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2016-08-31

首相も国会も逆らえない「労政審」とは

| 00:14

産経新聞社が発行する日刊紙フジサンケイビジネスアイ」のコラムに8月24日に掲載された原稿です。オリジナルページ→http://www.sankeibiz.jp/econome/news/160824/ecd1608240500002-n1.htm

■働き方改革阻む“岩盤”見直しなるか

 安倍晋三首相は「働き方改革」を今後3年間の最大のチャレンジと位置づけ、改革に取り組む姿勢を強調している。ところが、いくら首相が政治のリーダーシップを発揮しようとしても、それを阻んでいる組織がある。「労働政策審議会(労政審)」だ。

 厚生労働相の諮問機関という位置づけだが「労働者」と「使用者」、学者を中心とする「公益代表」が同数の各10人で構成され、この「三者合意」が大前提になっている。しかも、他の審議会に比べて圧倒的に力が強く、国会政府が出す法案の内容も労政審が前もって審議する慣行だ。三者合意した法案国会で修正しようとしても至難である。つまり、政治の意思を反映できない仕組みになっているのだ。

 つまり、現状では、安倍首相がいくら改革をぶち上げても、労政審がウンと言わなければ一歩も進まないのが実情なのだ。

 その「岩盤」ともいえる労政審改革が動き始めた。厚労省が「働き方に関する政策決定プロセス有識者会議」(座長:小峰隆夫・法政大学大学院教授)を設置した。7月26日に初会合を終え、これから本格的な議論が始まる。もちろん、「三者合意」を大前提にやってきた役所が主導して設置したものではない。厚労相の指示に基づくものだが、実は2月に自民党の有志議員厚労相に対して行った提言が大きなきっかけになっている。

 自民党の申し入れは、労政審を働く人たちの声をきちんと代弁する組織にすべきだ、というもの。「労働者代表」は全て労働組合の代表だが、今や組合の組織率は17%。働く人の多様な声を代弁しているとは言い難いというものだ。また、地方の声をもっと反映する会議体に変えるべきだ、という点も提言された。さらに、政府の方針や意思が反映されない点も問題視している。

 これまで金科玉条とされてきた「三者合意」は、国際労働機関(ILO)が出した「フィラデルフィア宣言」というものが「根拠」になってきた。終戦前の1944年に出された宣言である。しかし、宣言文を読んでも明確に三者で法律を決めよと書いてあるわけではない。

 決して、労働政策を政府主導で決めることを否定しているわけではないのだ。要は戦後の労働運動の中で、労使合意のうえで政策決定するというプロセスが「慣行」として出来上がってきたとみていい。

 三者合意を前提とする限り、制度の大改革は不可能に近い。これまで獲得してきた既得権の上に、接ぎ木するのが精いっぱいで、制度の微修正が関の山なのだ。安倍内閣は発足以来、「雇用」を岩盤規制の一つとして改革を掲げているが、遅々として進まないのはこのためだ。

 資本家と労働者の対立を前提にしていた終戦直後と、現在の会社と働く人の関係は大きく変わった。正社員として一つの会社で定年まで働き続けるというスタイルは当たり前ではなくなり、より多様な働き方を求める時代に変わった。そうした中で、労働政策の考え方や労働法制が時代遅れになっているのは明らかだ。

 果たして労政審にどこまでメスを入れられるのか。有識者会議の議論に注目したい。

2016-08-30

国による再配分強化では、地方の自立は進まない 地方交付税制度を抜本的に見直せ

| 23:53

日経ビジネスオンラインに8月26日にアップされた原稿です→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/082500029/

地方交付税の交付総額は、15兆6983億円

 総務省が7月26日、2016年度に国から地方自治体に配分する地方交付税の交付額を決定した。都道府県分と市町村分を合わせた交付額総額は15兆6983億円。前年度に比べて0.3%減とほぼ横ばいだった。

 地方交付税とは、所得税法人税消費税の国税分などを、いったん国が税収として吸い上げ、地方自治体の財政状態に応じて再配分する制度。どの地域に住んでいる国民でも、一定以上の行政サービスを受けられるようにするという趣旨で設けられている。

 この地方交付税交付金に頼らないで財政運営する自治体を「不交付団体」と呼ぶ。総務省の発表によると今年度は全国で77。前年度は60だったので、17増えたことになる。アベノミクスに伴う企業業績の好転などで、地方税収が増えていることが背景にある。


