あさをすごす

とくにさしせまっていない(時間に余裕がまだある)ので

自動車税をはらってきて領収をグローブボックスにしまって

それからは部屋ですわってのんびりクラシックききながら

(「音楽の泉」)

ぼーっとしている感じで部屋の窓の外は南をながめているが

みえるのは空と隣の家で

やっぱあの南の隣の家は近すぎるな

空が遮られているもの

オレはもっと広い空がみたいね

 

あさ

 

いろいろ考えているがいま浮かんでくるのは

芸能でもニュースサイトでもなんでもそうだが

20年とか30年それをつづけていられる人(たち)は

そのこと自体が価値になっているので勝ちであるということかしらん

最近とみに「長くつづけられている」ような方々のことが

耳にはいり目に入ってくるのである

長くというのは任意なので数字できまるわけではないが

佐藤二朗とオヤジの時間(NHKAM1)ラジオ

2023の10月期からはじまって改編のりきって2024年春期もまだつづいている

この人が言うことは「オヤジはほっとくといつも同じ話をしてしまう」と

いうのでそれはもっともだと思う(だからこの番組には「宿題」がある)

ゆかりんこと田村ゆかり

ツイッタではゆかりんの歴史を語る人とか王国民は実在したんだ!とか

おおにぎわいである

きのうのキングスーパーライブに登場したもんだからもう

しかしアーティストとして人気ものとして人気商売としてあるいは

声優職人としてどのように生き残ってどのようにペイするのかってすごく

重要というか頭をなやますというか個人事業であって個人事業ではないというか

所属レーベルどうすんのとか

ゆかりんのように大手を出ることで自分のスタイルをつらぬいた活動

をするようになる(やたら大きい舞台とかではなく装飾とかそうでもなくて

いいので歌うライブで自分の歌いたい系の楽曲制作を可能にしてー)

(自分の歌いたい系とかあたりまえじゃんと思うかもしれないが大手の

レーベルにいるとこういう路線が求められているとかいって

ちょっとも自分の歌いたい個の欲求としての姿が実現できない

のであるのは見て取れるので自分のしたいようにセルフでプロデュースするには

大手レーベルを離れるか

大手レーベルの中でも自分の主張を通せるくらいの力を身につけるしかない)

 

そうしてそうするようになった人もいればほっちゃんこと堀江由衣さんの

ようにキングにいつづける人もいるのである(自分のスタイル以前に堀江

さんはどうなのかなーーそれはご本人でないゆえにわかりません)

 

いずれにせよ人気があるからJOQRで地上波ラジオが存続しつづける(中断を

経ても)ような方々というのは本当に実力があるという話なのである

 

・ガジェット通信

デイリーポータルZがいよいよ林さんの個人会社組織運営になって

これでデイリーは林さんが考えるスタイルでの運営をするそして

金が続かなくなれば終わるだろう

というサバイバルスタイルで日々運営しているのである(だから

サイトのファンクラブ的な会もあり会費もある)

そしてそのデイリーの企画としてガジェット通信(これも長い)を取材に

いった

https://dailyportalz.jp/kiji/praise-getnews

 

なんでも長ければいいというのではなくて

「なにかが他人に訴えかけるものがありそれが

価値として他人から認められたゆえに長くつづいたのである」という

順番だと思う

ただつづけるしかしマネタイズできていないというのは

20年もつづかないだろ(本人がそこにただ資金を投入しつづけるのでなければ)

 

・つまりオレはいつも「価値」について考えているので

これが金銭や貨幣について考えるのもそうだし

人間が他人とまじわるのはなぜかって考えるのもそうだと思うの

他人をもとめる~音楽をきくとかサイトをみにいくとかラジオをきくとか=~

そのように他人を求めるのはそこに価値を見出している(そうしたい

という欲求はすなわち価値の存在の証明である)からでしょう?

求める

いとおしく思う

 それは価値でがんしょ?価値って言われたくないかもしれないけど

 概念の分類としては価値だと思うんだよ~~VALUE

(値

 

ベクトルがあって想いがそこにあって力動があって

動くんだよ

ムーブ

 

 

ツェルトよりもテント!

