『SS』 ちいさながと 初夢 後編
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どれだけ歩いたのか分からないが、結構歩いたような気がした。
「ところで茄子はどこだ?」
さっきから探しているのは有希と同時に茄子である。まあこのパターンだと、
「長門さんなら多分どこかにいるはずです」
ばらすのかよ。茄子は長門なんだってばらしちゃうのかよ!
「まあいいや、長門はどこだ?」
長門さえいれば有希も探すのは楽だろう、一緒にいてくれれば助かるのだが。そんな淡い期待も込めて古泉に訊けば、
「では連絡してみましょう」
あっさりと携帯を取り出した。電話出来るのかよ! ならなんで歩いたんだよ?
「いえ、場面転換には必要かなと」
「ウォーキングは体にいいよっ!」
どちらの理由も何かやだ。それと鶴屋さんは何故飛ばないんだろう。
ともかく古泉が携帯で長門に電話してるのだが。
「キモい」
「と言われても」
でもキモい。山から手が出てるのもキモい。というかこんな時にも笑顔なのもキモい。
そんなキモい山泉がキモく長門に電話している。
「ここぞとばかりに散々な言われ様ですね……」
うむ、どうせ夢だしな。ということで早くしろ。
「ああ、長門さんですか? はい、はい、そうですか」
しばし話していた古泉なのだが電話を切ると、
「どうやら近くには居るようです。もう少し歩いてからもう一度かけてみましょう」
「なら早速行くよ、キョンくん!」
二人で揃って飛んでいった。いや、ここで飛ぶのかよ?! つか飛べるかーっ!
とか言ってたら結構歩いてました。夢だけどもう疲れたんだけど。
有希が居なくてもう限界なんだ、早く電話しろ山。
「すでに名前ですらないんですけど……」
いいじゃん山で。ということで電話させた。
すると近くから着信音がする。どうでもいいけど何でゴッドファーザーのテーマなんだろ。
「ていうか電話落ちてるじゃん」
長門も近くにいないようだし、有希も当然いない。失望しながらも手がかりがないかと電話を拾う。
「はい、もしもし」
一応着信を取れば、
「ああ、長門さんも見つかりましたか」
などと山が言い出したので、どこにだよとツッコんだら、
「ここです」
と耳元で声。は? 長門か?
「そう」
どこだ?
「ここ」
って、いたーっ! 道理で耳元から声がしたはずだ、携帯電話に付いていたのはストラップ。そしてそれは茄子であり長門だった。だがこの長門はどっちだ? 有希なのか長門なのかサイズが小さくなったら区別付かないだろ。
「わたしは長門有希」
うん、どっちもそうだからね。
「っぽいもの」
違うっ! 断じて違うぞ、お前も長門有希なんだ! ってお前は長門か?
「そう、わたしは長門有希」
うーむ、これが長門だとすると有希はどこだ? それと夢とはいえ古泉や鶴屋さんに聞かれていいものかどうかも分からない。
「これは夢。それも涼宮ハルヒがあなたにだけ見せている。なので結構自由に言っても構わない、オリジナルもそう考えている」
そういうものなのか? と、今長門がおかしな言い方をしたような。
「なあ、有希はもしかして分かってるのか?」
「オリジナルは現在涼宮ハルヒと共に行動中」
何だってーっ!! 有希はハルヒと一緒なのかよ、何してんだあいつ!
「オリジナルよりメッセージを受け取っている」
…………何だよ。
「正確に伝える。『捕まえてごらんなさ〜い、ウフフ』(原文ママ)」
そんなキャラじゃねえーっ!! もし本当なら有希に一体何があったって言うんだよ。それと無表情でそんな事言われても。
などと言ってる場合じゃない、今度はハルヒを探さないといけなくなったのだ。
「それじゃ行くよっ!」
だから飛ばないでって! というか何故ストラップの茄子まで空を飛ぶ!
