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ル・コルビュジエ

アート

ル・コルビュジエ

るこるびゅじえ

Le Corbusier 1887-1965。スイス生まれのフランス建築家建築理論家・都市計画家・画家。ル・コルビュジエ=ソーニエとも名乗る。本名はシャルル・エドゥアール・ジャンヌレ=グリ。

郷土のラショードフォンでは装飾芸術を学ぶが、当時教師だったレプラトゥニエのすすめで建築を志す。パリのオーギュスト・ペレとベルリンペーター・ベーレンスのアトリエで短期間であるが働いている。ウィルヘルム・ヴォーリンガーの弟子でもあったオーギュスト・クリプシュタインとともにギリシアへの旅に出、その経験は『東方への旅』としてまとめられる。

第一次大戦に前後してドミノ・システムを発表。また第一次大戦後は画家のアメデ・オザンファンとともに雑誌『エスプリ・ヌーボー』を創刊し、反キュビスム運動であるピュリスムと呼ばれる芸術運動を展開した。そのときの著作をもととして『年鑑(邦訳はエスプリ・ヌーヴォー)』、『建築をめざして』等を出版。

戦間期にはCIAM(近代建築国際会議)の中心的メンバーのひとりとして活動し、『アテネ憲章』をまとめる。また1931年竣工したサヴォア邸は彼の「近代建築の五原則」を体現したものであるとみなされている。

戦後はインドジャワハルラル・ネルーらとともにパンジャブ州のチャンディガール都市計画にも参加する。ピロティ式建築を提唱した。

また晩年のロンシャン礼拝堂などでは、それまでにはあまりなかった造形等を展開している。

みずからの休暇小屋があったカップマルタンで水泳中に死去。

 「家は住むための機械である」という言葉も有名。


主な作品に

1905年 ファレ邸

1916年 シュウォブ邸

1923年 ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸

1924年 エスプリ・ヌーボー館

1925年 小さな家

1926年 クック邸

1927年 ヴァイセンホーフジードルンクの住宅

1929年 サヴォワ

1930年 スイス学生会館

1952年 ユニテ・ダビタシオン

1955年 ロンシャン礼拝堂

1960年 ラ・トゥーレット修道院

など。