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2016-08-26 サイトウキネン 4

小澤総監督が指揮をしたベートーベンの7番の前日、チェロの上村昇さんが15歳も年下の僕に

「明日は一緒に良いベートーベンを弾こうね。今から楽しみにしてる。良いベートーベンを。お疲れ様」

と言って帰って行った。

僕は嬉しかった。

次の日の小澤総監督のベートーベンの7番は僕にとっても多分忘れる事の出来ないベートーベンとなったし、その終演後上村昇さんも「ひろやすくん、楽しかったねぇ、良いベートーベンだったし、やっぱりベートーベンだよね、ありがとう」と言って帰って行った。


そのベートーベンの次の日は僕たち演奏家はDay Offで1日何もなかった。

僕は家にいる猫と遊ぶ為に、そして6日以上続いたリハーサルと4回の本番の疲れをなんとかしたくて鍼に行く為に日帰りで東京に戻った。


28日の本番ではイベールの「ディヴェルティスマン」という曲を演奏するのだけど、チェロは2人で僕と上村昇さん。リハーサル後に上村さんが僕に言った。

「オフの日はどうしてたの?」と。

「東京に帰ったんですよ。鍼に行きたかったのと、老猫と遊んであげたくて。上村さんは松本にいたんですか?」

と今度は逆に僕が質問した。そうしたら上村さんは、

「京都に帰ったんだよ。フェスティバルが始まる前からちょっと家の猫があまり調子が良くなくて、心配だったから朝松本を出て京都に着いて車に乗って家に向かう途中、家族から電話で『今息を引き取った』って言われてさ。温かいうちに撫ぜてあげたかったんだよ。家に着いたら冷たくなっててね。冷たい猫を何度も撫ぜてあげたんだけどね。もう少し頑張って欲しかったなぁ。悲しくてね。猫の葬儀を済ませてから松本に戻ったんだよね。あの日は」

と目を真っ赤にして話してくれた。

僕は貰い泣きしてしまった。

上村さんの所の猫は享年21歳だったそうだ。

うちの猫は今19歳。

重なる所もあり、完全に貰い泣きをした。


上村さんが言った「良いベートーベン」は猫ちゃんに捧げられた演奏でもあったんだな。

調子が悪く、明日にでも帰らないとと思ってあのベートーベンを弾いてらっしゃったんだなと思うとさらに泣けてきた。上村さんがご自宅にもどるまでは少しだけ頑張りきれなかったかも知れないけど、上村さんが渾身の演奏をしたベートーベンの7番を弾き終えるまでは猫ちゃんもしっかり頑張ったんだなと。



君は21年間、上村さんの素晴らしいチェロをずっと聴いてきたんだね。

それも演奏会ではなく、とにかく自分に厳しい上村さんの家での練習を。

でもこれからはいつでも天国で本番が聴けるんだね。

君がが天国で初めて耳にする上村さんの弾く曲はイベールの「ディヴェルティスマン」という曲だよ。

凄く楽しく洒脱な曲だよ。

僕は君に会った事はないけれど、天国で楽しく過ごせる為に僕も上村さんもエンジョイして弾くから。

聴いててよ。

僕は君を心から可愛がった上村さんと2人で弾ける事がとにかく誇りだから。

今度は僕から上村さんに言うよ。

「28日は一緒に楽しく良いイベールを弾きましょうね。猫ちゃんも楽しみにしてるし。楽しく良いイベールを」と。

2016-08-25 サイトウキネン 3

ファビオ・ルイージという指揮者。

音楽的な才能や見識はもちろんの事、人間としても優しくユーモアに溢れた本当に頭の良い紳士だと思う。

もちろんプライベートの事は知る由もないけれど、少なくとも指揮台の上での彼は文句のつけようがない。



こんな事があった。

マーラーの「復活」のリハーサル中、男性の合唱に対して

「ブレスをする時に、息を吸う音が聞こえない様にして欲しい。僕はそれが誰と誰と言う事はわかっているけれど、残念ながら名前を知らないので言えない」

と言った。

そこでオーケストラも合唱団も笑った。

何気ない注意とジョークではあるけれど、「誰と誰」と言った事がミソだと思った。

多分、息を吸う音が大きかった方は自分で気付いていると思う。それを(ルイージさんは僕であるとわかっているんだ)と自覚したと思う。指揮者からチェロへの注意があった時に僕も少し落ち込むしバツが悪くなると同じ様にその合唱団の自覚した方も同じ心持ちになったと想像する。

だけど「残念ながら名前を知らないので言えない」という一言で笑いを誘って重要な注意であるのにいい雰囲気で終わらせた事に感心した。

何度何度も練習番号の15番からをやっていて「これが最後。15番から。これが最後と約束をする」と始めたとたん再びオーケストラの演奏を止めて注意をした。そして「最後と約束したから15番からはもちろんしない。15番の2小節目から」とルイージさんは言った。

