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2014-03-06

高学歴女子が新・専業主婦を目指す時代

かつて斎藤美奈子は『モダンガール論』の中でこう言った。「女の子には出世の道が二つある。立派な職業人になることと、立派な家庭人になること。職業的な達成(労働市場で自分を高く売ること)と家庭的な幸福(結婚市場で自分を高く売ること)は、女性の場合、どっちも「出世」なのである」。

「立派な職業人」とは古い言葉で言えばキャリアウーマン、「立派な家庭人」とはここでは、上昇婚で果たされるセレブな専業主婦を指す。この本が出たのは2000年。今でもこの命題は有効なのだろうか。

少なくとも高学歴女子に関しては、まず何をおいても「立派な職業人」になり「職業的達成」を果たすのが生きる道だという認識が持たれてきた。高い学歴の中で身につけた専門知識と技術を武器にキャリアアップし、結婚しても仕事をやめず家事・子育ては夫と完全分担。実現できるのはごく一部の人だとしても、結婚を志向する高学歴女子の目指すべき「理想」のライフスタイルは、こうしたスーパーウーマン的兼業主婦だった。


しかし最近、どんなにやりがいのある高い報酬の仕事に就き、夫が家事育児を分担してくれていても、「こんなに頑張ってどうするの。お金はそこそこでいいから精神的にゆとりのある生活をしたい」「もっと子供との時間がほしい」と思い始め、築いたキャリアを捨てて家庭に入る女性が少しずつ増えてきたという。


女はやっぱり「専業主婦がいちばん」? クーリエ・ジャポンの現場から(編集部ブログ)


これは去年の海外(ニューヨーク・マガジンの連載記事)のニュースだが、紹介されていたのは「修士号を持ち、やりがいのある仕事に就いていた」女性で、「夫が出張の多い職場に異動になった」のをきっかけに、専業主婦になる決意をする。子供の問題やスケジュール調整に関する夫婦間の苛々が、彼女の選択を後押ししたという。

「私たちの世代は、女性も働くものだと教わって育ったので、働かない女性は時代に逆行しているように扱われてしまう。でも、なぜ私たちは女性らしく生きてはいけないの? 女性らしさを保ちながら男性のように生きるなんてことを、なぜしなければいけないの?」と、自分の選択について説明している。「女性らしく生きる」とは家庭に入ることを指す。


妻の収入が夫より低ければもちろんのこと、夫婦の収入が同じくらいでもどちらが仕事を辞めた方がいいとなった場合、妻が辞めるケースが圧倒的に多いだろう。妻が一家の大黒柱くらいでないと、夫が辞めることにはなりにくい。

それをフェミニズムは「せっかく築いたキャリアを捨てざるを得ないのは女の方。再就職したとしても生涯賃金が大きく違ってくる。これはジェンダー規範に覆われた社会のせい」として問題視してきた。実際そのことで残念な思いをした高学歴の既婚女性も、少なくなかった。

そういう「歴史」があるから、高学歴でおそらくフェミニズム的な教育もしっかり受けているだろう先の女性も、(仕事を辞めたことを)「なぜ〜いけないの?」と妙に大上段な構えで問うているのだろう。けれども、その選択により「ハッピー」になった彼女の実感はたぶん「専業主婦になれてラッキー!」だ。そもそも今、家族四人を楽に食べさせていくだけの経済力をもつ男性は、アメリカでも少数派。そういう家庭に専業で収まり子育てに専念できるのはかなり恵まれている人、ということにもなるのだから。


「立派な職業人」か「立派な家庭人」か、ではなく、一旦なった「立派な職業人」の立場を捨てて「立派な家庭人」へ。

なんというか、女性の経済的自立を促してきたフェミニズム形無しですな‥‥と思っていたところに、また海外ものだがこんな本が出ているのを知った。


以下はamazonに掲載されている本の紹介文。

「私たちは会社に使われない新しい生き方を求めている」

ハーバード、エールなど一流大学を出ていながら

投資銀行広告代理店、官庁などの職を捨て

続々と主婦になるアメリカの若い世代。


けれども彼女達は、これまでの主婦とはまったく違う。

自分で生き方を選択するハウスワイフ2・0なのだ。すなわち


・会社を選択的に離脱する

・企業社会で燃え尽きた母親の世代を反面教師にする

・田舎生活を楽しみ、ジャムをつくり、編み物をする

・ストレスのある高報酬より、ほっとできる暮らしをする

・ウェブ、SNSを使いワークシェアを利用する

ブログで発信し、起業する

・家事を夫と分担し余裕をもった子育てをする


著者自身も、ハーバード大学を卒業しながら、不況に直面した世代。

地元大学の事務職を辞め、現在はノースカロライナの田舎で

夫とともに手作りライフを楽しむ。


ニューヨーク・タイムズ紙、ニューヨーカー誌は本書を絶賛。

アメリカのメディアで大論争を呼んだ話題の書。


「やっぱりバリキャリって幸せそうじゃないでしょ?でも”普通”の専業主婦とは違うのよ」と言いたげな、溢れ出る高め目線。本は読んでないのだが、もうこの紹介文だけで「うわぁ‥‥」となった(特に「ジャム」と「編み物」のところで)ので、それぞれの項目の言わんとしていることを、悔し紛れにゲスパーしてみる。

・会社を選択的に離脱する→クビじゃないのよ、惜しまれてこっちから辞めるの。

・企業社会で燃え尽きた母親の世代を反面教師にする→あの人たち犠牲者だったよね、フェミニズムの。

・田舎生活を楽しみ、ジャムをつくり、編み物をする→都会の高層マンション・臨海アーバンライフよりこっちがおしゃれ!

