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ラスカルの備忘録 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2016-07-01

真の失業率──2016年5月までのデータによる更新

 完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで、完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

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5月の完全失業率(季節調整値)は3.2%と前年同月と同水準となったが、真の失業率は3.4%と前月からさらに0.1%低下した。真の失業率は、引き続き、減少基調である 。

 所定内給与と消費者物価の相関に関する4月までの結果は以下のようになる。物価と賃金は本来の相関関係とは逆向きに、物価が停滞する中で賃金が上昇していたが、4月は単月的な動きとして、賃金は大きく停滞した。

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2016-05-31

真の失業率──2016年4月までのデータによる更新

 完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで、完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

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4月の完全失業率(季節調整値)は3.2%と前年同月と同水準となったが、真の失業率は3.5%と前月よりも0.1%低下した。真の失業率は、引き続き、減少基調である 。

 所定内給与と消費者物価の相関に関する3月までの結果は以下のようになる。前月と同様、物価上昇率は足許では低下傾向となっている一方、賃金は足許で上昇傾向に転じている。物価と賃金は本来の相関関係とは逆向きの動きを続けているが、その要因としては、国内要因の物価上昇率(いわゆる「コアコア」)が引き続き上昇していることや、賃上げの効果がタイムラグを伴って効いてきたこと等が可能性としてあげられる。パート比率の上昇傾向も、しだいに抑制されつつあるようにみえる。

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2016-05-01

中室牧子『「学力」の経済学』

「学力」の経済学

「学力」の経済学

 教育については誰もが持論を持ち、自分の意見を述べたがる。また、「自分が病気になったときに、まず長生きしているだけの老人に長寿の秘訣を聞きに行く人はいないのに、子どもの成績に悩む親が、子どもを全員東大に入れた老婆の体験記を買う」(本書で引用されている西内啓『統計学が最強の学問である』の中の言葉)といったように、例外的な個人の体験談が注目されがちな分野でもある。根拠のない主観的な持論が語られるのは世間一般においてだけでなく教育政策の現場でも同様であり、結果的に、科学的根拠のない政策に多額の予算が割り当てられることにもつながる。著者が本書を通じて訴えるのは、主観的な持論がまかり通る日本の教育政策への警鐘であり、また、学力テストに関するマイクロデータを利用できるようにすることで、多くの科学的根拠、エビデンスを積み上げることが可能になるよう、研究環境を整えることである。

 本書は、一般の親たちが知りたいと思い、また、それ自体が教育政策に通じる「学力を高めるには何が重要か」との疑問に対し、さまざまな仮説と欧米の研究事例を通じて答えていく。理論のベースとなるのは「教育生産関数」であり、これ自体は、マクロ経済学でいう成長会計のモデルを応用したものである。ただし、「学力を高めるには何が重要か」との問いに真に答えるには、学力と、それに関係し得る家庭や学校の資源との「相関関係」をみるだけでなく、「因果関係」を探ることが必要である。そこで用いられるのが「ランダム化比較実験」である。これは、セレクションバイアスのない二つのグループの一方に政策介入を行い、時間が経過した後、これら2つのグループ(処置群・対照群)の間に生じる学力の差を比較することで、政策介入の効果を測るものである。本書でサーベイされる研究のほとんどは、何らかの「実験」をもとに、因果関係に留意する形で行われている。「ランダム化比較実験」については、数年前に出版されたバナジー、デュフロ『貧乏人の経済学』を通じて、当時話題になったと記憶している。

 さらに「実験」の結果を解釈する上で、「双曲割引」(近い将来の時間割引率が遠い将来のそれよりも高くなること)など、行動経済学の知見が考慮される。例えば、「勉強は将来ためになる」といって子どもに勉強をさせようとしても、その便益は遠い未来の話であるため、いま現在の子どもの行動にほとんど影響を与えない。また、教員への成果主義において、成功した場合にボーナスを「得る」という形の制度よりも、成功しなかった場合にボーナスを「失う」という形の制度の方が効果が大きくなる。これは、人は得たものを失うことを嫌がる傾向を持つという「喪失回避」により解釈できる。実験経済学や行動経済学の手法・解釈は、欧米の教育経済学において、既にその主流の位置を占めていることが、本書を読めばよく分かる*1。このように本書は、教育経済学の近年の研究動向に関するよく纏まったサーベイともなっている。