ここまで回数をやるとオーケストラも「またか?」と思うのに、その一言で笑いに包まれてそういう気分にもならなくなる。素晴らしい言葉を繰り出す指揮者だと思う。

去年のマーラーの5番の時もチェロとコントラバスのピチカートを合わないからと何度もリハーサルしていた時に「素晴らしい!完璧だ!これなら何も心配はない」と褒めちぎった後に「でも僕たちには一度しかそのチャンスはない」とオーケストラを笑わせてさらには釘をさした。

(あの感じでやれば良いんだ)とチェロとコントラバスの人は思ったに違いないけれど、僕らにはチャンスは一度しかないんだというその部分においての集中力を植え付け、さらには柔らかな雰囲気でその部分のリハーサルを終わらせた。


決して怒る訳でもないし、決して冗談ばかりを言っている訳でもない、そのバランスがあまりに見事な紳士なんだと思う。


僕はその頃まだ参加していなかったけれど、小澤さんがベートーベンの運命の冒頭が上手くいかなくて、「どうしたら良いんだ?」と何度もリハーサルをしてた時の事。

その時に既に海外生活が長く、英語の方が上手な日本人のとあるバイオリン奏者が言った一言が秀逸だったそうだ。

「小澤さんを見るなら全員が見る、見ないのなら全員が小澤さんを見なければ合うと思う」

とおっしゃったらしい。

でも不思議とその一言から問題なく冒頭が揃う様になったそうだ。


言葉は本当に不思議だし、その場にはその場に適切な言葉がある様に思う。

それを指揮台で言える指揮者はやっぱりオーケストラに愛されるし、ウケ狙いとわかってしまったとたんにオーケストラは一瞬で離れて行く。それだけオーケストラも指揮者の一言に耳を傾けているし、そのニュアンンスも音楽家ならではの耳で聴き取るから大変難しいと思う。

ファビオ・ルイージは愛されている典型例だけど、神奈川フィルに来る指揮者としてはサッシャゲッツェルさんもそのタイプだと思う。

2016-08-24 サイトウキネン 2

先日、僕が昔大変お世話になった松本在住のご夫妻にお会いした。

そのご夫妻には2人の娘さんと1人の息子さんがいて、昔は鈴木メソッドで娘さん2人はバイオリンを、息子さんはチェロを習っていた。。

今は3人とも幸せに松本以外の地で生活しているけれど、その息子さんが大きくなった時の為にとそのご夫妻は素晴らしいモダンのイタリアのモラッシーというチェロを購入していて、実は僕はそのチェロをお借りして大学の入試を受けた。

つまり、僕のチェリストとしてのスタートはその楽器からだった。

そのご夫妻と久しぶりにお会い出来て、その楽器の話からそれをとりまくあらゆる想い出話を食事をしながらさせて頂いた。

あまりに懐かしくホテルに帰ってからもしばらくぼんやりとその頃の事を考えていた。


今はこうやってサイトウキネンで毎年松本に呼んで頂いていて夏の間一ヶ月弱ここで生活しているけれど、考えてみれば松本という街は本当に縁が深い街なんだと思った。

鈴木メソッドでチェロを始めて、毎年夏に鈴木メソッドが開催している「夏期学校」でエクレスのソナタを独奏したのもここ松本だった。

僕の高校時代の現代国語の先生で、唯一高校時代に一緒にご飯を食べた大好きで尊敬するY先生も、もう30年もこの松本の高校で教鞭をとっている。

そして初めてフルのコンサートを指揮したのも松本のオーケストラだし、サイトウキネンで松本に来る様になってから大変お世話になっている方も沢山いる。


僕のチェリストとしてのスタートは松本だったんだな。

小澤総監督の指揮したベートーベンの交響曲の第7番の時の弾きながら落涙するぐらいのコンサートで、しかもこの松本の地でキャリアを終えられたらとも思った。

そんな綺麗に人生終われる筈もないし、これからもう少しやりたい事もあるからまだしばらくは頑張って勉強しなきゃと思うけれど、夏以外の春、秋、冬にも松本を訪れて1週間ほどゆっくりしてみたいと密かに企んでいる。

くるみくるみ 2016/08/25 21:54 そんな風にわが街とのご縁を感じてくださってとてもうれしいです。こちらでの滞在もすっかり慣れていらっしゃるでしょうが、それでも少しでも快適にお過ごしになれるようにと願っています。
また時期を違えて何度でもお出でください。いつでもお待ちしております。

mp-yamamotohiroyasump-yamamotohiroyasu 2016/08/26 20:38 くるみさん
いつもありがとうございます。
松本は振り返ると本当に沢山ご縁があり、何かあるんだろうなと思っています。特に小学校の時や中学の時に参加した鈴木メソッドの夏期学校の夏を入れると、50回迎えた夏の何%松本で過ごしたんだろう?って思います。20回としても凄い事ですよね。いつも親切にして下さり、ありがとうございます。違う季節にも是非楽器を持たずに訪れたいですね。

