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熊おやじの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-09-26

3コマ

 今日は授業3コマ。心臓がもつかどうか心配。結果、階段を上がるのがつらかった。

2016-09-16

AC・よそもの・私とあなたー「見捨てられ」感覚をめぐって

愛知学院大学文学部紀要46号原稿(2017年3月刊行予定)


<題名>AC・よそもの・私とあなた―「見捨てられ」感覚をめぐって

<著者名>熊田一雄(宗教文化学科)

<英文タイトル>

AC, The Stranger, I and You−about the Sense of“Being Abandoned”


要旨

 この論文の目的は、通俗心理学で言うアダルトチルドレンの概念を用いて、フランス文学の古典的名作であるアルベール・カミュの「よそもの」、および宗教哲学の古典であるマルティン・ブーバーの「私とあなた」の新しい解釈を提出し、更に1990年代の先進諸国における「AC現象」の社会的背景を考察することにある。「よそもの」には「アダルトチルドレンの生活感覚の宣言」としての側面が、「私とあなた」には「回復したアダルトチルドレンの妻に対する親密性の表現」としての側面が、見られる。カミュもブーバーも、彼らの属する社会の「マージナル・マン」であった。1990年代の先進諸国のおける「AC現象」の社会的背景のひとつは、20世紀の後半までは一部のエリートの問題であった親からの「見捨てられ」感覚の問題が、グローバル化による国民国家への帰属意識の低下・産業構造の転換による持続的共同体の減少・地域共同体の弱体化の中で、急速に大衆化したことにあると考えられる。


キーワード:アディクション、アダルトチルドレン、よそもの、私とあなた、「見捨てられ」感覚

1.はじめに―AC概念について 

 最初に、アディクションに関する臨床領域におけるアダルトチルドレンの概念を簡単に説明しておきたい。ここでは、信田さよ子(1996)の定義に従って、アダルトチルドレン(ACOD, Adult Children of Disfunctional Family)を「自分の生きづらさが親との関係に起因すると自覚する人たち」と広く定義する(信田1996)。そもそもはアルコール依存症の治療現場から提出された「アルコール依存者を親にもつ家族で育った子供達」(ACOA, Adult Children of Alchoholic Family)という意味の狭い概念であったが、アディクション・アプローチ(Addiction Approach)を採用するアメリカの臨床家たちは、この概念を拡張解釈して、一般に「機能不全家族で育った子供達」という意味で用いる(1)。なぜかこんな所で「機能不全家族」という機能主義社会学の、現代の家族社会学では古びてしまった概念が転用されている。

 このような広い意味でのアダルトチルドレン(以下ACと略記)の概念は、必ずしも精神科医臨床心理士が全員認める概念ではない。時としてACが通俗心理学(大衆心理学、popular psychology)の概念と呼ばれることもあるゆえんである。「概念を拡張しすぎている」(何でもかんでもアディクション=嗜癖に結びつけている)というのが、少なからぬ精神科医臨床心理士が広い意味でのAC概念に対して突きつける主要な批判点である。筆者はこうした批判はある程度までは正当な批判だと考える。

 しかしながら、こうした批判にも関わらず、AC概念は1990年代には先進国全域で流行するようになった。AC概念が流行する最大の理由は、おそらくこの概念のaccountabilityの高さ、わかりやすさにあるのであろう。摂食障害を例にとってみよう。精神医療の専門家ではない一般生活者には、例えば「食欲に関係するホルモン」の話はほとんど理解できない。しかし、摂食障害者の背後にある家族関係については、専門家でなくともよく理解できる。しかし筆者は、単にそれがわかりやすいからというだけではなく、AC概念が現代の先進国に生きる人たちの精神生活の一面を確実に捉えている、という側面もあると考える。

 この論文では、こうした広い意味でのAC概念を用いて、宗教哲学の古典マルティン・ブーバーの「私とあなた」(2)、およびフランス文学の古典アルベール・カミュの「よそもの」(3)の解釈に新たな光を投げかけて見たい。こうした試みには宮沢賢治の作品群を対象とした矢幡洋の「<賢治>の心理学―献身という病理」(1996)のような研究が既に存在する(矢幡1996)(4)。最後に、<母なるもの>をめぐる「見捨てられ」感覚の大衆化(バブル化)という観点から、1990年代の先進諸国における「AC現象」を、20世紀の文明史の中に位置付けてみたい。