・ストレスのある高報酬より、ほっとできる暮らしをする→本当に大切なものはお金じゃ買えないって、やっと気付いたの。

・ウェブ、SNSを使いワークシェアを利用する→(言ってる意味がよくわかりませんでした‥‥)

・ブログで発信し、起業する→これからは主婦がネットでビジネスする時代よね(てきとう)

・家事を夫と分担し余裕をもった子育てをする→妻を専業にできる程度には高&安定収入、しかも”理解のある”夫ですごく感謝してる!


要は「高学歴だがキャリアを捨て平均より高収入の夫の支えでロハス生活を満喫、主婦ブロガーやママ起業家を目指す」という新しいスタイルのようだ。いったいどれだけの人がそんなもの目指せるってんだよ?! という疑問や微妙なムカつきはちょっと横に措いておいて。

高収入、キャリア、社会的地位‥‥、いずれも「男性がもっているものを女性も勝ち取れ」と(フェミニズムに)言われ、頑張って獲得してきたもの。それを惜しげもなく手放し家庭回帰する海外の高学歴女子。実際にやってみたら思ったほど簡単ではなかったということもあろうが、ポイントは彼女たちの年代がキャリア形成時に「不況に直面した」経験をもつ、日本で言うロスジェネ以降の世代に当たることだ。

ということは、日本のロスジェネ世代以降の高学歴女子の間でも、こうした志向が広がる可能性が十分にあるということではないか。いやもう既に着々と広がっているのかもだが。


これが”理想のライフスタイル”として人気を呼ぶのは、なんとなくわかる気がする。私の貧困な想像でしかないが、『天然生活』と『VERY』を混ぜたような、”丁寧な暮らし”と”適度なクラス感”が同居しているような、「幸せ」オーラが漂ってくる。既婚子なし50代非正規雇用の私でもそう感じるのだから、仕事と家庭の両立に苦労しているバリキャリなお母さんたちが「こういうのもいいかもなー」と思っても不思議ではない。

もちろん両立を成功させたい人はどんどんやればいいし、そういう制度的仕組みはきちんと作られるべき。でも全員が同じように頑張れるわけじゃないし、全員が「男並み」に外で働きたいわけじゃない。だいたい、どう頑張っても社会を牛耳ってるのは”安倍ちゃん”みたいなおじさんたちだ。そんな男が作っている社会に、なんで必死に働いて貢献しなくちゃなんないの。自分のプライベートの方がずっと大切よ‥‥と。


そもそも専業主婦は戦前から、結婚後も家の内外で労働しなければならない多くの庶民の女性の憧れのポジションとしてあった。特に「高学歴女子となり、同じく高学歴かつ高収入の男と結婚し専業主婦に収まる」のは日本でもアメリカでもいいとこのお嬢様の「上がり」パターンだったわけだが、この「ハウスワイフ2.0」は一旦は就職した後に離職し、夫はカジメン・イクメンで、充実した家庭生活の合間にキャリアや能力、趣味を生かしたお仕事(人にこき使われるんじゃない)をする、というところが大きく違う。専業主婦と兼業主婦のいいとこ取りだ。

すぐに浮かんだのは、「新・専業主婦志向」というやや懐かしい言葉。1998年の厚生白書に登場した言葉で、従来の専業主婦(夫は仕事、妻は家事)と異なるのは、「夫は仕事と家事、妻は家事と趣味的仕事」という点だった。結婚して子供の手が離れたら自分の趣味を生かした仕事を通じて社会と繋がっていたいという志向をもち、夫には「十分な収入」と「家事参加」を求める。

2003年に出た『結婚の条件』で小倉千加子は、「かつて短大生メンタリティと言われた新・専業主婦志向は今、四大卒女子の間に広がっている」と分析していたが、それから10年、新・専業主婦志向は「夫は仕事と家事育児(分担)、妻は家事育児と趣味やキャリアを生かした仕事」というかたちで、一部高学歴女子の理想となりつつある。


こうしたライフスタイルの前提条件にあるのは、夫の経済力である。夫一人の収入で家計をある程度の余裕をもって回していけること。結婚を志向する高学歴のキャリア女性は高学歴(かつ平均より高収入)のキャリア男性と結ばれる確率が高いわけだから、この条件をクリアしやすい。

そして、充実したロハス生活や主婦ブロガーやママ起業家も、学習意欲に溢れ研究熱心で自分の関心事を極めようとする傾向のある高学歴女子の得意分野に思える。料理ブログが本になったり趣味の手芸がビジネスに繋がったり、そうした「女らしい」分野からプロになる人も、中にはいるだろう。


従って、いくら上野千鶴子こういうところで、

「一度マミートラックにのって二流労働者になってしまうと、一流に戻れないまま、組織の中で塩漬けにされるのです」

賃金が上がらないといっても、外食せずに家で鍋をつついて、100円レンタルのDVDを見て、ユニクロを着ていれば、十分に生きて行けるし、幸せでしょう? 」

「女性は年収300万円を確保しつつ、年収300万円の男性と結婚して、出産後も仕事を辞めずに働き続ければいい。「年収800万円の男をゲットして、仕事は辞めて専業主婦になろう」なんて考えないことです」