「ノリで」
ダメです。
ということで、一山、二鶴、三ストラップという奇妙な面々を引き連れて歩く事またしばし。
「なあ、ハルヒはどこにいるんだよ?」
「さあ?」
また、さあ? である。これだけで話を作ろうとするのは技術なのか未熟なのだろうか。
「手抜き」
それは言うな。おしおきとして携帯をストラップごと振り回した。おお、と言いながらもどこか楽しそうなのはいつもの長門とキャラが違いすぎるような。
ともかく歩くだけでは仕方ない、
「何とかならないのか、長門?」
「なる」
なるのかよ。どうすりゃいいんだ?
「これは夢。この世界であなたが寝れば夢から覚める」
なるほど、そういうことなのか。
「じゃあ何でさっきまで歩いてたんだ?」
「…………サービス?」
イラネー! 何かどっと疲れたので何処からか取り出した布団を引いて寝ることにした。
だが。
「寝れん」
「どうしたんだい?」
「何か体調でも?」
「…………大丈夫?」
いやだから、お前らに見つめられたまま寝られるほど神経が太くはないんだって。かといって、このままだと埒が明かない。
「どーすんだ、これ?」
「さあ?」
このフレーズでどこまで持つのか分からないのだが、何となく楽しくなってきたら背筋に悪寒が走った。
嫌な予感だ、間違いない嫌な予感だ。しかも何度も経験した嫌な予感だ。
「あら、キョンが寝ようとしてるわ」
当たった。嫌な予感が的中した。そして嫌な予感の発信源は常にこいつなのだ。
というか、犬? 何か犬を着たハルヒというか、ハルヒ風な犬がいた。その隣には、ぴい〜とか鳴いてるふわふわしたものがいる。
羊? あのふわふわしたの羊なの? 朝比奈さんだよね、あれ。でもモコモコしてるし可愛いです。
「せっかくだから寝かせてあげましょう。羊を数えて寝かせてあげましょうね」
はあ? すると目の前には何故か火の輪。ゴウゴウと燃えるそれを前に、ハルヒ犬の鞭が唸る!
「さあみくるちゃん、飛びなさい! キビキビ飛んで数を数えさせなさい!」
ピイ〜と泣く哀れな羊。だがハルヒの手は休まる事を知らない。
「飛びなさい! キョンに数を数えさせるのよっ!」
プルプル震える羊。やめろ! 可哀想過ぎるからやめろーっ!
こんな時こそ有希の出番なのだ、頼んだぞ! ってどこにいるんだ、有希は?
「ここ」
ハルヒの背中から声がする。「?」とハルヒが振り向くと。
「いたーっ!」
有希はハルヒに背負われていた。茄子で。しかも、
「でかーっ!」
サイズが大きいのだ。まるで長門と有希が逆転したようだ。で、何故気付かないんだハルヒ。
「と、とにかくどうにかしてくれ、有希っ!」
長門と有希の二人が居る事の違和感などは夢だから大丈夫なのかもしれないから有希の力に任せるしかない。これ、万が一ハルヒが知ったら俺は殺されちゃうんじゃないかな。
などと一瞬で思ったのだが、今は羊というか朝比奈さんを助ける方が優先なのだ。そして俺の恋人はいつでも俺を助けてくれる。
「わかった」
ハルヒの背中から降りた有希は茄子の格好のまま真剣な瞳で、
「わたしが代わりに飛ぶ」
そう言って火の輪に飛び込んだ。茄子が焼けるいい匂いが、って。
「そうじゃないだろーっ!!」
俺の渾身のツッコミが火を吹いた。
と同時に目が覚めた。
ベッドで上半身を起こした俺は自分の部屋に居た。外はまだ暗い。
横を見ると有希が可愛い寝息を立てている。
えーと、あっちの世界で寝たから俺は目覚めたと。そしてその方法とは数を数えたから、というか茄子が火の輪に飛び込んだ。あんないい匂いの中で寝たんだなあ、というか飛び込んだの有希だよな。
つまり恋人が火の中に飛び込んだから寝れたということで。
「………………うわぁぁ〜」
頭を抱えて落ち込んだ。俺、最低じゃんか。ハルヒのせいだとはいえこれはない。
「ごめんよ、有希ぃ〜」
寝ている有希に寄り添った。
すると有希からいい匂いがして、俺は安心してしまうのだった。
あ、焼き茄子食べたい。酢醤油で。