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2016-06-30 半年終了

なにせ、あっという間。

4月に入ってからは自分でも自分を見失う様な毎日だった。

昨日ようやく今年度に入って初めて遊びに出掛けた。


神奈川フィルの事務局のパーソナルマネージャーの中条くんが6月の半ばに

「ひろやすさん、名古屋フィルさんの合同演奏会が終わった後の数日間で夜に時間がある日はありますか?」

と聞いてきた。

僕が手帳を見て28日29日の夜だったら大丈夫だと答えると彼は次の日『巨人中日』戦のチケットを買ってきた。

「一緒に観戦しに行きましょう」と。

しかもお金を受け取らない。

理由を聞くと、彼が5月の京響の定期に夜行バスで聴きに来てくれた時に普通にランチを御馳走したり、失敗もありながらもあまりに仕事を頑張っている彼の姿を見ていて、「とにかく良い仕事は良い時計からだ」と何の根拠も理由もなく昔に使っていたロシア製の手巻き時計をプレゼントした事をずっと彼は気にしていたらしい。

そのお礼だと言う事だった。

新たに何かを買って贈った訳でもないのに逆に申し訳無かったけど、有り難くチケットをもらって一緒に中日ドラゴンズ側で観戦した。

残念ながらドラゴンズは負けてしまったけど、久しぶりの野球観戦だったし、やっぱりライブ空間は日常を忘れさせてくれて凄く開放された気分になれた。

観戦中は野球の話が多かったけど、もちろん音楽の話も沢山した。

中条君の並々ならぬ音楽への愛情は僕がたじろぐほど。

そんな彼が40歳や50歳になったら、一体神奈川フィルはどんなオーケストラになっているんだろう?と妄想するだけでも愉快だった。


神奈川フィルの常任指揮者の川瀬さんが先日の名古屋フィルとの合同演奏会の後、

「クビにならなければ神奈川フィルの50周年の時までやりたいと思っている」という事をおっしゃったらしいけど、是非やって頂きたいと思う。


オーケストラが良い方向に変化するのは恐ろしいほど少しずつだ。

一挙に何かが良い方に動く様な事はない。

それはオーケストラで働く人はみんな知っている筈だ。

でも、悪い方に行ったり、落ちる時は半年あれば十分過ぎる。

1年あれば別のオケと思われるぐらい転げ落ちる物だ。


でも僕は信じてるよ。

別に野球のチケットを貰ったからではなく、

中条君のような若者がさらに音楽を愛していき、川瀬さんの様な若きリーダーが今よりももっと音楽と格闘して、それにオーケストラのメンバーの多くが音楽にもっと真摯に向き合えば、誇れるオーケストラになると思う。

最近、首都圏のオーケストラはかなり聴きに行った。もちろん神奈川フィルも含めて。だから余計に確信に近い想いがあるんだよね。


明日から 2016年の後半が始まる。その初日の午前中はとりあえず僕は歯医者さんに行かないと行けないけど、神奈川フィルのみならず、日本中のオーケストラが良い方向に少しでも進んでくれたらと思っている。

2016-06-24 レニングラード

25日土曜日(みなとみらい)、27日月曜日(名古屋)と名古屋フィルと神奈川フィルの合同演奏会がある。

今そのリハーサルの真っ最中。

あの神奈川フィルの練習場に130人がいて、みんなで音を出す訳だからその音圧たるや筆舌に尽くしがたい。



愛知県春日井市で生まれ名古屋に引っ越し、そして上京。

とっくに東京での生活の方が長くなり、東京での仕事がほとんどではあるものの、未だに中日ドラゴンズファンだし、東京に来てから発足したJリーグも何故か名古屋グランパスのファン。