と啓蒙しても、専業志向の高学歴女子に関してはまったく無駄。

「塩漬け上等。お金じゃなくてやりがいのあるお仕事選びます」

「私たちの幸せはロハスな暮らしでジャムが作れて編み物ができること」

「年収300万の夫をもつ人は頑張って。私たちは違うから」

ってことなので。


これを従来のフェミニズムへの反動と取る人は多いだろう。実際、この世代の比較的高学歴な女性で、傍目にはフェミニズムに親和的な言動でいながら、「フェミ(の人)って苦手」とはっきり言う人は時々見かける。

また、「男女とも仕事と家庭を両立させられるような社会的仕組みが十分じゃないのが根本的な問題。でもせっかく得た社会的ポジションと経済的自立を手放すべきではない。ここで女性が家庭に逃げ込んでは元の木阿弥」という意見もあろう。

しかし私からすると高学歴女子の新・専業主婦志向は、むしろ”フェミニズムの到達点”に見える。


フェミニズムが女性の経済的自立を謳ったのは、一人でも生きていけるようになるためだった。人に経済的に依存するということは、相手に主導権を握られ、服従する不自由な身分を意味していたからだ。つまり自分で自分の「幸せ」を選択すべきだとフェミニズムは啓蒙してきた。しかし現在、専業主婦が夫に主導権を握られ、服従する不自由な身分だと考える人はいないだろう。

そんな中で出てきた、仕事をやめて家庭中心の生活をする、会社に使われるのをやめてマイペースの働き方に変えるという生き方。それは自分で自分の「幸せ」を選択することだ、フェミニズムの教えに反しているのではなく、むしろその延長線にある生き方だと主張されたら、返す言葉がないのではないだろうか。

むしろフェミニズムと親和的な生き方をしてきた元キャリア志向の女性たちが、自分の「幸せ」を求めて積極的に新しいタイプの専業主婦を創出するようになるほど、フェミニズム(のある部分)は成熟し社会の中に吸収された、と言うべきかもしれない。


冒頭の『モダンガール論』の惹句をもじれば、「高学歴女子には三つの道がある。夫選びを失敗せずに新・専業主婦になるか、頑張って「立派な職業人」になるか、どちらにもなれずに貧困化するか」になるだろう。

目につきにくいところでじわじわ増えていると予想されるのが、三番目の「貧乏くじを引いた高学歴女子」。最近出た新書『高学歴女子の貧困 女子は学歴で「幸せ」になれるか?』ではその実態が生々しく描かれている。

‥‥と、ひとごとのように書いているが私も共著者の一人だ。正確には上記三つの道のどれにも完全には嵌り切らないままずるずると歳を重ねたので、どの立場もそれなりにわかるという中途半端なポジションにいる。詳しくはこちらを読んで頂くとして、先の話と合わせると出てくる結論は、「結婚はいまだに女性のセーフティ・ネット」だということ。

一見、あたかも反動のごとく出てきた高学歴女子の家庭志向とは、フェミニズムが社会構造や制度やジェンダー規範を大きく変えられないまま、個人の「幸せ」追求心だけを刺激し続けて生まれてきた結果だ、ということも言えるのではないだろうか。

nesskonessko 2014/03/06 20:26 女性の場合、実家が裕福であれば仮に専業主婦になって離婚しても困らないわけですよね。つまり仮に一人になっても実家に戻って家事手伝いでいられるような人であれば職を探す心配もない。
昔から上流、中の上だといい学校出て専業主婦というのは普通だし、想像するに英国の近代以降の女流ミステリ作家の作品は、この階層が登場人物になることが多くて、読者層もそうだったのかもしれないなあって。観劇するのも教養ある奥様層が多そうだし、そういう女性が一定数いられるのがある意味社会全体の豊かさの証になるのかもしれませんね。

ohnosakikoohnosakiko 2014/03/06 20:32 そうですね。そういう教養ある奥様層はお金と時間があるので文化的なものへの出費も多いと思います。昔は「有閑マダム」などと言われたりもしましたが、美術館でもコンサートでも講演会でもそうした女性が非常に多く、日本の文化的基盤の維持を考える上で無視できない存在だと思います。あと、ボランティア活動に積極的だったりとか。

nesskonessko 2014/03/06 21:16 >『天然生活』と『VERY』を混ぜたような、”丁寧な暮らし”と”適度なクラス感”
根源にあるのは『暮らしの手帖』になるのかもしれませんね。生協も、支えているのは、ある程度の教養のあるミドルクラスの主婦ではないかと想像できますし。
パン屋さんで、アレルギーのある人にも美味しく食べられるように素材を厳選したパンもちゃんと作っているお店があります。営業する日が何曜日だけと決められていて、開店前には行列ができるんですね。ああいうお店の常連になって支え続けるのも意識の高い主婦なのではないか、と。

ohnosakikoohnosakiko 2014/03/06 22:14 「意識の高い主婦」という言葉はかなりイメージにぴったりきますね。賢い消費者のイメージはありますし。

出生動向基本調査では近年、専業志向は減って再就職コース及び両立コースがずっと人気ですが、実際は新・専業主婦を模索する人が増えているのではないかとも。会社に行かないだけで「仕事」(社会との繋がり)を諦めたわけではないというところがポイントだと思います。だから消費もそれを意識した「賢い」ものになるんじゃないでしょうか。

