踊る中共の権力核心―将を射んとすれば先ず馬を射よ(2)

 前回の続きです。

対台湾政策と抗日戦争観の変化

 さて、胡耀邦絡みの話を始める前にもう一つの路線闘争、台湾政策についても触れておきたい。本来、江沢民時代と胡錦濤時代の台湾政策に大きな変化は無かった。両者は台湾では「江八点」と呼ばれる江沢民が提起した台湾政策の基本線で一致していた。一国両制度、平和的統一、台湾独立阻止、一方的な現状変更には軍事オプションの選択肢を排除しないなどなど。それが変化し始めたのが今年三月の「反国家分裂法」の制定後である。この法律は台湾への武力行使に法的根拠を与えるもので、条文では三通などに触れられているものの、軍事オプション重視への傾斜を伺わせるものであった。これは、2008年までに新憲法制定(「中華民国」の国体の変更を意味する可能性がある)を目指すとした陳水扁が総統選挙で再選を果たしたことなどが関係しているかと思われる。またこの動きには軍部内の対外強硬派の意向が強く働いたとの説が有力である。こうした動きの一方で、4月末には台湾の国民党主席である連戦が中国大陸を訪問し、胡錦濤と会談して共同コミュニケを発表するなど、「反国家分裂法」制定時とは趣きの異なる動きがあった。この背景には国際的に批判の多かった「反国家分裂法」の色彩を弱めること、両岸関係の安定化をアピールしてEUの武器禁輸措置を緩和させること、国民党に対中交渉窓口という政治資源を与えることで台湾の独立派を牽制するとともに親中意識を掘り起こそうとすることなどがあったと考えられる。こうした一見するとベクトルの異なる政策が短期間の内に実施されるというのは様々な憶測を呼ぶものである。幾つかの分析は軍内の路線対立の可能性に言及した。特に8月に「軍における『中国共産党紀律処分条例』貫徹執行のための補充規定」が公布され、党の軍に対する統制強化が打ち出されると軍内の様々な矛盾が無視し得ないものとなっているとの分析は説得力をもったように思う(参照)。こうした軍部内の路線対立と関連してか、この8月、9月の抗日戦争勝利60周年キャンペーンにおいて党中央の不協和音を示すような動きが出ている。

 8月15日付けの『人民日報』に「中国共産党は全民族の団結抗戦の要」と題する特約評論員の手による文章が発表されたが(註1)、その中には次のような一文がある。

「中华民族到了最危险的时候。政府当局却顽固坚持“攘外必先安内”的不抵抗政策,严令东北军全部撤入关内,并要求民众“暂取逆来顺受态度,以待国际公理之判断”。政府当局的错误政策,极大地压制了抗日救亡的民族热情,助长了日本帝国主义的嚣张气焰,同时也使一些人难以看清日本侵略者的野心,抱有退让求安的幻想。中国共产党在江西革命根据地反“围剿”斗争极端艰苦的条件下,挺身而出,代表全民族发出了武装抗日的第一声怒吼。」

 内容を要約すれば、当時の国民党政府は共産党の殲滅を優先して日本に対する譲歩と無抵抗政策を頑迷にも堅持し、抗日への民族の熱情を抑圧して日本帝国主義の侵略への野心を助長した。一方で、「剿共」という苦難の環境にありながら共産党こそが初めて全民族を代表して武装抗日の第一声をあげた、というものである。こうした抗日戦争観というのはこれまで中共が積み上げてきた「抗日神話」と変わるところは無い。また、この文章が「三つの代表」を強調するともとれる文脈があることから「江沢民の色彩が濃厚」なものであるという指摘もあることを付け加えておこう(註2)。

 一方でこうした抗日戦争観と異なる歴史観というものが8月頃から表面化している(註3)。抗日戦争に関する展示会が各地で開かれたが、その中には国民党が抗日戦争時に果たした役割を再評価するという内容も含まれていた。これに対して党中央のある向きには不満があったようだが、8月26日に胡錦濤は中央政治局常務委員会の集団学習を行いその中で「全体中華民族子女の団結を堅固にし強化しよう」と呼びかけ、また8月27日には退役軍人との座談会で「中国共産党は全民族の団結抗戦の要」であると認める一方、新しい歴史の条件の下で、時代に恥じない、祖国に恥じない、人民に恥じない、人民の軍隊に恥じない、新しい業績創造する必要があると指摘した。また、8月28日には『人民日報』で特約評論員による「偉大な抗戦精神をして実際の中華振興に役立てよう」という文章が発表された(註4)。