平成28年度 不交付団体の状況

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出典:総務省


 不交付団体は、都道府県では、前年度に引き続き東京都だけ。政令指定都市としては川崎市が今年度から不交付団体になった。都道府県別に不交付団体の数をみると、愛知県が17でトップ。次いで東京都が11、神奈川県が8、千葉県静岡県が6となった。愛知県では今年度から岡崎市田原市高浜市の三市が新たに不交付団体となっている。トヨタ自動車に代表される中京圏の企業業績好調が鮮明に表れた格好。このほか、首都圏自治体も企業業績の好調による税収増を背景に良好な財政状態を保っている。


平成28年度普通交付税不交付団体一覧表

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(注1)千葉県君津市静岡県富士市静岡県御前崎市は財源不足団体であるが、調整率を乗じた結果、不交付団体となったものである。

(注2)*印は、平成28年度の一本算定は不交付団体であるが、合併の特例により交付税が交付される市町村である。(12団体)

(注3)平成28年度に不交付団体から交付団体になった団体はない。

出典:総務省


財政的に「自立」できている自治体は全国で4%に過ぎない

 不交付団体の数は、2010年度の42を底に増加傾向にあるとはいえ、ごくわずかだ。全国には1765の自治体が存在しており、その中で財政的に自立できているのは4%に過ぎないということになる。

 大都市圏以外の自治体で「自立」しているのは、北海道泊村青森県六ケ所村、佐賀県玄海町などで、原子力発電設備が立地している自治体が目立つ。原発を引き受けていることで、電力会社などから巨額のおカネが自治体に入っていることが背景にある。財政的に自立しているといっても、イレギュラーなケースなのだ。

 地方交付税の建前は、地方税相当分を国が代わって徴収して再配分することで、どんなに税収の少ない自治体でも財政的に自立できるようにする、ということになっている。つまり、再配分によって地方の自立を促すための制度だというわけだ。

交付税に頼らず「自立」するのは夢のまた夢

 だが現実には逆の結果になっている。

 「交付税に頼らずに自立するというのは夢のまた夢。そうあるべきだとは思うが現実には無理だ」

 地域起こしに向けて様々な手を打っている、ある自治体改革派市長はこう言って目を落とす。結局は、どうやって交付税を増やしてもらうか、が市長の手腕だという。交付税だけでは十分ではないので、国の事業などを引っ張って来ることも重要になる。月に何度かは東京霞が関永田町を回り、陳情して歩く。特に多額の補正予算が検討されている今年は、長年待ち望んでいた高速道路の早期開通を働きかけている。

自助努力するのが無駄になる仕組み

 「結局は国頼みをしないと地域経済は回りません」とこの市長は言う。とうてい財政的な自立など無理だというのだ。交付税に頼らない自治体が全国の4%に過ぎない実状を考えると、財政で見る限り「地方自治」とは著しくかけ離れた状況なのだ。豊かな半分の自治体が厳しい半分の自治体を賄っているというのなら「再配分」と言えるが、圧倒的多数の自治体が国から降ってくる交付金に「頼っている」のである。自立を促しているはずの地方交付税制度が、逆に自立を妨げているのだ。

 地方自治体の「自立」を促進するのならば、自治体が自らの地域から上がる税収でどうやってやり繰りするかを考えることから始まるべきだろう。税収をどうやって増やすかを考え、一方で支出をどう効率化して抑えるか、実行していくことが不可欠だ。ところが自助努力で財政を建て直し、仮に黒字になった場合、交付税が打ち切られることになってしまう。努力するのが無駄になる仕組みなのだ。

 首都圏に近い観光資源が豊富な自治体ではかつて、首都圏から富裕層の移住を働きかけたことがある、という。首長自らが人脈をたどって別荘を誘致、住民登録してもらうことで税収を増やした。結果、税収を増やすことに成功したのだが、翌年の交付税が減額されてしまう。「やっただけ無駄だと思った」と振り返る。

国の関与をさらに増やす方向に進んでいる

 本来は交付税による再配分を縮小し、自治体の自立を促すべきだと思うのだが、方向は逆に進んでいる。

 2008年以降、国は「法人事業税の暫定措置」というのを始めた。本来は地方税である法人事業税の一部を「地方法人特別税」という名の国税にして国が徴収、地方交付税の「原資」として再配分に回しているのだ。消費税率が10%に引き上げる段階で撤廃されることになっていたが、消費増税の先送りで撤廃も先送りされている。

 さらに2014年10月からは、地方税である法人住民税の一部を国税化し「地方法人税」を創設した。さらに総務省はこの国税化の割合を拡大しようと検討している。「地方間の財源調整」を名目に、さらに国の関与を増やそうとしているのだ。こうした「国税化」によって愛知県豊田市の場合、年間100億円近い財源が国に吸い上げられることになると試算している。

