Hatena::ブログ(Diary)

熊おやじの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-01-17

通院

 今日は、午前中は病院で検査を受けました。

2017-01-13

W・ジェイムズのポジティヴ・シンキング批判

(中略)彼(ホイットマン)の楽観主義はあまりにも気ままであり、反抗的である。彼の福音にはむやみに強がっているようなところがあり、どこか気どったゆがみがあって、これが、楽観主義への素質を十分もっていて、重要な点においてホイットマン預言者の正統に属することを、大体において認めようとしている多くの読者に対してすら、その影響力を減じているのである(W・ジェィムズ『宗教的経験の諸相(上)』岩波文庫、1969年(原著1901-1902)、p135)。


*「悪の不在を誇張する」ポジティヴ・シンキングに対する、手厳しい批判です。この批判は、生長の家の開祖・谷口雅春に対しても、そのままあてはまりそうです。しかし、こなれていない訳文ですね。

2017-01-04

天理教教祖の侠気

 天理教の知識人信者であった諸井政一(1876年-1903年)が、天理教の女性教祖・中山みき(1798年-1887年)についての伝承を明治時代に記録した『正文遺韻抄』には、次のような伝承が記録されている。

 

 教祖様がきかせられましたが、

『せかいには、ごろつきものといふて、親方々々といはれているものがあるやろ。一寸きいたら、わるものゝやうや。けれどもな、あれほど人を助けてゐるものはないで。有る處のものをとりて、なんぎなものや、こまるものには、どんゝやってしまう。それでなんじふ(熊田注;難渋、困っている人)が助かるやろ。そやつて、身上(熊田注;健康状態のこと)もようこえて、しつかりしたかりもの(熊田注;親神からの借り物、からだ)やろがな』と仰有りました(諸井政一『正文遺韻抄』天理教道友社、1970年、p259)

 

 現在の天理教教団は、『正文遺韻抄』は教祖についての「伝承」を収集した本で、史料的な価値は低い、と反論するだろう。私も、非暴力主義者であったみきがこのような発言をしたとは思わない。

 しかし、知識人であった諸井政一をして、このような伝承に対して、「ほんまに、それに違いございません。」(同上)と納得させる雰囲気が、ある時期までの天理教教団にあったことは確かであろう。「金品の強奪」ですらもっともだというのだから、「資産家の信者が献金するのは当然」という雰囲気もある時期までの教団にはあったのだろう。民衆宗教のなかの、弱きを助け強気を挫く「侠気」の伝統である。

2017-01-03

女性の侠気

 たしか、「女々しい」太宰治が『人間失格』で、「男性よりも女性に侠気を感じることが多い」と述べていましたが、賛成です。特に太宰治の時代には、『忠臣蔵』という強力な「男のなかの男」のイメージが流布していたので、「民衆的正義感のふるさと」である侠気は、男性よりも女性によって体現されることが多かったでしょう。拙著『男らしさという病?』は、「これからの日本を支えるのは、年配の男性ではなく、強くなった女性と、女性についていくわがままになった若者である」という鶴見俊輔の言葉を、「女性の侠気」をキーワードとして、理論化したものです。典型的な具体例は、マンガ=TVドラマの『ごくせん』(やくざの組長の娘がヤンキー男子高校の教師になる物語)のヒロイン・「ヤンクミ」です。


明治日本の宗教者とエートスとしての<侠>」

http://d.hatena.ne.jp/kkumata/20080910/p1

ヒーロー像の変貌―「忠臣蔵」幻想の後に―

今回の章を終えて、時代が変わると、人々の考え方や理想も変わるということがわかりました。私は、弱いものを助け、悪い者をやっつけるような人がヒーローだと思っていました。しかし、私よりも上の年代の人達の中では自分を犠牲にしても特定のものを自分以上に大切にする人こそヒーローであるという考え方があるということを知り、戦争中の日本人がよく言うような「国のために」という言葉を使っている人々みたいな考え方だなと思いました。また「覇権的男性性」について、男性であるから男らしくなければならないというような考え方があり、男らしくない男性に対して「女の腐ったような〜・・・」という言葉が投げかけられることを知り、その当時は女性という性が男性という性より低いものだったんだなということがわかりました(私の授業「ジェンダー論入門」を受講している女子学生の小レポート)。


*近代日本「忠臣蔵」幻想は、もう終わったようです。時代の変化は、速いようです。そういえば、マッチョ同士、石原慎太郎三島由紀夫を「女の腐ったような奴」と批判していました。ただし、「学生のフェミニストなんか信用しない」(小倉千加子)。学生は、性差別のなんたるかをまだ実感できていない、ということです。この学生も、まだわかっていないのだと思います。

2016-12-28

音楽業界における女性差別(ビョーク)

http://nme-jp.com/news/31335/

ビョーク、音楽業界における女性差別についての長文のテキストを公開。全文訳を掲載


*確かに。

2016-12-27

検査入院

 今朝は、早朝から検査入院。1泊2日。

2016-12-26

戦闘美少女への憧れ

 私は、小さいころから変わらず、戦闘美少女に憧れている。幼稚園や小学校の低学年くらいのころはよく弟2人と戦隊ものごっこや戦いごっこをしていた。また、アニメ放送でいつもはアニメが終わるのがいやだったのに、『おじゃ魔女どれみちゃん』が終わり、新アニメとして『プリキュア』がはじまるのをとても楽しみだったことを覚えている。そして、現在でもアニメ等でいて、スカートをひるがえしながら戦う女の子をみる度にかっこいいと思うし、とてもひかれる。前回の授業では、「昔はよく戦隊ごっこをしていたし、ヒーローにあこがれていたなぁ」と思ったが、この章を終え、今でもあこがれていたんだなぁと思うようになった。また、この章にあった、「守られるお姫様よりも王子様になりたい。」(熊田注―アニメ少女革命ウテナ』のなかのセリフ)というところに共感した。私もよく「守られるより守りたい」と思うし、実際、誰かを守れるくらい強くなりたいと空手を習っていたこともある。そして、今でも、強くありたいと思っている。私は、この章(熊田注―拙著『男らしさという病?』の第1章「現代日本の大衆文化における『女性の男性性』」)を通して、自分がいかに強い人にひかれているのかがわかった(私の授業『ジェンダー論入門』を受講している女子学生の小レポート)。


*ひとつの典型例でしょう。いわば、世界同時少女革命ですね。