3月歌舞伎座 千本桜通し 昼の部

kenboutei2007-03-04

先月の『忠臣蔵』通しに続き、今月は『千本桜』の通し。今日は昼の部だけ観たが、完成度は今月の座組の方が高そう。久し振りに、歌舞伎のメイン・ディッシュを御馳走になった感じ。
「鳥居前」菊五郎の忠信。この場の忠信は荒事で、荒事役者としては小柄な菊五郎だが、舞台正面で両手両足を広げた時は、実に大きく見えた。火焔隈が立派。ただ、目元の黒のアイライン(?)がはっきりしすぎて、さいとうたかをの劇画タッチの顔になっていたが。
弁慶もこの場では隈取りだが、左團次はどこか世話じみて違和感があった。
この場の前に起こった、鎌倉方の土佐坊らを弁慶が勝手に殺して義経が窮地に陥る件は、台詞で説明するだけだが、去年の文楽ではその段を出していたので、今日はその流れをきちんと理解して観ることができた。(これまでも「鳥居前」は何度も観ているが、弁慶がいきなり義経に打擲されるのが、筋では理解していても何となく唐突感がある。歌舞伎でも「堀川御所」をやるといいのだが。)
梅玉義経はさすがに持ち役で品格充分。静御前福助は神妙。四天王に役者が揃っているのが嬉しい。
「渡海屋・大物浦」藤十郎典侍の局が超絶。女房お柳の時のやわらか味と、典侍の局になってからの手強さ。特に、お柳については、夫銀平との日和見のやりとりを紹介する「しゃべり」が見どころとよく解説されているが、今までこのしゃべりで面白いと思ったことはあまりなく、また何故面白いかもわからなかったのだが、藤十郎のしゃべりは全く緩急自在で、落語か漫才を聞いているような感じすらする面白さで、さすがに台詞劇を得意とした元祖藤十郎の名を継いだだけはある。更に、典侍の局として、女房姿のまま、白装束となった知盛を送り出す時の、一転して骨太な台詞廻しも、藤十郎ならではの味である。「大物浦」での、「いかに八大竜王」の台詞も立派の一言。昼の部で一番どころか、自分の観たこれまでの典侍の局の中で一番良かった。(但し、死んだ宗十郎は別。)
幸四郎は、「渡海屋」の銀平、知盛の方が良く、「大物浦」の知盛は平凡。知盛の持つ妖気が、時間が経つに連れて薄まって行き、最後の入水まで、壮絶感はあまり感じられず、淡白な印象であった。良く言えば、品のある演技。
左團次の弁慶は、「鳥居前」よりニンに合っていた。「渡海屋」では、安徳天皇のお安を実際に跨いでから足が痺れる型で、跨ごうとして跨ぎきれない型に比べると、ちょっとせわしない感じがした。
とにかくこの二場は、山城屋の芸が際立つ舞台成果であった。
吉野山山城屋も凄かったが、静御前芝翫も珍しく奮闘。花道の出、そして花道での所作が、実に味わい深い。一つ一つの動きが、ゆっくりではあるが決して流しておらず、身体に一本どっかと芯が通っており、これぞ歌舞伎の所作であると感じ入った。こういう芝翫を観るのも久し振りである。
中央で菊五郎と一緒になってからは、ちょっとうとうとしてしまったが、女雛男雛のところなどは、文句のつけようのない、古風な絵面の美しさが漂っていた。
御馳走の仁左衛門の逸見藤太がこれまた傑作。立ち回りでも積極的に菊五郎芝翫と絡み、今月出演の役者名や屋号を散りばめた台詞も楽しい。
・・・まだ昼の部だけだが、先月とは違い、今月は、今の歌舞伎での『千本桜』の決定版となるのではないかという期待を胸に、再来週、夜の部へ。