 どうも9月3日の「抗日戦争勝利60周年記念大会」における胡錦濤の「重要講話」の概要は、8月から国民党の抗日戦争に対する貢献の再評価、中華民族の団結を強調という線で着々と外堀が埋められてきたようである(参照)。このことと前回の中央政治局分裂の噂、3日の式典に長らく公の場に現れなかった江沢民が堂々と序列第二位で登場したことを考え合わせていくと興味深い構図が浮かび上がってくる。やはり大駒が動くと局面に出るのだ。胡錦濤のやりたい放題に圧力を加えるべく江沢民がその健在ぶりをアピールする為に出てきたとすれば?そして、その面前で中央政治局内でも論争の有る抗日戦争観の変化を示唆させる演説を行った胡錦濤との意図とは?これは明らかに台湾政策と抗日戦争観を軸とする、路線闘争とイデオロギー論争のガチな衝突の表出であるまいか。更に言えばこの問題は、軍部内の路線闘争と関連していることも疑われる。党中央、軍部、それぞれの勢力関係がどうなっているかという点も考慮すると興味深いのだが、それは胡耀邦復権とも合わせて考える必要があると思うので次回に譲るとする。あるいは自分の考えていた勢力間の合従連衡の構造、その立場に関しての理解が間違っていたか、その大幅な組み換えがあったのかも知れない。

はっちゃける李長春

 さて、上述の抗日戦争観を巡る党中央の不協和音ぶりだが、その余波は未だに収まっていない雰囲気である。9月4日付けの『新華網』の記事に李長春が9月2日に学術検討会の開幕式場で述べた「1931年の九一八事変後に中国共産党が独立して抗日闘争を指導したことは十分に肯定されるべきだ。」という講話が掲載さたという(註5)。また、それを受けてか、9月6日の同じく『新華網』の「晩間要聞」欄に「胡錦濤総書記の講話は抗戦老戦士の間に強烈な反響を巻き起こした」という内容の記事が掲載され、「あの悲劇的な歴史の偉大な精神から汲み取るものを汲み取り、実際の行動の発展を加速させる」とか「中華民族の偉大な復興を実現する。これが根本だ!」という退役軍人の声が寄せられたという(註6)。

 李長春といえば江沢民と近く、中央政治局内ではイデオローグを担当している人物である。そうした人物が総書記の「重要講話」に異を唱えるような発言をしていたことが公になるのは異例であるし、その話題が歴史観という多分にイデオロギーに関わる部分だけに、その不協和音ぶりの深刻さが考えられる。更に胡錦濤李長春の中央政治局内での論争の噂なども考えると・・・・。

 次に胡耀邦復権の意味などを考えてみたいのだが、長くなったので次回に。しかし最近中国ネタばっかりだな。最後に蛇足ながら。私は軍内に対台湾政策を巡って強硬派(軍事オプション重視派)と穏健派(心理戦アプローチ重視派)の路線闘争があるのではないかと推測しているが、穏健派という言い方はしても台湾独立には当然反対であるし、台湾側が独立に類する動きを見せれば武力行使するという点では両者のコンセンサスがあると考える。というか、大陸人の殆どに共通するコンセンサスだと思うが。

(註1)「中国共产党是全民族团结抗战的中流砥柱」『人民日報(人民網)』2005/08/15
http://www.people.com.cn/GB/paper464/15460/1369470.html
(註2)邱鑫「五中全會前 人民日報文章只提三個代表」『亜洲時報』2005/08/17
http://www.atchinese.com/index.php?option=com_content&task=view&id=5174&Itemid=28
この分析に関してはこちらを参照のこと。
(註3)馮良「抗戰論述引發中共高層互動:胡錦濤安撫老軍人」『亜洲時報』2005/08/28
http://www.atchinese.com/index.php?option=com_content&task=view&id=6014&Itemid=28
(註4)同上、馮良(2005/08/28)、馮良「胡錦濤指國民黨負責抗戰正面戰場:一石三鳥之舉」『亜洲時報』2005/09/03
http://www.atchinese.com/index.php?option=com_content&task=view&id=6435&Itemid=28
また、『人民日報』の記事は以下を参照。
「深刻汲取中国人民抗日战争胜利的历史经验 万众一心实现全面建设小康社会的宏伟目标」『人民日報(人民網)』2005/08/27
http://www.people.com.cn/GB/paper464/15561/1377399.html
「中央军委举行驻京部队老战士座谈会」『人民日報(人民網)』2005/08/28
http://www.people.com.cn/GB/paper464/15565/1377690.html
「把伟大抗战精神化为振兴中华的实际行动」『人民日報(人民網)』2005/08/28
http://www.people.com.cn/GB/paper464/15565/1377692.html
ちなみに、退役軍人との座談会の記事には写真が添付されており、胡錦濤中共中央総書記、国家主席、中央軍事委員会主席の肩書きとともに、例のなんちゃって軍服風人民服着用である。
(註5)白荘「防止離間軍心陰謀:抗日老兵表態挺胡」『亜洲時報』2005/09/06
http://www.atchinese.com/index.php?option=com_content&task=view&id=6600&Itemid=28
『新華網』の元ネタ発見できず(泣)。
(註6)同上、白荘(2005/09/06)
またしても『新華網』の元ネタ見つからず。検索全然使えないんですけど。