明責任を課す場合、どこまでが許容範囲か線引きすることは難しいですね。安倍首相はガイドラインの作成を指示しましたが、難航しているようです。

八代:正社員は、慢性的な残業や転勤を事実上拒絶できないという差異だけで、類似の業務の非正社員と2倍も3倍も待遇格差があることを合理的だと言えるのか、難しいと思いますね。

日本的雇用慣行が崩れれば、定年制度も不要に

仮に安倍首相が本気で同一労働同一賃金を進めるとして、日本的といわれる雇用慣行が崩れた場合、どうなるのでしょうか。

労働需給の長期的なひっ迫の下で、労働の流動化が進み、より活発な労働市場ができます。そうなると、派遣という形態も抑制されるでしょうね。同一労働同一賃金なので、派遣を使うと手数料の分だけ人件費コストが高くなるわけで、そうなれば企業は派遣を最小限度にしか使いません。また、中高年社員もコスト高になりませんから、定年制度も不要になります。同じ仕事をできる能力があれば、何歳になっても働ける、高齢社会にマッチした働き方ということです。

定年もなくなるわけですか。

ただ、新卒者がいきなり仕事に見合った賃金を強いられると、長く社会で働いた経験者と競争にならない。何もしなければ、欧米のように若年層の失業率が大きく上昇することになるでしょう。日本型の新卒一括採用には良い面もあります。

 東京大学の柳川範之教授が「40歳定年制」という提言をされましたが、非常に合理的な意見です。労働経済や労働法の専門家からは絶対に出てこない発想でしたね。新卒から40歳までの雇用は保障するが、そこから先は自己責任。40歳までにスキルを磨いて労働市場の中でひとり立ちできるように頑張るのです。能力を磨けばそのまま同じ会社で雇用され続けてもいいし、より良い条件の会社に転職もできる。実際に、中小企業の場合、大企業ほど年功賃金の上昇カーブが大きくないので、定年なんて関係なく、仕事ができる限り働いているというケースがたくさんあります。

金銭解雇についてはここ数年大きな議論になっています。自由な労働市場を作るには、企業にも解雇の自由を認めることが必要になるのでは。

八代:実際には裁判に訴えられない中小企業の社員は、わずかの補償金で解雇されている実状があります。金銭解雇は、働いた期間などに応じてきちんと補償金を支払うルールですから、中小企業の経営者は反対する可能性が大きい。一方で大企業の正社員の場合、仮に解雇された場合、職場復帰を求める訴訟を起こします。復職命令が出た場合でも実際には和解で解決金を受け取って辞める場合が多いのですが、その際の解決金は企業の支払い能力で大きく異なります。欧米などでは勤続1年で1カ月分の解雇補償といった明確な基準がありますが、それよりはるかに高額になる。金銭解雇ルールができると逆に補償金の上限が抑えられてしまう可能性があるわけです。解雇の金銭補償ルールの策定については、中小企業経営者と大企業労働組合が一致して反対という面白い構図です。

セーフティネットの強化が必要

流動的な労働市場ができて多様な働き方をする時代が来た場合、労働政策で必要になるものはありますか。

八代セーフティーネットの強化ですね。雇用保険のあり方を考え直す必要があるでしょう。現在の失業給付は年金と似た方式で、給与に応じて一日当たり多くの給付を、勤続年数が長い中高年ほど長期間もらえます。これをむしろ医療保険型、つまり、負担した保険料にかかわらず再就職するまでの期間の生活の維持費として一定額を支給する。もう少しフラットにすれば、中高年の再就職が不利になりません。

 また、教育のセーフティーネットも重要です。給与を受け取りながら学べて、その後、社員として採用されるような学校をもっと作るべきではないでしょうか。かつての国鉄の「中央鉄道学園」「鉄道大学校」のように専門技術者として教育を受け、そのまま国鉄職員に採用されるイメージです。経済的に恵まれない若者や高校などでドロップアウトした若者たちにスキルを学んで職に就く機会を与える必要があります。

20年後の労働政策を考えた場合、他に何かやるべき事はありますか。

八代:ホワイトカラーのスキルアップのためのセイフティネットと言えるかもしれませんが、教育休業制度ですね。個人が海外留学する際など、企業は雇用保障だけして休職を認める。その間、最大2年などと区切ったうえで、雇用保険から準失業手当のような生活費を支給する、育児休業と同じ枠組みでできます。

 企業は留学費用などを一切払う必要はありませんが、MBAなど資格を取って帰国したら必ず昇格昇給させる。会社の経費で留学し、資格を得ても帰国後に昇格できないので、転職するといった無駄な事もなくなります。

高齢者には社会保障の現実を理解してもらう

ご著書の『シルバー民主主義──高齢者優遇をどう克服するか 』(中公新書)が話題になっています。

八代:高齢者の投票率が高いからと言って、その投票権を制限すべきという主張は非現実的です。高齢者に日本の悲惨な社会保障の現状を理解してもらうしかないのです。方法は2つ。ひとつは理詰めで説得すること。政府は年金制度が持続可能だと言っているが、実際にはそれは粉飾で、年金はすでに不良債権ということをきちんと説明する。そのうえで、年金の一部切り下げを受け入れてもらうわけです。