 かつて、小泉純一郎内閣から第1次安倍内閣の時期には地方分権を進める手法として「三位一体の改革」を行うとされていた。「国庫補助金の廃止や縮減」や「地方交付税交付金の見直し」を行うのと同時に、「国から地方への税源移譲」を進めるとした。この三つを同時に行うというところから「三位一体」と呼ばれたのだ。

地方への税源移譲計画はどこかに消えてしまった

 ところがその後、補助金の廃止や交付税の削減が行われたものの、地方への税源移譲は遅々として進まなかったため、地方自治体の財政が一気に悪化した。民主党政権は地方の困窮の声に応える形で、地方交付税の増額にカジを切った経緯がある。

 その後成立した第2次安倍内閣以降では、「三位一体の改革」という言葉はほとんど使われなくなった。地方への税源移譲はどこかへ行ってしまったのである。その代わりに出てきたのが「再配分強化」策としての、地方税の国税化なのだ。最近では「道州制」の議論もすっかり下火となり、地方の自立はほとんど議論にならなくなった。

いつまでも国が地方を支える仕組みでいいはずはない

 だが、そうした「国による丸抱え」とも言える政策で、地方の財政は改善していくのだろうか。国全体の財政も厳しい中で、いつまでも国が地方を支える格好でいいはずはない。

 もともと霞が関は再配分強化に動く「傾向」がある。再配分機能を拡大させれば、当然、それに伴う権限も大きくなるからだ。また、国会議員にとっても「再配分」は魅力的だ。地元の要望を聞いて国の事業を地方に持って行くという「昔ながら」の仕事が増えるからだ。つまり、霞が関にとっても、永田町にとっても「国税化による再配分強化」は自らの利権拡大につながるのである。

 霞が関の官僚に頼らずに税収を再分配する方法はないか。可能性があるのは「ふるさと納税」だろう。最近では返礼品競争にばかり注目した報道がされているが、自治体の「努力」によって税収を獲得しようとする制度が機能し始めたのは好ましいことだ。安倍内閣はこのふるさと納税の拡充に力を入れており、今年度からは企業版のふるさと納税もスタートした。

官僚による再配分 VS 納税者による再配分

 霞が関では「ふるさと納税」を批判する声が強いが、それは自分たちがコントロールできない「税の配分」が行われ、それがどんどん拡大していっているからだ。だが、考えようによっては、官僚が再配分するよりも、納税者が「選択」した結果、再配分される方が理屈に叶うことかもしれない。いずれにせよ、各自治体に創意工夫がもたらされたのは良いことだ。今後、企業版ふるさと納税で、地方自治体の知恵比べが始まるだろう。

 もっとも、そうした努力によって財政が改善しても、地方交付税制度で交付金が減らされるようなことになれば、何のために努力しているのか分からないということになりかねない。

 国土の均衡ある発展──。戦後、日本は、どの地方も同じように発展するのが良いことだ、という思想のもとに、地方自治政策が取られてきた。焼け跡から復興するには等しく物質的に満たされることが不可欠だったのだ。それを支えてきたのが地方交付税制度だったともいえる。

 だが、人々の感じる豊かさが多様化する中で、地域ごとに特色ある発展が不可欠になっている。そろそろ地方交付税制度を抜本的に見直すことが必要だろう。

2016-08-23

「働き方改革」に立ちはだかる伝統的な“前提” すべての「労働者」は「弱者」なのか?

| 07:31

日経ビジネスオンラインに8月19日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/081800021/

技術の進歩で自由な働き方が可能に

 厚生労働省が設置した「働き方の未来2035:一人ひとりが輝くために」懇談会(座長:金丸恭文・フューチャーアーキテクト会長)が8月2日、報告書をまとめ、塩崎恭久厚労相に手交した。AI人工知能)やロボットなど科学技術が急速に進歩する中で、20年後の「働き方」がどう変わるのかを予測し、その際に求められる労働政策や労働法制のあり方を提言したものだ。

 報告書では、AIなどの技術進歩の成果を積極的に取り込めば、時間や空間に縛られない自由な働き方が可能になり、働き手はより自律的に働くようになるとしている。そうなると、企業と働く人の関係が従来のような「疑似コミュニティ」ではなく、プロジェクトの塊のような存在になり、兼業や副業、複業が普通のことになるだろうと予測している。さらに、性別や人種、国籍、年齢、LGBT、障がいの有無などが壁にならない社会になっていくと捉えている。

