21世紀ラジオ (Radio@21)

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フェイスブックは同窓会を殺すか

ツイッターの持ち始めた力のことを考えていたら、当然、似たような新興勢力である、フェイスブックのことが当然視野に入ってくる。日本でもmixiというSNSがどんどん拡大しているようだ。日本版は、誰かにinvitationをもらわないと、参加できないらしいので、あまり若者の友達がいるわけでもない、ぼくにとっては、いまだ他人事だ。実際、こういうコミュニケーションの中で育ってきたDigital Nativeじゃないから、invitationもらったからといって、実名で、そういうネットワークに入るかというと、疑問だ。技術の問題より、文化的な相違や世代的な相違の方が、ウェブサービスがどのように発展進化を遂げるかには重要なのだ。

タイムマガジンにHow Facebook Is Affecting School Reunions(フェイスブックは、どのように同窓会に影響を与えているか)にというコラムが載っていた。
http://www.time.com/time/printout/0,8816,1904565,00.html

人気者のあいつはどうなったか、一番美人の彼女が太ったって本当かというような会話が、高校や大学の同窓会をもっとも賑わしたトピックだった。

何十年間も、同窓会の風景は同じだった。

でも、フェイスブック、リンクドイン、ツイッターやその他のインターネットサービスを通じて、いつでも昔のクラスメートを見つけることができるようになったので、大学や高校の同窓会組織のような既存団体の今後が危うくなっている。

1998年に、メリーランド州のある高校の10年目の同窓会を開いた時には、インターネットは人を見つけるのにそんなに役立つ代物じゃなかった。現実には、口コミ、新聞広告、郵便を同級生の両親のところに送るなどの手段を使うしかなかったのだ。

ところが同じ高校の20年目の同窓会となると、幹事には強い味方ができた。フェイスブックだ。このサイトを通じて、幹事は前回たどりつけなかった多くの人々とコンタクトすることができたのだ。20周年のパーティには大西洋を渡って、当時イタリアからやってきた交換留学生までが参加したのだという。

フェイスブックは、同窓会の一種の予告編のようなもので、事前に同級生たちの今の生活をオンラインで見ることができたので、誰がうまくいっていて、誰がうまくいってなくて、それを他の誰が喜んだり悲しんだりしているかはともかく、同窓会前に興奮がどんどん高まったのだという。

でも、こういう技術進歩のわりを食うひとがいるのは、世の常だ。同窓会をアレンジするのを本業としていた会社のサービスは、フェイスブックで事前に150人も参加者が決まり、場所や、イベント内容の好みまで決定できる時代には、必要とされなくなるのだ。

大学の同窓会組織も同じ問題を抱えている。

「学生たちは、フェイスブックマイスペースやその他のサイトを通じて、既に十分な繋がりを確立して社会に出ていくのが普通になった。20年前と違って、誰かとコンタクトを取るのに、いちいち同窓会事務所電話をする必要はなくなったのだ。」

たしかに、フェイスブックの同窓会情報を見たら、知っている人が来ないので、行かないという人が現れるというマイナスもあるだろうが、これは、純粋に新しいテクノロジーの問題とも言い切れない。

でもSNSが昔懐かしい同窓会という仕組を根こそぎ破壊してしまうというのも考えすぎだ。
人々の懐かしいという想いはなくならないからだ。フェイスブックで、昔の親友に双子が生まれたことがわかったとしても、バーチャル空間で、肩を組み合って、大学の近くの居酒屋で大酒を飲むことは不可能なのだ。

インターネットはただ、パワーを学校や同窓会という組織から、同窓生たち個人にシフトさせただけなのだ。フェイスブックで同窓会が作れる時代には、郵送されてくる同窓会のお誘いや、よそよそしいEメールや、業者からのサービス勧誘の必要はなくなるのだ。

フェイスブックで、同窓会の集まりについての問い合わせが寄せられるという場合もある。実際の同級生が集まる同窓会という仕組自体絶対になくならない。なんといっても、人間は相手の顔を眼の前で見たいと思う生き物なのだ。同窓会に来ない人は、フェイスブックがあろうとなかろうと来ないのだ。

