岡村日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2018-02-19

[] 02/12-02/18  02/12-02/18を含むブックマーク  02/12-02/18のブックマークコメント

02/12(月)


7時半起き。

布団の中で過ごして、8時半からジョギング。

9時半に帰ってきて、シャワーを浴びた後、どん兵衛を食べる。

フィギュアスケート団体を見る。

男子シングルフリー。田中刑事が不調。5人中5位。

昼、バジルソースパスタ


午後、特に見たいオリンピックの種目がない。

天気が良く、本を読みながらソファーで寝ているとみみたが毛布の上に乗ってくる。

夕方、妻と車に乗って吉祥寺へ。

東急の駐車場に停める。日用品や総菜を買って駐車場代にする。

ペットショップでみみたのボールを買う。

DiskUnion でそのうち買うつもりでいた Trafficのラストアルバム国内盤を。

ルーエで深夜食堂の15巻、16巻。

帰ってきてオリンピックを見ながら明日の弁当を作る。

ジャンプの男子団体。0時過ぎに眠る。


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02/13(火)


連休明け。来週からいよいよ、延期となっていた最終ランスル―テスト

その打合せなどあれこれで忙しい。どんどん打ち合わせが増えていく。

昼は昨晩自分で作った弁当。いつものメニュー。

ソーセージ炒め。ミックスベジタブルスクランブルエッグ

21時ごろまで仕事しただろうか。

夜は納豆ご飯。

オリンピックはスピードスケートのハイライトなど。


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02/14(水)


昼、妻の作ってくれた弁当

豚ばら肉と玉ねぎを中華風に炒めてもらったものをご飯に乗せる。

この日もひたすら調整。

夜、ロングの打合せ。

終わってお客さん側の女性の方からバレンタインデーチョコをもらう。

帰ってきて一応、おんな酒場放浪記に間に合う。

夜は焼きおにぎり。この日は23時半まで、6本。

ぼけーっと見て寝る。

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02/15(木)


昼、後輩とビルの中の「萊萊」に入る。

麻婆豆腐餃子のセット。

先週のリフレッシュ休暇で行ってきたイスラエルの話を聞く。


終日来週のランする―テストの調整。

あちこちグルグル回って話を詰める。

皆知ってることが断片的。大変。

あちこちうまくいっていないところがスケジュールしわ寄せきそうでドキドキする。


この日は覚悟していて、夜はビルの丸亀製麺カレーうどんハムカツ。

午前0時、妻に車で迎えに来てもらう。


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02/16(金)


月に一度の経過観察。採血エコー。診断。順調に進んでさほど待たず。

先生が3月末まででこの病院を辞めると聞く。

終わって11時、まっすぐ飯田橋へ。

松屋目玉焼きを乗せたハンバーグ定食豚汁変更。

その後ずっと仕事。来週のテストの事前の詰め、最終日。

今週バタバタと詰めたところがまとめきれず、諦めて明日は出社。

22時まで仕事して帰ってくる。

夜は湯豆腐。タモリ倶楽部を見て寝る。


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02/17(土)


昨日帰りがけに気づいた取り込みバッチのエラー、あれはまずいことになるんじゃないか。

原因がもし××だったらこれまでの準備が全部やりなおしだ…

目が覚めると落ち着かなくなり、6時すぎ。

もう少しゆっくりするつもりだったが早めの出社。

こんな日に限って大江戸線が先週に引き続いて夜間作業がうまくいってなくてダイヤ乱れ。

それでも7時半には着く。

あちこちシナリオの調整事項をまとめて各所にメール

取り込みバッチのエラーも、担当の方に見てもらう。

この日の出社は二人だけ。一時期は土日も大勢出ていたのに。PJ終盤の雰囲気


昼、一息ついてビルの一風堂で赤丸のスペシャル。

夕方にはだいたい仕事がひと段落ついて、エラーの件もリカバリできた。

エレベーターでエントランスの階に下りるとけん玉を持った男性が立っていて

「けん玉ですか!?」と。なんだったのだろう。


帰りに大盛軒に寄って、妻のリクエストで中華丼餃子を買って帰る。

僕の分は広東飯餃子

家に着いてさっそく、ビールを飲みながら食べる。

『小さな村の物語 イタリア』を見る。

終わってクリーニング屋、LIFEに買い物。

戻ってきて妻の沸かしてくれていた風呂


女子カーリングを見る。日本対ロシア。

ロシアの選手は今回ドーピング問題でロシアという国としては出場できず。

でもまさかカーリングの選手がドーピングってことはないと思う。

なんかものすごくとばっちり。

終わってゆっくりしているうちに寝落ち

笑う洋楽展で目を覚ますがすぐまた寝落ち。疲れている。


羽生が金、宇野が銀。


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02/18(日)