 そのうえで、以下のように述べている。

独立して活動する個人が増加すると予測

 「2035年には、個人が、より多様な働き方ができ、企業や経営者などとの対等な契約によって、自律的に活動できる社会に大きく変わっていることだろう。企業組織自体も変容していき、企業の内と外との境界線が低くなり、独立して活動する個人も増えるという大きな構造変化が生じる」

 つまり、人々がより自律的に働くようになれば、企業と働く人が対等な立場で「契約」を結ぶことが重要になり、それを可能にするための仕組みが不可欠になるとしているのだ。具体的には、企業が労働条件だけでなく、働き方に関する「基本姿勢」を開示する仕組みが必要になるほか、人々がキャリアアップしたりキャリアチェンジするための職業教育や財政支援など「セーフティネット」が重要になるとした。

報告書に対して、労働界から批判の声も

 この報告書が公表されると、さっそく労働界から批判の声が挙がった。

 連合(日本労働組合総連合会)は報告書の公表当日に事務局長名の談話を発表。「今後の社会構造の変化を見据えた労働政策の検討は重要であり、報告書はその問題提起の1つとして受け止める」としたものの、「働き方の自律化などを前提とした政策的視点などには疑問も残る」とした。

 そのうえでこう述べている。

 「働く者が生身の人間である以上、企業との交渉力が対等となることはあり得ず、労使の力関係の非対称性の修正は労働政策上の重要課題であることは不変である」

 つまり、働く人と企業(経営者)の間の情報格差は簡単には埋まらないので、対等な交渉を前提とする「自律的な働き方」など、とうてい実現不可能だと言っているわけだ。労使の力関係では、すべての労働者は圧倒的な「弱者」だというのである。

労働者は団結して闘うべきだという“大前提”

 弱者だからこそ労働者は団結して使用者である資本家と闘わなければならない、という伝統的な価値観が「大前提」になっている。

 8月17日付で「赤旗」に掲載された記事も、ほぼ同様の批判を加えている。「『働き方の自律化』掲げる厚労省懇報告 労働法制後退の危険」と題した記事だ。

 「働き方の自律化などがいかに進んでも、働くものと企業との力関係が対等になることはありえないことです。労使の力関係の『非対称性』を修正する大原則に立って、労働者を保護する労働法制や労働政策の必要性は変わることはありません」

 連合の談話と同じ論理である。いわばこれが労働界の「常識」ということだろう。報告書が前提としているような「自律的」で「自由」な「流動性の高い」働き方というのは、従来の労働界からみれば「非常識」極まりないということなのだ。

塩崎大臣は政策づくりに向けた論点整理を指示

 今回の懇談会は、政府の省庁が設置したものとしてはかなり異例だ。通常の審議会は、目の前の政策課題について提言・答申する役割を担う。ところが、「働き方の未来2035」は約20年後がターゲットだ。ただし、20年後の未来を語って終わりではない。20年後の「あるべき姿」を示したうえで、そこへ向かうためには「今何をやるべきか」を考える材料にしようというのが目的である。報告書を受け取った塩崎大臣はさっそく省内の幹部を集めた検討会議を設置、具体的な政策づくりに向けた論点整理を命じた。

 連合や「赤旗」が敏感に反応したのは、「自律的」に働く人々が、個々に企業との間で契約を結ぶようになれば、「労働者の団結」というこれまでの前提を突き崩すことになりかねないと感じているからだろう。

 だが一方で、「労働者の団結」という労働界の伝統的な「常識」が大きく揺らいでいるのも事実だ。何せ、労働組合の組織率は5年連続で低下し、17%と過去最低になっているのである。労働組合が働く人たちに必要とされなくなってきている現実があるのだ。

 報告書ではもうひとつ大きな提言をしている。

幅広く多様な働く人を対象として、労働政策・法制を再定義すべし

 「以上見てきたように、このような変化を前提に考えると、2035年においては、狭い意味での雇用関係、雇用者だけを対象とせず、より幅広く多様な働く人を対象として再定義し、働くという活動に対して、必要な法的手当て・施策を考えることが求められる。今までの労働政策や労働法制のあり方を超えて、より幅広い見地からの法制度の再設計を考える必要性が出てくるだろう」

 つまり、企業に雇用されている従来の「労働者」だけでなく、「自営的就業者」をふくむすべての働く人を対象にした労働政策や法制を敷くべきだとしているのだ。働き方が多様になる中で、従来の「労働者」の枠にはまらない人たちが膨大な数にのぼるようになっている。この点に関しては連合も「改めてすべての働く者を対象とし、実効性のある法的保護の枠組みを構築していくことは重要である」と認めている。