QP-mama2001QP-mama2001 2014/03/06 22:49 私見なのですが、「高学歴の貧困層」と呼ばれる女性たちの中には、かつての高学歴専業主婦たちが「より豊かな社会になるために自分たちができること」として教育、福祉、文化に関係するような有償ボランティアとも呼べるような仕事を開拓していったのを「背景をよく知らずに」引き継いで一人前の仕事として職業的に自立しようともがいているタイプが少なくないような気がします。そういう一見職業に似たボランティアは地方自治体等が仕切っていることが多く、彼女たちがいくら努力しても公務員のお偉方の小間使い以上の存在になることはありません。隣の芝生を羨ましがるのも良いですが、本当にやりがいのある一生の仕事を望むために一度家庭に潜伏するという選択も考えてみても良いのではないでしょうか。

frozenfrozen 2014/03/07 09:34 大変おもしろく読ませて頂きました。
私も女性なので、最近こういうことをよく考えます。
ただ、二番目に紹介されていた本は、読んではいない……んですよね?
Amazonの紹介文だけでも確かにおっしゃるとおり、ツッコミどころ満載でおもしろかったのですが、どうせなら詳しい感想もぜひうかがいたかったです。
また、ワークシェアリングは調べればなんとなくわかると思います。
恐らく、ブログでということは、在宅でできる仕事を主婦同士でやっている……SOHOみたいなものではないでしょうか?
ジェンダー論が主軸のお話だったのでこの新しい働き方といった話にまで広げてしまうと収集をつけるのが難しくなったかもしれませんが、「わかりませんでした」がちょっとさみしかったので、ぜひそのあたりの話もうかがいたかったです(もうすでに別の記事があったらすみません。こちらのサイトを訪問するのが今回初めてだったので)。

ohnosakikoohnosakiko 2014/03/08 22:07 QP-mama2001さん
なるほど。逆に言えば、比較的経済的に余裕のある主婦の有償無償のボランティア活動の存在は大きかったということですね。

frozenさん
主婦のワークシェアリングについては、これまでよく知りませんでした、というか知ろうとしていなかったという方が近いですが。身近なところで話を聞いたりしてみたいと思います。
ご指摘、ありがとうございました。

bmz4bmz4 2014/03/09 20:28 はじめまして 私は団塊ジュニア世代の男性です。
無宗教の話もとてもいい記事だと思いましたが、今回の記事は
私がフェミニズムに対してここ数年ずっと感じながらも、うまく言い表せなかったことを言ってくれた感じで
すっきりした気分です。記事を読んだ上で改めて私が思うのは、今の専業主婦への回帰は、フェミニズムへの延長線ではなく、
フェミニズムへの反動なのではないかと。
私の身近な同世代の女性は、フェミニズムの影響を受け、キャリアウーマン指向の女性が多いように感じます。
彼女たちは、就職難を乗り越え、がんばってキャリアを積んできた。旧来の男がそうだったように、個人よりも会社を優先した生き方をしていました。
仕事が一息ついて、ふと気づくと自分にふさわしいと考える男性はすでに結婚しており、子供を自然に生める限界の年齢まで近づいている。
出世はしたものの、自分の人生はこれでよかったのだろうかと自問する女性が少なくありません。
一方、下の世代は、そういう上の世代の女性を見て、いち早く仕事よりも専業主婦を指向しています。
団塊ジュニア世代の女性は少なからずフェミニズムに翻弄された世代だと私は実感しています。
もちろん、当初のフェミニズムは女性の地位向上を目指し、後進たちに道を開いたことは重要な功績でしょう。
しかし、フェミニズムが男性を敵対することから始めた一方で、そのアプローチが男性的だったために、
限界を迎え、「私は男になりたいわけじゃない」と女性から反発を招き、今反動が生じているのではないかと思います。

この記事がよかったので、新刊の新書を買いました。
正直言うと、他の女性の記事は社会への恨みや現状への不満に満ちあふれており、非常に疲れました。
こう思うのは、私が正規雇用で、彼女らから見ると「恵まれている」からなのかもしれません。
しかし、人生の選択を自ら間違ったことに対して、社会に言っているに過ぎないように思うのです。
なぜなら、彼女たちは自ら選択しているから。
社会は不平等だらけなのです。生活するということは、潔癖さや正しさを純粋に求めるだけでは出来ません。
たとえ、自分が知らないことから来る結果も引き受けなければならない、それが人生だと私は思います。

わざと編集されたのかもしれませんが、ブログ主の文章が冷静だと感じたのは、
他の女性と比べて安定しているからなのだろうかと思いました。

ohnosakikoohnosakiko 2014/03/10 11:41 bmz4さん
>記事を読んだ上で改めて私が思うのは、今の専業主婦への回帰は、フェミニズムへの延長線ではなく、
フェミニズムへの反動なのではないかと。

動きとしては「反動」に見えますし、実際にそういう意識のある女性もいるでしょうね。記事の例にあるように、最初から専業を目指すのではなく、一旦キャリアを築いた後にそれを捨てて家庭に入っている場合は特に。
ただ私がここで言いたかったのは、こうした家庭回帰の現象が、皮肉にも「結果的にフェミニズムの教え(=女性は「個人」の幸せを追求して良い)に従っているように見える」(延長線に見える)ということです。


新書、お買い上げ下さり、ありがとうございました。私は他のロスジェネ世代の執筆者より一回り以上、上の世代になりまして、50歳も過ぎれば人生に対して達観せざるをえない‥‥ということがまずあります。また既婚で、専門分野も異なる点もやや違ったスタンスになっている要因かと思います。

あららあらら 2014/03/11 10:06
>女性の場合、実家が裕福であれば仮に専業主婦になって離婚しても困らないわけですよね

子供は?

