覚え書:「特集ワイド 「クールジャパン」キャンペーンの旗振り役 「クール」じゃない!?経産省 自画自賛に内外から「?」」、『毎日新聞』2017年3月29日(水)付。

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特集ワイド 「クールジャパン」キャンペーンの旗振り役 「クール」じゃない!?経産省 自画自賛に内外から「?」

毎日新聞2017年3月29日

1933年の雑誌広告
 このところ、経済産業省への批判が続いている。日本を海外に宣伝する冊子は、あまりの自画自賛ぶりが不評を買った。大阪誘致を目指す国際博覧会(万博)関連資料ではイベントのアイデアが問題視され、インターネットで公開した文書を削除する羽目に。なぜこうなってしまったのか? 【井田純】

 問題の冊子のタイトルは「世界が驚くニッポン!」。経産省が8日に「クールジャパン商材コンセプトブック」と銘打って発表した。表紙をめくると、いきなり「あなたは日本がこんなにも注目されていることを知っていますか?」と問い掛けてくる。次ページでは「世界は、日本に驚いている!」の見出しの周りに、日本を称賛する外国人の言葉がちりばめられている。

 また、桂離宮日光東照宮などの建築、四季折々の日本各地の写真をふんだんに使って自然環境や日本人の自然観もアピール。説明文の大半に英訳を添えている。

 担当の生活文化創造産業課は、海外に日本製品を売り込むため、背景にある日本文化を紹介する目的で作製したと説明する。事業費は約1500万円。経産省のホームページからダウンロードできるほか、2000部を印刷し、在京の各国大使館などに送ったという。外国人の「ほめ言葉」の一部は、ある大学で留学生を集め、「おもてなし」「以心伝心」などのキーワードを聞かせて連想ゲームのように引き出したのだそうだ。


 「ついに出た、『公式の日本スゴイ本』。あまりの無内容ぶりに最初は抱腹絶倒でしたね」と切り出したのは編集者の早川タダノリさん。「尊敬される日本人」「日本はスゴイ」などと訴える書籍・雑誌が増えている現象に着目。源流を探る中で、戦前戦中の国威発揚資料を収集し、著書「『日本スゴイ』のディストピア」(青弓社)などで分析している。

 「世界が驚く−−」について早川さんが指摘するのは、日本が国際連盟を脱退した1933年刊行の月刊誌「日の出」10月号の特別付録「日本の偉さはこゝだ」との類似性だ。「世界中から日本人の美意識が褒めたたえられていて、その美意識は日本独特の豊かな自然からきている、という論理構成が共通しています。何十年たってもネタは変わらないんですね」

 しかも冊子のレイアウトやコピー文は最近の「日本スゴイ」関連本とそっくりだと言う。「どちらも『日本は注目されている』『世界が驚いている』といった無根拠な断言で始まる。パロディーかと思いました」と辛辣(しんらつ)だ。

 日本の良さを知ってもらうこと自体はプラスだろうが、問題は冊子の内容である。その一つが「日本の独自性」の例として挙げられている「日本人独特の脳構造」。いわく、外国人は虫の声を雑音と同じように右脳で聞くのに対し、日本語話者は言語と同様に左脳で聞く−−という説だ。

 これについて、神経心理学者の八田武志・関西福祉科学大学長は「根拠とされる実験自体が科学的妥当性がない方法で行われたもので、再現性がなかった。そんな現象はない、というのが学界のコンセンサスです」と語る。「『左脳・右脳神話』の誤解を解く」(化学同人)の著者でもある八田さんは「言語環境、自然環境によって虫の声の感じ方に違いが生じることは考えられるとしても、日本人と外国人で右脳・左脳の働きがひっくり返るようなことはあり得ない」と言うのだ。

 こうした専門家の指摘も踏まえて早川さんはこう分析する。「官庁が『日本スゴイ』を言いたいがゆえに踏み込んでしまった。『日本文化』なるものを国が規定することで、実際の日本の文化を変容させかねない危うさがある。政権の『歴史認識』の宣伝ともリンクしていると感じています」