ただ、切実なのは、大学の同窓会組織だ。フェイスブックの台頭の結果、おそらく、寄付金集めが難しくなるはずだ。

同級生と繋がるための不可欠のデータを独占した時代は終わり、同窓会組織の差別化要因がなくなると、寄付する学生のインセンティブが薄れるはずなのだ。

むしろ、同窓会組織は、寄付金集めにどうやってフェイスブックを活用するかを考えなければならなくなるのだろう。(以上)

アメリカの青春映画でみた、ダンスパーティなどの社交の場面が思い出される。子供の誕生日を家族総出で行うという、親(特に外国人)にとっては、頭を抱えるような難題。アメリカ的社交に、SNSというウェブサービスが、一種のTwistをかけていっている。実際、PCも携帯電話もビデオもない時代に、青春期を過ごした世代にとっては、こういった社交性は、リアルな世界だろうが、バーチャルな世界だろうが同じだ。同窓会に来ない奴は、何があろうと来ないのだ。いずれにせよ、ぼくたちの世代は、おそらく死ぬまで、このSNSという仕組には違和感を持ち続けるだろう。ぼくたちは、高校を卒業するとなかなか会えなくなることに胸を痛めた「白線流し」的情緒の世代なのだ。ぼくたちの子供の世代は、Digitalな環境の中に育った人たちだ。おそらく、彼らなりの日本文化の色をそのアーキテクチャーには染み込ませながらも、独自の社交文化を、この世代が作り出していくのだろう。

イランのツイッター革命

ニューヨークタイムスに、イランのツイッター革命という感じの記事が掲載された。
インターネットと法についての権威のレッシグの後継者である、ジットレインが引用されていて、ツイッターのなんとなく、からっぽで、無意味そうに見える特性が、今回の圧政との抗議運動の中では、強力な武器となっているという内容だ。

中東における、既存体制の圧制という図式は、どうもオリエンタリズム的なところがあるように思えてならない。だから、欧米側の報道を100%真に受けることはできないのだが、政府と反政府運動との対立のダイナミズムをインターネットサービスが大きく変えているところだけに絞って、読んで見た。Brad StoneとNoam Cohen名義の記事だ。

http://www.nytimes.com/2009/06/16/world/middleeast/16media.html?_r=1&ref=technology&pagewanted=print

今や四面楚歌状態のアフマディネジャド大統領の政府は国内のインターネット接続と通信を制限しようとしているが、生まれたばかりのインターネットサービスが、国によるメディア支配をてんてこまいさせる、新しい方法を反対派の人々に与えている。

反対派のイラン人は、ブログを書いたり、フェイスブックにコメントを掲載したり、抗議運動の日程調整をツイッター上で行っている。

こういった抗議行動の波は、金曜日の大統領選挙以来、どんどん高まっており、それに対応する、政府のインターネットへの制限や、検閲の動きも加速している。

全世界のツイッターコミュニティの中で、テヘランのデモがもっとも関心を集めるトピックになっている。ツイッター上で、月曜日のテヘランの平和的なデモ行進や、国中で起こっている市街戦や死傷者の写真がアクセス可能になっている。

mousavi 1388(1388はイラン暦の今年)というフィードが、対立候補のフサインムサビの支持者にとってバーチャルな広報オフィスと化している。このフィードには7000人以上のfollowerがいて、ペルシア語と英語で、デモに関するニュースと、戦い続けようという檄でいっぱいである。

フェイスブック上のムサビ氏のファングループは選挙当日から、どんどん増加して、今や5万人以上に膨れあがった。

このような自発的な反政府抗議行動を、ツイッター革命と命名するのは、もはや、使い古しの感もある。4月にモルドバで起こった抗議行動もこの名前で呼ばれた。

イランの重大な瞬間に、国内における重要な通信手段となったことを深く自覚した、ツイッター社は、月曜日に予定されていたメンテナンス用のサービス停止を延期した。

ツイッターのユーザーは、ツイートと呼ばれる短いメッセージを掲示する。#イラン選挙というような用語を使えば、ユーザーはこのテーマに関するすべてのツイートが検索可能だ。月曜日の夜には、ツイッターのこのタグには1分間に30以上の新しいポスティングが流れた。