たまに登山道具みてると

どんどん新しいのが出てきて

ファイントラック(なんでも高級)から

シングルウォールで前室ありの登山テント(モノポール!)が

登場していた

アライテントとかじゃなくてだ

 

へえ~~~

ほしい

ほしいなあ~~

 

お金かけまくりだが軽いからさあ

ねえ

すてきだよねえ

(マジでそう思うね)

 

まあそのテントで大雨に遭遇したらきっと

ひさし(タープ)ほしくなるに決まっている

のだが

ファミリーキャンプじゃねえんだよ!!!

とかね

映画「綿の国星」について

アニメ映画

虫プロ制作 日本ヘラルド配給 

1984年制作

 

原作マンガは大島弓子作のLaLa不定期掲載(1978~1987)

うーんオレがみおわったあとで反射的に

清原なつのとか吉野朔実のマンガにおける

髪ぼさぼさ大学生ひょろなが男子のことを考えたが

時代的には並走しているでいいんだねきっと

あっちはぶ~けとかそのへんだが

まあおなじサークル(同心円)だ

 

さてアニメ映画

猫の完全擬人化リアリティアニメである

なぜなら猫は死ぬし

猫でうまれたものは猫として死ぬからだ

 

そのことは劇中でちゃんとおとな猫がそのことをチビ猫に伝えるのだが

 

チビ猫はわかっているのかわかっていないのか

 

わかっていてわかっていない態度である

 

人間とは別だ

人間に話がつうじるわけがない

とは思わないんだねチビ猫は

 

そこがポイントではないか

 

チビ猫はひろわれ猫で

元の飼い主はなんか仕事不調につきアパート夜逃げ

である

そのアパートの怒れる大家だって登場する

リアリティアニメだから

 

ひろってくれた男は浪人生でちっとも人生

うまくいっていないし予備校にいくといって

吉祥寺へいき井の頭公園でごろごろする体たらくである

 

そこで美人をみかけて話すようになるのだが

話せるようになるのはチビ猫のおかげである

 

チビ猫は

老猫の死にざま(死体)をみせられて

はあ~猫は猫として死んでいくし人間に転生はしないんだ

とわかるようなわかったようなわかっていないような

 

ひとりで「砂が大きい場所ペルシャ」にいこうとして

中央沿線をすすむのだが

途中で鈴木さん家のブチ猫と同行することになり

こいつがなまじ人間の文字なんか読めるもんだから

いろんな店で「ペルシャ」という文字をみつけては

これもペルシャじゃないこれもちがうと

さいごにはポスターにかかれた砂の都市ペルシャ

をみて

そしてポスターだと理解してそこでペルシャへいくことを

あきらめて各々もといた家へと

かえるのである

 

ところで浪人生の家の母はネコアレルギーでいままでなんども

卒倒していたがこのアニメの最後は

老猫の死とかもあった竹林で

さがしにきた母がアレルギーをおしてチビ猫を抱き上げるところで

実質おわるのである

そしてチビ猫はその家でその後も暮らすのであった・・・

 

あと白銀のうつくしいラフィエルという猫がいるんだが

こいつがチビ猫に猫の猫たる生涯をおしえてくれたのだが

猫マニアとの闘争とかいろいろへて

いなくなってしまうのだ(死んだとはかかれない)

ファンタジーシーンでは多くの数多くに増殖したラフィエルたちと

チビ猫が天空で輪になって踊るシーンもあるんだけど

 

こうして書いていると全く中身の濃いアニメだと思う

大島と辻真先の共同脚本である

濃い濃厚だ

 

ちょっとみおわったあとさみしい感じになるがそれは

ファンタジーがこの現世ではそのままでいられないことは

いつでもさみしくもなるさ

かがみの孤城」だっておわったあとがさみしかったからね

 

なんにせよいいものをみた

映画館でみないとわからんのである

大須シネマありがとうである

5月12日(日)

昨日は

家の作業のあと

図書館で本かえすまえにコピーお願いしたり(『アメリカ哲学入門』は

アメリカン哲学のプロパーの人が著作でアメリカの哲学オーバーオール

概観を記したものでコンパクトになにかを要約するのだって大変と思うが

数ページでパースの思想とかネイティブアメリカンの思想をまとめて

もらってるのはありがたかった)

してるその最中に

おもいついて

今日このあと名古屋は大須いって映画みて明日を伊東にすればいいのでは

(実家のあと)と思いついた

明日は夜雨なので車行動のほうがいいのである

そうときまれば3時ごろ図書館をでて鈍行で西にむかった

大須はごちゃごちゃしててわかりにくいが

アメ村よりはオレの肌に合っている

アメ村は人間多すぎて歩道が狭すぎるわ

電車で『はじめての橋本治』ちゃんとよみはじめた

 

 

 

電車でネットみてて2題

ゆかりんイン「キング」初夏の採点キングレコード主催の

声優アーチストの祭典ライブがおこなわれそこでは若手はもちろん

(若手いた?)