 もうひとつは高齢者の「利他主義」に訴えること。あなたのお孫さんを犠牲にしてまで多くの年金を受け取りたいですかと問えば、日本の多くの高齢者はとんでもないと言います。政治家はそうした点をもっときちんと高齢有権者に訴えるべきです。

 高齢者にばら撒いて目先の選挙を有利に戦おうというのは馬鹿げたことです。かつて小泉純一郎首相は「痛みなくして改革なし、改革なくして成長なし」と言って、国民に構造改革の重要性を訴えて大きな支持を得ました。政治家がリスクを負って、高齢者に痛みを受け入れてもらうよう説得すべきでしょう。

2016-06-16

スイス「ベーシックインカム」国民投票「大差否決」で見えたこと

| 13:51

6月16日にフォーサイトにアップされた原稿です。

 スイスで6月5日、「ベーシックインカム」導入の是非を問う国民投票が行われ、大差で否決されたことが日本でも話題になっている。ベーシックインカムは国民に毎月一定額の現金を無条件に給付する制度で、フィンランドなどでも導入論議が起きている。格差が広がる傾向にある現代社会で、貧困層を作らないための施策として世界的に関心が広がっているのだ。

80%弱が反対

(約27万円)、未成年には625スイスフラン(約6万8000円)を支給するという提案。スイスが直接民主制の制度として保証しているイニシアティブ(国民発議)を使って民間団体から提案され、最低限必要な10万人を超える署名が集まったことから、国民投票で賛否が問われた。

 提案に対して、連邦政府連邦議会は一致して反対の態度を示していた。その理由として、連邦政府は「ベーシックインカムの導入がスイス経済社会保障システムの弱体化につながると強く確信する」とし、「働こうとする人が減少しかねず、現状の労働力不足と技能低下を悪化させる」とした。無条件で一定額を支給することが、競争を阻害して経済全体にマイナスの影響を及ぼすとしたのである。

・・・以下、新潮社フォーサイトでお読みください(有料)→http://www.fsight.jp/articles/-/41270

2016-06-13

「同一労働同一賃金」の破壊力

| 10:51

産経新聞社が発行する日刊紙フジサンケイビジネスアイ」のコラムに6月27日に掲載された原稿です。

オリジナルページ→http://www.sankeibiz.jp/econome/news/160609/ecd1606090500001-n1.htm

 ■年功序列見直し、高齢社員待遇引き下げも

 安倍晋三首相が働き方改革の柱として打ち出した「同一労働同一賃金」。厚生労働省に設置された「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」でガイドライン作りなどの具体的な作業が始まっている。参議院選挙後に提言を出すことを目指しているが、関係者によると作業が難航しているという。

 同一労働同一賃金は、文字通り、同じ仕事をしていれば同じ賃金が支払われるべきだという理念で、それには誰も異論をはさまない。だが、何が「同一」な労働なのかを定義することは簡単ではない。そもそも論のところで議論がかみ合わなくなっているらしい。

 正社員と契約社員といった身分の違いだけを理由に賃金差別をすることは問題だというのは誰しも理解ができる。ところが、正社員と契約社員で責任の重さが違った場合、どこまで賃金格差を付けても合理的かといった答えを出すのは至難だ。ましてガイドラインとなると明確な基準を設けなければならない。

 日本企業の場合、年功序列賃金で、勤続年数が長ければ、同じ仕事をしていても高い給与をもらっているケースが少なくない。若いうちは安月給で働く一方、定年間際ではあまり働かない窓際族でもそれなりに高い給与がもらえるのが実情だ。それが終身雇用を前提とする日本的な雇用慣行の結果として生じてきた現状なのだ。

 定年まで雇用される正社員の待遇は、長年の労働組合と会社側の「闘争」の結果生まれてきた。同一労働同一賃金を突き詰めると、そうした日本的な雇用慣行の結果として獲得した「既得権」を否定することになりかねない。

 5月に東京地裁であった判決が企業関係者の度肝を抜いた。定年後に再雇用されたトラック運転手が、定年前に比べて給料が下がったのは違法だと裁判所に訴えたのだ。判決で東京地裁は運転手側の主張を認め、差額分を支払うように命じたのである。

 日本では多くの企業が定年後も65歳まで再雇用する制度を導入している。大半が、再雇用で待遇を大きく引き下げている。判決が確定すると、それが難しくなる。

 そうなれば企業は年功序列の賃金自体を大きく見直さざるを得なくなるだろう。同じ仕事なら若い人にも高齢者にも同じ賃金を払うことになれば、「年功」だけで大きな賃金格差を付けることをやめるに違いない。その場合、高齢社員の待遇を変えずに若い人の賃金を引き上げるのかというとそうではない。人件費を大きく増やさないためには、高齢正社員の待遇を引き下げる方向に動かざるを得なくなる。

 安倍首相は日本的な雇用慣行に配慮しながら同一労働同一賃金を実現すると国会答弁で語っている。だが、それを2つとも両立させる答えを出すのは無理だ。結局のところ、日本型雇用慣行といわれるものが徐々に崩れていくことになるに違いない。