 安倍晋三首相は「働き方改革」が今後3年間の最大のチャレンジだと繰り返し述べている。急速に人口が減る中で、日本経済を持続的に成長軌道に乗せていくには「働き方改革」を通じて日本企業の生産性を根本的に底上げする必要があると考えている。

 当面は、「同一労働同一賃金」や「長時間労働の是正」といった、従来、労働側が主張してきた政策を前面に打ち出している。「ホワイトカラー・エグゼンプション」や「金銭解雇」など、企業側が求めてきた政策については後回しになっている。アベノミクス開始早々、金銭解雇などが野党などからやり玉に挙げられたトラウマがあるためだろう。だが、生産性の向上を考えれば、人材の流動化は不可欠な課題である。

 「働き方の未来2035」の報告書では、20年後を前提としたこともあり、目先の政策テーマにつらなるような「キーワード」はほとんど使われていない。「同一労働同一賃金」や「非正規」「女性活躍」といった「今」のテーマは意図的に排除されている。だからといって、そうした課題を無視しているわけではない。

「解雇補償」について検討する必要も

 報告書の中には「大きな環境変化に対処するための制度」という項目がある。そこでは、「いったん結んだ契約関係でも、その後の環境変化等によって、それを維持することが難しくなる場合が当然あり得る」として、「契約締結時の合意に基づき維持することが難しくなった契約を解消していく仕組みなど、適切なルールの下で環境変化に柔軟に対応する仕組みが整えられていることが期待される」としている。持って回った言い方だが、要は、契約を結ぶ時点で解約(解雇)に関する金銭解決などの合意を結んでおくルールを作るべきだと言っているのだ。契約を結ぶ以上、解約をする場合のペナルティ(解雇補償)を明示しておくことの方が働く人を保護することになる、という考え方だ。

 果たして、安倍内閣は「働き方改革」に本腰を入れて取り組むのか。未来志向型の労働政策を一から作り上げる覚悟があるならば、「働き方の未来2035」が示した方向性を実現するための具体的な政策が今後議論されることになるだろう。


【『働き方の未来2035 〜一人ひとりが輝くために』報告書】(厚生労働省のサイト)

2016-08-18

財政赤字全国ワースト3位から41年ぶりに黒字に!「非常事態の街」はなぜ復活できたのか

| 12:31

現代ビジネスに8月17日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49459

全国ワースト3位の不名誉な記録

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国からの地方交付税交付金に頼らないで財政運営する自治体がわずかながら増加してきた。総務省が7月末に発表した地方交付税の「不交付団体」は77団体と、前年度に比べて17団体増えたのだ。都道府県は前年度に引き続き東京都だけだが、政令指定都市川崎市が不交付団体になった。このほか、愛知県岡崎市田原市東京都国立市などが新たに加わった。企業業績の回復による税収増などが背景にある。

不交付団体の数は、2010年度の42を底に増加傾向にあるとはいえ、ごくわずか。全国の自治体は1765におよび、財政的に自立できているのは4%の自治体に過ぎないということになる。自治体の財政的な自立は不可能なのだろうか。

慢性的な財政赤字で全国ワースト3位になった不名誉な記録を持つ奈良県御所市。2008年に「財政非常事態宣言」を出し、2011年度決算で41年ぶりに一般会計の実質収支で黒字化。その後も黒字幅を増やし、地方債残高を減らしている。どうやって赤字体質と決別したのか。東川裕市長に聞いた。

――慢性的な財政赤字の体質にメスを入れました。何がきっかけだったのでしょうか。

東川 2008年に市長になるまで酒販店を営んでおり、まったく行政経験はありませんでした。財政が悪いというのは聞いていましたが、当選して改めて、「これはアカン」と愕然としました。

6月に市長になって9月には「財政非常事態宣言」を出しました。民間企業の経営で、赤字になればやる事は決まっています。支出を削って収入を増やすしかありません。まずは人件費の20%カットを打ち出しました。当然猛烈な反対です。県内外から反対派が集まってきてエライ騒ぎになりました。最終的に10%カットを実現しました。

また補助金も全額カットしました。様々な団体運営補助や同和関連の補助金なども全部切りました。

――御所市は水平社の発祥の地として、同和対策の長い歴史を持っています。そうした補助金も例外ではなかったのですか。

東川 ええ。7カ所あった隣保館を閉鎖し、市の施設として公民館に生まれ変わらせるなど、思い切った手を打ちました。

――市民の反応はどうでしたか。

東川 もちろん、色んな方が市長室に押しかけてこられました。反対する人はいましたが、驚いたのは、市民体育祭などへの補助を切ったところ、市民が自らおカネ集めをして体育祭をやろうという声が挙がったのです。「市にはカネがないんやから頼らんと自分たちでやろ」というわけです。市民との対話で、女性がすくっと立ち上がり、「今こそ御所市民の気概を見せましょ」と言ったのには感動しました。