ずっと寄生していく財産ありますかね?

相続税も増えそうですよ。


そんなニートを見て育った子供は

「生きる力」がなく、淘汰されて消えていくでしょうねw



>自分のプライベートの方がずっと大切よ‥‥と。

旦那の幸せは?

寄生を正当化するために

無駄に長い文章を書いてるだけですねw

高学歴ってこういう卑怯なことをするために獲得するものなのですか?

素直に 「旦那に寄生して偉そうにして 遊んでいたい!」って言えばいいのに



この投稿を反映させないから
卑怯者だ
と言われるんですよw

ohnosakikoohnosakiko 2014/03/11 10:39 あららさん
この記事を「新・専業主婦を目指す高学歴女子」の生き方を全面的に支持している内容だと読んでいる時点で、著しく読解力不足です。文章が読めるようになってから来て下さい。

popopopo 2014/03/12 10:11 フェミニズムはそもそも(社会的・経済的に)抑圧された女性の解放が目標だったわけで、自由に意見を言い生き方を選択できる現代ではすでに目標達成されていますね。フェミニズムに反対する男性に対抗するために男性的な要素を獲得せざるを得なかった過去が、ここへきて足を引っ張っているように思います。
とは言え、社会経済に寄与しないと軽く見られるようになるのも事実。
個人の幸せと社会的地位を両立するには「女性でも仕事」「女性は家事」と分けず、「仕事人は社会経済に、専業主婦は豊かな家庭文化に、それぞれ貢献する。女性同士で分業し、社会全体で女性の地位を上げよう」というのはどうかなと思いました。
ま、低収入の庶民は理屈なしで兼業せざるを得ないので、ちょっとサミシイですけど。

ohnosakikoohnosakiko 2014/03/12 18:16 popoさん
生き方の選択肢は一旦広がったかに見えたのですが、経済的、環境的要因でそれが狭められてしまうという現象も起こっているように思います。これは男女問わずですが。
「キャリアウーマン」がもてはやされた80年代、女性の社会進出も好景気に後押しされていた面があり、その風向きが変わってくると、状況に適応しリスクを最小化したいということになるのではないでしょうか。
もっとも、高収入の代わりに激務の夫の妻として専業になる生き方と、共稼ぎで家事も分担とする生き方の、どちらがハイリスクなのか一概には言えないところもあると思います。結果、個々の経済状況や家族関係などに応じて、より楽に思える方を選択するということでしかなくなります。問題が状況によって左右され個別化されていけばいくほど、全体を括る理想や理念や大きな解決策といったものが、机上の空論に見えてくる虚しさはあると思います。

CookieCookie 2014/03/15 21:32 新書も紹介されている本も未読ですが、エントリーを大変興味深く読ませていただきました。
私は米国在住(男、妻米国人)で、私なりの観察を加えさせていただきます。
大野様が書かれているように、経済階級が女性の人生の選択に大きく関わっていることをこちらではリアルに実感します。ご存知かもしれませんが、女性の方が収入が多い家庭(Household)が米国では多数派になりました。男女同権の達成というよりは中流階級の男性の大減少の結果です。結婚率の低下も「若い世代は昔のように結婚にこだわらなくなった」というよりは経済的不安が先立ち踏み切れない、あるいは諦めている、というのが原因です(若年層でも結婚への「(儚い)願望」は強いですし)。早い話、結婚は上流階級の特権になりつつあり、ハウスワイフ2.0を目指せるような女性はその中でも更に特権に恵まれた層でしょう。
加えて過去30年間のネオリベラル化の進行により、乳幼児保育や学校教育をはじめとした公共サービスが著しく悪化・減少しています。低質、不便な(例:延長保育は不可、政府による立入検査はもとより無し)デイケアがひと月1人当たり1000ドル(10万円)はするのが普通ですから、月給ではなく時給の仕事で働く大多数の一般女性(男性もですが)は2人子供がいたら収入全額がデイケアに行く勘定になります。勿論子供の病気で仕事を休めば1日分の収入が消滅です。安定した収入のある男性が激減してしまった以上、専業主婦も共稼ぎ女性も子供を持つことは経済的に困難になりつつあります。(ちなみに移民による増加を除くと米国の人口はここしばらくずっと減少、高齢化しています。)
安定した収入の夫を見つけて専業主婦になった大卒以上の女性の場合、崩壊した公共教育機関に頼らず、かといって学費の高額な私立校に通わせることもできず、自分で子供をホームスクーリングするというパターンも増えています。しかし、収入を得る者が財布のヒモを握る、という感覚が強い社会なのでこの選択は夫婦間の力関係上女性にとってとても不利です。
話が乱雑になってしまいましたが、現在の米国では「キャリアを追求する共稼ぎ」か「生活の満足を目指す専業主婦」かをディベートすること自体が高収入階層の特権になっているように私には見える、ということを報告させていただきました。

ohnosakikoohnosakiko 2014/03/15 21:45 Cookieさん
アメリカでの結婚を巡る実情、詳しくお教え下さいまして、どうもありがとうございます!
日本以上に厳しい状況があることが伝わってきました。『ハウスワイフ2.0』も、そのあたりの背景を踏まえて読むべきということなのですね。

