「東日本大震災、CDS危機説・・・保険会社はどうなるのか」 ”世界の保険監督者の元締め”IAIS事務総長 河合美宏氏に聞く

 スイスのバーゼルには国際金融市場に関わる国際組織が集結している。中央銀行の銀行である国際決済銀行(BIS)や銀行の規制当局の集まりであるバーゼル銀行監督委員会とともに、保険業界の各国の規制当局の集まりである保険監督者国際機構(IAIS)もある。来日した河合美宏・事務総長に、今回の東日本大震災の世界の保険業界への影響や、議論が進んでいる世界の金融規制の枠組み作りなどについて聞いた。

磯山: 今回の東日本大震災による世界の保険業界への影響は。

河合: 日本の地震保険は保険会社が引き受けた保険のリスクを再保険として政府が一定規模で引き受ける仕組みが出来ています。地震という自然災害リスクでこうした仕組みが出来上がっている国は珍しいと思います。

もちろん、民間の再保険会社、例えば、ミュンヘン・リーやスイス・リーといった大手が、日本の損害保険会社の保険リスクの一部引き受けていたため、支払いを行っています。しかし、世界の保険・再保険の仕組みを揺るがすような影響は出ませんでしたし、今後も出ないと見ています。

磯山: 日本の地震保険の支払いは1150億円を超えると約2兆円までは、民間と政府が折半して負担し、約2兆円から5兆5000億円までは政府が95%を負担する仕組みになっているようですね。

河合: はい。それに地震保険の加入率は残念ながら例えば宮城県でも3分の1で、保険対象の金額も火災保険の半額までという仕組みになっています。地震保険の一層の普及が大切であると思います。

ハリケーンカトリーナが米国を襲った2005年は自然災害が相次いだ年で、再保険会社の支払いが膨らみ赤字に転落しました。しかし保険会社は想定を超えるような異常災害に対して支払い準備金を積んでおり、いざとなれば、この取り崩しもできます。よほどの事がない限り、世界の保険会社のシステムが破綻することはありません。

磯山: 自然災害が金融システムに大きな影響を与えるようになっていると思いますが。

河合: 経済のグローバル化に伴って、世界の様々な仕組みが相互に連関するようになっています。便利になった分、1つがおかしくなった時の影響が他にも及ぶようになったのです。

 昨年、アイスランドで火山が噴火した際、欧州の航空便がストップし、経済に大きな影響が出ました。今回の震災でも直接の被害を受けなくともサプライチェーンが寸断されたことで生産が止まるケースが相次いでいます。この相互連関性というのが、まさに今、国際金融の世界で議論されていることなのです。

磯山: どんな議論が行われているのでしょうか。

 2008年のリーマンショックは、リーマン・ブラザーズという銀行が破綻したことがきっかけとなり金融システムの機能が損なわれ、世界的に予想を超える経済的なマイナスの影響が出たわけです。これは金融界の想像を超えるものでした。Too big to fail(影響が大きく潰せない)という存在があるということを思い知らされたわけです。

 そこで、リーマンショック以降、金融システム上重要性の高い金融機関に対しては、国際的な規制を厳しくする、という方向で話が進んでいます。

磯山: 議論はリーマンショックの翌年に作られた国際組織のFSB(金融安定化理事会)で行われていますね。

河合: もともとはFSF(金融安定化フォーラム)と言って、世界の金融規制当局幹部が集まる会議体でしたが、G20(20ヵ国・地域首脳会合)で、世界的な金融規制強化の一環としてFSB(金融安定化評議会)に改組されました。FSFの時代は年に数回の会議でしたが、FSBは毎週のように会議をしています。スイス・バーゼルにある事務局も体制が格段に充実されています。

磯山: IAISのような金融規制の国際組織がFSBに一体化していくということでしょうか。

河合: 金融規制は各国に権限があり、国際的な規制組織との関係は非常に微妙な問題です。われわれIAISも銀行を監督するバーゼル委員会も、証券を監督するIOSCO(証券監督者国際機構)も独立した組織ですが、密に連携するようになっています。

磯山: 「金融システム上重要な金融機関」の選定作業は進んでいるのですか。

河合: 銀行に関しては今年の夏までにその選択基準を公表しコンサルテーションにをかけることになっています。金融システムとの連鎖度合い強く、機関としての代替性がなく、規模が大きいもの、という考え方です。個別の金融機関にとっては国際的な規制の対象になるかならないか、という問題ですので、関心は非常に高いですね。

磯山: 保険会社で対象になるところもあるのでしょうか。

河合: 保険については来年の早い時期に選定基準を公表しコンサルテーションにかける可能性があります。しかし、保険業界の場合、保険会社が世界的な金融システムに影響を与えるような存在かどうか、というそもそも論があります。もちろん米AIGのように、破綻が金融システムを揺るがした例があります。しかし、AIGは金融コングロマリットとして投資銀行的な業務を持っていたからで、保険会社単体としては金融システムに波及するような影響力を持っていないのではないか、という考え方です

磯山: 2004年頃でしょうか。保険会社が銀行の貸出先の倒産リスクを引き受けるCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)を大量に抱えているのではないか、と言われた時期があります。

河合: しきりに噂が出て、当時のFSFの場でも議論になりました。それで調査をしたのですが、結局、保険会社はそれほど大きなリスクを抱えていない、という結論になりました。

磯山: そうした国際的な規制論議に日本も付いていけているのでしょうか。

河合: 日本の金融庁も国際部門の強化が進みました。最近は日本がいろいろ提案する場面が増えています。昔にくらべると存在感は格段に高まっていると思います。

聞き手 磯山友幸
現代ビジネス 201105014アップ
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/3222