自らの身は顧みず 田母神俊雄論続編(特別編;皇室論#11)#13

自らの身は顧みず 田母神俊雄論続編(特別編;皇室論#11)#13
桜井:皇族方は民間のように自由に働くわけにも行きませんし、失礼ですが、歳費も年三千万円程度と決して大きな金額ではありません。
殿下:例えば、宮家にはお客さんが来た時のお茶やお菓子を運ぶ若い女性がいます。彼女達を「侍女」といいますが、私が歳費の中から雇っています。そういう人件費だけで歳費の半分は飛んでしまう。幸い私には講演料や印税などがありますから、娘たちに栄耀栄華とまではいかなくても、それなりの生活を送らせることができますが、それがなければ
本当にぎりぎりの生活でしょうね。
桜井:決して多くない歳費に対して、国民からはご公務や暮らしぶりについて、こうあってほしいという非常に大きな期待がある。功利的に考えますと、皇族は非常に損な役回りであると言ってもよいでしょうね。
殿下:結局、突き詰めて考えると、存在している事が大切なのです。例えば我々がどういう仕事をするのかは法律で決められているわけではありません。ずっとピュアに考えていけば、やはり血統を守ための血のスペアとして我々は存在している事に価値があると思います。ですから、皇位継承については、小さな時から意識がありましたね。
皇位継承問題
桜井:存在している事そのものが大切というお考えは、実は日本文明の核であるような気が私にはしております。今回の「有識者会議」は女系天皇容認という皇室の伝統を覆すような結論を出しました。女性天皇は歴史上存在しましたが、女系天皇はいなかった。
“有識”の人々はそれを認めるというのです。しかし、日本は半ば神話の時代から今日まで、神武天皇の血を引く天皇を戴いてきた。万世一系、つまり男系の血筋を重んじてきてずっと継承してきた。その事実自体が日本民族の物語なのです。その物語は大切なものとして受け止めなければならない。
殿下:天皇様というご存在は、神代の神武天皇から125代、連綿と万世一系で続いてきた日本最古のファミリーであり、また神道の祭官長とも言うべき伝統、さらに和歌などの文化的なものなど、さまざまなものが天皇様を通じて継承されてきたわけです。世界に類を見ない日本固有の伝統、それがまさに天皇の存在です。
天皇制度の最大の意味は、国にとっての振り子の原点のようなものではないかと考えています。国の形が右へ左へとさまざまに揺れ動く、特に大東亜戦争などでは一回転するほど大きく揺れましたが、いつもその頂点に天子様がいてくださるから国が崩壊しないで、
ここまで続いてきたのではないですか。
桜井:“有識者”会議の10名にしても、天皇家のことや、日本の歴史や精神文明に就いて
深い知識と理解をお持ちの方は幾人いたのでしょうか。辛うじて最高裁判事だった園部逸夫さんに皇室法に関する著作があるというのと、東大名誉教授の笹山晴生さんが「日本書紀」などの日本の古代を専攻されていたにすぎません。
殿下:会議の構成について私が口を挟むわけにはいきませんが、2665年間も続いてきた世界でも類を見ない、まことに稀有な伝統と歴史を、1年、わずか17回、三十数時間の会議で大改革してしまうということが、果たして認められるのでしょうか。あまりに
拙速すぎませんか、という事を強く申し上げたい。
かって、十代八方の女帝がいらしたことが、女帝論議に火を付けているような部分があります。あの方たちは御家系の中の適齢期の方が即位されるまでの中継ぎ役、ピンチヒッターとしての即位でした。また、独身で即位された方は終生、配偶者を求められていません。つまり結婚なさいませんでした。
これら女帝と、今、認められようとしている女系の天皇というのは全く意味合いが違い、これからやろうとしていることは、2665年間つながってきた天皇家系図を吹き飛ばしてしまう事だという事実を、国民にきちんと認識してもらいたい。
