砂上のバラック このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-09-14

- -を含むブックマーク

時代はソーシャルゲームらしいので、自分が実際に遊んでた/遊んでるソーシャルゲームの話を書くよ。


『怪盗ロワイヤル』。ゲーセン仲間のマイミクに誘われて、最初は「いやそういうのだりーし」と断って「通勤の合間とかにささっとやるだけで済むから大丈夫だよ」と言われて、一応やってみるかと始めた。やってみないことにはわからないからね。結局レベル337くらいまでやっていた。


ものすごく大雑把にゲームの概要を説明すると、ポイントをミッション要員/攻撃要員/防御要員の3つに割り振って、ミッション要員(基本的には時間で自然回復、またはレベルアップで全快)を消費することでミッションをこなしてお宝アイテムをコンプリートしていくゲーム。お宝アイテムはそれぞれ決まったミッションからランダムで獲得することができ、一つのカテゴリーにつき7種類のお宝を揃えるとコンプリートとなる。ただし、プレイヤーは最初に自分のタイプを頭脳派/セクシー派/肉体派のどれかから選び、それぞれのタイプで出現しないお宝がある。そのためお宝をコンプリートするためには人からプレゼントしてもらうか、奪う必要がある。また、プレゼントはそのカテゴリー内のお宝が5種類以上、つまり残り2種類以下になると受け取れなくなってしまうので、多くの場合はお宝をコンプリートするために他の人から奪う必要が出てくる。逆に自分のお宝が狙われることももちろんある。コンプリートすることによってお宝にロックがかかり奪われなくなるので、奪われる前にいかに上手いこと揃えるかが重要になる。というのがたぶんこのゲームの中核なんだけど、個人的にはそこはわりとどうでもいい。


じゃあ何を楽しんでいたかというと、いかにお金とドロップ装備アイテムの収支がいいミッションを掘り続けて防御パラメータを高くしていくかという遊び方をしていた。MMORPGでひたすらソロ狩りを続けているようなもんです。正直、全然ソーシャルじゃない遊び方だけど、そういう遊び方に耐えられる程度にはミッションのバランスは取られていたので、ちょっとした合間に手軽に遊ぶにはちょうどいいゲームでした。昔MMORPGやっていたころもいかに効率よく狩りをするかに血道をあげるタイプだったので懐かしい感触でした。


ちなみにいくつかロワイヤル亜流のソーシャルゲームをやったら、だいたいどのゲームもミッションのバランスがダメダメで作業が退屈なものばかりだった。もちろん『怪盗ロワイヤル』でやっていることも作業ではあるんだけど、一応迷う余地があって「このミッションはお金効率そこそこ、ドロップアイテムもぼちぼち。だけどこの先の別のミッションのだとお金効率心持ち下がるけどドロップアイテムはもっといい。意外と出現率も悪くないかも」みたいなところで「どこを掘りに行くか」という部分にメリハリはあった。誤解を恐れずに言えば「ちゃんとジャンケンできるようになっている」とでも言うか。


ちなみに辞めた理由は、最初はほんの片手間にやっていたのが効率をよくしようと求めるうちに「このタイミングでミッション掘ったらレベルアップでミッション要員回復して、その次はこの時間に…」というふうに少しずつ重くなってきてしまったのでこれはやばいと思ってある日を境にすっぱり断ち切りました。


これがもっと他のプレイヤーとの関わりが重要になるゲームだったらまたネトゲ廃人になっていたかもしれない。逆に言えば、やたらと「ソーシャルゲーム」という冠だけが一人歩きしているけれど、実際は既存のネトゲよりもよっぽどソーシャルの部分は軽い。しょせんケータイゲーなんで。感触として過去に遊んだゲームで一番近いと感じたのはCGIゲームの『MS Tactics』あたりかな。まあ、今やたらとソーシャルゲームをくさすような雰囲気があるけど、言われてるよりはちゃんとゲームしてますよ。


