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2017年06月14日(Wed)

映画:怪物はささやく(監督:J・A・バヨナ)

孤独な少年の内面の物語である。なんとなく「パンズ・ラビリンス」のような、といえば雰囲気はだいたい通じるのではないかと思う。あ、製作スタッフがその人たちなのか。

夜中に怪物が来て3つの物語を語るのだが、これが水彩画のアニメーションになっていて、ハッとするほど美しい。「永遠のこどもたち」の監督だが、哀しくも美しい映像が得意なのだろうか。

とても素直でストレートなので、下手な言葉を弄する気にもなれない。良い映画であった。

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2017年06月12日(Mon)

やっと作った現場用バッグ

以前作った現場用のバッグがボロボロに擦り切れたので替えのバッグが必要だった。布地は随分前に買った。よく覚えていないが年単位で前なんじゃなかろうか。しかし作る間もなく長い修羅場に突入し、不便をかこちながらも余裕のないままその現場は終わってしまった。それから違うことに手を出したりしつつどうもやる気が出ないままだったけど、今週からまた現場が始まってしまうのでなんとか現場用のバッグを作ったのだった。

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材料写真。厚手の帆布のような布地には既にチャコペンで線を引いた後である。肩紐用のナイロンベルトは前のヤツの使いまわし。

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はい、出来上がり。この写真ではド緑だが、実物は光の加減によって緑のようにも茶色のようにも見える微妙な色合いである。現場で酷使するとすぐに擦り切れるので、あんまり凝った作りにする気にもならない。前のが便利だったので、形はほぼ踏襲している。

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これが前の。本体の口を留めるボタンはあまり使わなかったので、今回は省略した。

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写真は便宜上A4ファイルで撮ったが、現場で携帯するのはA3を2ッ折製本してA4の冊子にした図面とデジカメとスケールとドライバーとライトが基本セットである。現調のときはA4の画板を使うことが多い。A3が必要だったら縦に入れる。あとはそのときに応じて必要な工具や材料、たまに上履きを無造作に突っ込む。何でもかんでも突っ込んで歩くので、ポケットは大きいほうがいいのだ。スケールとライトは大きなポケットに入れておいて不便はない。現場で使うものというのは金属の板やら棒やらの硬いものが多くデジカメといっしょにシェイクするのにちょっと気が引けるし、ドライバーは中で紛れて引っかかるので、今回は専用ポケットをつけてみた。バタバタする現場で細かいポケットをうまく利用できるどうかは使ってみないと判らない。

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一応、裏地付き。いつまでもつかな。ボタンがすぐに取れるんだよねぇ。とりあえず間に合ってよかった。現場監督さんは手提げを持って歩く人が多いのだけど、私にとっては図面を持っても両手が空くというのが大事なのだ。

2017年05月31日(Wed)

映画:メッセージ(監督:ドゥニ・ビルヌーブ )

とても面白かったのだけど、何を書いてもネタバレになりそうで非常に感想が書き難い。監督のドゥニ・ビルヌーブって誰、と思ったら、「複製された男」の人なのね。ああ、なんか納得。ファーストコンタクト物のSFだけども、かなり観念的な映画であった。


事前に禅の影響が云々というのは目にしており、正直ハリウッド映画の「禅」かぁ、という気分でいたのだけど、観たらなるほどなるほどと唸らされた。

禅かどうか知らんが、仏教の解説で同じ言葉を何度も繰り返す話法がある(と思っている)。1回目は前知識なしのそのままの言葉として理解される。少し説明して挿入される2回目は前回とは少し違った意味にとれる。それを踏まえてまた説明が入り、また同じ言葉が違う意味で理解される。そういうのを繰り返して深化し、いつか「言葉で説明できない域」まで辿り着こうとする。なんだかそういう空気を感じたよ。

人として生きるとはどういうことかを考えたとき、もうしょうがない域ってあるんだよね。悟りを啓いてもいない凡俗の身でどんだけ考えても、目の前のことを誠実に大事にする以外、どうしようもない。やりようがないのよな。そういうことだ。

私にとってはそんな話であった。

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2017年05月29日(Mon)

模様替え:机2(完了)