桜井:今、もっとも誤解されているのは女性天皇女系天皇の違いではないでしょうか。
「とにかく愛子様天皇になることだろう。それはいいことではないか」、というほどの
認識でしょう。
殿下:皇族の伝統を破壊するような女系天皇という結論をひねくりださなくても、皇統を絶やさない方法はあると思うのです。
桜井:座長の吉川弘之元東大総長自ら、「(この報告書は)歴史観や国家観で案を作ったものではない」と公言しています。
殿下:戦後、GHQの圧力で皇室弱体化の為に皇籍を離脱させられた11の宮家もあります。
これらの方々が昭和22年に皇籍離脱されるとき、当時の加藤進宮内府次長が「万が一にも皇位を継ぐべきときが来るかもしれないとの自覚の下で身をお慎みになっていただきたい」と言っています。今、旧宮家には八方くらい独身男子がいらっしゃるそうですから、全員というわけにはいかなくても、当主のご長男とか、何人かには皇籍に戻っていただいてもいいのではありませんか。
みなさんが意外とご存知ないのは、我々現職の皇族と旧宮家の方々は凄く近しく付き合ってきたことです。それは先帝様のご親戚の集まりである「菊栄親睦会」をベースとして、色々な会を作ったりしています。また、お正月や天皇誕生日には、皇族と旧皇族が全員、皇居に集まって両陛下に拝賀というご挨拶をします。
桜井:庶民の言い方をしますと、ずっと親戚付き合いを続けてこられて、お身内の感覚が強いわけですね。皇族にはご養子が認められていませんが、そこを改正して、絶家となった宮家を復活させるということも考えられます。
殿下:繰り返しになりますが、2665年の間、神話の時代から延々と男系、父方の血統で続いてきたという稀有な伝統であり、この血の重みには誰も逆らえなかったのだと思います。血統に対する暗黙の了解、尊崇の念を国民が持っていてくださるから、皇族を皆さんがきちんと扱ってくださるわけです。
それが、恐れ多い例えですが、愛子様が例えば鈴木さんという男性と結婚され、その長子が女子であった場合、さらに、例えば佐藤さんという方と結婚されて・・・というふうに繰り返していけば、百年も経たないうちに天皇家の家系というのは、一般の家と変わらなくなってしまいます。その時、はたして国民の多くが、天皇というものを尊崇の念で見てくれるのでしょうか。「私の家系と何処が違うの」という人が出てこないとは限らないわけです。天子様を頂くシステムを突き詰めて考えれば、連綿と続く男系の血のつながりそのものなのですから。
桜井:それは理屈を越えた一つの「かたち」ということが言えますね。理屈ではないからこそ2665年もの間続き、日本という国の安定装置、振り子の原点として働いたわけですね。
殿下:日本歴史に根ざしているこの天皇制度というものが崩れたら、日本は四分五裂してしまうかもしれません。この女系天皇容認という方向は、日本という国の終わりの始まりではないかと、私は深く心配するのです。
桜井:日本民族日本民族たらしめてきた精神文明の核ともいえる皇室がなくなれば、私たちは無国籍の民のような、何処の誰ともわからない民族になりかねない、
殿下:それこそ、アメリカの51番目の州とか、中国の属領になるかもしれない。折角、サムエル・ハンチントンが「文明の衝突」で、日本は世界の中でも独自の文明を持つ一つだと書いてくれたのに、それを台無しにしてしまうのは、いかにも残念なことです。
桜井:ヨーロッパには女王がいらっしゃるから日本にいてもいいではないか、という議論がありますが、ヨーロッパの王室は武力、権力に基づく王権です。例えば、スエーデンの王家の祖はナポレオンの部下の将軍です。
殿下:私が国民にお願いしたいのは、愛子様が即位されるとしても、それまで30年以上あるわけです。それまでに皇統維持の為に先人達が考えた色々な方策を検討して欲しいということです。今すぐ性急に決める必要はありません。
以上(「文芸春秋」2月号‘06)             
平成18年1月10日
つづく