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一条真也の新ハートフル・ブログ

2016-06-05

アリよさらば!

一条真也です。
4日、プロボクシングの元世界ヘビー級王者モハメド・アリが、アメリカ・アリゾナ州の病院で死去しました。死因は敗血症性ショックで、74歳でした。
わたしは、「ああ、アリが旅立ったのか・・・」と深い感慨を覚えました。




1942年1月17日、アリはケンタッキー州のルイビルに生まれました。60年、ローマオリンピックのボクシングライトヘビー級で金メダルを獲得。その後プロに転向し、64年にソニー・リストンを破って世界ヘビー級王者となります。公民権運動の活動家マルコム・Xとの出会いからイスラム教に改宗、本名もカシアス・クレイからモハメド・アリに改名しました。政府を批判する言動がエスカレートしたことから世界王者のタイトルを剥奪され、およそ4年間にわたって試合を禁じられました。しかしその後も2度にわたって王者に返り咲き、通算19度の防衛に成功しています。




「蝶のように舞い、蜂のように刺す」と形容された流麗なフットワークと切れ味鋭いジャブを駆使したボクシングで観客を魅了しました。また、相手を挑発し、大言壮語を繰り返す言動から「ほら吹きクレイ」とあだ名されました。
わたしも小学生の頃、アリの大ファンでした。
アリを「ボクシング史上最強のボクサー」と言う人は多いです。
そして、なんといっても、76年に「格闘技世界一決定戦」として、日本でプロレスラーのアントニオ猪木と対戦したことが忘れられません。
あれには、少年時代のわたしもテレビの前に釘づけになり、熱狂しました。その興奮は、40年経った現在もよく記憶しています。




じつは、アリは猪木戦以外にもプロレスの試合を何度も行っていました。
アリは幼少の頃より大変なプロレスファンだったと自伝にも書いています。
アリ少年のアイドルは「吸血鬼」「銀髪鬼」と恐れられた大ヒールのフレッド・ブラッシーでした。後年のアリのビッグマウスは、ブラッシーから影響を受けたとされています。熱心なプロレスファンであったアリは、プロレスの仕組みを熟知していました。アリと戦ったレスラーたちは、アリに完敗することを事前に義務づけられたワークをリング上で演じたのでした。




アリは、当然ながら猪木戦も同じようなワークをやるものだと思って来日にしたといいます。しかしながら、猪木はアリと真剣勝負で闘う決意であることを知り愕然とします。アリは、自分が負けるとは思っていないにしても、万が一ケガをさせられては大損害だと焦りました。その結果、アリ陣営が猪木に突き付けたのが、かの「がんじがらめルール」でした。華やかには欠けたものの、世紀の一戦は、正真正銘のセメントマッチ(真剣勝負)だったのです。現在でいうMMA(総合格闘技)の原点でした!


完本 1976年のアントニオ猪木 (文春文庫)

完本 1976年のアントニオ猪木 (文春文庫)



ブログ『1976年のアントニオ猪木』で紹介した本で、著者の柳澤健氏は猪木・アリ戦について詳しく書いています。その柳澤氏は現在発売中の「ゴング」14号で「『INOKI 1976』最新の語り部が猪木vsアリ戦の深層を語る。」として、同誌のインタビューに答えています。そこで柳澤氏は、「アリには“殺してしまうかも”という恐怖があり、猪木には“ヘビー級チャンピオンのパンチをまともに食らったらどうなるかわからない”という恐怖があった。そこに踏み込む猪木さんはやっぱり凄いよ!」と語っています。

ゴング 14号 (Town Mook)

ゴング 14号 (Town Mook)



また、同じインタビュー記事で、柳澤氏は以下のようにも語ります。
「40年前に、レスラーとボクサーの真剣勝負が存在して、しかもやったのがアントニオ猪木とモハメド・アリだったということが凄い。UWFもPRIDEも、みんな猪木vsアリの延長線上にある。総合という概念を生み出した佐山(サトル)さんの発想だって、猪木さんの異種格闘技戦が原形なんだから、偉大としかいいようがない」
わたしは、この柳澤氏の発言に100%同意します!




アリの死去を受け、アントニオ猪木氏が4日、都内で会見しました。猪木氏は「アリ氏のご冥福をお祈りしたい。とにかく元気に旅立ってほしい」と弔い、かつての敵との思い出を明かしました。
世紀の一戦の後、2人は親交を深めました。猪木氏は、アリの結婚式に招待された時に2人で交わした言葉が今でも心に残るといいます。猪木氏に対してアリは「お互いあれでよかったよな」と言い、猪木氏は「俺もそう思う」と言ったそうです。猪木氏は記者会見の場で「(試合直後は)彼はお遊びだと言っていたが、あれは彼の照れ隠しだったんだと思う。素直にお互いを認め合って、『あんな怖い試合はなかったよ』と彼が言ってくれて。俺自身も大変な緊張と興奮、怖さもあった」と懐かしそうに振り返りました。
先日、猪木vsアリ戦の6月26日が、日本記念日協会により「世界格闘技の日」に登録されたばかりです。ちょうど40周年となる記念日を待たずしてアリは天国に旅立ったわけですが、26日(日)には猪木vsアリ戦のDVDを観て、故人を偲び、両雄の勇気を讃えたいと思います。

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6月26日は「世界格闘技の日」です!



アリは、黒人差別とも闘った人でした。黒人であるがゆえにレストランへの入店を拒否されると、1960年ローマ五輪で手にした金メダルをオハイオ川へ投げ捨てた。ベトナム戦争の徴兵を、「ベトコンは俺をニガー(黒人の蔑称)とは呼ばなかった」と明瞭な理由を公言して拒否しました。
そんなアリは、「黒人が最も美しい」とも語っています。
「黒人は醜くない」や「黒人も美しい」ではなく、「黒人が最も美しい」。
これほど、誇りと信念に満ちた言葉があるでしょうか!

唯葬論

唯葬論



この「黒人が最も美しい」というアリの言葉は、わたしに多大な影響を与えました。わたしは、葬儀ほど崇高で価値のある行為はないと心の底から思っています。しかしながら、世間には葬祭業に対する偏見や差別が今も存在します。1991年に『ロマンティック・デス〜月と死のセレモニー』(国書刊行会)を上梓して以来、わたしは「葬儀ほど重要な営みはない」と訴え続けてきました。その考えは、昨年上梓した『唯葬論』(三五館)に結実したのではないかと、不遜ではありますが自分で思っています。

納棺夫日記 (文春文庫)

納棺夫日記 (文春文庫)



明日、わたしは富山に入り、映画「おくりびと」の原作とされている『納棺夫日記』の著者、青木新門氏にお会いします。そこで青木氏と葬祭業の意味について意見交換をさせていただきたいと思っています。
また「世界格闘技の日」となる6月26日には、「サンクスフェスタ in小倉紫雲閣」が開催されます。「イベントのサンレー」と呼ばれるわが社が総力を挙げて行う「葬儀の祭典」です。ここでも、「葬儀ほど重要な営みはない」というメッセージを心を込めて多くの方々に訴えるつもりです。
最後に、モハメド・アリ氏の御冥福を心よりお祈りいたします。
アリよさらば! 最も偉大なる者の魂よ、安らかに眠れ! 




*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2016年6月5日 一条真也