ゆっくり寝てるつもりが7時半には目が覚めた。

布団の上にいたみみたが布団の中に入ってくる。

8時半からジョギング。気温は寒いがこの日は快晴。太陽がまぶしい。

戻ってきて『小さな村の物語 イタリア』の再放送

その後『Lazy Sunday』といういつもの流れ。

昼は昨晩買った三割引きの刺身

シェーバーのバッテリーを交換する。

本来はメーカー保守に依頼するものだけど、ネットで探すと手順があった。

音を消してオリンピックスケルトンや男子大回転を見る。


『Lazy Sunday』の後、散歩で IMA へ。

プリンターカートリッジバッテリーリサイクルの回収箱に持っていく。

その途中で前から気になっていた駐車場を見に行く。

2階にあって広い。会社の行き帰りに、少し離れたところからその背面を見ていた。

何か大きな建物があるのか。行ってみるとただの月ぎめ駐車場だった。

Bill Evans が聞きたくなり、IMA のタワレコ1967年モントルーのライヴアルバムを買いなおす。

やまやでジョエル・ロブションを1パック買う。空は晴れているが、風は冷たい。


帰って来て『深夜食堂』の15巻、16巻。笑点。

明日の弁当のためにチャーハンを作る。夜は豚キムチ焼きうどん

夜になってオリンピックの女子スケート。小平が金。圧倒的な強さ。

23時には布団に入るが、町田康の猫本を読んでいるうちにいつのまにか午前0時。

みみたもボールを咥えてやってくる。

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2018-02-18

[] The Stone Roses  The Stone Rosesを含むブックマーク  The Stone Rosesのブックマークコメント

15時に『Lazy Sunday』を聞き終えて、次の番組は特に DJ はなく、

曲がミックスで掛かっているだけだったか。

The Stones Roses「This is the One」が、

あのキラキラした清流のようなギターが流れた。

散歩に出ようと思っていた時だったから、iPhoneアルバムを聞きながら外に出た。

もちろん常備している。

僕ら40台前半の世代で10代半ばにギターポップ系のロックに目覚めていたら、

あの1枚目は時代を超えた名盤として今も心に焼き付いているはずだ。


1989年発表。突然現れたロック救世主のような扱いだった。

ビッグビジネスとして肥大化したスタジアムロック

MTVの流れからユーロビートへ、大衆消費材としてのダンスミュージック

ギターを手に取って今日から始める、

若者たちの DIY 的なロックを取り巻く状況はとくにイギリスで八方塞がりだった。

The Smiths代表されるように繊細で内向的な美意識を持つものがもてはやされた。


The Stone Roses の登場は音楽的に全く新しいもの、ではなかった。

所詮インディーズ系のその辺のバンドであった。

存在の仕方や物事の考え方、そこから生まれる方法論が新しかった。

ポイントは3つあった。

幼なじみが地元マンチェスターで結成したバンドが、

突然変異的に神々しいまでのバンドマジックを宿していたこと。

あの日、あのメンバーで、あのスタジオであの曲を演奏して録音しなかったら

この世界はつまらない方向に変わっていただろう、と言いきれるぐらいのものがあった。

若さゆえの不安とその裏返しの不遜が表裏一体になったリアルな姿が、美しかった。


もうひとつは、文学的内向的資質は根っこに宿しつつも、

あっけらかんと開かれたものがあって、

ダンスビートグルーヴをしなやかに取り入れていたこと。

ぎこちなくもどこか享楽的であった。

「僕らはダンスミュージックを敵視するのではなく、興味をもっていいんだ」

というのは当時ひとつの新しい発見であって、

その後は雨後の筍のようにインディ系のバンドダンスミュージックに接近していく。

New Order『Tecknique』という先例も当時はあった。


最後のひとつは、ヴォーカルイアン・ブラウンがちゃんと歌えない、

というかはっきり言ってしまうと音痴だったこと。有名な話だ。