 まずカミュAlbert Camus 1913ー60)の古典的文学作品「よそもの」(1946)とAC概念との関わりを簡単に論じる。通常、「よそもの」は「神は死んだ」時代における不条理の感覚・実存主義思想を表現した作品だと位置づけられている。しかしながら、かつて小説家落合健二が朝日新聞に掲載されたエッセーで論じていたように、カミュ自身の養育歴と「よそもの」を照らし合わせると、この作品の別の側面、近代日本文学のカテゴリーを転用すれば、母の登場しない「母もの」小説としての側面が見えてくる(落合2001)。

 カミュは父親を第1次世界大戦で亡くし、母子家庭・貧困家庭において、生活苦と戦うのに忙しすぎた母親の愛情に殆ど浴することなく育った。こうしたカミュの養育歴と照らし合わせると、「今日ママン(熊田註;フランス語の幼児語)が死んだ。」という有名な書き出しで始まるこの作品は、現代の視点から振り返れば、また典型的なACの生活感覚を表現したものとしても読めるのではないか。

 ジャン・メルソーアルベール・カミュ自身の家族構成を考えてみると、父は息子が一歳のときに戦死し、あとは母子家庭(母方の祖母がいますが)で育っている。極貧の暮らしで、母は文盲であり、家には一冊の本もなかった。聴覚障害のあった母親は、きわめて寡黙で、子どもたちとのあいだにはほとんど会話らしい会話がなかったらしい。カミュにとっては母の沈黙に寄り添い、その沈黙を計るようにして言葉を紡ぎだすことが、作家として出発するにあたっての重要な課題であったのです(野崎2006、p99)。

 

 アルジェに住む下級サラリーマン(上昇志向は放棄している)主人公のムルソーは、年齢も覚えていなかった母親の養老院における葬式で一滴の涙も流さず、それどころかその翌日ガールフレンドと喜劇映画に笑い転げる。数日後、近所の不良のいさかいに巻き込まれ、くだらないいざこざから「太陽のせいで」殺人を犯し、死刑に処せられるまでの自分をまるで傍観者のように淡々と見つめている。そして最後には、群衆が憎悪の叫び声をあげて彼の死刑を見物に来ることを願う。作品中彼が唯一「人間らしい」感情を爆発させるのは、自分に悔悛を迫るカトリックの神父に対して怒りをぶつける時だけである。

 

 夜、マリー(熊田注;ムルソーガールフレンド)が訪ねてきて、僕に彼女と結婚する気があるのかときいた。それは僕にはどうでもいいことだ、彼女が結婚したければ、われわれは結婚できるだろうと言った。彼女は僕が彼女を愛しているかを知りたがった。僕は一度したとおりに答えた。それには何の意味もないが、たぶん愛していないと。《じゃあ、なぜあたしをもらうの?》と彼女は言った。僕はそれが何ら重要性を持たないこと、もし彼女が欲するなら、われわれは結婚できることを説明してやった。それに、結婚を求めたのは彼女であり、僕はただ承知しただけではないか。彼女はすると結婚は重大事だと指摘した。僕は《いや、違う》と答えた。彼女はしばらく口をつぐんで、黙ったまま僕の顔を見た。そして話しだした。彼女は端的に別の女が同じように結びついて、同じ申込みをしたら、承諾するかときいた。僕は《むろんさ》と答えた。すると彼女は いったい僕を愛しているのかと自問した。その点は、僕には何とも言えなかった。またしばらくだまったあとで、彼女は僕が変わっている。きっとそのために僕を愛しているが、いつ同じ理由で嫌いになるだろう、と呟いた(カミュ1946=1984、p30)。

 上記の引用部分に典型的に見られるように、ムルソー人間関係には「親密性の欠如」が見られる。こうして見ると、カミュ自身の生い立ちとあわせて考えれば、「よそもの」には典型的なACの生活感覚を表現した作品としての側面があるのではないか。カミュのデビュー作「よそもの」(厳密には「よそもの」のラスト近くで突如母親を理解する場面以降)以後の作品群には、何とかACから回復しようとした必死の努力、という側面もあるのではないか。