CookieCookie 2014/03/17 16:59 リンクされた上野先生のインタビューを見て思うことがあったのでもう一言だけ。
「高収入のダンナを血眼になって探すよりも年収300万円の仕事で慎ましく暮らせば幸せでしょ?モノの豊富さを追及せずに自分の時間を豊かに過ごしましょうよ」といった発言のニュアンスですよね?2点でこのメッセージは問題あり・難しいのではないかと。
第1は「幸せな結婚・家庭生活」のイメージは自分の育った家庭環境の中で造られるのではないか、という点。現在の20-30代の高学歴女子は、経済的に比較的に安定して(少なくとも家庭内では)露骨な男女差別も受けず、成熟した消費社会の中で「幸せに」育ってきた方たちが多いのではないかと思います。自らの生い立ちに不満がない(どころか大満足の!)人たちに、「こっちの道だって幸せでしょ」と思考転換を促しても影響力は弱いでしょう。
もっと問題があると思う2つ目の点は「低年収の仕事=時間や精神的にゆとりがある」という前提をあたかもしているようなところです。当然ですが、年収の高低と時間的精神的ストレスの大小は比例しません。多くの中・低収入女性(男性)労働者が属するサービス・流通業界におけるブラック企業の多さを考えれば、子育て女性(男性)への企業支援の度合いはむしろ反比例するのでは?! 労働の現場を知っている高学歴女性はきっとその点も理解しているでしょうから、「年収300万円の職を持つ(+同程度の収入を持つ男性と結婚する)=慎ましくもゆとりのある幸せな結婚・家庭生活」というイメージのウソを見抜いていらっしゃるのではないかと。
高学歴女性のあいだの(高収入男性との)専業主婦生活志向というのは、自分が育ってきた環境で培われた「幸せ」を厳しい現実の労働市場の中で達成するための最も合理的な方法、と彼女たちがたどり着いた冷徹な結論なのではないでしょうか。その方法が内包するリスクについては十分承知の上の「志向」だと思います。

ohnosakikoohnosakiko 2014/03/17 23:41 同感です。

上野千鶴子のインタビュー発言全体の主旨は理解できるのですが、
>外食せずに家で鍋をつついて、100円レンタルのDVDを見て、ユニクロを着ていれば、十分に生きて行けるし、幸せでしょう?

という言い方に、50代で低収入の私でも「この人にこんなふうに幸せを規定してほしくないな」と思いました。

pc370avpc370av 2014/03/19 16:16 男の意識は既に変わっています。
専業主婦を養うデメリットなど
いまどきの独身男性は百も承知です。

http://news.ameba.jp/20140307-566/
>男がゲンナリする「もしや専業主婦願望アリ」と疑われる女性の特徴
>専業主婦希望の女性との結婚は無理!と宣言する男性も実在します。
>そういった男性達は、専業主婦を希望する女性を見ると、
>ゲンナリしてしまうものなのです。

http://www.booksreview.jp/archives/305/
>「日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体」
>この本をよんで、僕は独身なのですが、タガメ女と結婚するのは
>真っ平だと思いました。専業主婦って男性から搾取することで
>生活しているというところには納得してしまいました。
>僕は結婚するとしたら、お互いの財布は別にして、
>自分で使うお金は自分で稼ぐのがいいと思いました。
>お互いに働いていて一方がいなくても
>生活が成り立つ状態が理想だと思いました。
>あと、タガメ女のような女性には近づきたくないなと思いました。
>そういう女性は多いと思いました。
>そうでない女性と結婚したいですね。
>そういう女性がいなければ結婚しないというのも
>ぜんぜんありだと思いました。

変わらないのは女の意識。
いい歳をした大人でありながら働かず、
家事・育児すら満足にしない、
ホントにブラブラ過ごすだけの寄生虫になりたいがために、
家事育児に協力的な宿主を夫に選ぼうと思っても
そりゃ無理ってもんです(笑)。確かにハードルは高いですね。
そんな「夫は仕事と家事、妻は趣味と家事」とかいう
「新・専業主婦志向」は、結婚市場では
結婚したがらない男が増えているという、
「非婚化」として既に淘汰されています。

いまどきの専業主婦は人間としての尊厳をかなぐり捨て、
堂々と寄生虫宣言をし、限りなく本物の寄生虫に近くなり、
人間社会における自分の存在意義など考えなくなっています。
アイデンティティなど無くても、苦痛ではないようです。

でも人間社会に人間として生きる
一人前の社会人である男性としては
寄生虫とは結婚したくないでしょう。
「結婚したがらない男が増えている」、
それが今の非婚化です。
「新・専業主婦希望」で結婚したくても、
結婚できないままの40歳前後の独身女性の会社員が、
どの企業でも確実に増えています。

「結婚したがらない男が増えている」結果です。
新・専業主婦希望の独身女性も
結婚できなければイヤでも働くしかないし、
結婚できなければ寄生虫の連鎖は絶たれ、
社会に及ぼす諸々の害悪も絶たれるのですから、
それはそれで結構なことです。

養い主として当てにしていた独身男性にソッポむかれて、
専業主婦に成り損ねる独身女性は増加の一途、
現に専業主婦は減少の一途。いい傾向です。

自立を怠る、そんな寄生虫どもの大淘汰がこれから起こって、
非婚化・少子化が徹底的に進行し、2100年くらいには人口が
4千万人くらいになるという推計もあります。

自分のエサを自分で確保できない個体は死滅し、
子孫を残せないという、
生物界で当たり前に起こっている自然淘汰が
ヒトの社会でも起こります。
すなわち、次世代において専業主婦は絶滅します。

