日本の幽霊の手(その3)
昨日ふと気づいたんだけれど、幽霊のステレオタイプのあの手の形だけでなく、額に三角の布(「宝冠」その他の呼び方がある)を付けてる絵も画像検索でほとんど見つからない。
唯一検索でヒットした絵を調べてみたら『怪物画本』という画集に収録されている絵だそうだ。明治14年(1881年)刊行。ネットで公開しているところが複数あるけれど国文学研究資料館のが見やすい。
問題の絵のタイトルはそのものずばり「ゆふれい」
⇒「ゆふれい」
で、それはそれとしてこの『怪物画本』に気になる絵がある。タイトルは「つるべ女」
⇒「つるべ女」
手を前に出していて、それが途中で折れて下にだらんと垂れているところは幽霊のステレオタイプにそっくりだ。ただし手首が見えるわけではない。ドクロが服をきていて先端部分は何もないので垂れ下がっているのではないかと思われる。とはいえ先端部分は3本の指のように見えなくもない(でも指ではないのだろう)。また普通の服ではこんなになることはないので何を表現しているのか意味不明。手の部分はステレオタイプの原型になったと一部でいわれている円山応挙の絵と若干似ているといえなくもない(全体的にはかなり違うけど)。
で、この「つるべ女」とは何ぞや?ということで検索したところ
【資料】狂骨 vs つるべ女 vs 計宇古都奈之 #和漢百魅缶 pic.twitter.com/BFdcVxQ4Et
— 氷厘亭氷泉 (@hyousen) 2014, 10月 28
というツイートがあった。
狂骨(きょうこつ)は、鳥山石燕による江戸時代の妖怪画集『今昔百鬼拾遺』にある日本の妖怪の一種。平成以降には、京極夏彦による小説『狂骨の夢』でも知られる[1]。
白髪の生えた骸骨姿の者が、白い衣を纏った幽霊のように、井戸の中から釣瓶に吊られて浮かび上がった姿として描かれており、解説文は以下のように述べられている。
狂骨は井中の白骨なり
世の諺に 甚しき事をきやうこつといふも このうらみのはなはなだしきよりいふならん[2]
※あとこの解説が興味深い。
⇒石燕妖怪画私注(近藤瑞木)(PDF)
これこそが幽霊の手のルーツ、つまり鳥山石燕が発案者ではないのか?という気がしてきた。あくまで気がするだけだけど…
ところで狂骨の衣装(衣装なのだとしたらの話だけど)が、胸にボタンがある西洋の服っぽく見えるのだが、これは何なのだろうか?狂骨自体は日本の妖怪(石燕の創作?)だけれど、絵にする際に西洋の妖怪を参考にしたのだろうか?なんでことも思ったりする(手の先の意味不明さも元々は意味があったのが日本人には理解できずに意味不明になった可能性があるかも)のだが、情報が少ないのでよくわからない。
日本の幽霊の手(番外) 狂骨
そもそも狂骨が幽霊の手の原型になったというのは俺の勝手な妄想で、そこから先にさらに妄想を膨らませるのはどうよとは思うんだけれど…
「狂骨」と「つるべ女」の姿はほぼ同じ。「狂骨」が先で「つるべ女」が後。ウィキペディアの「狂骨」の説明に
白髪の生えた骸骨姿の者が、白い衣を纏った幽霊のように、井戸の中から釣瓶に吊られて浮かび上がった姿として描かれており、解説文は以下のように述べられている。
とあるように釣瓶に吊られているから「つるべ女」と命名したんだろう。
他に「計宇古都奈之(きょうこつなし)」というそっくりな妖怪がいる。東洋大学所蔵の『化物尽くし絵巻という史料に載っているという情報がある。
⇒kyoukotunasi
ネット上には鮮明な画像は無いようだ。
ウィキペディアに「化け物尽くし絵巻」の項目があるけれど、そこに「計宇古都奈之」は無いので別物だろう。ただし命名方法が
絵巻中では、狐火には名前にふりがながなく、本絵巻独自の11種の妖怪はいずれも名前にふりがなが書かれている。このことからこの11種の妖怪は、ふりがながなければ読み方すらわからないほど、一般的には知られていない妖怪であり[1][2]、逆に狐火にふりがながないのは、よく知られたもののためとも考えられている[3]。
⇒化け物尽くし絵巻 - Wikipedia
というあたりは類似しているので、全く無関係というわけでもなさそうではある。
それと先にも引用さした 氷厘亭氷泉さんのツイッターに
「計宇古都奈之」と「つるべ女」は石燕の「狂骨」と背景道具が瓜ちゃんだから、明らかに影響下とわかるけど、「狂骨」と「けうこつなし」どっちのほうが先なのかはむづかしい。石燕の前に「後神」を描いてる絵巻かも知れないものも存在してたりするからダネ。
— 氷厘亭氷泉 (@hyousen) 2014, 10月 28
と書かれている。「狂骨」と「計宇古都奈之」の前後関係はわからないっぽい。
石燕の解説文では、激しさを意味する方言「きょうこつ」はこの狂骨の怨みの激しさが由来だとあり、神奈川県津久井郡には確かに、けたたましい様子や素っ頓狂な様子を意味する「キョーコツナイ」という方言がある。
とある。「キョーコツナイ」とは「きょうこつな」が訛ったものだろう。
⇒石燕妖怪画私注(近藤瑞木)(PDF)
によれば「きょうこつ」という言葉は「中世以降かなり日常的、口語的に用いられて」いたそうだ。口語的であるから意味が変化しやすいと思われ、鳥山石燕が「甚しき事をきやうこつといふ」と書いているのも、辞書類に掲載されていないからといっても、そういう意味で限定された場で使用された可能性は十分あるのではなかろうか?
