『文藝 臨時増刊 横光利一讀本』(河出書房、1955) デビュー前の若書き作品『悲しみの代價』が世に公表されたのは、昭和三十年に刊行された『文藝 横光利一讀本』だった。横光歿後八年後である。 若き日の横光は、思い切って暮しを変えようとするさいには、なにもかも置きっぱなしにしたまま、身ひとつで家出でもするかのように引越してしまう人だったらしい。学生時代に前例があったとは、中山義秀が回想しているし、最初の妻が胸を患って他界したあとも、さようであったらしい。 最初の妻は小説家小島勗(つとむ)の妹だったが、横光去った跡を片づけた小島も三十そこそこで若死にしてしまい、未亡人がその後長く、横光の若書き草稿…