その大淘汰に耐えて適者生存し、
子孫が残せる個体は何かというと、
「働き者」ということになります。

すなわち、結婚できるのは働き者同士だけ。
そんな夫婦は子供に進学を諦めさせて
日がな一日のんべんだらりと過ごす専業主婦と違い、
働いて子供を育てるのに必要なカネをちゃんと稼ぎます。

「いい歳をした大人でありながら働きもせず
ブラブラしている怠け者は寄生虫」という考えは
そんなご夫婦の、将来はきっと働き者になるであろう
子供に伝承されます。
かくして寄生虫の連鎖は断ちきられます。

ohnosakikoohnosakiko 2014/03/19 16:55 pc370avさん
若い女性に専業主婦志向が若干増えてきたのはこの10年ほどの現象のようですが、その一方で厚生白書などによると、男性が女性に求めるタイプは専業が激減し両立型が多数を占めていますね。
女性が男性の年収に拘る婚活市場から男性が総撤退している今、専業主婦になれるのは、やはり比較的安定した高収入の男性と結婚できる層だけだと思います。
『ハウスワイフ2.0』も会社を辞めるだけで仕事は何らかのかたちで続けるスタイルなので、かつての専業主婦とは少し違うようですが、それもかなりの少数派ですし、日本の場合は実際に専業になっても、パートなどで家計の補助をせざるを得ない女性は多いでしょう。

『日本の男を食い尽くすタガメ女の正体』については、こちらに感想を書いていますので、もしよろしければ。
http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20130524/p1

micmic 2014/03/19 23:50 遅まきながら、「高学歴女子の貧困」の感想を。盛り上がっているこちらにコメントつけます。
私が大野さんと同年代だからか、大野さんの文章はいろいろとうなづけたのですが。
大理さん、栗田さんの章は、自分たちの苦難を訴えるばかりで、視野が狭いと感じました。苦労はわかるけど、本にして多くの人に読んでもらうには、そこから普遍的な何かが立ちのぼってこないと共感は得られないし、文章もあまり上手くないので引き寄せられなかったです。
子供の数が減って、大学が今まで通り経営していくためには大学院に進む学生を増やす必要があったのではないでしょうか? つまり研究者を育てる目的より、大学が生き残るために、そもそも大学院の規模が大きくなった。そこを卒業して高学歴にふさわしい職があるかどうかについては、大学の方では関知しない、ということではありませんか? そして当然のことながら女性の方がポストにあぶれている、ということなのかな、と私は勝手に想像してます。
本の中で、そういうそもそも論まで踏み込んでないのが、ものたりなかったです。

専業主婦志向についてですが。「生き方」を煽る雑誌の罪は深いですね。確かにお金に苦労しない専業主婦になれたらいいな、と思うのは女なら誰しも一度は思うのかもしれないけど、実際は凄くハイリスクな生き方ですよね。
知り合いに、エリートサラリーマンの奥さんでずっと専業主婦の人がいます。人もうらやむ暮らしと思っていましたが、彼女は時々ダンナさんに殴られていた。でも、ケンカして出て行くことができないのです。ダンナさんの経済力から離れて生きることが考えられないみたい。
どの生き方が一番!みたいに雑誌で煽るのはやめてほしい、というのが娘を育てている者としての率直な思いです。

ohnosakikoohnosakiko 2014/03/20 09:44 micさん
新書のご感想、ありがとうございます。

私は「高学歴」ゆえに手に入れられるポジションにあまり固執がなく、またそもそもあまり男女差別を感じないできたということがあって、一歩引いた書き方をしていますが、大理さんと栗田さんは当事者として怒りを訴えたいということが第一にあると思うので、そこはかなり違って見えるでしょうね。
おそらく読み手の位置によっても受取り方は変わってくるのではないかと(大理、栗田には共感できるが大野にはできないとか)。

女性の高学歴ワーキングプアが「大学院重点化」とは別に、昔から続いていた問題だったということは、大理さんが書いています。
つまりこの本は、業績主義で男女平等であろうと思われがちな高学歴文系(芸術系)であっても、他の分野、社会と同様、隠然たる男女差別は以前からあり、女性の方がより貧困に押しやられがちであった‥‥ということを主張するのが、目的としてあります。
帯にも使われた「女は女というだけで貧乏になる」という言葉が、この本の「普遍的な何か」に相当するのだろうと、私は考えています。

ただ、それを当事者が指摘することの難しさはあると思いますし、いろいろな問題点が出されているけれども、問題の切り分けや深まり、全体的な構成は、新書としては少し弱いところがありますね、たしかに。
自分で書いておいて何ですが、私の章など全体に対しての分量が多過ぎです。逆に、あと二人くらいケーススタディがあれば、もっと説得力が増したかもしれないとも。

余談ですが、理研と小保方さんの一連の問題に、「男性中心のアカデミズムの中で持ち上げられその歪さに取り込まれてしまったセレブな高学歴女子の破綻」という、まるで「高学歴女子の貧困」と見かけネガポジでありながら、同じような問題の根を見る気がしました。


専業主婦志向については、本当にそうですね。リスクが高いと思います。
というか専業主婦に限らず、結婚自体がリスキーと言えばリスキーです。
記事中では「結婚はいまだに女性のセーフティ・ネット」と書きましたが、補足しておくと「経済力のない女性にとって、結婚が当面の生存戦略となってしまっているという現実は、昔も今も変わらない」ということですね。
そうした中で、ごく一部の人しか実現できない豊かな新・専業主婦像(旦那はエリートサラリーマン、こぎれいな家と可愛い子供、おしゃれな普段着、趣味の延長みたいな在宅ビジネス)のファンタジーが雑誌などで喧伝される。やれやれですね。

