踊る中共の権力核心-死せる胡耀邦、活ける胡錦濤を走らす(3)

 前々回前回の続きです。

 更新が遅れてしまった。すでに話題としては遅きに失した感があるが胡耀邦の再評価の動きについて思うところを述べたいと思う。

 こうした動きを先ず報じたのはロイター通信でそこでは、「国民に人気のあった胡耀邦氏の追悼集会は、1989年6月の天安門事件に発展。中国の国営メディアでは今でも、その名はほとんど言及されない。ある関係筋は「胡錦濤国家主席は、胡耀邦氏の名を借りることで、その政治的な資産を受け継ごうとしている」と述べた。」と報道されている(註1)。この報道は香港文匯報が後追いで報道しているから中国当局がそれを認めた考えてよいかと思う。ここで疑問となるのが胡耀邦の「政治的な資産」というのが何なのかという点だ。報道にもあるように、胡耀邦といえば天安門事件前の80年代に政治改革を主導した人物として知られる。本来は趙紫陽とともに中共中央の本流にいた人物なのだが、天安門事件以後には「ブルジョワ自由主義」の評価が確定した。彼を評価するというのは天安門事件以後ある種のタブーとなっていたというのは報道に有る通りだ。ここに来て胡耀邦の生誕90年記念式典や記念出版物の刊行を行うという動きは、胡錦濤が政治改革者としての胡耀邦のイメージを利用して自身の求心力を高ようとする行為だというのが多くの報道の共通した見方かと思う。あるいは李鋭に代表される党内元老グループ右派の取り込みという見方もある。恐らくそれらはどれも正しいだろう。それらの見方に加えて個人的に二点ほど気になる点があるのでそれらを考えてみたい。


イデオロギーの解釈権は政敵の死命を制す

 さて何度も引き合いに出しているが訒小平華国鋒の権力闘争をちょっと振り返ってみたい。詳しくは文革関連の文献とか、馬立誠の『交鋒』辺りを読んでもらうとよいだろう。訒小平側は「事実求是」、「実践」という現実主義的なアプローチこそが毛沢東思想の真髄だとして、「凡是」(二つの全て)を掲げて毛沢東路線の継続を訴えた華国鋒教条主義的な態度を批判した。そうした中央党校を舞台にしたイデオロギーの解釈や路線を巡る論争というのは、毛沢東の「遺詔」を権力の正当性の拠りどころにする華国鋒への攻撃だったわけである。ちなみにこのイデオロギー論争で活躍し脱文革キャンペーンで活躍したのが当時中央党校の校長であった胡耀邦である。それに加えて文革時に下放された青年や、追放処分にあった幹部などが名誉回復を求めて北京に陳情に続々と集まるという動きも圧力となっただろう。こうした背景のもとで第十一期三中全会で訒小平の権力は確固としたものになった。翻って今日に目を向けてみると、国内の経済政策を巡っての路線対立と、訒小平理論を如何に解釈するかということは密接な関連がある。天安門事件以後、80年代の改革は後退し、「社会主義初級段階論」に基づく経済成長至上主義と「新権威主義論」に代表される中共の独裁と権威的主義的な統治を容認する江沢民時代が始まった。こうした背景を考えると今回の胡耀邦の再評価が含意するところは中々に剣呑だ。胡錦濤の唱える「和諧社会」建設論や「的科学発展観」と、文革後に「思想解放」を主導し、80年代政治改革を主導した胡耀邦の解釈する訒小平理論がどのようにシンクロするのかは不明だ。しかし、それは「社会主義初級段階論」に基づく経済成長一辺倒の政策運営を進め、社会の矛盾を拡大させてきた江沢民時代へのイデオロギー上の明確なアンチテーゼとなり得る。そういう文脈で眺めると、今回の胡耀邦の再評価というのは、あたかも文革後の権力闘争のように、訒小平理論というイデオロギーの再解釈という側面を持つのではないかと考えれれるのだ。

 一方、こうした考えに対する疑問は当然にある。胡錦濤は就任以来、メディアへの締め付けを強め、最近には社会団体への規制も強めているようである。また彼の進める「保先運動」や、北朝鮮式の政治体制への肯定的な発言などに共産原理主義の臭いを感じ取っている向きは多い。そうした中で80年代の政治改革を象徴する人物に自身の求心力を高めるためにご登場願うというのも何やらグロテスクなものを感じざるを得ない。彼自身の政治改革への姿勢には大きな疑問符がつく。また、多くの報道が天安門事件の再評価には繋がらないだろうと述べているのもそうした臭いを感じ取っているのだろう。シンボルだけを利用したい党中央の権力者の思惑通りに人々が動くかどうかは、昨今の社会矛盾の拡大振りからは予測不能と思うが。


不気味な接近
 
 前々回、前回、今回と三回に渡って色々書き散らしてきたが、台湾政策の温度差、政治改革のシンボルの利用、という動きの中で見られる奇妙な接近について最後に触れたい。前にも多少触れたが、台湾政策における「心理戦アプローチ」の重視、政治改革というと、劉亜洲に代表される軍内の改革派グループとの親和性に目が行かざるを得ない(註2)。本来、胡錦濤と劉亜洲らのグループは3月、4月の反日暴動発生時には鋭く対立したと伝えれれている。しかし最近の行動を見るにどうも不気味な接近傾向を感じるのだが。例の反日暴動以後に何かしらの動きがあったのだろうか?もし彼らがアクロバティックな握手を遂げていたとすると、衆議院選挙で圧勝した小泉総理がするであろう靖国参拝後のリアクションが気になる。あるいは東シナ海EEZ中間線付近に艦隊を派遣しての示威行動というのも対日政策における両者の接近のシグナルなのか?(註3)これだけじゃ何ともいえないが、注意して見ていく必要がありそう。

(註1)「胡錦濤・中国国家主席胡耀邦・元党総書記を復権か」『ロイター(Yahoo!ニュース)』2005/09/04
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050904-00000609-reu-int
(註2)この劉亜洲は台湾政策について最近に『環球時報』で「中国の未来二十年の大戦略」(「中国未来二十年的大战略」)と題する文章を発表したようだ。残念ながら原文は発見できなかったが以下など参照に出来るかと思う。
交流協会「政務関係 安全保障・軍事」『台湾月報』2005/07/29
http://www.koryu.or.jp/Geppo.nsf/0/1c1902e1e74760ed49257050001d26ae?OpenDocument
黄世沢「捕捉内地新思维 普选有望」『新世紀』2005/08/06
http://www.ncn.org/asp/zwginfo/da.asp?ID=65231&ad=8/6/2005

(註3)「中国海軍 東シナ海のガス田付近に軍艦5隻派遣」『毎日新聞Yahoo!ニュース)』2005/09/10
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050910-00000006-maip-int