自民党の「日本再生ビジョン」がメスを入れた日本の成長阻害要因とは?

自民党の日本再生本部がまとめた「日本再生ビジョン」はこれまでの成長戦略とは違い、かなり日本の構造問題を壊すための各論が含まれているように思います。これから政府の成長戦略への反映作業が始まりますが、霞が関や経済界はおそらく強硬に抵抗するのではないでしょうか。要注目です。現代ビジネスに原稿を書きました。→ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/39385

自民党の日本経済再生本部(本部長・高市早苗政調会長)は5月23日、政府の成長戦略の見直しに向けた党側の具体的な提案を盛り込んだ「日本再生ビジョン」を発表した。週明けの26日には高市氏が官邸に安倍晋三首相を訪ねてビジョンを手渡した。政府は6月にも見直す成長戦略の中に取り込む方針だ。

日本の成長を阻害する「根本問題」に踏み込んだ
自民党は昨年8月から43回にわたって日本経済再生本部の会合を断続的に開催し、有識者や政府関係者などから意見聴取を行ってきた。一方で、中堅議員が主査となって個別テーマについて具体的な政策を検討してきた。

テーマグループは、①起業大国推進(主査:平将明衆院議員、サブ:長谷川岳参院議員)②金融資本市場・企業統治改革(主査:柴山昌彦衆院議員、サブ:鈴木馨祐衆院議員)③労働力強化・生産性向上(主査・塩崎恭久衆院議員、サブ:山本朋広衆院議員④女性力拡大(主査:あべ俊子衆院議員、サブ:伊藤良孝衆院議員)⑤地域力増強(主査:若林健太参院議員、サブ:岩井茂樹参院議員)の5つ。

それぞれ主査が中心となり、具体的な政策を検討したうえで、所管官庁との最終的な折衝なども行った。

今回、自民党が取り組んだのは、日本経済がなぜ成長軌道に乗らないか、という根本原因の排除。テーマを見ても分かるように、一見地味な個別テーマが並ぶが、いずれも日本的な慣行などが根強く残って成長を阻害していると見られる分野だ。政府の成長戦略が「農業」「医療」といった「大玉」の岩盤規制の打破を掲げている一方で、自民党はさらに「根本問題」に踏み込んだ印象が強い。

デフレ下の「縮み経営」に終止符を!
取りまとめの中心的な役割を担った党日本経済再生本部・本部長代行の塩崎恭久政調会長代理は、「日本企業が成長に向けて動き出す、あるいは動き出さざるを得なくなるような政策を掲げた」と語る。

掲げたビジョンは7つ。

1)強い健全企業による日本再生

2)豊かさ充実に向けた公的資金改革

3)人間力の強化

4)日本再生のための金融抜本改革

5)起業大国No1の実現

6)輝く女性の活躍促進

7)成果の実感と実現を地方から

である。

中でもまっ先に掲げられているのが日本企業の経営力を強化させるための方策だ。コーポレート・ガバナンス(企業統治)を強化することで経営陣の背中を押し、企業の利益率を高めさせようというのだ。言うまでもなく日本企業の収益性は世界的に見て低いうえ、手元に資金を抱えてリスクのある事業になかなか投資をしようとしない。デフレ下の「縮み経営」に終止符を打とうというわけだ。

株式持ち合いの抑制などに抵抗する「霞が関
具体的には法人税減税と並んで、株式持ち合いの解消や株式持ち合いの抑制策の導入、独立取締役の導入促進、そして、コーポレート・ガバナンス・コードの制定、企業再生に関する法制度の見直しなどが盛り込まれている。

こうした「日本型」とも言われる制度にメスを入れることで、日本企業の「緩み」を打破しようと言うわけだ。柴山議員らのグループによる提案に対して、当初は金融庁法務省は「現状維持」を主張するだけで、まったく改革する姿勢を見せなかったが、主査を務めた柴山議員らの強硬な姿勢に、霞が関も後退を余儀なくされた。