「狂骨」も「計宇古都奈之」も、この口語から命名されたもののように思われ、「狂骨」が先なら「甚しき事」という意味の「きょうこつ」の語源としての妖怪という設定になるだろうけれど、「計宇古都奈之」が先であればその限りにあらず。「キョーコツナイ」の意味が「けたたましい様子や素っ頓狂な様子」であったのが、鳥山石燕が採用するにあたって自身の理解する「きょうこつ」の意味(=甚しき事)で再解釈し、そこから「恨みが甚だしい」という妖怪の説明が出来上がった可能性もある。本来の意味が「けたたましい様子」だったらこんな妖怪の説明にはならないだろう。
なお『石燕妖怪画私注(近藤瑞木)』によれば『日本国語大辞典 第二版』の「きょう・こつ 【軽忽・軽骨】」の項目に『「大げさなさま」「ヒステリックなさま」などを意味する方言(神奈川県)」の用法を載せているそうだ。妖怪の姿がドクロなのは「軽骨」からきているのかもしれない。
長くなったのでつづく
日本の幽霊の手(番外) 狂骨(その2)
「きょうこつ」の意味も重要だけれど、より問題なのは画像の方だ。
⇒狂骨 - Wikipedia
⇒「つるべ女」
「計宇古都奈之(きょうこつなし)」の鮮明な画像はネットで見つからない。
「つるべ女」の名前の由来は「井戸の中から釣瓶に吊られて浮かび上がった姿」にあると思われ、元となった「狂骨」もまた井戸から姿を現している。「計宇古都奈之」はわからないけれど、ネット上にあるイラスト化されたものを見るとやはり井戸から登場しているようだ。
井戸から登場するのは、井戸に落ちて死んだか、井戸に死体を投げ込まれたかのどちらかだろうと考えられる。とすれば鳥山石燕の「狂骨」の説明「このうらみのはなはなだしきよりいふならん」とも合致する。少なくとも「けたたましい様子や素っ頓狂な様子」から井戸で死んだり死体を捨てられたことを連想するよりは容易である。ということは「計宇古都奈之」よりも「狂骨」の方が先のように考えられる。
ただしここに大きな疑問がある。「狂骨」に描かれている井戸って小さくないか?
こんな小さな井戸に人が落ちるだろうか?あるいは死体を沈めることができるだろうか?まあ絶対無理というわけじゃないだろうけど。ちなみに播州皿屋敷の「お菊井戸」といわれているものは
⇒皿屋敷 - Wikipedia
死体を捨てるには十分の大きさ。
さらに言えば「つるべ女」という名の通り、この妖怪は正確には井戸の中からというよりも釣瓶桶の中から登場しているように見える。この大きさの釣瓶桶の中に人体が収納できるはずもなく、この妖怪はエクトプラズム的なもののように思われる。下半身が細くなっているのもそういうことではなかろうか?
で、そういう視点でみると、俺はあの有名なキャラクターのことを連想してしまう。
アラジンと魔法のランプの魔神のことだ。
⇒魔法のランプ 魔神 - Google 検索
いや、さすがに直接つなげるのは無理があるだろうけど(そもそも現代のランプの魔神のイメージっていつできたんだ?)
でも似てるよね。
まだ続く(こんなに長くなるとは考えてなかったけど)
オバケのQ太郎の中身
幽霊の手について考えてたんだけど、ちょっと横道に逸れる。
俺は子供の頃「おばけ」といえば、「一つ目小僧」とか「のっぺらぼう」とか「から傘おばけ」とか「ろくろ首」とかを連想したので「オバケのQ太郎」の「オバケ」というのがピンとこなかった。オバQのモデルが西洋オバケ(ゴースト)だと気付いたのはいつだったか覚えてないけど後になってからなのは確か。
で、有名な話なんだろうけどオバケのQ太郎の外見は実は服を着た姿。
一枚布(バケトロン・バケミロンという架空の素材、マジックなどで字や絵をかくことが可能)に目・口用の穴を開けた白い服(同じ物が何枚もあり、他所行き用もある)を頭から被っており、実際に見えているのは服を除くと、3本の毛と、足、目、口だけである。また、服の中を見られることは「オバケの国での御法度だ」と言って頑なに嫌っており、中身がどうなっているのかは不明。
しかし西洋のゴーストが服を着ているなんて話は聞いたことがない。ただし、まるでシーツをかぶっているかのようなゴーストの絵は少なくない。これは元からそうだったのではなくて、ハロウィーンなどでゴーストの仮装をするときにシーツをかぶった姿が影響して、ついにはゴーストそのものがシーツをかぶった姿で描かれるようになったのではあるまいか?
では本来のゴーストとはどのようなものであったのか?そこがわからない。そもそもゴーストで定義されるものの範囲は広い。俺が知りたいのはあの白くてふわふわ浮いてるゴーストのことだが、あれは何と呼ぶのだろうか?ゴーストで検索しても目的外のものがヒットして効率が悪い。halloween ghostで検索すると目的のものがヒットしやすいんだけれど、ハロウィーンの日に出現するお化けというわけではなくて、よく仮装されるからなんだと思う。
あのゴーストのイメージがいつ誕生したのかもわからない。英語版Wikipediaの記事にゴーストの画像が何枚かあるけれど、あの白くてふわふわ浮いてるやつの画像はない。
⇒Ghost - Wikipedia, the free encyclopedia
強いて言えばBrown Ladyと呼ばれる幽霊がそれに近いけれど、そうはいってもかなり隔たりがある。
⇒Brown Lady of Raynham Hall - Wikipedia, the free encyclopedia
検索の仕方が悪いのかもしれないけれど、簡単にわかりそうにみえて結構困難な問題なのであった。