ベテランの水樹奈々さん堀江由衣さん椎名へきるさんそして田村ゆかりさんが

登場して

とくになんちゅかキングを出ていったゆかりんがあらためてキングの主催の

中で昔の曲とかなのはの曲とかほっちゃんとのやまとなでしこで歌うとか

ライブ後にやまとなでしこのCD売るとか阿鼻叫喚まつりだったようで

すごいですね

しかしなんちゅうかあらためてゆかりんには「公的領域」つまり他人だらけというかファンというかオタクというか人生というかそういうなんかどこにでもついてくるおじさん達というかなんかね

そういうのがいつまでも永遠に金を使いつづけているというのはすごいことで

なんかねえ

人間の感情ってこわい

 

オレはNPBの野球がだいきらいなのだがそれとは別にして

あれだけおじさんたちが熱狂したり文句いったり悪罵を放ったり

しつつ注目して金も落とす(スタジアムにいく)のはそこに感情が

すごく集まっているということでそのこと自体はすごいと思うね

古代祭祀におけるなにかの熱狂と似ているね

あるいはローマのコロッセオで虎対人間の一騎打ちとかやってるかんじかしら

 

・昨夜はマジもんで北海道で低緯度オーロラがばくはつし

日本列島は兵庫県香住でも観測されたそうで

これはすごいことでごんすです

太陽に今後ちょっとでもなんかもっとあれば我々

地球生物なんかかんたんに絶滅してしまうね!

 

 

サイズ設定

100年前に材料かってカットしてニスまで塗って放置していた板を

レコード収納とレコプレ置き場としてくみたてる作業をいまやりおわった

size設定がしてあるのであたりまえだが

DVDプレーヤーラックの上に

測ったように収まる(なぜなら測ったから)のが

感動である

こんなにぴうったり!!!

ピッタリジャストsizeです

うれしいね

うれしいよ

大金をはらう

いきる気力はたのしみと未知への

好奇心まだある的なことしかない

老人になれば「はじめて老人になった!」というしかない

 

のでFUJI ROCK 2024のカネとキャンプのカネを払ってきた

54550円だ

もう払い戻ししないぜ!

ツエルトを買ってタープ張りの練習するぜ

ポールはなくてもいいんぜ(ホムセンで買うという手がある)

構造はわかったからね

 

ツェルトのマニアもいっぱいいるから検索にことかかない

 

さてしかし「大金」といいましたが

54000円なんて実は大金でもないんですわよ

そう思うのは「これ稼ぐのにどれくらい苦労!」と思えばこそであり

「稼ぐのは軌道上にいるかぎりは別にたいした苦労ではない」とすれば

大金でもないわけです

 

だいいち

金を使う方法として「ライブ」は最良ベスト10のひとつですからね

そこにしかない機会ですからね!

だから大金なんかじゃないんですよ

 

大金を払う価値があること

ー経験

 ーその時限りの経験 

  ー旅/ライブ/映画/本/音楽

これらに大金かけんるのは全然惜しくない

あと5つ枠をのこしておくがこれは

家(建築コミ)/土地

があって

あと3つだけだが

「親のフォローするための経費」があり

あと2つで

「生命維持のための食事/うまい食事」が1つ

さいごのひとつは

肌にくっつけるものです(服/布団/毛布/帽子/ネックゲイター/くつした/靴/ブーツ/レギンス/レッグウォーマー/下着/眼鏡)

 

眼鏡がここにはいるのは大変重要ですね!!!!

 

大金はどんどん払って快適でたのしくしていこう

である

 

じゃあ洗濯したんで乾燥いってくるわ

5月11日(土)

月命日でございます

形式だけ偽善的であろうとも

そのことを思いだす記録である

 

ああ昨日のよるの涼しさがやはりさいごのそれ

もういま朝が0840なのに灼熱の雰囲気があるぜ

これが熱であり酷暑であり

いうなれば

「烈」である

命名宇垣総裁

 

そうでしょうそうでしょう

では気まぐれに穴あけとねじ止めでもやってみましょう

衝動です