3.ブーバーの「私とあなた」

 次に、時代は逆転するが、宗教哲学の(ある意味では異端の)古典であるブーバーの「私とあなた」とAC概念の関係について簡単に論じてみたい。

 ブーバー(Martin Buber 1878-1965)の「私とあなた」(1923)は、ユダヤ教神秘主義の伝統から生まれた、不思議な吸引力をもつ宗教哲学の古典である(ブーバー1923=1979)。カウフマンが指摘するように、「私とあなた」はアカデミックな講壇哲学の伝統に属する書物ではなく、哲学と文学の間のどこかに位置する「哲学詩」とでも呼ぶべき書物である(Kaufmann1979)。アカデミックな講壇哲学の伝統に属する書物ではないにもかかわらず、今日でも宗教研究者・教育学者・精神医学者などによって引用されることが少なくない。  

 ブーバーの「私とあなた」によれば、世界は人間のとる態度によって、二つの全く異なった現れ方をする。根源語「私とそれ」の我は、「私はかくかくしかじかの者なり」という個別的存在として現れ、世界を経験して利用する「主観」として自己意識し、他の個別的存在を客観視することにとって他の個別的存在から自己を分離させる。それに対して、根源語「私とあなた」の我は、「私あり」という人格的存在として現れ、自分が何者であるかとは無関係に「主体」として自己意識し、他の人格的存在と相互に交流する(出会い対話する)ことによって人格的関係に入る。「私とそれ」の関係性が因果律と時間空間の世界であるのに対して、「私とあなた」の関係性は因果律と時間空間を超越した世界である。

 ブーバーによれば、「私―あなた」の相互性、出会いの相互性によってこの世界の存在が成り立っている。デカルト的な「私」という抽象化された中心点から見る世界存在、人間の社会ではなく、<私>と<あなた>を中心にしてその相互性による関係の中に一切を見直すことが重要である。近代以降営々として築いてきた人間の文化は、この根源語の立場からすれば、「私―それ」であり、「私―それ」は「私―あなた」を基礎にもつ。もし「私―それ」が崩壊しても、「私―あなた」の根源に帰ることによって、ふたたび立て直すことができるし、生存を崩壊させないように努めるためにも、「私―あなた」の純粋化がつねに意識になければならない。そして神は「永遠のあなた」である。

 この「あなた」は理性の認識の彼方に予感したり、超自然として思惟する啓示でもない。この世界の一切のものは、この「私―あなた」に包括されている。人間と人間の間にも「私―あなた」が見出され、人間と自然の間にも「私―あなた」が生起する。幼児にも老人にも、原始未開の部族にも、古代人の文明にも、男女の間、親子、兄弟、友人の間にも、現代の文明の中にも存在し貫いている。ただわれわれがこのことを忘れたか、気がつかなかったか、意識的に考えまいとしたかである。

 ところで、人間の文明史における「私―あなた」の根源性を論ずると同時に、ブーバーは、人間の個人史における「私―あなた」の根源性について以下のように語っている。

 誕生以前の幼児の生活は、純粋なる自然的結合、母親から子供への生命の流出であり、肉体的相互作用である。この場合、生まれくるものの生命の地平はただひとつの方法で、新しい生命の担い手の中に刻み込まれてもいるが、しかし決してそれだけではない。なぜならば、子供の生命は母親の胎内にばかりやすらっているのではないからである。ユダヤの古い諺に、<人間は母の胎内にいるとき、一切を知り、誕生とともに一切を忘れる>、といっている。この母と子の結合は非常に宇宙的であって、太鼓の謎の碑文の解 読が半ばなされたような思いである。そしてこの母と子の結合は、神秘的な願望の姿と して人間に残っている。この憧れは再び母の胎内にかえってゆきたい願いのように考えてはならぬ。このような考えは、精神を知性と取り違え、精神を人間の寄生物と見誤る 人々と同じである。とにかく、この花は種種さまざまの病気にさらされているのだが、むしろこの憧れは、精神に目覚めた人間が、真の<あなた>と宇宙的な結合をつくり出そうとする憧れなのである(ブーバー、同上、p35)。

