若手向けにビジネス予備校 岡村進・人財アジア社長 「世界で生き残れる、変革心のある人を育てたい」

元UBSの日本法人の社長だった岡村進さんのインタビューが毎日新聞社の「週刊エコノミスト」10月14日号に掲載されました。編集部のご厚意で以下に再掲させていただきます。是非エコノミストをご購読ください。→http://www.weekly-economist.com/

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国際化を迫られる企業の中で、世界で闘える人材に自分自身がどう変わるか。そんな危機感を持つ若手ビジネスパーソン向けの予備校設立を目指す。キーワードは「グローバル」と「資産運用」。外資系金融機関社長の職を辞して2013年7月に起業した。(聞き手 磯山友幸 ジャーナリスト)


 問 外資系金融機関の日本のトップの座を投げ捨て、昨年「人財アジア」という会社を立ち上げました。なぜ人材育成会社なのですか。

 岡村 このままでは日本は沈んでしまうという猛烈な危機感があります。世界で進むグローバル化に、日本企業も日本社会も、日本のビジネスパーソンも付いていけず、取り残されている。今こそ本気でグローバル人材を育てないと、取り返しがつかないことになると思ったのです。
 ちょうど2012年末に安倍晋三内閣が発足してアベノミクスを掲げました。日本のグローバル化を進め、世界で最もビジネスのしやすい場所にすると宣言した。自分自身が長年考えてきたグローバル人材教育を始めるラストチャンスがやってきたと感じました。

幹部・社員に「火をつける」
 問 東京・丸の内にビジネスパーソンのための予備校を作ろうと準備しているそうですね。
 岡村 今、三つの事業を始めています。一つは企業が社内で行っている社内研修の受託です。日本の大手金融機関などからグローバル人材教育、資産運用教育などの研修を請け負っています。年間契約で人事制度の運営コンサルティングのようなこともやっていますが、基本は私の思いが実現できるところに限っています。また、受講する社員との個別面談もできるだけやらせてもらうようにしています。今、日本企業の経営者の多くは「変わらなければいけない」と変革を求めています。そうした企業で幹部や社員に「火をつける」役割を担っています。
 二つ目が外部の研修会社の講師受託です。外部の企業が企画運営する「課長塾」といった人材育成コースの一部分を私が受け持つわけです。
 そして、最終的な目標が予備校の立ち上げです。来春のスタートを目指して準備を進めており、名称も「EATビジネス予備校」(EAT=Education for AsianTalents)とすることにしました。対象は丸の内を中心とするビジネス街で働く若手から中堅の社員。自らがグローバルに通用するための、思考法やスキルを身に着けてもらう目的です。月額3万5000円の受講料で、初年度30人程度を考えています。

 問 どんなスキルを教えようと考えているのでしょうか。
 岡村 グローバルを縦軸、資産運用を横軸に据えたマトリクスを考えています。資産運用に必要な知識やモノの見方を教えてくれるところは、なかなかありません。単に資産運用を仕事にしている人という意味ではなく、ビジネスの世界をより深く理解するには、世界のおカネの流れや数字の読み方を知る必要がある。質の高い情報の獲得法やIT知識、コミュニケーションスキルなどを、私だけでなく、私の人脈の講師陣にも教えていただきます。
 1年間のコースで基本は土曜日。講義を月2回行い、残る2回は生徒や講師がフリーに討論できる場を提供しようと考えています。大学の講義のような一方通行ではない、実地に即した双方向の授業方法を取り入れたいと思います。

 問 ビジネス予備校というと、資格を取ったり、英語を勉強するための学校かなと思いますが、違うのですね。
 岡村 まったく違います。日本人はすぐに資格が必要だとか、英語の試験の点数が良くなければ、国際的に通用しないと考えます。でもそんなことはない。英語は後でもよいのです。それよりも国際的な仕事の仕方とは何なのか。グローバルに活躍するビジネスマンの常識とはどんなものか、それをまず知ることが重要なんです。

 岡村さんは大学卒業後、第一生命保険に入社。20年のうち3度にわたって米国で働いた。シティバンク米国本店の審査部でトレーニー(研修員)として働いたほか、米国運用子会社の社長も務めた。スイスに本社を置く金融大手UBSの資産運用部門の日本法人、UBSグローバル・アセット・マネジメントに移籍した後は、グローバル金融の世界で働くビジネスパーソンと日々付き合ってきた。

