ハーツクライ

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ハーツクライ

生年月日2001年4月15日生まれ、牡、鹿毛
生産者社台ファーム北海道千歳)生産
サンデーサイレンス
アイリッシュダンス
母の父トニービン
馬主(有)社台レースホース
管理調教師橋口弘次郎栗東
競走成績19戦5勝(うち海外2戦1勝)
主な勝ち鞍若葉S 京都新聞杯 有馬記念 ドバイシーマクラシック
(2着・日本ダービー 宝塚記念 ジャパンC
備考2005年JRA賞最優秀4歳以上牡馬


ハーツクライ栗東トレーニングセンター橋口弘次郎厩舎に所属した引退競走馬。父はサンデーサイレンス、母は重賞2勝を含む9勝を挙げた名牝アイリッシュダンスで明け3歳のデビュー。きさらぎ賞を3着で折り返し、若葉Sに勝ち権利を獲得して皐月賞に出走したものの14着、ダービートライアル京都新聞杯を制し挑戦した日本ダービーキングカメハメハの2着。以降古馬戦を含む第一線の道を歩んだものの、ダービー2着以上の成績を挙げることは出来なかった。

古馬となってからも常にGIを選んで使われ、宝塚記念スイープトウショウのクビ差2着。レコードタイムでの決着となったジャパンカップアルカセットのハナ差2着と勝ちきれないレースが続いた。しかしながら4番人気で挑戦した有馬記念ディープインパクトを封じ初のGI制覇を達成し、既に社会現象化していたディープインパクトを破った馬として一躍有名となった。また年明け緒戦のレースに海外首国GIドバイシーマクラシックに出走すると、これを4馬身1/4もの差をつけ優勝し充実ぶりを示した。このレースをもって陣営は2006年7月の英国キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスに挑戦したものの、3着に敗れた。しかしながらこのレースの内容的評価は高かった。

2006年秋シーズンは休養を挟みぶっつけでジャパンカップに挑んだが、2番人気に支持されたものの見せ場無く10着に敗れた。レース前の段階で喘鳴症が判明しており、同年11月28日に橋口調教師社台ファーム代表吉田照哉氏の協議で引退が決まった。2006年11月30日付で競走馬登録を抹消され、2007年から社台スタリオンステーション種牡馬入りする。


ハーツクライの血統


サンデーサイレンス
*Sunday Silence
Halo Hail to Reason Turn-to
Nothirdchance
Cosmah Cosmic Bomb
Almahmoud
Wishing Well Understanding Promised Land
Pretty Ways
Mountain Flower Montparnasse
Edelweiss
アイリッシュダンス トニービン
*Tony Bin
*Kampala Kalamoun
State Pension
Severn Bridge Hornbeam
Priddy Fair
ビューパーダンス
*Buper Dance
Lyphard Northern Dancer
Goofed
My Bupers Bupers
Princess Revoked


リスト::競走馬

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