 ここでは、「母と子の結合」が半ば「聖なるもの」として神秘化されている(5)。もちろんこのことを考えるには、ブーバーが属していたユダヤ文化における「文化としての母の観念」(cf.山村1971)を考慮しなければならないだろう。ところで、ブーバーの「私とあなた」の執筆の背景には、第1次世界大戦による文明の危機に対する意識だけではなく、ブーバー自身の個人史、青少年時代のニヒリズムの誘惑からの脱却が深く関わっている。そして、ブーバーの青少年時代のニヒリズムの誘惑は、ブーバー自身の母との関係が深く関わっていた。ブーバーは、離婚した両親の双方から引き離され、祖父母のもとで育つという複雑な養育歴の持ち主である。後の半自伝的作品のわざわざ冒頭に置かれた「母」と題する章で、ブーバーは自分の母との関係について以下のように語っている。

 この書物の目的は、私自身の生涯について語ることではなく、むしろ、ひとえに、私の思想の性質と方向とに決定的な影響を与えた、瞬間のいくつかを、思い出のなかから浮かぶままにひろいあげて、報告することである。

 私にとってこのような性格をもつ最初の記憶は、4歳のときにまでさかのぼる。はぼ一年前に、ウィーンにあった幼年時代の家庭は、両親の離婚によって崩壊してしまっていた。(中略)子供自身は、母親に間もなく会えるものとばかり思っていた。しかし、それを口に出してたずねることはできなかった。そのとき、これから語ろうとする事がおこったのである。

 (中略)しかし、この姉のような少女が、「いいえ、あなたのお母さんはもう二度と帰ってきません」といった言葉は、まだ、私の耳にひびいてくる。私はだまっていた。しかし、同時に、この言葉の真実さについて、もはや疑っていなかったことも、よくおぼえている。この言葉は、私につきささったままであった。そして、年とともに、ますます深く心にくいこんでいったのである。しかし、およそ10年ほどたつと、私は、すでに、この言葉が私だけではなく、人類そのものに関係していることを、感じはじめていた。そして、やがて、人間と人間の間の真の出会いの欠如をあらわす、「ゆきちがい」(Vergegnung)という言葉を自分の手でこしらえたのであった。それから、さらに20年たって、遠方からはるばる私と妻と子供たちに会いにやってきた母と再会したとき、わたしは、どこからか、「ゆきちがい」という言葉が自分に向かって語られるのを聞かずには、彼女の、相変わらずびっくりするほど美しい目を見ることはできなかったのである。自分の生涯を通じて、真の出会いについて経験した一切のことは、バルコニーの上のあの時点にこそ、その出発点をもっているのだと、私は思っている(ブーバー1960=1966、pp.5-7)。

 ブーバーの、上記の4歳から34歳頃までの母親からの「見捨てられ」感覚が、ユダヤ文化における母性の重視とあいまって、青少年期に感じたブーバーのニヒリズムへの誘惑の基礎となっている、と考えられる。言い換えれば、34歳頃までのブーバーは、現代的表現を用いれば、ACだったと考えられる。この「見捨てられ」感覚は、34歳頃に母親と再会したときに完全に解消されている。そしてブーバーは45歳で主著「私とあなた」を著している。以上のことから、ブーバーの「私とあなた」には、通常言われる「ハッシディズム(ユダヤ教神秘主義)の思想表現」としての側面だけではなく、AC概念に基づく現代的な表現を用いれば「サバイバー(回復せるACのこと)の思想表現」としての側面があることに注意を促しておきたい。ブーバーは、母親から永遠に「見捨てられた」という感覚からニヒリズムの誘惑に苛まれる(「ゆきちがい」=「生きづらさ」の感覚を抱えた)ACとして育ち、母親との再会によって回復しているからである。さらに、「私とあなた」の献辞がブーバー夫人に捧げられていることから判断すれば、「私とあなた」には「妻に対する親密性の表現」としての側面があることにも注意を促しておきたい。


4.おわりにー20世紀における「見捨てられ」感覚

 ブーバーもカミュも複雑で偉大な思想家・作家であり、AC概念だけで彼らの作品を理解できるなどという暴言を吐くつもりは、もとより筆者には毛頭ない。筆者が言いたいことは、彼らの代表的作品にはAC概念によって理解できる「一側面もある」というだけにすぎない。付け加えると、ブーバーやカミュの作品が先進国で1960年代70年代の若き知識人に人気があったことは興味深い。ブーバーやカミュの作品の愛読者の少なくとも一部には、自分のACとしての感覚やサバイバーとしての感覚を重ね合わせていた者もいたのではないだろうか。