切り札は「市税機動徴収課」

――収入を増やすというのはどういう事ですか。

東川 それまで低かった市税の徴収率を引き上げたのです。何しろ滞納繰越の多さも招集率の低さも県内一でしたから。払えるのに払わない市民がたくさんいました。払っていない事を自慢する人までいた。「市税機動徴収課」という部署を作って、高額滞納の解消に取り組みました。

お願いしても簡単には払ってくれませんので、徹底して差し押さえをやりました。給料や年金も差し押さえした。「市はそこまでやるんか」という本気度を見せる必要があったのです。2009年度に85.6%だった徴収率は2010年度には90.5%に上がり、2014年度は92.7%になりました。もちろん払えない人には分納誓約を取り付けて月々少しずつでも払ってもらうようにしたのです。

――その結果、3年後には実質収支を黒字にできたのですね。

東川 偉そうな事は言えません。要は何もやらなかったから黒字になったのです。おカネを出すことは一切やらない。市民も「市にはカネがないから、何かを頼んでも無駄や」という意識が定着しました。

ただ、そろそろ将来に向けておカネを使う必要が出てきました。御所も絵に描いたような少子高齢化地域です。このままではどんどん若い人が出て行ってしまう。今年6月は選挙だったのですが、5つの公約を掲げました。駅前と火葬場、市庁舎の整備、それに小中学校の統廃合と認定子ども園の整備です。

――小中学校の統廃合ですか。

東川 市内で去年生まれた子どもは125人でした。昨年よりさらに減っています。一方で現在、市内には7つの小学校と4つの中学校がある。これを全市で1つの小学校、1つの中学校に統廃合しようと提案しています。ただ、数を減らすだけではありません。ひとつにする以上は日本一の質の高い学校にする。教育の質を最高のものにすることで、御所市のイメージアップ、ブランド力のアップにつなげます。

私は、小さいころからのシチズンシップ教育が大事だと思っています。御所生まれであることに誇りを持ち、東京に出て行ったとしても地域に何らかの思いを寄せる子を育てたい。教育こそが町おこしの基本だと思います。

そのためには就学前教育から質の高いものにしなければなりません。御所市は貧富の格差が大きいのも問題なのですが、貧しい家庭に生まれた子どもが満足に学校も行かない貧困連鎖が起きてしまう。これを断ち切るには小さいうちからの教育が不可欠です。人口が減っていく中で、1人ひとりの人間力を高めなければいけません。

財政自立の可能性はあるのか?

――地域おこしの一環としての教育ですか。

東川 学校を一か所にまとめたら、そこに市民育成学校のようなものも設置する。地域の特産品の商品開発などもそこでやればいい。学校が町おこしの中核拠点になるようなイメージです。ですから、これは文部科学省の領域だけではなく、地域おこしの話だと政府にも言っています。

――市税の徴収率は上がったようですが、税収自体は減っています。

東川 そうなんです。税収を増やすには産業が盛り上がることが不可欠です。御所市には磨けば光る原石のようなものがたくさんあります。小規模農業にしても付加価値の高い農産物を売れば十分にやっていける。コメや山の芋は名産ですし、御所柿原種はこの地域から全国に広がっている。とにかく甘くて美味しい柿です。

御所町の古い街並みも外からいらした方たちから、是非保存すべきだと言われます。11月には行者が街中を練り歩く「霜月祭」という催しがありますが、その際には由緒ある町家を公開しています。知る人ぞ知るという感じでまだまだ観光資源としては生かし切れていません。

さらに、御所市には歴史の遺構がいたるところにあるので、まだまだ観光開発はやる余地があると思います。京奈和自動車道が全線開通すると関西空港から奈良に入る観光客が目の前を通るようになる。そのひとたちに少しでもおカネを落としてもらえるような仕組みを考えないといけません。

――産業振興がなければ、財政的な自立は難しいと思いますが、御所市がいずれ財政自立できる可能性はあるのでしょうか。

東川 自立は私のテーマですね。いまは夢のまた夢というところですが、これまでも「本気で自立した自治体を目指す」と職員にも繰り返し言ってきました。同和対策事業の予算として1500億円にのぼる巨額の資金が入っていました。それ自体はありがたい事だったわけですが、2001年にそれが終わると、財政は一気に苦しくなりました。特別交付税は一度もらうと、それに合わせた水ぶくれした財政構造になってしまいます。自立心を失わせてしまう負の側面もあったわけです。