株式持ち合いの解消については昨年の党再生本部の「中間提言」にも盛り込まれていたが、金融庁法務省は完全に「無視」を決め込んだ。柴山氏ら自民党議員の問題意識は、株式の持ち合いによって経営者が事実上白紙委任を受けた状況になっていることが「甘い経営」を許しているという点。特に、銀行が企業の株式を安定的に持っている「政策保有」が「物言わぬ株主」につながっている、とみているのだ。

昨年の成長戦略を受けて金融庁は、機関投資家が株主として行動するようルールを定めた「スチュワードシップ・コード」の制定に踏み切った。ところが、機関投資家がいくら株主としての利益拡大を求めたとしても、「物言わぬ株主」が過半を支配しているような株式保有構造が続けば何も意味をなさない。株式持ち合いの見直しを改めて自民党の提言が求めているのはこのためだ。

株式持ち合いの禁止など規制の強化については法務省金融庁は抵抗し続けている。背後には経営者団体などの根強い反発がある。コーポレート・ガバナンスの強化は経営者からフリーハンドを奪うことになりかねないからだ。どこまで政府の成長戦略に盛り込まれることになるか、注目が集まりそうだ。

コーポレート・ガバナンスの強化については、海外の投資家などが注目している。日本企業の「緩い」経営が変化すれば、潜在力のある日本企業は利益率が大幅に改善すると見ているためだ。それだけに、政府の成長戦略が、自民党提言を無視するのは難しそうだ。

企業のあるべき姿を示すコーポレート・ガバナンス・コードの制定については、政府の成長戦略にも盛り込まれる可能性が高い。金融庁内にも異存が少ないためだ。金融庁東京証券取引所で共同の事務局を立ち上げ、有識者による会議を開くことを自民党提言は求めている。

話題の「プロ野球16球団構想」はごく一部
二番目の公的資金改革は年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の改革を盛り込んだ。また、大学の保有する資産の運用についても、体制強化などを求めている。

三番目は働き方の見直しである。「多様な正社員」の拡大や、労働対価の考え方の柔軟化などを盛り込んだ。また、公正公平で透明性の高い雇用ルールを確立すべきだ、ともしている。外国人技能実習制度の拡充など、労働力不足が指摘される中での外国人労働力についても提言をしている。

四番目は金融抜本改革。これは一番目のコーポレート・ガバナンス改革と表裏一体の関係でもある。地域金融機関を強化することで、地方経済の活性化につなげようという発想だ。

具体的には地域金融機関の合併を促すことで「スーパー・リージョナルバンク」を創設することなどを提言している。また、日本の資本市場について「4年以内に世界の代表的市場としての評価を必ず確立」すると明記。ひとつの取引所で株式や商品先物などを一体的に売買できる総合取引所の早期実現などを求めている。

さらに、国際会計基準IFRSなど、企業の情報開示の国際ルールへの一本化も課題として掲げている。

提言の内容は盛りだくさんで、すでに政府の成長戦略に盛り込まれているテーマと重なるものも多い。六番目の「輝く女性の活躍加速」は安倍首相の肝煎りで、政府でも成長戦略の1つの柱として様々な改革が始まっている。自民党では配偶者控除のあり方の検討を求める一方で、子育てや介護でベビーシッターやハウスキーパーなどを使った際の費用を税額控除する「家事支援税制」などの検討を求めている。

テレビなどが取り上げた「プロ野球16球団構想」は、最後の地域活性化策の一案として示されているものだ。また、世界遺産と同様に日本国内の「日本遺産」を指定することも提案している。こうした様々な新しいアイデアで日本を元気にしていこうという政策パッケージ集と言ってもよいだろう。

この自民党の「日本再生ビジョン」を受けて、政府の産業競争力会議(座長・安倍首相)が成長戦略の見直しをまとめる。

競争力会議と規制改革会議が先行して「農業」分野の見直し提言などを行っており、自民党の「日本再生ビジョン」には農業や医療などは省かれた。特定の業界団体など抵抗勢力があまりいないが省庁が規制を握っている分野ならば、政府も改革策を打ち出しやすい。自民党のビジョンのどこを取り上げ、どこを「ボツ」にするのか。安倍内閣の改革に向けたスタンスが見えてくる。