リバイバル産業

エヴァンゲリオン

ちょっと前から夫が「えばえば」言っているので何のことかと思ったら、パチンコのCR新世紀エヴァンゲリオンのことだった。
数ヶ月前久しぶりにパチンコ屋に立ち寄り、なんとなくエヴァの台に座り千円で数万円儲けてから三日を置かず通いつめて、3万勝っただの2万負けただの言っている。
私はパチンコをやらないので、その醍醐味を知らない。だいたい人が多くて騒々しいところは苦手なので近寄らない。だからカクヘンがどうのこうのと興奮して話されても、全然わからない。
勝った日はやたらと気前良く奢ってくれ、負けた日はそのまま一人で飲みに行っている。どっちにしても金を使うだけだ。いったい何が面白い?


最近飲み友達になったトモちゃんもパチンコが好きで、先月はトータルで16万負けたけど今月20万勝って取り返したとか言っていた。そんなのはごく普通のことらしい。ギャンブル魂も博才もない私にはついていけない世界である。
彼女はパチンコのエヴァ歴も夫より古く、当然アニメも知っている。しかし夫は、マンガやアニメのエヴァンゲリオンは見たことがないのだ。ブームの頃私はテレビ放映と映画は一応見たが、彼は全然興味を示さなかった。もともと文化圏が違うので、別にこっちもあえて「見れば」と勧めなかったし。
なのにほとんど何の予備知識もなく、いきなりパチンコやって面白い面白いと言っているのである。普通は、かつてエヴァにちょっとハマった人が「お、CRエヴァが出たか! いっちょやってみるか。おお、なつかしいなあ」と言いながらやるもんだと思う。


それはまあいいのだがヱヴァをやり出して以降、「今日は暴走モードに突入した」とか「ミサトに「逃げてばかりじゃダメよ」と言われた」とか「ゲンドウは「覚悟はいいな」ばかり言いやがる」とか「アスカが」「レイが」「使徒が」とか毎日うるさくてしょうがない。今の40代以上の世代だとエヴァなんて知らんという人はよくいるが、今頃取り憑かれたようになってるおっさん。それもきっかけはパチンコ。


キャラの相関関係や話のデティールを聞いてくるので持て余し、知人にもらったテレビアニメのビデオを与えておこうと思ったが、どこかに仕舞い込んでしまったのを探すのも面倒なので放置していた。
そしたら自分でDVDを借りて来て見るのはタルいのか、今出ているマンガの単行本10冊を買ってきてむさぼり読んでいた。アンソロジーまで読んでいる。
読み終わって「最後はどうなるんだ」とまたしつこく聞くので、テレビではこうで劇場版ではこんなだったと大雑把に説明したら「だいたいわかった」と言って、今度はパチスロ雑誌のエヴァ特集をむさぼり読んで「チャンスボタンのセリフパターン」に赤線を引いている。
何かにハマるとまず本から入るという習性なのである。そして赤ペンで印をつける。予備校講師のサガか。


携帯を開いたところをふと見たら、パチスロ雑誌の付録のエヴァのシールをペタペタと貼り、待ち受け画面は綾波レイ。まさか着信音まで?と思ったが、それはいつもの「嵐を呼ぶ男」だった(前は「西部警察」‥‥)。綾波レイ石原裕次郎。まるで接点がない。異文化の衝突ですらない。
嵐を呼ぶ男」も40代にしてはかなり変わったセレクトだが、しかし着信音までエヴァにしてなくてよかったとも思う。
17、8で遅れてハマっているケースならいいが、40男だとちょっと恥ずかしい。いやかなり恥ずかしい。公衆の中であのメロディが鳴ったら、絶対周囲にクスクス笑われる。このおっさんどうしたのかと。

冬のソナタ

最近テレビのコマーシャルでよく「冬のソナタ」をやっている。最初あれ?今頃なんでと思っていたら、パチンコ「冬のソナタ」の宣伝だった。パチンコの女性人口は多いので、冬ソナがそこに参入するのも必定と言える。
夫によれば一度やってみたいと思って行くのだが、いつでもおばさん達に台が占領されていて、入り込む隙がないとのこと。


おそらく全国に推定5万人くらいはいると思われる、冬ソナファンでなおかつパチンコ大好きなおばさんにとって、CR冬ソナは猫にまたたびのようなものに違いない。
DVDで冬ソナを見直してアドレナリンが体中を駆け巡ったおばさんはいてもたってもいられない気分になり、お財布を掴んでママチャリでパチンコ店に乗りつける。台の前に腰を据えてヨン様のあのセリフヨン様のあのシーンにボタンを押しまくれば、更にアドレナリン大放出。
ひょっとしてセックスなんかよりよほど興奮? というかもうあんまりしない(する気も起きん)セックスの代わり? そうよ、更年期はこれで乗り切るのよ! 
いやよく知らないので想像だが。


夫の目撃談。
その日、ずらりと並んだおばさん達の中におじさんが一人混じっていた。隣のやや年寄りのおばさんは初心者らしく、リーチもカクヘンも関係なくむちゃくちゃボタン押している。そして新しい画面が出て来るとおじさんの向う隣の若いおばさんに大声で訊く。訊かれた若おばさんも大声で指示。間に座っているおじさんはほとんど透明人間だったと。
冬ソナ世界に入ったが最後、リアル世界の男はいないも同然だ。ドラマであろうとパチンコであろうと。
聞いた話だけでまた想像すると、そのおばさんと若おばさんはたぶん姑と嫁である。
「トメ子さんたら、またパチンコ行ってたのかね」
「だって冬ソナ面白いんですもん」
「冬ソナのパチンコ?」
「お義母さんも一緒に行きましょうよ」
「パチンコなんてやったことないよ私」
「簡単ですよ」
「あのヨン様が出てくるの?」
「出ずっぱり」
「メガネを外してもらえませんかのシーンある?」
「ありますあります」
ポラリスを見つけられますよねのシーンも?」
「ありますあります」
「行く」
んなとこか。


夫の買ってきたパチンコ雑誌を見たら、「純愛成就のための激アツマル秘必勝法」が載っており、ドラマのさまざまなシーンとセリフがモード別に紹介されていた。その細かいこと。物語消費というよりネタ消費である。
パチンコ店に行かない私はまったく知らなかったが、パチンコにヒットアニメやドラマはばんばん使われていた。ゴルゴ13北斗の拳、ルパン3世、ゲゲゲの鬼太郎、エースをねらえ、水戸黄門陰陽師‥‥。
それならCR電車男などもあってよさそうなものだが、雑誌を見る限りそれはない。「電車男」のヒットを支えたのは10代から20代前半で、パチンコなんか行かず家でネットかゲームをしていた層。そこにターゲットを絞ってもあまり儲からない。
それに比べるとゴルゴ13とかルパンとか鬼太郎とかエースをねらえをリアルタイムで読んだり見たりしてたのは、今の30代後半以上。エヴァブームの中心にいたのはそのちょっと下。


つまりパチンコは、一種のリバイバル産業である。懐かしのアニメやドラマがある大人のノスタルジーをつつくのが、パチンコ屋の戦略。
冬ソナ? もちろんおばさんの青春時代(にあってほしかったけど結局なかった物語)のリバイバルである。



●追記(2012.11.20)
これを書いていた時、劇場版で続編がいくつも作られるSWみたいな作品になるとは思ってもいなかった‥‥。