立ちあがった自治体のこれからに注目したい。



東川裕(ひがしかわ・ゆたか)氏 1961年奈良県御所市生まれ。1985年関西学院大学法学部卒業。御所市商工会理事などを経て、2008年に御所市長に初当選。現在3期目

2016-08-17

2035年の働き方、常に「学び直し」が必要に 東京大学大学院教授 柳川範之氏に聞く

| 23:24

日経ビジネスオンラインに8月5日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/080400020/


 約20年後、2035年の日本人の働き方はどう変わっているのか──。厚生労働省が設置した「働き方の未来2035 〜一人ひとりが輝くために」懇談会(座長・金丸恭文・フューチャーアーキテクト会長)が8月2日、報告書をまとめ、塩崎恭久厚労相に手交した。

 1月に設置された懇談会には様々な分野から比較的若手のメンバーが集まり、12回にわたって議論。筆者もメンバーのひとりとして参加した。報告書はメンバーが分担執筆、それを金丸座長らでまとめたもので、官僚が執筆に関与していない型破りの報告書となった。

 懇談会の事務局長として報告書の執筆や調整、修文に力を振った柳川範之・東京大学大学院教授に聞いた。

日本成長戦略 40歳定年制 経済と雇用の心配がなくなる日

日本成長戦略 40歳定年制 経済と雇用の心配がなくなる日

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人工知能の発展などにより、世の中は猛烈な勢いで変わる

報告書がまとまりましたが、柳川先生の自己評価は。

柳川:大きな方向性を厚生労働省の中で打ち出すことができた意義は十二分にあると思っています。同一労働同一賃金など足下の個別の政策課題については、さまざまな会議体などで議論されていますが、ともすると目先の利害調整になってしまいます。長期的に政策全体がどちらの方向に進むべきか、働き方の未来について道筋を示せたと考えています。

 AI人工知能)の急速な発展など、これからの世の中は猛烈な勢いで変わっていきます。目先の政策のパッチワークではとても対応しきれない状況に直面しています。社会の変化に合わせて大胆に改革していくには、将来を見据える必要があります。

 後は、厚労省がこの大きな方向性に沿って、具体的な政策を作り上げていただければと思います。報告書をまとめた同じ日にさっそく、塩崎恭久大臣が省内に「働き方改革推進本部」を立ち上げていただきました。

「同一労働同一賃金」など個別問題には多様な見方

メンバーは多彩な方々が参加されましたが、大きな方向性についてはほぼ共有されていたように思います。

柳川:今回の懇談会での議論を通じて感じたのは、将来どうしたら良いのか、といった大きな方向性については、皆さんだいたい共通な思いを持っているということです。おそらくメンバーだけでなく、報告書を読んだ多くの方々にも共感いただけるのではないでしょうか。

 例えば、同一労働同一賃金といった足下の個別政策課題では、おそらくメンバーの間にも意見の違いがあったのではないかと思います。しかし、大きな方向性で一致したうえで、では今、何をやるべきか、どういう方向に改革すべきかを考えることは意味があると思います。

提言では、今後、多様な働き方がますます広がっていく中で、「今までの労働政策や労働法制のあり方を超えて、より幅広い見地からの法制度の再設計を考える必要性が出てくるだろう」という記述があります。

柳川:働き手と経営者の間できちんと働く事に関する契約を結ぶのが基本だと私は思っています。民法的な仕組みの中で発想することが大事です。もちろん労働契約は他の商取引とは違うという事は十分に理解しています。大事なのは、初めから特別だと別枠にするのではなく、どこがどう違い、どこから先を特別な法で手当てする必要があるか、それを時代の変化に合わせて考え直してみることです。

これまで抜け落ちていた対象に保護の網をかける

メンバーのひとりだった気仙沼ニッティング社長の御手洗瑞子さんが、これまで労働者の枠組みの中に捉えられて来なかった働く人々をきちんと包含する法体系、政策体系にすべきだと主張されていました。

柳川:ええ。なかなか調整の過程で表現は慎重になっていますが、その点はかなり書き込めたと思っています。今後、働く人の定義も保護の仕方も、規制のあり方も大きく変わってきます。これまで抜け落ちていた対象に保護の網を新たにかけ、あるいは、自由度を増しても大丈夫な働き手にはもっと自由度を与えることが必要でしょう。ただ、今後、どの法律をどう直していくのか、あるいは新しい法律を作っていくのかといった点については、専門家などの間でじっくり時間をかけて議論していくべきだと思います。

今の労働法や労働政策の枠組みが時代にそぐわなくなっている、と?