あと今遊んでいる『憂国の大戦』というTCG系のソーシャルゲームのことも書こうと思っていたけど、それはまた気が向いたら。

2009-11-13

- -を含むブックマーク

調べ物してたらはてなキーワードでちょっとした間違いを見つけて直そうとしたらとっくの昔にはてな市民権が剥奪されていた。ついでにはてなポイントの有効期限が切れて0ポイントになっていた。さよなら投げ銭でもらった俺の295ポイント。時間がたつのは早いものですね。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/number29/20091113

2008-09-02

- -を含むブックマーク

9月1日は映画の日だったので新宿で『崖の下のポニョ』を見てきた。元々映画もそんなに見なければ、アニメもそんなに見ない、ジブリにも特に思い入れなしという自分なのだけど、なんだかネット上でいろいろ騒がしいですねー、という感じだったのでせっかく1000円の日だしと見た。ちなみにジブリ作品見るのは『もののけ姫』以来かな。今思い返したら奇遇にも同じ映画館で見ていた。


んで感想なんだけど、何かいろいろ騒がれてるのが全くピンと来ないくらい普通にいい映画だった。面白かった。クライマックス(と言うほど大げさに盛り上げているシーンではないけど)の宗介とポニョ母のシーンではちょっとウルッときて、ああ、この映画は許容の映画なんだなあと思った。家帰ってから公式サイト見たら思いっきり「生まれてきてよかった」というキャッチフレーズがついているしね。それにしても、公式サイトの「作品の内容の解説」のところに最初に出てくる宮崎駿の言葉の「神経症と不安の時代に立ち向かおうというものである」というのは、批判内容と対照させるとなかなか皮肉だなあ。あんまりリアリズムで読み解くような類の映画じゃないと思うんだけどね。それは冒頭のビンに詰まったポニョを宗介が当たり前に受け入れるところからすでに。「マジックリアリズム」という言葉がふと頭に浮かんで検索してみたら、そういう視点で捉えてる人もいて*1、ちょっとほっとした。正直なところ、(あくまで俺の目から見れば)瑣末な揚げ足取りにしか作用しない、90年代リアリズムの成れの果てみたいなのはいい加減辟易なだけにね。その辺はおいおい考えたいなと思いつつすでに1年以上ペンディングしてしまっているな。まあいいや。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/number29/20080902

2008-08-19

- -を含むブックマーク

何か適当にネットを色々見ていつものようにタブをいっぱい開いていたら、「生きていくのに必要のないものこそが、人生を楽しく、美しくさせる」という言葉が書いてあるページと「うんたらかんたらに熟練したところで実世界におけるスキルが向上する訳ではないから」という言葉が書いてあるページが偶然並んで笑った。笑いながら後者のタブを閉じた。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/number29/20080819

2008-08-15

- -を含むブックマーク

今日の夜の話。東中野駅で降り、エスカレーターに乗ろうとしたら車椅子の人がいた。年齢は大体30代後半から40代くらい。列に入るタイミングがちょうど同じくらいだったのでその人に順番を譲ると、エスカレーターの手前でその人はギャギャッと素早く車椅子を180度ターンさせて勢いよくエスカレーターに乗り、その次に俺も乗った。


一瞬、危なくないかなと思ったが、その人はエスカレーターに乗るなり上半身を大きく反らして身体を伸ばしていたので、ああ、これは慣れているんだなと思ったらまさにそのタイミングで「危ないと思った?」とちょっとおどけたような口調で話しかけてきた。「いえ、慣れているんだなと思いました」と答えて、それに対してその人が何と答えたかは忘れたけれど、とにかくその人の姿や表情は堂々としていて、それを見て、井上雄彦の『リアル』を思い出した。


その後、改札までのほんの数十秒の間、その人と話しながら歩いた。確かこちらが「これが日常ですもんね」と言ったときだっただろうか、その人がとても楽しそうに「そうだよ。自分の身は自分で守らなくちゃね」と、言ったのが強く印象に残っていて、まさに一期一会とは言え、そういう人と出会えたのが嬉しくて仕方なかった。こう言うのは変かもしれないけれど、世の中捨てたもんじゃないね。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/number29/20080815