ここ何台かはトヨタ車だし、三つ子の魂は50歳になっても変わらない。

そんな中、自分の所属するオーケストラが名古屋フィルと合同で演奏会をするなんて。



名古屋フィルには沢山の友人、先輩後輩がいる。

大学一年生の時に初めてカルテットを勉強した時のバイオリンの先輩もいるし、チェロの先輩がなにせ2人もいる。

当時は恐い先輩で怒られてばかりいたけれど、今はお二方とも歳を重ねてまるくなり、紳士になってた。

隣で弾いているのが先輩の1人。

仕事をしながらの彼の言葉や動作で、やっぱり長い年月オーケストラで考え試行錯誤をずっとされてきたんだなと思った。

なにを今までオーケストラでしてきたか、音楽に対してどう対峙していたのかは1時間のリハーサルでわかる物だ。

というか、合同だからと張り切ろうが、頑張ってる振りをしようが、普段の事しか出ない物だ。

あわてて練習してもそんなのはバレる。

普段何をしてオケに来ているかなんてすぐバレる。

先輩を見て嬉しかった。

この年月に各々の人生があり、音楽があり、場所は違っても、同じオーケストラという土俵に生き、様々な想いを持ち寄って彼らとこんな時代に「レニングラード」を弾く。

これほど意味がある事もそうはないのではないかと思う。



名古屋のコンサートには父親も聴きに来る。

できたら母親と揃って聴きに来て欲しかったな。

終演後にそれこそいろんな話が出来ただろうに。

チェロ子チェロ子 2016/06/28 09:10 熱演、お疲れさまでした!オペラグラスで見ていました。見慣れた名フィルの中に、神奈川フィルのお顔があるって、不思議な感覚でした。我々、そのお隣の方に練習をみていただいているんですよ。演奏はすごい迫力でした。チェロが7?8プルートでしたか。音、音、音!舞台の上だとどんな感じだったのでしょう。終演も9時をかなり回っていましたよね。トンボ帰りとは大変ですね。本当にお疲れさまでした。最後の白鳥の湖のオーボエ、素敵でした。シンコペーションが気持ちをザワザワとさせますね。またお越しくださいませ、お待ちしております♪

mp-yamamotohiroyasump-yamamotohiroyasu 2016/07/01 00:22 チェロ子さん
ありがとうございました。
太田さんがトレーナーでいらっしゃるんですね。ずいぶんお世話になりましたし、可愛がってもらいました。
こんな合同はこれからもうないのかな?とも思いますが、僕にとっても良い経験でした。名古屋市民会館、とにかく懐かしく、名古屋だなって感じがしてじんわりしました。本当にありがとうございました。

2016-05-24 長い旅

宮崎国際音楽祭から戻り翌日から2日間大学に行きその足で京都へ。

その京都から戻ってまた大学に3日間。

宮崎での2週間、そして京都での1週間。

ありがたい事にその間に沢山の刺激を貰い早速今週の大学でのレッスンの糧になっている。

個人個人のレベルアップと言うのは、年齢を重ねれば重ねるほど大変な事だ。

そんな簡単にレベルアップなんて出来ない。

でも少なくとも1年というスパンで1つの事を追えば、何かを得られる。

それをしない限り落ちて行く一方だしもう戻れない。そんな年齢なんだよね。

だから人の演奏を聴く、自分のオーケストラを聴く、様々なオーケストラを聴くというインプットはもちろんの事、

毎年、毎月、毎週、そして毎日、何かのテーマを持って日々考えて生きていないと、簡単に衰退して落ちていく。

そんな事わかり切った事だけど、それを続ける事は本当に難しいし、忍耐のいる事だ。

宮崎では僕の尊敬する先人である上村昇さんや原田禎夫さんの生活を目の当たりにして、やっぱり自分の足りない事を沢山気付かされるし、音楽監督の徳永二男さんを始め、60歳代でまだ全然へこたれた様子も見せず、全く心身共にエネルギーに満ちた先生方姿は僕を本当に僕を奮い立たせてくれる。

そしてズッカーマンの演奏。

これには参った。

去年も一昨年も彼の演奏は聴いて驚愕したし(当然今年も凄いんだろうな)という僕の想定を超える演奏を見せつけられる。

これは一体どういう事か?

先人に聞いても「わからない」と言う。

あんなブルッフのコンチェルトはもう聴けないだろうなと思う。

でもその音を求めて、その音楽を求めて再び楽譜や楽器に向き合える事の幸せを感じている。

その向き合えている自分がないと、生徒さんに教える事なんて出来ない。

毎年、背中が少し見えたと思って、少しは近づいたのかな?と思ったら差は開いていたと言う僕から見た先人達の様に、生徒さんからもそう見えないと教師なんて勤まらないんだろうなと思う。

レベルアップという言葉を簡単に使う人は、レベルアップする事の大変さを知らない人だ。

1年、3年、そして5年経ってようやく少し自分の身体に浸透出来たら御の字だ。

その辛抱に耐えられる人が才能がある人なんだと本当に思う。



この3週間に及ぶ旅の間、そんな事を確信した。

明日明後日とまた大学に行き、そして自分のオーケストラの仕事だ。

何かをオーケストラにも還元出来たらと願っている。

今年も宮崎では多くの演奏家の方やスタッフ、そして僕が好きで通わせて頂いたお店のマスターやスタッフの方にはお世話になった。ブログという場でのお礼など、失礼かとも思うけれど、心から感謝申し上げたい。

ありがとうございました。

2016-05-02 第21回宮崎国際音楽祭

明日から宮崎国際音楽祭。

初めて参加させてもらったのは2003年ぐらいからかなぁ?

