林芙美子になりきる
成瀬巳喜男の『放浪記』で林芙美子を演じた高峰秀子は私に強烈な印象を残した。一度観ただけだが、様々なシーンを鮮明に思い出すことが出来る。その印象の強さは『浮雲』(これも原作は林芙美子)の名演さえかすむほどなのだ。高峰秀子のちょっと低めの声ではいるナレーションの、ぶっきらぼうでひねくれた感じも、この映画を特徴付けており耳に残る。小説『放浪記』を読む前に映画のほうを観てしまったけれど、これはまさに高峰秀子のはまり役だ。
ちょっと前、本棚の奥に『下駄で歩いた巴里』をみつけた。持っていたことをすっかり忘れていた本だ。「お、こんな本あったんだ」と、ぱらぱら頁を捲ると、林芙美子の巴里での日記があった。せっかく巴里なのに、『放浪記』で成功した後なのに、やっぱりつまらなそうな、どこかいじけた感じの文章に、何だか笑いがこみ上げてきた。(成功後、彼女は『放浪記』のイメージを壊さないように、努めてそんなに幸福ではなさそうにしていた、とは言われているけれど)調子にのって、映画『放浪記』の高峰秀子の真似をして、つまらそうな感じにその文章を声に出して読んでみた。
ちょっと前、文章を声に出して読むことのすばらしさを書き、ブームになった本があったと思うが、こういう日記調の文章を音読するのは、確かに面白い。しばらく林芙美子になりきることができた。
林芙美子は、どこからどうみても、感じの良い、誰からも好かれるようなタイプの人間ではないと思う。けれど、こういう女の人って、なんだか憎めないし、どちらかというと好きだ。(自分に被害が及ばない分には)
「このおばさん、怖すぎる。」と思いながらエッセイを読むことが多いことを考えると、どうやら私は辛口の女性の文筆家が好きらしい。
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