『SFマガジン2013年2月号』

SFマガジン、2ヶ月遅れである。
樺山三英の新連載は、この号が第1回だが、今出ている最新号で最終回らしい。

「コラボレーション」 藤井太洋

検索クラウドの修復機構が暴走してインターネットが使えなくなった未来。インターネットの代わりに別のトゥルーネットが整備されているのだが、主人公は、日本のなあなあ主義のためにインターネット上に放置されてしまったwebサービスを見つけて処理する仕事をしている。
そんな折、自分が昔作ったマイクロペイメントサービスがまだ生き残っていることを知る。そればかりか、php上に何故か量子アルゴリズムが上書きされていた。
そこに、かつて同じ職場で働いていたが、あっという間に出世していった中国人プログラマーの陳が、そのサービスをもっと調べるようにと接触してる。実は彼は、「匿名主義者(アノニマス)」の一員で……。
放置されたWebサービスを、修復機構が勝手にバージョンアップしていたという話。主人公は、それを見て、同じプログラマーとして、その修復機構に自然と協力してしまう。
ネット上に新しい知性が生まれる系だけど、派手さはなく、しかし主人公が静かに興奮している様が伝わってくる。

無政府主義者の帰還[第1回]」 樺山三英

関東大震災後に復興を遂げつつある帝都東京が舞台。
元々アナーキストであったが、震災を機に転向し、今では政府の密偵を行っているOが、ある怪しい邸宅――烏有亭へと潜入する。
震災以後、家を失い、政府からの援助もなくなった者たちを名家にして富豪の蜂須賀笑吉が迎え入れて作られたバラックが、拡張に次ぐ拡張を続け、様々な様式が入り乱れ、訪れた者がそれぞれ別のものを見て帰るという不可解な屋敷が、烏有亭である。
Oは、烏有亭に招かれているドイツの建築家ドクトル・クラウスの思想を改造するないし始末するという任務を負っていた。
というのも、ドクトル・クラウスは元々、日本古来の建築を海外に権威付けてもらうために招聘されたのだが、彼は震災による混沌に魅入られてしまい、それを世界に発信されてしまい、帝都復興を計画する政府にとって邪魔になってしまったからである。
こうして烏有亭で行われる夜会へと潜入したOだったが、そこで蜂須賀笑吉が殺される……次回へ続く。

「エコーの中でもう一度」 オキシタケヒコ

社長、エンジニア、助手の3人でやっている音響技術会社の元に舞い込んだ2つの依頼。
1つは、テープのクリーニング
再開発で近々失われる地元の商店街の様子を録音したテープ。依頼主は、眼が見えないために、音によって世界を見る
もう1つは、人探し
大手レーベルの社長の息子が、とある女性アーティストが失踪したと言って、電話の録音テープを持ってくる。
普段の仕事はテープのクリーニングだが、録音された音からその空間を再現するという技術を持っていることから、そのような依頼も時折あるのだ。しかし、個人から直接ということはなく、怪しむ社長。本当は失踪しているわけではなく、恋愛的な話。
で、まあ一応その依頼を受けると共に、テープのクリーニングを依頼してきた女性にも頼み事をする。
彼女は、音で世界を見ることができるので、その能力を利用するのだ。
その一方で、社長の息子から謝礼をたんまりいただくことを前提に、エンジニアは女性からの依頼以上のことをする。
彼女が世界を見るためにつかっているのは、クリック音で、その反響を聞いて世界を見ている。
工事中の商店街に入って、反響特性を録音して、クリック音の反響も再現できるようにしたのである。
ある意味では知覚拡張系のSF
人間の頭型のマイクとか反響特性がどうのとかそういうガジェット的なものも面白いし、依頼人の女性にしか見えない世界を、特性をサンプリングして作り上げる、というのが、ヴァーチャルリアリティのまた別種のバージョンみたいな感じで面白かった。
クリック音の反響で世界を見ている人が、本当にいるらしい。
あ、あと、話の中に出てくる女性アーティストはミニマル・テクノとかのアーティストらしいのだが、耳の病気の治療の過程で、自分の聞いている音を全部録音できるデバイスを埋め込んでいる(持ち込まれた録音はそのファイル)とかそういうネタもあった。
話としてはわりとシンプルで、雰囲気自体があまりSFSFしていない感じで、それでいてそこで展開されているのはSF的なビジョン(音だからビジョンじゃない?!)だなあという感じ

ハドラマウトの道化たち」 宮内悠介

DX9シリーズ第4作。
今度の舞台はイエメン。
日系の兵士が、「粘土製摩天楼都市*1」における二つの思想集団の対立に介入することになる。
かたや自爆テロも敢行する原理主義集団、かたやあらゆる宗教・思想を受け入れる自由主義集団
なのだが、その内実を見てみると、原理主義集団の方はむしろ様々な教義のキメラであるし、自由主義集団の方はリバタリアニズムを極端化してしまい画一的な規律に支配されていた。
実は、この集団の二人のリーダーは、かつて同一人物だった。原理主義者であったタヒル自爆テロの前に人格をDXへとコピーしていた。ところが、自爆テロに失敗した。DXは原理主義集団を率いて、自爆テロに失敗したオリジナルは自由主義集団を率いている。
前作にでてきてた〈現象の種子〉が出てくる。

その他

闇の国々』の作者ブノワ・ペータース&フランソワ・スクイテンへのインタビューと、『ホビット』のピーター・ジャクソンへのインタビューをざっと読むなど。


S-Fマガジン 2013年 02月号 [雑誌]

S-Fマガジン 2013年 02月号 [雑誌]

*1:扉に書いてあった。まあ、イエメンの古い町である