qfwfqの水に流して Una pietra sopra

2017-02-27

大西巨人の現在」というワークショップに出かけてみた





 生来の出不精にくわえ寒さにはからきし弱いので、もっぱら冬眠していた。このところすこし暖くなってきたので、啓蟄にはすこし早いが冬籠りから這い出して、九段の二松學舎大学で催された「大西巨人の現在――文学と革命」という公開ワークショップを聴講しに行った*1。午前中に行なわれた多田一臣先生の講演「『神聖喜劇』と万葉集」も聴きたかったが、朝10時半からなのでスルー。お目当てはスガ(糸圭)秀実「大西巨人の『転向』」。

f:id:qfwfq:20170227140502j:image:medium:right

 転向とは、文学・思想上においては、ある主義主張イデオロギーではとりわけコミュニズム)を外圧により放棄することで、転向を論じたものとして吉本隆明の「転向論」や鶴見俊輔ら「思想の科学」グループの広汎な「共同研究 転向」などが知られる。「大西巨人の『転向』」というタイトルはなかなかにプロブレマティックで、こうした問題構制はかつて例のないものだ。周到に準備された90分におよぶスガ氏の講演を充分に咀嚼できていないけれど、行論の核にあるのはどうやら柳田国男らしい。というより、近々刊行されるという柳田国男論の構想・執筆過程で、大西巨人を柳田で読んでみるというアプローチが生まれたのかもしれない。

 

 大西巨人は中野重治のように官憲によって転向を余儀なくされたわけではないし(学生時代に左翼運動で摘発された際に「偽装転向」があったとスガ氏は推測しているが)、また戦後、日本共産党を「除名」されたが、亡くなるまで原則的にマルクス主義を放棄しなかった(マルクス主義を放棄したのは日共であるともいえるわけだが)。スガ氏はこの講演で転向をもうすこし広い意味、いわばカントにおける認識論的転回のようなものとしてとらえており、したがってそれは特殊日本的なものでなく歴史的に普遍的現象であるという。彼ら(「転向者」)は、自分が考えていた人民もしくは大衆など一種ファントムにすぎないということがわかった。そこで彼らが見出した(あるいはすがりついた)のが柳田国男のいう「常民」だった。これは、「転向者」たちがなぜ柳田国男に親炙もしくは私淑したのか、それを柳田の「常民」概念を介して「転向のコンステレーション(布置)」として捉え返してみようとする試みといえるだろう。

 これは、メモもとらずに聴いた講演を当日配布されたレジュメに基づいて、わたしの理解したかぎりにおいて要約したものなので、誤解もしくは歪曲もあるにちがいない。大西における「転向」の事訳はわたしに必ずしも説得的でない。いずれ長篇評論もしくは単行本として上梓されるのを期して俟ちたい。


 スガ氏の講演で、ひとつ気になったのは、大西巨人は村上一郎と短歌の嗜好がまったく同じだと二度にわたって強調されたことである。だがそれはわたしに疑問なしとしない。大西巨人と村上一郎に書簡のやりとりがあり(ワークショップ会場にも展示されていた)、また、『神聖喜劇』に登場する青年将校村上少尉の命名が村上一郎に由来するとスガ氏は述べている*2。 

 二人のあいだに交流があったことはたしかだし、いずれも一時期、日本共産党に所属していた。日本浪漫派・前川佐美雄・齋藤史にかんして共通の嗜好を伺うこともできる。だが、大西の短歌における好尚は村上のそれと必ずしも一致しない。大西の好んだ近現代の歌人は主として、白秋、牧水、海人、そして茂吉、赤彦、憲吉、文明といったアララギ派の歌人たちである。以前、「塚本邦雄論序説」で書いたように、前川佐美雄や齋藤史が編輯同人である「オレンヂ」(戦後「日本歌人」を改称して創刊した歌誌)に大西巨人も出詠していたが、同じころ出詠していた塚本邦雄や山中智恵子について大西の著作における言及はない。

 一方、村上一郎はいうまでもなく山中智恵子の歌集『みずかありなむ』の編者であり、塚本の短歌への評価もある。というより、村上は塚本・山中にかぎらず、現代短歌に伴走した批評家であり、村上と短歌とのかかわりは深浅でいえば大西のそれよりもずっと深い。前川・齋藤の歌は、大西・村上のみならず他の多くの歌人・文学者をも惹きつけたわけで、それをもって二人の嗜好の共通性を言い立てるのは無理があろう。スガ氏とは講演の前にすこし立ち話をしたが、講演後は話す機会がなかったので、ここに記しておく。 


 ワークショップ会場で「二松學舎大学人文論叢」抜刷りを配布していたのでありがたく頂いて帰る。第88輯「大西巨人氏に聞く――『神聖喜劇』をめぐって」(聞き手:田中芳秀、橋本あゆみ、山口直孝)と、第89輯「大西巨人氏に聞く――作品の場をめぐって」(聞き手:石橋正孝、橋本あゆみ、山口直孝)。それぞれ、2011年と12年に行なわれたインタビューを起こしたもので、いずれも2012年に発行されている。

 第88輯では、「安芸の彼女」にはモデルになった女性はいないが、鷗外『渋江抽斎』の最後の妻・五百のイメージは揺曳しているという証言、それと齋藤史の短歌をめぐる禅問答めいた「革命的ロマンティシズム」論議が面白かった。第89輯では、大西巨人の作品には神社が頻出する、それもなにか事件が起こったりするトポス(場所)として、あるいは、虚無的な心情と結びついた形で神社が舞台となる、という石橋正孝氏の鋭い指摘に興をおぼえた。大西は、その指摘ないしそれにまつわる質問にたいして、どこかはぐらかしているような印象を受けるが、それは意図的なミスティフィカシオンではないだろう。おそらく大西にとってそれは無意識の領域に属するのだろうと思う。

 小説家は設計図を書くように、あるいは設計図に基づいて小説を書くのではなく(そういう小説家もいるだろうが)、自分の無意識を掘り起こしてゆくように小説を書くものだ。暗闇のなかを手探りで進むように、一行が次の思いがけない一行を生みだし、それまで思いもかけなかったことが文章として紡ぎだされてゆく。このインタビューがうまく噛み合わなかったとすれば、それは、大西なら小説の隅々まですべてを意識化して書いているはずだという思い込みが聞き手の側にあったからではないか、という気がするのだがどうだろう。


 さて、上述した「塚本邦雄論序説」がこのたび電子書籍になった。塚本邦雄の特装本を制作されている伊吹文庫の刊行で、一般に配布するものでなく無料で閲覧に供するのみ。関心のある方は以下のサイトへお立ち寄りくだされば幸いである。塚本邦雄の美しい稀覯本もぜひ御覧いただきたい。

 http://neonachtmusik.wixsite.com/bookarts/copy-of-ebook-shelf-2

f:id:qfwfq:20170227141030j:image:w360

天皇制の隠語

天皇制の隠語

*1http://www.nishogakusha-u.ac.jp/eastasia/ea_h28workshop.html

*2:『天皇制の隠語』(航思社)に、「村上一郎市民派マルクス主義」の副題のある村上一郎論「暴力の『起源』」がある。