 最後に、本節では巨視的観点に立ち、ブーバー、カミュ、そして1990年代の先進諸国におけるAC概念の流行を、20世紀における「見捨てられ」感覚の系譜とその大衆化(バブル化)という観点からまとめてみたい。また、今後AC運動が医療の領域から「再宗教化」されていくという見通しを述べてみたい。

 ブーバーはディアスポラしたユダヤ人であり、カミュフランス植民地アルジェリア育ちであり、どちらもヨーロッパの主流文化から見ればマージナルマン(ウェーバー)であった。これらのことは、彼らの近代的「国民国家」(Nation State)への帰属意識を弱める方向に働き、「親子関係の葛藤」を抱えて育った彼らの(親からの)「見捨てられ」感覚(アイデンティティの危機)をより尖鋭化させたに違いない。

 ブーバーやカミュの置かれていたマージナル・マンとしての状況と比較して、1990年代の先進諸国の大衆が置かれた状況を考察してみよう。グローバル化の進行に伴い、国民国家の相対化が進行し、大衆の国民国家への帰属意識は低下した。経済の脱産業化に伴い、彼らを取り巻く家族以外の持続的共同体は減少した。地域共同体の力も弱体化した。これらのことは、ブーバーやカミュの場合と同様に親子関係の葛藤を抱えて育った大衆の(親からの)「見捨てられ」感覚(アイデンティティの危機)をより尖鋭化させた。これが、1990年代の先進諸国におけるAC現象の社会的背景の重要な一部だと思われる。「見捨てられ」感覚は20世紀初頭から一部の知識人の間では存在した。それが1990年代の先進諸国の大衆の間で一気に広がった(たぶんにマスメディアによってバブル化された)のである。

 もちろん、こうした議論に対しては、現在の、特に日本のACは親からの「見捨てられ」感覚ではなく、一見「見捨てられ」感覚の正反対にも見える親の「過剰な期待」から生じたものが多いのだ、という反論があるだろう。しかし、現在の、特に日本の多くのACが抱えている親の「過剰な期待」は、「あるがままの自分」に対する親の「無条件の愛」ではなく、「親の期待する(と少なくとも子供が思いこんだ)自己」に対する「条件付きの愛」であることに注意しなければならない。「条件付きの愛」の背後には、親の期待を裏切れば「見捨てられる」という恐怖感が常に存在する。つまり、現在の、特に日本の多くのACが抱えている親からの「過剰な期待」は、「見捨てられ」感覚と同じコインの表裏の関係にあるのである。

 ブーバーやカミュと現在の先進国の、特に日本の大衆とでは、宗教的バックボーンの有無という点に大きな相違がある。ブーバーやカミュは、たとえ逆説的な形であったとしても、宗教的バックボーンをはっきりと有していた。ブーバーの場合、ハッシディズム(ユダヤ教神秘主義)に深い共感を抱いていた。カミュの場合、フランスのカトリシズムは拒否したが、逆説的に彼の実存主義哲学は古代のグノーシス主義と多くを共有することになった(ヨナス1960=1966、pp.427-452)。これらの宗教的バックボーンが、彼らの生きる強さの背後にあった。

 それに対して、少なくとも1990年代の日本のACムーブメントを観察する限り、宗教的バックボーンは比較的弱い(6)。信田が指摘するように、日本の(広い意味での)AC運動は、「回復とはこういうものだ」という形を、少なくとも現時点でははっきりと提示しない(信田180-181)。「救われた」生の形を明示する宗教運動(思想運動)と異なり、「回復の形」が明示されないということは、大衆運動としては大きな弱点である。ほとんどの大衆は、生活指針の「形のはっきりしない」生を生きるほどには強くない。従って今後は、日本のACムーブメントはおそらく宗教色を再び次第に強めていくことになるであろう。


<注>

(1)広い意味でのアダルトチルドレンの概念が1990年代に急速に日本社会で普及したのは、精神科医斎藤学臨床心理士信田さよ子のマスメディアを利用した活動によるところが大きい。