柳川:あえて抽象的な言い方をしますと、どんな学問領域でも、自分たちが前提にしていることが本当に「当然のこと」なのかどうかを、絶えず考えていく必要が出てきました。とくに技術革新が猛烈に進む中で、これまでの常識が大きく揺らいでいます。アカデミズムに携わるものとして、非常に面白い、チャレンジングな時代になったと思います。

仕事を提供する側と働き手が対等な関係で契約を結ぶためには、企業などがどんな働き方を求めるのか正確に開示する必要があると報告書にあります。いわゆる情報の非対称性ですが、それが無くなることはない、という批判もありますね。

柳川:労働分野に限らず、情報の非対称性を完全に無くすということは不可能です。ただし、大きな情報格差を是正していくという方向性は大事です。いつまでも企業は正しい情報は出さないという前提で、働き手を弱者として保護し続けなければならないとするのは間違いでしょう。とくに情報関連の技術革新は急ピッチなので、これまで私たちが前提にしていないような情報共有の仕組みができるかもしれません。

 ひと昔前だと、営業の担当者が社外で何をやっているか把握する術はありませんでした。今ではどこまで実際にやるかは別としてGPSを付ければ、どこにいるか一目瞭然です。実際、タクシーや運送業界では通行ルートなどを記録するのが当たり前になっています。

ブラック企業を見極める眼も大切

企業と従業員が対等な関係になることなど絶対にあり得ないという批判も出ています。

柳川:実は働く人の教育というのをきちんとやっていませんでした。そもそも契約とはどういうものなのか、契約を結ぶ際の心構えはどうあるべきか。考えてみると学校教育ではほとんど教えていません。ブラック企業などを厳しく罰するのも大事ですが、そうしたブラック企業には行かないような選択眼を持つ必要があります。

一つの会社にこだわらず、違う会社で働くようになるのが自然

柳川先生には『日本成長戦略 40歳定年制』というご著書もあります。今回の報告書にはそうした先生の持論は盛り込めたのでしょうか。

柳川:報告書全体を通して、20年後には1つの会社で一生働くという働き方だけでなく、違う場所、違う会社で働くようになるという姿が自然になっているという前提になっています。これは私がかねて言ってきた「40歳定年制」と整合的です。

 その場合の大きなポイントが「学び直し」です。報告書では生涯教育と書きましたが、人生の長さに比べて社会変化のスピードが速くなることで、常にスキルアップすることが重要になります。40歳ぐらいで自分の専門性が出来上がり、スキルアップのチャンスがある。これが私の一番言いたい事です。

多様な人たちが活躍できる社会になることが大事

報告書のような自立した個人が自由な働き方をする社会というのは、個人にとっても大変な社会ではないのでしょうか。

柳川:高い能力のある人にとっては良い社会だと書いたつもりはありません。この点は是非理解していただきたいですね。技術の進歩によって、多様な人たちが活躍できる社会になることが大事です。セーフティネットは最終的には国の責任かもしれませんが、新しい形の様々なコミュニティが支え合う役割を果たすようになると考えます。

解雇の場合の補償金を契約書に盛り込んでおく方法も

契約をしても会社が傾いたり、個人の能力が失われたりすれば、契約を解除するケースも想定されます。

柳川:ここはかなり議論があり、表現は相当丸くなっていますが、私個人は、労働契約をはじめに結ぶ段階で、解雇など想定される場合の条件をできるだけ決めておくことが重要だと思っています。もちろん、あなたの事は会社が潰れない限り解雇しません、という契約があっても構いません。例えば解雇する場合に支払う補償金を契約書に盛り込んでおくことは、働き手の保護に役立つのではないでしょうか。

働く側は力関係が弱いので不利な契約が結ばされるという声もあります。

柳川:そうした不利な契約を結ばないために教育と並んで、契約前に働き手の側に立ってアドバイスするサービスなどが出てくるでしょう。労働組合がこうしたサービスを提供するようになるかもしれませんし、新しい組織が生まれてくるかもしれません。

 もちろん、なかなか十分に働けない絶対的な弱者も存在します。もちろんそうした部分は社会福祉で支える部分かもしれませんが、そうした絶対的弱者をできるだけ少なくしていくための教育が重要になってくると思います。最終章に教育のあり方を書いたのはこうした理由です。是非とも報告書をお読みいただきたいと思います。


【報告書】ダウンロード先(厚生労働省

働き方の未来 2035 〜一人ひとりが輝くために