 この他にも、さまざまな研究結果が紹介され、それぞれに興味を引くものであるが、例えば、

  • テレビやゲームが子どもの肥満や問題行動、学習時間に与える影響は小さく、1日1時間程度のテレビやゲームは子どもの発達や学習時間にほとんど影響を与えない。しかし、テレビやゲームの時間が1日2時間を超えると、発達や学習時間への負の影響は飛躍的に大きくなる。
  • 「インプット」にご褒美を与えることの効果は、「アウトプット」にご褒美を与えることの効果よりも大きい。ただし、成績を上げる方法を教え導いてくれる人がいる場合はそうとは限らない。
  • 習熟度別学習は、特定の学力層の子どもだけでなく、全体の学力を押し上げる。単に、学力の高い子どもが周囲にいることがプラスの影響を持つわけではない。1人の問題児の存在は、学級全体の学力に負の因果効果を持つ。
  • 子どもへの人的投資の収益率が最も高くなるのは、小学校に入学する前の就学前教育(幼児教育)である。人的投資の収益率は、子どもの年齢が上がるごとに小さくなる*2。就学前教育は、雇用、生活保護の受給、逮捕率などにも影響を与え、社会全体の収益率(社会収益率)をも高める。
  • IQや学力テストで測ることができる能力以外の「非認知能力」(意欲、自制心、リーダーシップなど)を過小評価してはいけない。 学校は単に勉強する場所ではなく、「非認知能力」を培う場所でもある。
  • 少人数教育は学力を向上させる効果はあるが、費用対効果は低い。教育の収益率についての情報提供を行うことは、最も費用対効果が高い。
  • ゆとり教育が実施された年に子どもの学力格差は拡大した。学歴の高い親に育てられた子どもは、土曜日の学習時間の減少を平日の学習時間の増加で埋め合わせたが、学歴の低い親はそのような行動を取らず、学習時間の格差が生じた。

といった感じである。こうした知見は、教育政策に活かすことで、予算を効率的に使うことにもつながる。

 著者は、国の予算の厳しい獲得競争の中、文教予算は15年で 20%削減されてきたことを紹介する。一方、日本の財政赤字から、教育にのみ無尽蔵にお金を使うわけにはいかないとし、だからこそ国や家計が教育にかけられる予算をどのように使うのかが重要なのだとする。もちろん、国の予算のゼロサム的状況はマクロ経済政策上の課題であって、教育政策に割り当てられるべき課題ではない、との批判は可能であり、恐らくその批判は正しい。さらにいえば、文教予算の拡充は、将来的に、国の生産性を高めることにもつながる。とはいえ、予算を効率的に使うこと自体は言うまでもなく正しい方向性であり、そうした批判をもって本書の価値が下がるものではない。

*1:「ランダム化比較実験」は、計量経済学的な因果性分析と違い直感的に理解しやすいため、政策現場で用いることが容易である点も見逃せない利点である。

*2:日本の場合、高校3年間の投資に対する将来収益が最も高くなりそうな印象もあるが、そもそも勉強の「仕方」が分からなければ、投資は効果を生まない可能性もある。

2016-04-28

真の失業率──2016年3月までのデータによる更新

 完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで、完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

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3月の完全失業率(季節調整値)は3.2%と前月よりも0.1ポイント低下し、真の失業率も3.6%と前月よりも0.1%低下した。真の失業率は、引き続き、減少基調である 。

 所定内給与と消費者物価の相関に関する2月までの結果は以下のようになる。物価上昇率は停滞傾向を示した後、足許では低下傾向となった。一方、賃金はパートタイム労働者の構成比が2月に限れば低下しており、足許で上昇傾向に転じている。このため足許では、物価と賃金は本来の相関関係とは逆向きの動きである。

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2016-04-23

濱中淳子『「超」進学校 開成・灘の卒業生 その教育は仕事に活きるか』

 首都圏の国立・私立中学への受験者数は、リーマン・ショック以降の経済情勢の悪化や少子化から減少傾向にあったが、このところ上昇に転じ、中学受験の人気は復活を遂げている。このため、筑駒、開成、桜蔭等のいわゆる「最難関校」の名前を称した書籍は数多く出版され、ネットのみならずテレビのワイドショーなどでも頻繁に取り上げられており、これらを見るにつけ、そのブームは肌感覚的にも感じられる。本書も、題名はそうした関連書と変わらないように見受けられるが、内容的には、シンクタンク等の調査報告書で使われるオーソドックスな個票分析が用いられており、エビデンスを提示し、そこに解釈を加えるという形で記述されていく。

 分析に用いられるのは、開成・灘の卒業生に対し、中高・大学時代の状況と就業の状況、中高時代の教育に対する評価などを調べたオリジナル調査のマイクロデータ(回収数は開成558、灘514)で、比較目的で、調査方法は異なるものの一般大卒調査も行い(同1153)、それぞれの分析結果が比較される。調査は、中高時代の教育や経験が、その後の人生にどのように活かされているのかを解明する目的で行われたものである。中高の教育は、一般的には、大学(特に東大や医学部)への合格者数で評価されがちであり、その結果が、翌年の中学受験の偏差値表にも如実に反映されるが、一方で、中高の教育がその後の人生に与える影響は、これまであまり注目されていなかったのではないかと思う。そのこともあってか、本書でも指摘されている通り、開成・灘など最難関校の卒業生については、「人間関係が不得手」「世間知らず」「頭でっかち」「融通が利かない」「打たれ弱い」といったステレオタイプの評価が独り歩きしがちである。こうした一般的なイメージを打ち破る上で、本書のようなエビデンスにもとづく分析結果は極めて説得力のある材料となるものである。