 外国人の正直な感想を知ろうと、長く東京を拠点にする欧州紙記者に読んでもらうと、「相当に奇妙な冊子だね」と厳しい評が返ってきた。「一番の問題は『日本人はこう考える』という表現が繰り返し強調されていること。1億2700万人が共通の自然観、文化観を持っていることなどあり得ない。まるで、ここに示されたものと異なる考えを持つ人は、日本の文化を否定し、調和を乱す人物、と抑圧しているように読めてしまう」

 さらに続けて「私にとっての日本の魅力は多様性。だけど、経産省が考える『日本の美』は、現実には存在しない想像上の国粋主義的伝統らしいね」と皮肉った。

官邸の意向くむパフォーマンス
 大阪への誘致を目指す2025年万博の報告書案でも経産省は批判にさらされた。親しみやすさを演出しようと作成した「関西弁バージョン」が、現代社会の課題とされる格差や精神疾患、環境破壊などを「主なゴチャゴチャの例」などと記載していたからだ。それだけではない。「25年国際博覧会の展開事例集」にも、目をむくような計画が並んでいたのだ。

 「万博婚」と題した事例は、来場者の遺伝子データを結婚相手のマッチングに利用しようというアイデア。「遺伝子によって選別する優生学思想そのもので、ナチスを思わせる」との抗議の声がネット上にあふれた。また、「執行の日」は、重大な罪を犯した死刑囚の半生を描く動画を鑑賞させられた5人の来場者が、合図に従ってボタンを押すと、刑の執行を想起させる音がする−−という何とも悪趣味な催しだ。「覚悟の手紙」は、神風特攻隊の家族への手紙を展示、「“決死”の覚悟」を伝える趣旨だという。

 博覧会推進室は「これらを是認したわけではない。議論の材料として公開したが、無用な混乱を生みかねないので削除した」と釈明する。

 良識的な立場から反発が予想されそうなものを、なぜ十分な吟味もなく公表してしまうのか。元経産官僚の古賀茂明さんは「安倍官邸のもとで経産官僚が重要なポストを得ているので、『ついに財務省を追い越した』というような高揚感があるのでしょう」と話す。さらに官僚の行動原理にも触れ、「安倍官邸が何を欲しているかを読むのが経産官僚は得意です。世界へのアピールではなく、実は『日本がスゴイ』という文書を出せば、官邸が喜ぶと分かっているのです」と分析する。パフォーマンスが得意で、与えられた課題に対してうまくプレゼンする−−。出世する経産官僚の共通点だと、古賀さんは説明する。つまり、官邸に重用されて浮かれるばかりで、国民目線に立って考えていないから失敗するのだという。

 そこに日本を覆っている空気も影響している。「森友学園の問題が象徴するように、帝国主義国として欧米の仲間に入ろうとした時代の考え方を持ち上げる空気がある。『女工哀史』の世界は見ないことにして、日本の産業遺産を世界遺産に登録しようという動きもそうした考えに基づくものです」

 地に足をつけて政策を打ち出し、国民にプラスになる成果を出す。それこそが「クール」な経産省ではないのか。

経産省の冊子に掲載された「日本スゴイ」コメント(抜粋)

・ものづくりにおいて、過程から結果に至るまでの全てが完璧。(マレーシア)

・地方ごとに際立った多様性があり、全く違う景色が広がっている。(フランス)

・サービスやプロダクトすべてにストーリーがあり、惹(ひ)きつけられる。(中国)

・ひとつのものを極める心と、外のものに対する柔軟性。どちらも強い。(イギリス)

・弁当、浴衣、着物など、伝統文化が日常生活の中に溶け込んでいる。(ベトナム

    −−「特集ワイド 「クールジャパン」キャンペーンの旗振り役 「クール」じゃない!?経産省 自画自賛に内外から「?」」、『毎日新聞』2017年3月29日(水)付。

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