進藤達哉

スポーツ

進藤達哉

しんどうたつや

プロ野球選手・指導者

右投右打、ポジションは内野手背番号は36→1→7番。

1970年1月14日生まれ。富山県出身。

高岡商業高校から1988年、ドラフト外横浜大洋ホエールズに入団。

1992年、一軍に定着。

1993年横浜ベイスターズに変わると同時に背番号を1番に変更。*1

守備の名手として活躍、同期で親友の石井琢朗と永きに渡り三遊間を組んだ。*2

1996年、三塁手にコンバート。1997年より3年連続でゴールデングラブ賞を受賞。

マシンガン打線の7番打者として活躍。

1998年には、甲子園球場阪神戦で優勝を決定付ける勝ち越し適時打を打つ。

2000年、FA宣言するも、残留。

2001年、小川博文杉本友・前田和之?との3対3の交換トレードで、戸叶尚新井潔と共にオリックス・ブルーウェーブに移籍。背番号7番を着用。*3


2003年、現役引退。

2004年、横浜ベイスターズに内野守備走塁コーチとして復帰。三塁コーチを務める。

2007年オフにスカウトに転身。09年退団。

2010年、富山サンダーバーズのコーチに就任。背番号はプロ入り当初に着けていた36。その後、監督に昇格。13年に退団。

2014年横浜DeNAベイスターズにコーチとして5年ぶりに復帰。

*1:守備の評価が高く、同じ遊撃手として「山下大輔の再来」と言われた影響が強いと言われる。

*2:なお、駒田徳広ロバート・ローズを含めた内野守備は球界随一であった。

*3:周知の通り、背番号7番は世界の盗塁王福本豊が着用していた背番号であり、事実上の永久欠番となっていた。この措置に昔からのファンは大反発を浴びせた。後日福本の許可制であった事が明らかにされた。