(2)マルティン・ブーバーの本は普通「我と汝」と訳されるが、Kaufmannが指摘しているように、「私とあなた」と訳す方が適切である。本稿では、ブーバーのいう「我と汝」をすべて「私とあなた」に言い換える。

(3)アルベール・カミュの本は普通「異邦人」と訳される。しかし、野崎歓が指摘するように、「よそもの」と訳す方が適切である。本稿では、カミュの「異邦人」はすべて「よそもの」に言い換える。

(4)矢幡は、宮沢賢治の献身活動に典型的な「関係嗜癖者」の姿を読み込んでいる。筆者は、矢幡の議論に大筋では賛成しつつも、やや一面的ではないかという批判的感想も抱いている。 

(5)こういう「聖なる母性」のような記述をすると、「女性を母役割に押し込めようとするものだ」という批判をフェミニストから受けるかもしれないが、ここでいう母性は 現実の女性から抽象化されたものであり、女性差別につながる必然性はない。

(6)日本のAC運動がアメリカのそれと比較して宗教色が弱いのは、斎藤学の当初の方針によるものであろう。


<参考文献>

アルベール・カミュ(中村訳)『異邦人』「カミュ全集2」新潮社、1946年(=1984年) 

落合健二(朝日新聞2001年4月13日夕刊所収)『母が死んだ』朝日新聞社、2001年

信田さよ子『<アダルト・チルドレン>完全理解』三五館、1996年

野崎歓カミュ「よそもの」きみの友だち』みすず書房、2006年

マルティン・ブーバー(植田訳)『我と汝・対話』岩波文庫、1923年(=1979年)

マルティン・ブーバー(児島訳)『出会い(自伝的断片)』理想社、1960年(=1966年)

山村賢明『日本人と母―文化としての母の観念の研究』東洋館出版社、1971年 

矢幡洋『<賢治>の心理学―献身という病理』彩流社、1996年

ハンス・ヨナス(秋山・入江訳)『グノーシスの宗教』人文書院、1964年(=1986年) 

Walter Kaufmann 1970“I AND YOU―A PROLOGUE” in Martin Buber(translated by Kaufmann)“I and Thou” Simon&Schuster、1970年

<追記>

この論文は、2001年の学会誌招聘論文、「AC異邦人・ブーバー―『見捨てられ』感覚をめぐって」日本嗜癖行動学会(72)『アディクションと家族』vol.18-4を大幅に改稿したものである。

2016-09-15

クリニック

 今朝は、クリニックで持病の薬を受け取りました。

2016-09-14

「母もの」としてのカミュの『よそもの』

 『異邦人』の自序でカミュは次のように書いています。

 母親の葬儀で涙を流さない人間は、すべてこの社会で死刑を宣告されるおそれがある、という意味は、お芝居をしないと、彼が暮らす社会では、異邦人として扱われるよりほかはないということである。ムルソーはなぜ演技をしなかったか、それは彼が嘘をつくことを拒否したからだ。嘘をつくという意味は、無いことをいうだけではなく、あること以上のことをいったり、感じること以上のことをいったりすることだ。しかし、生活を混乱させないために、われわれは毎日、嘘をつく。ムルソーは外面から見たところとちがって、生活を単純化させようとしない。ムルソーは人間の屑ではない。彼は絶対と真理に対する情熱に燃え、影を残さぬ太陽を愛する人間である。彼が問題とする真理は、存在することと、感じることとの真理である。


 ジャン・メルソーアルベール・カミュ自身の家族構成を考えてみると、父は息子が一歳のときに戦死し、あとは母子家庭(母方の祖母がいますが)で育っている。極貧の暮らしで、母は文盲であり、家には一冊の本もなかった。聴覚障害のあった母親は、きわめて寡黙で、子どもたちとのあいだにはほとんど会話らしい会話がなかったらしい。カミュにとっては母の沈黙に寄り添い、その沈黙を計るようにして言葉を紡ぎだすことが、作家として出発するにあたっての重要な課題であったのです(野崎歓カミュ「よそもの」きみの友だち』みすず書房、2006年、p99)。


カミュの『よそもの』を「母もの」小説として読み返すこと。

2016-09-13

反省会

 今日はオープン・キャンパスの反省会で、夕方出校しました。