DVD を見ると余りのひどさに驚いてしまう。音程をキープできない。

ギターベースドラムインディ系では当時随一の演奏力だった。

しかしそこで歌うフロントマンが、まるで僕らが歌うかのように普通過ぎた。

特別に歌のうまい人でないと歌っちゃいけない、ステージに立っちゃいけない、

という思い込みを軽々と打破してみせた。

ゆえにイアン・ブラウンカリスマとなり、日本でも当時よくアニキと呼ばれていた。

ビッグマウスのキャラクターも良かった。


The Stones Roses が開けた風穴は大きかった。

マンチェスターというだけで青田買いされた。

あの頃、ロック系の雑誌The Stone Roses と Jesus Jones 一色だったなあ。

Jesus Jones はもっと大胆にダンスミュージックそのものと同化していた。

派手な話題を振りまいた時代のあだ花となり(『ツルモク独身寮』で寮長のおじいさんが真似したりとか)、

3枚のアルバムを出して消えてしまった。

今は余り省みられることはない。

もしかしたら今こそ聞き返すべきバンドなのかもしれない。


もう一枚忘れられないのは Prefab Sprout『Jordan : The Comeback』もこの頃で、

ミュージシャンの間で絶賛されていた。

フリッパーズギターのどちらかもその年のフェイヴァリットに挙げていたと思う。


The Stone Rosesレーベル移籍

かなりじらされた挙句まんをじして2枚目のアルバムを発表。

演奏力や曲の構成だとかいろんなものがうまくなっていたけど、一枚目のマジックはもはや残っていなかった。

その後空中分解

しかし彼らが切り開いた道筋を若いバンドたちが続々と進んでいった。

それはやがてよくも悪くも90年代半ばにブリットポップと呼ばれるようになる。

OasisBlur」なんてのが一大ニュースだった。同時発売のシングルのどちらが一位を獲得するか。

その間隙を縫って Radiohead が登場する。

ロックが最後の輝きを放った時代であった。

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2018-02-17

[] 今日のあれこれ  今日のあれこれを含むブックマーク  今日のあれこれのブックマークコメント

一度延期になったテストがついに再開することになり、

このところ最高に忙しく、先日は午前0時を過ぎて妻に車で迎えに来てもらった。

そして今日休日出勤

帰ろうとしてエレベーターを下りたら

けん玉を持った男性が立っていて、笑顔で「けん玉ですか!?」と。

遂に幻覚を見るようになったか。


「え、あ、違いますか? 失礼しました」

いくつかの会社が入っている大きなオフィスビルだけど、

いったい何の会社が何をしているのか。


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昨晩、帰ってきたのが23時半ごろ。湯豆腐を食べる。

ドリカムの話になる。

健康には人一倍気を使っていたはずの吉田美和がインフルエンザにかかって、

今週末の広島公演が中止になったという。


なんでも利用しようとしていた大きな会場が

有料の公演で利用できるのが年に10%と枠が決まっているため、

延期にしても次に借りれるのが5月、さらにその次が年末年始。

借りたとしても腕利きのツアーメンバーの予定を押さえるのが難しい。

なくなく中止という選択へ。


ファンの皆さん申し訳ありませんと、マサさんこと中村正人はこの土日、

昼の間、会場のロビーに立って皆さんに謝罪すると。---

チケットの有無に関係なく、ロビーには入れるという。

すげーな、と妻と話す。

むしろそれに行きたかった。


こういうのってツアーメンバーや現地の友人ミュージシャン

ギターとかパーカッションとか電気を使わない楽器を持ちよって。

即興演奏したりするんじゃないか。


今日、帰ってきて話を聞く。

結局のところマサさんとの握手会になったという。


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昼、会社の机に向かっていると妻から LINE が.