模様替え:机1の続き

塗装を失敗した机である。こうなったらもう仕方ない。剥して塗装し直すしかないわけだが、この剥すのがマジ大変だった。塗料が乾かないのでネトネトしているし、ヤスリで擦っても全然削れずに下手すると伸びる。下地が柾目なのか芯に近い部分なのか柔らかいのか固いのかによっても違う。試行錯誤しつつ途中で泣きそうになりながらもなんとか剥した。結果的にはもう濡らしてしまって木肌から浮かせて無理矢理剥くのが一番早かった。その代り、木地は傷んでボソボソになる。

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ここからヤスリの荒目〜中目〜細目と目を変えつつ、傷んだ木地を残さないようにひたすら磨く磨く磨く。集合住宅のベランダで作業しているため、全手動である。

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筋トレグッズの腹筋ローラーみたいな動きを汗水垂らしながら反復し、ここまで延べ3日かかった。でも痩せない。腕と肩はパンパンになったのに何故だ。あと、筋肉も付かない。何故だ。その代りあちこちの筋が張って痛い。

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ヤケになってつるつるに仕上げたところに水性ステインを2度塗りし、その上からワックスで仕上げ拭きした。本当は前回も水性ステインを使うつもりが、なんか魔がさして多目的水性ペイントを買っちゃったんだよね。てか、紛らわしい商品名はいいから缶にババンと「水性ステイン」とか「アクリル樹脂」とかシンプルに書いてほしい。いや、書いてあるけど。

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ざっくりと出来上がり。水性ステインは木目が出るのが特徴で、塗っては拭いてを繰り返す。浸透型で下地によって染まり方が違うので、こういうムラになるのが正解なのである。

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一番深く染まったところ。木目が浮いているので拭き不足ではないはず。

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最初の下地調整をする前の一番凹んでいたところ。段差になっているのがお判りだろうか。完全に平らにするには凹み過ぎていたので、これの両脇を鉋で削り、更に木パテで段差をなだらかに調整した。

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同じ部分の仕上げ後。木パテに全然色が乗らなかったらどうしようかと思ったが、透けて見えるもののこれくらいなら許容範囲である。よかったよかった。

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どうよ、この平滑っぷり。この上でボールペンを使ってみたところ、コピー用紙なら下地にまったく引っかからずに書けた。しかし頑張った甲斐があって満足のいく出来上がりにはなったけども、やり終えた時には燃え尽きて真っ白な灰になりそうだった。

2017年05月24日(Wed)

ミュシャ展に行ってきたんだった

そういえばゴールデンウィークの連休中に新国立美術館のミュシャ展に行ってきたんだった。

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混み具合をちょっと甘く見ていて10時開場のところ11時くらいに現地へ着いたのだが、すでに長蛇の列がとぐろを巻いていた。しかし同時に開催していた草間彌生展のほうがもっと長いとぐろだったので、快晴の屋外での50分待ちもまだマシなほうだと思えて我慢できた。グッズ売り場のレジ待ち列もこの時点で既に「最後尾はこちらでーす」と案内が出ている状態だった。

目当てはスラヴ叙事詩。巨大なカンバスに描かれたスラブ民族の歴史を綴った大部である。ミュシャはアールヌーヴォーのポスター絵が有名だし、私もミュシャといえばあの特徴的な絵を思い浮かべるのだけど、何か思うところがあったのか晩年の16年の歳月をこの連作に費やしたのだという。ミュシャはすべてをセットで公開するという約束でプラハ市に売却したらしいが、製作当時に流行っていた技法ではなかったので当時はあんまり人気が出なかったとか。いろいろあっていまはモラヴィアのモラフスキー・クルムロフ城で夏季だけ公開されているのだが、今回これが国外に出るのが初めてなんだそうで、それについて関係者筋からは賛否こもごもだったらしい。

いま改めて見ると、前景と後景の配置や匂い立つ物語性などが相俟って、なんだか小説本の表紙絵のような印象がある。ひょっとして逆なのかな。後世の作家がこれの影響を受けたのかもしれない。

大作なのでできれば少し離れて眺めたいところなのだが、なかなかの盛況でそうもいかなかった。ミュージアムショップも混み具合がエライことになっているのに恐れをなして、何も買わずにそうそうに退散したのだった。


国立新美術館開館10周年・チェコ文化年事業 ミュシャ展


 

その後、地下に潜って昼間っからビールをキメて正しい連休の在り方を模索した。

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ほろ酔いになって外に出てみたら快晴の真昼間であった。

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大道芸の尺八の音を聴きながら帰ってそのまま昼寝するという連休満喫コースを突き進んだときには、3日後にインフルエンザで高熱を出すとは夢にも思わなかったのだった。