ひとつのツイートの内容を見てみよう。

「イランで、我々の行動は全国紙によって報道されていない。誰もがムサヴィのメッセージを広めるのを助けなければならない。一人一人が放送局なのだ。#イラン選挙」

StopAhmadiという名前のツイッターのフィードは、「ムサビ支持者に対する専門ツイッター」と自分たちを呼んでおり。6000人以上のfollowerがいる。このアカウントは、写真のホスティングサイトであるFlickrのページにリンクして、テヘランの月曜日の騒ぎに関する数十枚の写真にアクセス可能となっている。

ツイッターユーザーの中には、攻撃を仕掛けるものまでいる。月曜日の朝、DDOSIranというツイッターアカウントを使って、反政府的な活動家が、サポーターに大量のトラフィックを送って政府のウェブサイトをクラッシュさせよと扇動した。

月曜日の午後までには、これらのサイトの多くが、攻撃が原因かどうかは不明だが、アクセス不能になり、攻撃の背後にいたツイッターアカウントは除去された。ツイッターのスポークスマンは、同社はアカウントの除去と何の関係もないと発表した。

こういった通信に対する取り締まりは選挙の日に始まった。この日、反対派にとっての組織化用のもっとも重要な道具であるテキストメッセージングサービスが政府によって閉鎖された。週末にかけて、フェイスブックやその他のウェブサイトに対する携帯電話からの送信やアクセスがブロックされた。

イラン人は月曜日にもテキストメッセージが送信できないと報告を続けている。

しかし彼らは、ビッグブラザーを回避する方法を見つけたようだ。

多くのツイッターユーザーは、政府の嗅ぎまわりをすりぬけるための方法を共有するようになっている。具体的には、ウェブブラウザーを、外国のプロクシーサーバーを経由して情報の配信を行うようにプログラムしているのである。

サンフランシスコに住む25歳のITコンサルタントは、イラン人を支援するために、自分のプライベートなプロクシーを稼働させている。そしてこれをツイッター上で宣伝している。月曜日に彼のサーバーは一時点で約750人のイラン人に対するインターネット接続を提供した。

「サイバーアクティビズムは、世界中の非民主的な府の支配下で生活している人々に力を与える方法になりうる。」と彼は言った。

中国で禁止された精神運動である法輪功に関係するインターネットプロクシーサービスであるグローバルインターネットフリーダムコンソーシアムは、検閲を回避するためのソフトウェアをダウンロード可能にした。先週、このサイトへのイランからのトラフィックは3倍になったという。

この組織の設立者によると、中国の場合は、こちらから大量にEメールを送る必要があったが、イランの場合は、イラン人が自分たちで、このソフトウェアを見つけ、口コミで広めていっているらしい。

インターネットの権威である、ハーバードロースクールの教授であるジョナサン・ジットレンは、ツイッターは、書きこむ経路も、電話、ウェブブラウザ、特殊アプリケーション等多様で、メッセージが現れる場所も同様に多様なので、検閲に対してかなり強靭なのだという。

こういったメッセージが新しい場を見つけるごとに、それが検閲の新しいターゲットになるが、弾圧したい体制側は破壊的な内容を含むインターネットアドレスを次から次へとブロックするモグラたたきに直面することになる。

ツイッターのフィードを世界中のあらゆる場所に共鳴させるのは簡単なのだ。ツイッターの無意味で、生煮えのように見える性質が、むしろこのメディアを強力にする。」と
ジットレンは言った。(以上)

インターネットが創世期に持った、自由のメディアという理想はもろくも崩れた。そして、そのアーキテクチャーによる支配のツールとしての色彩が強まっている今だが、そこには、この技術の持つアイロニーがあって、永遠のモグラたたきを生み出していくことになる。でも、だからといって、その先にあるのは、創生期のユートピアの実現ではなく、再帰的に学習を深める、アーキテクチャーによる支配の強化なのかもしれない。

しかし、ツイッターのいいかげんそうな外見がじつはその強靭さの源泉であるというところは、なかなか、イイ話のように感じた。