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白河以北一山百文

一般

白河以北一山百文

しらかわいほくひとやまひゃくもん

白河の関所より北の土地は、一山で百文にしかならない荒れ地ばかり」という侮蔑表現。

戊辰戦争以来、新政府軍を率いる薩長土肥側が東北地方を卑下して用いた。


これにより、奥の細道にも見られる「白河の関を越える」という表現は、単に相対的な位置関係を意味するものではなくなった。


転じて、東北人の反骨精神を表すフレーズとして用いられるようにもなり、地方紙河北新報」の名前の由来となったり、や、岩手県出身の平民宰相原敬の雅号「一山」の由来ともなった。