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tana record diary

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2900-01-01 ライブのお知らせ

2015-12-04

ぷらっとこだま東京へ。

こだま、快適だー。寝れるー。

今日はせいちゃんの歌いれで、明後日がセプチマにてネス湖。

2015-10-21

「どちらの立場もわかる」的ポストモダンなもの謂いに、何の意味もなくなってしまった。

ポスト・ポストモダンはどうなるんだろうと思ってたら、まさか野蛮な時代に帰るとは!

揺り戻しであり退化だが、退化も進化の一形態か。


熱狂する群衆思考をしないし倫理観も無くなる」という研究があるんだけど、それはこの現在の日本においては、まず政府与党(およびそれを信じている側)の人間に当てはまる。

国民の意見をハナから聴く気がなく、「国体だ」「信念だ」とかなんだか、全くなにかにとりつかれているとしか思えない。

南京大虐殺はありませんでした、などと、カルト宗教にハマっていないと、言えないだろう。。


デモファッショは「大衆が個を越えて団結する」という面では同じ原理かもしれない。

ところが行ってみれば分かるけど、いま行われているデモは"熱狂"とは違う。もう、やむにやまれず、ということだ。

だって、あんな面倒くさいことしたくない。

しかもデモ終わったら、ゴミ拾いするんだよ。

熱狂してる人間は、ゴミ拾いなんて、しない。


いまだに「体制側とデモの強制的な感じは同じように思える」という意見を見るんだけど、今、現に権力を持っているのはどちらか?

そしてその権力を使って、じわじわと国民の首を絞めているのは誰か?

あまりにゆっくりと絞められているから、鈍い人間はまだ気がついていない。

絞まりきってからでは遅い。

輪がギリギリ首が抜ける大きさのうちに、戦略的に、確実に有効手段で、その輪を取り除かないと。

音楽で何とかしたいとか、もはやそういう段階ではない(もちろん音楽、するけどね!)。

向こうはかなり手駒をすすめている。

実はもうなにもかも遅いかもしれないけど、それでもやんなきゃ。

2015-10-11

自民党が好きっていうのは、つまり「権力側でいたい」ということなんだろうなあ。入口は単なる判官贔屓だが。。

こんなに嘘つかれて搾取されてもまだファンでおれるって、相当に屈折した病理だ。


ユネスコの件は、恥ずかしすぎる。

もう色んな意味で、恥ずかしい。

日本政府はこれ以上世界に恥を晒すのやめて欲しい。

2015-10-10

「今回の※戦争法案の意味(ありがたみ)は、何十年か経たないと理解できない」

という意見をみた。

まるで売れないミュージシャン言い訳だが、これを言うなら憲法が70年後に起こりうることを完全に予測しきっていることは、どう評価するのか。

安保法案のことは海外メディアにはキッチリ「law of war」と報じていられている。「戦後はじめて日本は海外での軍事行動が可能となった」と全世界認識されたのだ。これでも戦争が起きたりテロに攻撃されることは全くないなどと思っているのは、完全に平和ボケだろう。

よく「平和のための抑止力」などと言われるけど、その"効果"の正当性うんぬんよりは、これはお互いにエスカレートするための口実。

2015-09-26

現在国会はついに「議会制独裁」となった。

第二次世界大戦時の日本の議会や、現在の北朝鮮や中国の共産党議会、または南米の軍事政権議会等と同じ。

勘弁してくれ。

民主主義は、最初から"自らが数による独裁を生み出すことがある"という問題をもっていて、だからこそそれを禁じる為に、数による決定より優先されるものとして、わざわざ「憲法」というものが設定されている。

憲法とは「数による独裁決定がやってはいけないこと」を定めた、あらゆる国法に勝る最上位のルール

人権とか、どんな大多数の意見よりも守らなきゃいけないことがある。

ところが、やっぱりそれを数の力で踏みにじったりする場合がある。

そうなる危険を最初から見越して、歴史に学んだ人類の知恵により設定されているのが、憲法。

それを一内閣が勝手に「解釈変更」して、違憲な法案を違憲なやり方で通した。

これまでの歴史を否定したってこと。

全く反省していなかったんやね。

ここが、民主主義が自らが自らを捨てたって意味です。

いや、捨てたのは自由民主と公明。

はっきりと、権力による犯罪。当然、計画的確信犯

うちら、とことん馬鹿にされてんな。

多数決ってこういうもんやから仕方がない」とか、その"諦めたマインド"。

それこそが、思う壺。

あかんもんは、あかんねんで。

2015-09-24

シールズやデモ批判する大人によくある、パターン

1:まず自分のブログやツイッター等の投稿に「なんとなく嫌だ」と書き込む。これはとくに論理的理由はなく、単なる"他人に流されないアピール"だったりする。

2:それに対して、賛同もあるものの当然反論が寄せられる。有名人であればあるほど、その数は多い。

3:人間は知らない人に批判されると、とりあえず気分が悪い。なんとなく嫌なだけだったのに、だんだん「絶対に嫌だ」と態度を硬直させる。

4:そしてその嫌な理由を本格的に考えだし、表明する。

5:これがまたさらに多くの反論をよんでしまう。

6:ほとほとウンザリし、その手の発言熱狂的な気違い信者扱いして、全てブロックする。

7:そして、心情/心性において、アベと同じ状態になる。


本人にとっては間違いなく嫌な目にあってるんだけど、まあでも、1:から出発してるんで、自分で蒔いた種だ。


そんでそれからも、引きこもって自己正当性についてまーだあれこれ言い訳を考えたりするんだけど、そんな暇があるなら、次の選挙の為にデモくらいいったらええのに(デモはもうとっくに、いや、もともと、そういう紛れもない正統な社会運動です)。

俺はデモには絶対行かない!ってどーでもいい決意するのは自由だけど、他に自分にできることあるんなら、とにかくやってみたらいい。

次の選挙、楽しみだな。※ただし、今の政権不正をしてくる可能性が増大しているけど!!