相手がDV男なら慰謝料をとって離婚し、一人分を食わせるくらいの経済力は何とか身につけて生きていった方がいい、それが「普通」の考えだと思います。
その専業主婦の人が「夫に時々殴られるが外からは人もうらやむ暮らし」と「誰にも殴られないが貧しい生活」を天秤にかけて前者を選択しているというところに、経済力がないというよりはファンタジーに拘束されて身動き取れないという、自縄自縛のようなものを感じました。

RikoRiko 2014/04/09 12:03 はじめまして。たまたま通りすがった者ですが、とてもおもしろい記事で興味深く拝読しました。
私はまさに、かつては「立派な職業人」を目指していた、今では「立派な家庭人」になりたい高学歴女です(自分で言ってすみません)。なかば自分のことかと思ってしまう記述がたくさんありました。

幸いにも、安定した中〜高収入のある理解ある夫とめぐり逢い、そう深刻に生活の心配をしなくても暮らして行ける日々。ロハスなゆるキャリ家庭人になりたいと思いつつも、

> 「高学歴だがキャリアを捨て平均より高収入の夫の支えでロハス生活を満喫、主婦ブロガーやママ起業家を目指す」という新しいスタイルのようだ。いったいどれだけの人がそんなもの目指せるってんだよ?! という疑問や微妙なムカつき

のような感情や、「立派な職業人」になっている学生時代の友人への羨望など、いろんなものが自分の中に渦巻いてしまってなかなか整理がつかないまま30代を迎えてしまいました。

> だいたい、どう頑張っても社会を牛耳ってるのは”安倍ちゃん”みたいなおじさんたちだ。そんな男が作っている社会に、なんで必死に働いて貢献しなくちゃなんないの。自分のプライベートの方がずっと大切よ‥‥と。

これにも大いに共感です。「自分が死ぬ瞬間、ここでどちらの選択をするのがより後悔なく笑って死ねるか。」人生の選択に迷ったときにこう考えると、安倍ちゃん達の下で自分の価値観を内に押し込めながら理不尽なことをやらされるような人生は嫌だ、と思ってしまうのです。

記事の中での「フェミニズムの到達点」という考え方は新鮮でした。私自身、フェミニズムには親和的なつもりですが、声を大にして「女性は弱者!女性の権利を!」と叫ぶ人を見ると嫌悪感を抱きます。
個人的には、男と女と区別するからいけないのであって、一人の人間として考えればそもそも(少なくとも現代においては)フェミニズムという発想自体がナンセンスだと思うゆえです。
ですが、これもフェミニズムが成熟したゆえに生まれた感覚なのかもしれませんね。じっくり考えてみたいテーマです。

初めてのコメントなのに、長々と失礼しました。
今後も訪問させていただきたいと思います。

通りすがり通りすがり 2014/06/06 22:16 はじめまして、通りすがりの者ですが、ブログ記事興味深く読ませていただきました。
私はおそらくは他から見れば高学歴女子と思われる者で、純粋な左翼思想の持ち主+フェミニストです。

私は「立派な家庭人」になりたいとは思ったことはなく、むしろフェミニズム思想に汚染されているので、「働くべき」という考えが常にありました。
大学を卒業したら総合職として働き、都内でそこそこの生活をするということが当たり前だと感じていましたが、実際に働き始めると、全くそのようにはなりませんでした。

もともと私自身精神的に不安定なところがあったのですが、職場の人間関係・セクハラ・労基を無視した職場環境に耐えられず精神疾患にかかり、転職できる職歴になる前に辞めてしまいました。
ここで「立派な家庭人」になるという選択ができれば私の人生も少しはましだったのかもしれません。
しかし、「(フェミニストでありながら)働いていない自分」に非常に苦しみ、まともな職に就けず自分を養うことすらできない現在もその苦しみは続いています。

日本には充実していないとは言っても、労働者の権利を守る法律があるはずでした。
しかし、実際にはどの会社もそのような法律は守っていないのです。
人間らしく働くということは私の理想で、企業社会で勝ち残るためには、私が持っていない肉体的・精神的強靭さが必要でした。

私のように軟弱なフェミニストは、フェミニズムの理想と企業社会の現実の狭間で苦しむしかないのでしょうか。
記事で書かれていらっしゃるように、私は自分がフェミニズムが社会制度やジェンダー規範を変えられないまま、「女性も自分を養える仕事に就くのが幸せ」という思想を広めた結果であると感じています。
しかし私は左翼思想もフェミニストもやめることができませんし、日本社会でますます生きづらさを感じていくことになるでしょう。

フェミニズムがこのまま社会の制度や規範を変えることができず理想だけを声高に掲げ続けることになれば、私のような高学歴メンヘラ系フェミニズム女子も増えるのではないでしょうか。

名無し名無し 2014/09/14 00:42 仕事も子育てもとなると正直キツいですよね。
専業主婦が人気なるのも分かる気がします。
戦前は今みたいに女性も男性のように働くのが当たり前で(主に農作業です)
専業主婦や都市部のホワイトカラーは憧れの対象であったみたいです。
専業主婦が中流層にも広がるのは高度経済成長の時代ですね。

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