日本と世界のギャップは大 

 問 グローバル人材の定義は何でしょうか。
 岡村 異なる価値観をまとめながら、シナジー効果を生み出して、より大きな成果を創出できる人。私はそう定義することにしています。世界には多様な人材がいます。文化も生活習慣もまったく違う。そうした多様な人材がいるというのが、国際ビジネスの世界では当たり前です。日本のような画一的な文化を前提とした企業や社会では、リーダーがはっきり方針を示さなくても、何となく言いたいことが通じて、社員も付いてくる。社員は不満があっても口に出しません。
 しかし、国際ビジネスの世界では、口に出して言わなければ誰も分かってくれません。不満を言わなければ、満足していると誰もが思うのです。日本がグローバル化していく過程で、このギャップは大きいのではないでしょうか。
 問 当初は、日本的な人事制度にも良い点があると考えていたのですね。
 岡村 ええ。終身雇用を前提に和気あいあいとやるのはプラス面も多いと考えていました。外資に移った時は部長だったのですが、当初、私は日本式で通用するのではないかと考えました。部下にいろいろ意見を聞いたり、「もっと人を育てろ」というようなことを言いました。すると、しばらくして、部下が誰も付いてこなくなったんです。完璧に浮いてしまったわけです。
 部下にすれば、リーダーとしてきちんと方向を示さない部長など信用できない、というわけです。また、「人を育てろ」というのは、「自分のポストを誰かに明け渡せ」と言っているように聞こえたのでしょう。まったく、外資のリーダーとしては失格でした。やはり、これは国際標準でやらなければ務まらない。そう考えてやり方を180度変えました。
 問 国内には、グローバル化を急ぐと、日本的経営の良さが失われるのでは、と懸念する声があります。
 岡村 私は人事部にいたこともありますので、日本の人事管理制度の素晴らしさ、良さも十分に知っています。でも、それが世界に通用するかどうか。一般的に日本企業は人に優しいと言います。終身雇用で会社が傾くギリギリまで人をクビにしない。聞こえは良いが、逆に言うと、とことん行き詰まった危機のどん底で社員は放り出されることになるわけです。
 欧米の会社は、会社が完全に追い詰められる前の早い段階で、レイオフやリストラをやります。むしろ、景気が回復期に入って社員が転職しやすい時期などにリストラをやる。世の中の景気がどん底の時に切らないのは、訴訟リスクなどが大きくなるという判断もありますが、結果的に社員にとっては日本企業とは違った意味で優しさにつながる側面もあるような気がします。

 岡村さんがUBSで日本の責任者を務めていた時期は、世界の金融機関がサブプライムローン問題に直撃されて破綻の危機に直面し、その後、復活に向けて格闘していく時期と重なった。UBSも創業以来の危機から立ち直る過程で、大規模なリストラなどを実施。それを目の当たりにしてきた。

 問 日本企業は変わることができるのでしょうか。
 岡村 トップダウンで日本企業を国際標準に変えていくのは難しい。今のシニア層が今の制度を壊すのは難しいからです。自分を社長に据えてくれた先輩経営者やOB、自分を支えてくれる取締役を、ルールが変わったと言って厳しく切り捨てることはできないでしょう。
 外資系で働いていると、社員一人一人が「本能で伸びる」ことに一生懸命なのが分かります。個人の貪欲さを生かすことで、組織もパワーアップする。日本企業は長年、そうした個人の本能、貪欲さを抑圧してきたわけです。それが組織だと思ってきた。私は、若い人たちの働き方や価値観が国際標準に変わっていけば、結果的に日本企業の組織も変わっていくのではないかと考えています。それが私のアプローチなんです。