 さて、第1章では、開成・灘卒業生の就業意識と平均年収について分析しており、上述のような一般的なイメージとは異なり、開成・灘卒業生は高い就業意識を持ち、周囲からも高く評価されていることについて確認する。上述のようなイメージが必ずしも当てはまらないことは、実際に周囲に卒業生がいる場合や、学校に関する情報に接する機会がある場合、ある程度既に理解できていることであろうが、そうではない場合もあるだろうし、分析の前提として、こうした事実を押さえておく意味はあるだろう。

 個人的には、調査対象者の意識についての設問の分析が中心となるその後の章よりも、第1章の平均年収についての分析が最も興味深かった。開成・灘卒業生の職業構成をみると、やはりというべきか医師の割合が一般大卒よりも高くなる。そうであることは想定内であったが、職業別にみても平均年収は総じて高く、大学研究者や公務員でもその年収は一千万を超える(調査対象者の平均年齢は46.9歳)。こうした事実には、個人的に〈ああ、いまの相場観はこういうものなのね〉と感じされるものがあった。また、平均年収の分散についても職業別に分析されているが、その結果には職業ごとの特徴がよく表れている。

 さらに年収については、いわゆる賃金カーブ的な回帰式による分析で、年齢よりも役職がプラスに働いている*1 。特に、開成・灘卒業生では、年齢は説明変数として有意ではない。

 また、開成・灘卒業生に関していえば、転職経験、特に1度目の転職が年収のアップに関係している。本書では、ベッカーの人的資本論の枠組みに即し、転職は企業特殊的スキルの喪失を意味するため年収は下がるのが通常のロジックであるとし、実際、一般大卒調査ではそのような結果となっている。一方で、開成・灘卒業生に関しては、人脈や転職を活かし、役職を上げることによって年収が上昇するというところが特徴的である。

 第2章以降は、本人の意識に関する設問を用いた分析が中心であり、特に、自分自身の評価についての設問が多用されている。分析自体は、第1章と同様きわめてオーソドックスな手法が用いられており、一般的な調査結果報告書と同程度の信頼性があるといえる。逆にいえば、一般的な調査結果報告書がそうであるように、今後異なる調査を用いた分析で、異なる解釈が出てくる可能性も否定はできない。とはいえ、第2章がそうであるように、理論的な枠組みはしっかりと押さえられたものとなっている。第2章については、「リーダー」という概念について分析上どうとらえるべきか、近年のリーダーシップ論の考え方が十分踏まえられており、先行研究のサーベイとしてみるだけでも興味深い内容である。

 本人の意識にもとづく結果であるとはいえ、開成・灘卒業生が概ね中高の教育や経験を高く評価し、その結果が、大学進学実績だけではなくその後の社会人生活にも十分に活かされていることが実証できたことは、本書に十分な意義を与えている。ただし、中高教育の実績というより、あくまでもともと能力の高い子どもが入学してきただけのことなのではないのか、との批判もできなくはない。この点について、中高の教育効果を別の視点からとらえた論文がある。

近藤絢子『私立中高一貫校の入学時学力と大学進学実績―サンデーショックを用いた分析』

この論文は、名門進学校の高い合格実績のうち、どの程度が生徒の入学前の学力の差によるものなのかを検証したもので、中学入学時の偏差値は大学合格実績に有意な説明力を持たず、間接的に、中学入学後の学校によるインプットの貢献が相対的に大きいことが示唆される、としている。本書とは異なり、学校別のデータを用いており目的も異なるが、いずれもいわゆる「最難関校」の教育効果を立証している。

 大学合格実績については、近年、学習塾の効果も大きいことが指摘されており、それ自体否定できるものではないが、少なくとも、中学受験は公立小学校の授業だけで対応するのがほぼ不可能であるほど入試レベルと授業内容に大きな隔たりがある一方で、大学入試ではそこまで大きな隔たりはない、というのが、そもそも学習塾の説明会などでいわれていることである。目標とする学校の合格にはそれぞれ一定の学習時間を確保する必要があり、「最難関校」の合格には、より多くの学習時間が必要となるのは当然である。確保すべき学習時間の中で大きなウェイトを占める中高の授業に全く意味がないとしたら、時間的にも大きな無駄である。特に、開成や灘のような活動的な中高にとっては不利である。しかし、開成や灘のような中高が長年、高い大学合格実績を続けていること自体、そこに入学することが「合理的」な選択であることを証明しているといえるだろう。

*1:本書とは関係のない話であるが、世の中「ベア」が話題になるが、個々人の給与については、結局「定昇」の方が重要なのだ。