みみたが2階で遊んでいるからと、外に出て庭仕事をしていたら

ふと見ると開いたままの玄関からみみたが顔を出している。

あ、と思った時にはもうトトトトトと外に出て、門の隙間から外に。


妻はドキドキしながら冷静に、落ち着いて、一度家の中に戻って門の鍵を取りに行く。

そーっと開けるとみみたは車の下に入り込んでクンクンクンクンと。

ここで焦って車の下に手を伸ばさない。

花壇に腰かけて猫じゃらしの代わりに枯れ枝を振る。

しかし全然興味を示さない。それでも根気よく振り続ける。

ようやく反応して近づいてきて、また車に気を取られかけた時に首根っこをつかんだと。


僕だったら無理やり慌てて捕まえようとしたろうな。

猫ってパニックになりやすく、例え飼い主だろうと驚いてピューっとどこかに行ってしまう。

そして帰ってこれなくなったり、どこかで事故に遭ったり。

滋賀では無残な姿で猫の死骸が見つかった事件が起きたばかりだ。


家に戻ってからのみみたは悲しげにくーん、くーんと鳴き続けて外に出たがったと。

窓辺に上ったり。

一度外の世界を知ってしまったら元には戻れない。

時には出してあげたいけど。なかなか難しいよな。


そんなわけで今日は帰ってきてから、

オリンピックの女子カーリングを見ながら缶チューハイを飲んで

せっせとみみたにボールを投げるのであった。

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2018-02-16

[] 大病院医者という仕事  大病院の医者という仕事を含むブックマーク  大病院の医者という仕事のブックマークコメント

月に一度の経過観察の日。

採血の後、エコー。その後診察。

主治医の先生は、今月も特に異常は見られなかったと伝えた後で、突然、

「実は私、3月いっぱいでこの病院辞めるんですよ」と。

次の先生に引き継ぐという。

同じ曜日、同じ時間帯がいいでしょうということで選んでもらうと女性先生となる。


一年半前に手術。

まだ若い先生だなあ、僕よりも年下かなと思っていたら

いつのまにか白髪が増えていた。

いつ会っても疲れていた。時々愚痴をこぼしていた。


毎朝、毎晩、担当の入院患者のところを回って、

金曜の午前はその後の受け持ちの患者を診察して、

僕が入院する前は午後に大腸の検査も。

相当忙しいのが伺える。

病院学会があったときには相当愚痴ってたなあ…

自分が忙しいというよりも、患者を待たせて申し訳ないと。


病院に所属するというのは職業としては安定する。しかし、・・・という。

開業医の方が自分仕事量をコントロールできるからいいのか。

自分経営しないといけないというのは大変だとしても。


医者は大変な仕事だ。

急患が運び込まれるとか、患者の容態が急変したとか。

そういうこともあるだろうし、ただ単に病院を訪れる人が多いということもある。

それだけじゃなく、病院ごとの経営方針や雰囲気があって

そこに合う合わないというのも大きいのだろう。

医者だって人の子だ。


先生は今後どうするのか。

もちろんその場では何も聞けず。

淡々と体調に変化はなかったか、やり取りを交わすだけ。


なんにせよ、次回3月の経過観察の日にはこれまでのお礼を言わないといけない。

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2018-02-15

[] バレンタインデー  バレンタインデーを含むブックマーク  バレンタインデーのブックマークコメント

昨日はバレンタインデー

20時半までのエンドレスの打合せ後、お客さんの女性の方からチョコをもらう。

もちろん僕一人にこっそり、というのではなく PJキーマン何人かに。

義理チョコでも嬉しいもんです。気が利くなあと思う僕はオッサンか。

職場でもらったのは何年振りか。


時代が変わって、義理チョコが敬遠される世の中。

「日本は、義理チョコはやめよう。」というゴディバ広告話題になった。

まあ確かにそういう時期だからついでに、とばらまくようなチョコならいらないと思う。


前にも書いたけど、小学校の時に僕にチョコをくれた女の子は今どうしているだろう。

僕はこの季節思い出すけど、向こうは思い出すことはあるか。

なきゃないでまあいいか。その方がいい。


中学校で話すことはなくなった。

高校生になって、一度も会うことがなかった。

大学生のとき、一度だけ期せずして再開する。

夏休み帰省して、その日夜行バスで東京に戻るという日、

何かを買いに行かなければいけなくて、自転車に乗って20分ほど。

国道のバイパス沿いのホームセンター

通り雨でびしょ濡れになって、レジに並ぶ。

そこに立っていた。あ、と思う。名札がそうだった。

じゃあ、そうなんだな。

話しかけることはなく、お金を払ってまた自転車に乗って帰った。

母にバス停まで見送られて、東京に戻った。


向こうは気づいたろうか。

びしょぬれだった僕は気づかれない方が嬉しかった。

買ったものもビデオテープとかそんなだったと思う。

もちろん、その後会うことはなかった。

今になって東京出会っても、もはやわからないだろう。


あの時僕は大学院一年か二年だったはず。

23か24か。向こうはバイトだったのだろうか。

結婚して、パートだったのかもしれない。

いや、名札があったから違うか。

人生がかなりかけ離れたものになって、本来出会うはずがなかった。

なんだったんだろうな。運命のちょっとしたいたずら。ただそれだけ。

今のこの季節だけ思い出して、また忘れてしまう。

それでいいのだと思う。

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