2016-08-20 サイトウキネン 1

今年も松本でのこのフェスティバルでのリハーサルや本番に参加させて貰った事を心から嬉しく思うし、誇りにも思う。とは言え、このフェスティバルに来たからいつもと違う仕事をする訳ではない。

ここで普段自分の職場でやっている事を変えて仕事をする事は無意味な事で馬鹿げた事だと思う。

去年のフェスティバルが終わってから、今年のフェスティバルが始まるまで1年間、あらゆる仕事の中で何を考え、何を試み、良い悪いではなくどんな結果を生んでそこから何を得てきたのかがここで出るだけの話。

だから急に頑張っても滑稽なだけだし、それは全ての人にわかってしまう。


確かにいつのもタイミングや奏者が違うから、その擦り合わせはもちろんするし、このサイトウキネンオーケストラで求められる音という引き出しを数多く持っていないと仕事にならないのは当然の話だけど。

と言いながら、その音はどうするのかはこの期間やっぱり悩みに悩む。

ベートーベンの7番の冒頭のA durのコードの1音、これだけでも相当悩む。

隣の上村さんと弓のスピードが違う、木越さんと音の立ち上がりが違う、小澤さんは何を求めてるのか、コンマスの豊嶋さんの弓の切り方はどう、様々な事を思う。

でもそれはいつも思っている事ではある。

ここだから特別に気にしている訳でもなく、神奈川フィルでも京響でもどこでも毎回思っている事。

今年松本に来て6日間は毎日びっしりリハーサルがあったし、オフもなく演奏会2回。それもオネゲルの交響曲第3番、ベートーベンの交響曲第7番、そしてマーラーの交響曲第2番「復活」とフィジカルもメンタルも疲弊したのは事実。今日が初めてのオフ。

でも、体力的にまだ万全とまでいかない小澤総監督がコンサートで渾身の力を振り絞っての指揮する姿を見ると、なんとも自分の弱さが情けなくなる。

だからなんとかしたくて午前中に4キロ程度のウォーキングをして身体を安定させているような気がするんだよなぁ。気休めなのかもしれない。

とにかく明日、明後日と本番がまた続くので、力む事なくとにかくその瞬間瞬間、最善の仕事ができる事に集中したいな。

2016-08-10 国歌

いろんな所で今回のオリンピックでの「君が代」のテンポについて多くの意見を読ませてもらった。

こんな事、今まであっただろうか?

国歌のテンポがTwitterやニュースなどに取り上げられた事は嬉しい事だと思ってる。

Twitterなどで知ったのは誰が指揮者で何処のオーケストラで、そして何故そこまでテンポが遅くなったのか等々。

その理由をそのレコーディングに関わった方が

国旗掲揚の時間に合わせる為にテンポを遅くしろという指示があった」

とそれもTwitterに書いていた。


体操の内村さんが

「声が枯れるまで歌おうと思ったんですけど、結構遅くて、、、」

とインタビューに答えていた。


でも今回の君が代はかなり遅いなと僕も思う。

あれではなかなか歌いにくい気もする。

とはいえ、そのテンポを批判しようとも思わないし、逆にどんなテンポでもあっていいと思う。


大事なのはどの指揮者に依頼し、どのオーケストラに依頼してという時に、その音楽家への信頼を持たない発注だったと言う事だ。

国旗が上がるまでに時間がかかるからという理由は、国歌を歌う事、その依頼した指揮者の音楽性などどうでも良いと言う事などがないがしろにされていた事が僕には不満。

どんな演奏をするオーケストラなのか、どんな音楽を作る指揮者なのかという事をちゃんと何十人も聴きに行って決めるとか、この響きで国歌を演奏して欲しいという想像すらしていない証拠をさらけ出してしまった。


それが国の文化の根幹をなす国歌の演奏という現場で起きた事ががっかりさせる。


指揮者やオーケストラを決めて「あなた方の演奏をとにかく信頼しています、そして良い演奏が出来る事を期待しています」と投げられた上での録音ならテンポが早くても遅くても敬意をもってその演奏を受け入れたいとは思うなぁ。

法律を作ってまで国歌を歌わせようとしている割に、その国歌とは音楽なんだという事には無頓着。

浅いね。

それに、僕は日本人、そんな法律がなくても日の丸が上がれば心から嬉しいし、国歌が流れれば感動する。

それを強制する事のバカバカしさが今回の寸法の為のテンポ設定なんだなと思った。


作編曲家の沢田さんが「歌えないテンポはダメだろ、規格に合わないのなら前奏を付ければいいじゃん」って言っていたけど、前奏を付ける事が良い悪いじゃなくて、多くの音楽家が歌いにくいテンポである事には何か想いを思ってると思う。

序曲を演奏しながらオペラの幕が開く演出で、その幕が綺麗にあくまでに10分かかるから、フィガロの序曲は10分で演奏してくれ、という事と一緒。

日本人のぼくにとって大事な国家なんだから、もっと専門家を信じて欲しいと思うな。

でも仕事ってそんなものなのかな?

そんなちょっとがっかりした気分を明日からの松本ですっかり消し去りたい。