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山谷えり子

社会

山谷えり子

やまたにえりこ

政治家参議院議員(2期)、衆議院議員(1期)。

1950年9月19日東京都武蔵野市生まれ

1973年 聖心女子大学文学部卒業後産経新聞社に入社。

1988年 サンケイリビング新聞編集長。

2000年衆議院議員選挙民主党比例東海ブロックから立候補して初当選

2002年12月 政策の相違から熊谷弘議員らとともに民主党を離党し保守新党結成に参加。

2003年衆議院議員選挙では東京4区から出馬するも落選。

2004年参議院議員選挙自民党比例区から立候補して当選。

2006年 安倍内閣首相補佐官教育再生担当)、教育再生会議担当室事務局長。

2010年参議院議員選挙で25万票を獲得して再選。

日本ペンクラブ会員、日本記者クラブ会員、日本外国特派員協会メンバー。

ジェンダーフリー、反過激な性教育の急先鋒として知られる。選択的夫婦別姓にも反対しているが、本人は結婚前の旧姓で議員活動をしている*1性暴力ゲームの規制を唱えたこともある。

教育再生を唱え、自民党内でも日教組批判の急先鋒である。また、日本の領土(竹島、尖閣諸島等)を守るため行動する議員連盟の会長として「対馬が危ない!」キャンペーンに関する国会質問を行ったり、外国人地方参政権反対集会に出席するなど、真正保守としての活動も盛んである。

産経新聞」や月刊誌「正論」への露出が多く、特にジェンダーフリー教育や「過激な性教育」の是正に取り組む活動が大きく取り上げられた。同紙誌では、コラム・寄稿・インタビュー・対談などさまざまな形で存在感を示している。

神道政治連盟ほか、日本会議系の多くの宗教団体から支持を受けていると報じられている。

wikipediaの「山谷えり子」の項目に関して、本人にとって都合の悪い箇所が、参議院内の回線利用者によって削除されたことが問題となった。*2