納得できる稼ぎ方を

 問 だから教育なのですね。外資の社長という、金銭的にはかなり恵まれた立場にいたのに、それを捨てて起業することにためらいはなかったのですか。
 岡村 確かに恵まれていましたね。自分自身は誰よりも欲深い人間だと思っています。一国一城の主と言いますが、城が三つぐらい欲しくなるタイプです。高給を追いかけるようになると、フェラーリを5台ぐらい持って、それでも満足できないようなことになりかねない。だから早めに捨ててしまおうと考えたのです。でも、世捨て人になったわけではない。今の会社を成功させ、大金持ちになるつもりでいますよ。
 ただ、金融界で長年お世話になって言うのも何ですが、納得できる利潤率、稼ぎ方というのがあると思うんです。やはり金融には「もうけ過ぎ」が批判されるように、虚業の部分がありますから。
 問 おカネにとらわれるのは嫌だと。
 岡村 胸を張れる稼ぎ方をしたい、ということです。研修でも若い人たちに、「おカネは大事だ」と言っています。海外の企業がすっきりしているのは、稼ぐためにビジネスをやっているのだよねという認識を、全員が共有していることです。株式会社ですから、長期的に利益を上げ続けることが基本。持続的な利益を追い求めることが顧客第一、社員第一につながっている。そう言って、社員研修で火をつけているんです。もっと貪欲になれ、自分自身のために腕を磨け、そうすればそれが結果的に会社のためになる、と言っています。国にも企業にも依存しないで、自分自身が仕事力を身に着けろ、と。
 今の大学生と話していると、やる気もあって優秀な人が多い。ところが社会に出て働き始めると、半年か1年ですっかり牙が抜けてしまう。組織への依存心が芽生えて、生存本能を失ってしまうのです。研修では、本能に従って思い通り素直に生きることが大事だ、と初心を呼び覚ますわけです。わがままに生きろ、と。ですから、会社の社員研修を引き受ける際、私の講義を聞くと10人中1人か2人は会社を辞めてしまうリスクがありますよ、と担当者には言っています(笑)。

「生き残る力」が必要

 問 世界ではどんな人材が生き残れるのですか。
 岡村 スキルと経験・実績があって、そこに変革心や気合いのようなものがある人が生き残る。どんなに能力や経験があったとしても、変革心がなければ生き残れません。まして、気合いがゼロだったら絶対に勝負には勝てない。
 日本企業は欧米企業に比べてモノカルチャーです。阿あ うん吽の呼吸ですべてが分かる、空気が読める人が重用される。会議の根回しなど欧米人にはほとんど理解不能です。議論しない会議はやる意味がない。互助組織のような緩い社風でやってこられた時代は幸せだったかもしれません。
 問 日本の公教育でも、グローバル人材を目指す教育が始まっているのではないのでしょうか。
 岡村 グローバル人材に対する認識が間違っています。英語教育や試験による資格制度をいくら作っても、本当のグローバル人材は絶対に育たない。グローバルビジネスの世界で求められるのは「生き残る力」です。いくら英語がすらすら話せるからと言っても、それだけでは生き残れません。
 私が20年お世話になった第一生命には、ギネスブックにも載ったカリスマ営業レディーの柴田和子さんがいます。彼女は英語はできませんが、米国の大会に招かれて5000人の前で丸暗記した英語のスピーチを行い、大喝采を浴びました。セールスの極意をユーモアを交じえて語ったのです。
 英語が上手かどうかではなく、伝える中身があるかどうか。まさに人間力の勝負なのです。そうした人間力を磨く教育を早い段階から始めることです。小学校から英語をやれば済む、という話ではありません。
 問 学生を対象にしたグローバル人材教育は考えないのですか。
 岡村 立ち上げるビジネス予備校の受講者は30〜40代を想定し、「サムライ」を育てようとしています。また、社名からわかるようにアジアからの人材受け入れも目標にしています。もちろん女性もです。欧米の強さは多様性にありますから。
 本来は中学生、高校生の教育にも携わりたいのですが、これはビジネスにはしにくいので、社会貢献で出張授業などをやっています。先日、品川女子学院の漆紫穂子校長の招きで授業をしました。
 問 アベノミクスは日本をグローバル化する方向に大きくかじを切りました。
 岡村 ここで変わらなければ、20年後の日本は間違いなく貧しくなります。安倍首相は頑張っていますが、トップダウンでやり切るのは簡単ではないでしょう。ですから、個人の本能を解き放つことが大事なんです。個人が変わることで会社が変わり、国も変わっていく。ボトムアップの変革です。それに私の事業が少しでも貢献できればと思っています。