覚え書:「音楽は『敵』超えられる 指揮者・ピアニスト、バレンボイムさん 年明け来日公演」、『朝日新聞』2015年12月09日(水)付。

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音楽は「敵」超えられる 指揮者・ピアニスト、バレンボイムさん 年明け来日公演
2015年12月09日

「日本の聴衆のすばらしさを、よく(指揮者の)チェリビダッケと語りあった。ブルックナー交響曲全曲演奏という挑戦は、最良の聴衆なくして成功しない」と語るバレンボイム氏=ベルリン国立歌劇場
 指揮者でピアニストのダニエル・バレンボイム氏が来月、7年ぶりに来日する。初来日から来年で50年。音楽の力を異なる価値観を結ぶ糧に変え、臆さず挑戦を続ける。現在73歳。拠点のベルリンで、世界情勢や音楽への思いを聞いた。

 ■政治から解放、感動する権利を

 10月、ベルリン国立歌劇場ワーグナーの大ログイン前の続き作「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を率いた。ドイツ芸術の優位性を高らかに歌い、ヒトラーを舞い上がらせたことで知られるが、今回は終幕、羊やヤギが草を食(は)むかのような牧歌的な風景が舞台上に突然現れ、観客を驚かせた。40代の女性演出家のアイデア。国や制度に絡めとられる以前のこの地を、いま一度素朴な気持ちで見つめ直そうとする新鮮な視点に「共感を覚えた」とバレンボイム氏は語る。

 「ワーグナーに限らず、大戦中、さまざまな政治的メッセージをまぶされてしまった不幸な芸術は、どの国にもある。そうした思惑から解放し、純粋に新しい耳で聴き直す動きを若い世代に導いてもらいたい」

 ベルリンの壁崩壊後の1992年、同歌劇場の音楽総監督に。この地に居も構えた。

 「ドイツほど、自分たちの過去と真剣に向き合ってきた国はない。そうでなければ私は、ユダヤ人としてこの街に住むことなど考えなかった」という。

 「多くの国がいま、過去との向き合い方に関して問題を抱えている。多くの場合、原因は『愛国』と『国粋』を混同していること。自分たちがやっていることに誇りを持つことと、自分たちが他より優れていると思いこむことは大きく異なる。本物の自信と誇りは、他者との比較からは決して育ちません」

 イスラエルパレスチナの若者を集めた楽団「ウェスト・イースタン・ディバン・オーケストラ」を創設して16年。ベルリンにも来年、中東の若手を軸にしたアカデミーを創設する。

 「『敵』である人の隣で、同じ曲を1日練習したとしましょう。終わるころには『敵』という感情はなくなっている。政治には不可能なことが、音楽では可能になるのです。私はまず、相手の言葉をリスペクトするよう求める。納得できなかったとしても、相手の正当性を否定せず、まずは受け入れなさいと」

 2001年、イスラエルで開いた公演で、アンコールにワーグナーの「トリスタンとイゾルデ前奏曲を演奏することを聴衆に提案、波紋を呼んだ。

 「私はタブーに挑んだわけでも、タブーを打ち砕きたいと思ったわけでもない。ワーグナーを過剰に避けることも、ナチスが音楽を政治利用した歴史をおのずと継承することになってしまう。私にとって大切なのは、好きな音楽に好きなように感動するという、人間として当然の権利を守り抜くことなのです」

 ■個性と柔軟性ある楽団つくる

 来日公演ではベルリン国立歌劇場の座付き、シュターツカペレ・ベルリンと、ブルックナーの九つの交響曲を演奏する。来日オーケストラでは史上初。

 「ブルックナー交響曲には、数百年にわたる歴史がそのまま封じ込められている。あの重厚な響きは19世紀以降のものだが、フォルムや構成は古典派やバロック的。それでいて雰囲気は中世を感じさせる。壮大な音楽の歴史、いや人類の歴史そのものを想起させる力がある」

 あわせて、モーツァルトの後期ピアノ協奏曲を6曲弾き振りする。少年時代から「並走」してくれた作曲家だ。

 「作曲家には四つの種類の人々がいます。面白くない作曲家。面白い作曲家。偉大な作曲家。そしてモーツァルトモーツァルトは誰にも比すことができない。全ての音が当たり前のようにそこにある。いつ演奏しても、すべてのフレーズが、その瞬間に生まれたかのように響く。自分のいるべき場所へと常に連れ戻してくれる存在です」

 ピアノと指揮は、自身にとって「音楽的成熟に不可欠な両輪」という。「指揮者は、響きという物理的な要素と直接接点を持たない唯一の音楽家です。だからこそ、自ら演奏することをやめたくない。指揮をしながら学んだことを、自ら演奏してみることによって改めて冷静に確認できる。練習していると、まるで自分自身を指揮しているような感じになってくる」

 アルゼンチン出身。ドイツ音楽やフランス音楽を、それぞれの国の出身者の牙城(がじょう)とする時代が終わったことを実感させる音楽家の一人だ。

 「オーケストラは、常に時代の波を受けつつ、自分たちにしかない音を守り続けなければいけない。自分たちならではのアクセントをもちつつ、複数の言葉を柔軟にしゃべれる楽団をつくること。それが今の時代の指揮者の仕事だと思います」

 (ベルリン=編集委員吉田純子

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 1月31日の仙台公演を皮切りに、大阪、名古屋、東京、川崎、金沢、広島、福岡と2月25日まで巡演。問い合わせは0570・012・666(フジテレビ クラシック事務局)

 〈+d〉デジタル版にインタビュー詳報
    −−「音楽は『敵』超えられる 指揮者・ピアニスト、バレンボイムさん 年明け来日公演」、『朝日新聞』2015年12月09日(水)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12108091.html


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