しかも一度行くと2週間から長いと20日近く滞在する。

足すともう宮崎に1年ぐらい住んだと同じ事になる。


参加メンバーは各々自分のお気に入りのお店があるし、僕もお世話になるお店がほぼ決まっている。

またそんなお店のマスターやご主人達にお会い出来る事が本当に楽しみでならない。

本当に毎年お世話になりっぱなしなんだよなぁ。

今年もよろしくお願い致します。


多くの国際的なソリストや音楽家を目の当たりにする事や、またこの音楽祭に参加しているチェロの大先輩達との生活が僕には本当に貴重な時間。

そこでショックを受けたり、感動したり、少しでもそれを自分の物にしたいと思う訳だけど、そんな簡単じゃないんだなぁ。


数年前にピンカス・ズッカーマンのリサイタルやコンチェルトに衝撃を受けて茫然自失となり、そのズッカーマンと親交の深い原田禎夫さんにその秘密を教えてくれと迫った事がある。

禎夫さんは

「俺、昔から彼の事よく知ってるけど、最近の彼は凄い所に行っちゃったんだよな。本当にすげえよ」

との答えが。

世界の第一線で活躍している人が進化のスピードをあげている事にも衝撃だった。


また今年もどんなショックを受けるのか。

でも届く事が出来そうにない目標を毎年目の前に突きつけられる事は、本当に喜ばしい事だ。

今年もタリーズで珈琲を飲みながら本を読む時間があるかな?

好きな時間なんだよね。


まずは中心部のMUJIでサンダルを買う事から始まる気がするけど。

明日の昼からラフマニノフのコンサートのリハーサルが始まる。

2016-05-01 4月が終わった

以前はチェロを教えると言う事に凄く躊躇していた。

あまりに自分の中で完結していたり、多くの人から学んだ事や教えて頂いた事を自分の中で組み合わせ過ぎていて、独善的でありすぎると自分を考えていたと言う事もあるけれど、芸大で生徒さんを教えてくれないかと言って頂いた時、実は断りの電話を入れた。

室内楽は今までもいろんな形でやってきたとは言え、特定のカルテットやピアノトリオをやっていなかったと言うのに「室内楽は教えたい、伝えたい」と生意気にも思っていた。

でもチェロはかなり躊躇していたのは事実。

その生徒さんに対しての責任に耐えうる自信もなかったのも当然ある。

でも当時誘って頂いた先生に電話で多くの話をして頂き、引き受けさせて頂く事にした。

それから月日も経ち、今年からは4つの大学で非常勤として教えている。

と言っても全部合わせて生徒さんの数は9人。

多いのか少ないのかはわからない。

今でもレッスンが終わった後にこの進め方で間違ってないのか?と凄く心配になる。

自分の思った事を言えば良いと到底思えない。

生徒さん達とは背の高さも体重も腕の長さや太さ、骨の太さ指の長さや特徴、もちろん男女の違い等々、同じ部分はまるでない。

各々の生徒さんに対して言う事が違って当然だし、それを辛抱強く言い続けられるのか、それとも途中で軌道修正をした方が良いのか、いろんな事を考えるととてもじゃないけど身体が持たない。

それだけに集中したいという想いもあるけれど、継続的にオーケストラの仕事にも追われ、それ以外の演奏会の事も考えると、本当に1日24時間では足りない。

今年から生徒さんがの数もぐっと増えて9人になった為もあるし、初めての学校も2つあり、身体もさることながら精神的にも辛い一ヶ月だった。

今、その4月をずっと思い返しながら今後の策を練っている。

生徒さん達はみんな真面目でみんな頑張ってる。

少しでも彼らの為になる事が言えたらいいなと思う。

チェロが上達する事もさることながら、卒業した後、独りになっても自分で勉強出来る術を身につけてもらえたらと願っている。

明後日からは恒例の宮崎国際音楽祭だ。ここで上村昇さんや原田禎夫さんに「教える事」についてまた教えてもらおうと企んでいる。