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京都からすま和田クリニック 和田洋巳の相談室 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-08-20 講座:がんは代謝疾患である!?-3- このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

前回は、癌細胞がATPを獲得する方法について詳しく説明しました。癌細胞は、酸素があろうとなかろうと、通常は酸素がない状態でATPを獲得する手段によって、エネルギーを生み出しているということがおわかりいただけたかと思います。

今回は、少し視点を変えまして、日本のがん治療の現状について少しご説明したいと思います。

日本のがん死亡率は、1947年以来、右肩上がりで推移しており、みなさんもご存じの通り死因の第1位となってしまっています。国立がん研究センターによれば、2014年にがんで死亡した人は368,103例(男性218,397例、女性149,706例)で、2012年に新たに診断されたがん(罹患全国推計値)は865,238例(男性503,970例、女性361,268例)とされています。男性、女性ともに、肺、胃、大腸などのがんは死亡者数が多いですが、罹患者数に関しては、男性だと前立腺、女性は乳などが上位に来ており、性別特有のがんの罹患が多くなっています。

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このように増え続ける日本のがん患者・死亡者の現状を見ると、世界的な兆候かと思いますが、実は米国では、がんは1990年頃から年々がんの死亡者が減少し続けています。がん死亡率のデータを見ても、もともとは米国の方が高い値を示していたにもかかわらず現在では逆転して日本の方が高くなってしまっています。

この話は、あまり病院などで話をされないようですが、非常に重要な示唆を与えてくれている情報です。

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このような背景には、さまざまな要因がありますが、米国で上院特別委員会として立ち上がったマクガバン委員会が報告した1977年のマクガバンレポートで打ち出された食生活指針が中〜高所得者層を中心に浸透したということが一因にあるのではないかと私は思っています。食生活指針では、野菜をたくさん取り、エネルギー源には脂質ではなく炭水化物、それも精製されていないものを極力選ぶようにすべきとされていますが、こうした指針はそれまでの米国の食生活とは真逆の性質であり、かつ多種多様な品目を摂取しないといけないことから費用もかかるということで、高所得者層が高所得者層たらしめる生活というステータスを生み出し、健康意識を高める結果となったのだと考えられます。(一方で低所得者層は、ファストフードなど安価ではあるものの健康にあまり良くないとされるものを食べる選択肢しか選べないという社会問題もあります)他に、運動習慣などでも日本より遙かに浸透していることから、より一層、米国では健康的な生活を心がけることが一般化しているように見えます。

それに対して日本の(特に中高齢者の)中〜高所得者層は、質素な食生活を幼少期に経験し、高度経済成長期に伴い、所得水準が上がってきた頃に米国のリッチな食生活が一般化されステータスとなったことで、なかなかもとの健康的な生活に戻りにくいという背景があるようにも見えます。

このような状況を見ると、医療の現場でも食をはじめとする生活習慣により一層、着目すべきですが、現在のがん治療ではこの辺が軽視されてしまっているということが大きな問題であると私は考えています。

次回は、がんの代謝をおとなしくするためには、何が重要なのか、ということについてお話していきたいと思います。

2016-08-08 講座:がんは代謝疾患である!?-2- このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

前回より新講座をはじめています。

この講座は、2016年6月11日に、京都大学・芝蘭会館にて開催された私が代表理事を務める日本がんと炎症・代謝研究会の学術総会でお話しさせて頂いた講演内容になります。

前回は、がんは代謝疾患といえるのか、ということに対して、まず癌細胞の代謝的特性についてご説明しました。癌細胞は、通常であればアポトーシス(細胞死)を導くはずである虚血かつ低酸素状態においてもATPを獲得することが出来るという形質を持っていますが、今回は癌細胞がATPを獲得する方法について詳しく説明していきたいと思います。

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癌細胞がATPを獲得することができる部分は、TCAサイクル(クエン酸回路)の中に一つだけ存在し、下図の赤く囲ってある部分になります。この部分だけは酸素がなくてもATPを獲得できることから、細胞死を免れることができるというわけです。

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このような虚血かつ低酸素状態下でもATPを取り出すことができ、さらに基質レベルのリン酸化を活発にさせるのは、HIF(低酸素誘導因子)によるものかもしれないと先行研究により指摘されています。

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結局、癌細胞は、TCAサイクル中でのATP獲得と、基質レベルのリン酸化によるATP獲得という2つの手段を持つことになります。基質レベルのリン酸化でのATP獲得というのは、通常、酸素がある状況(好気的呼吸)であれば、解糖系の最終段階にあたるピルビン酸がミトコンドリアへと移動し、アセチルCoAとなりたくさんのATPを獲得できるところを、酸素が無い状況(嫌気的呼吸)では、少量しかATPを獲得できずさらに乳酸を生成するという2つのパターンがあります。

この2つのパターンのうち、癌細胞は酸素があろうとなかろうと、ほぼ嫌気的呼吸に頼る性質があります。これは、少量ではあるものの、非常に素早くATPを獲得できることが癌細胞にとってメリットであるという背景があり、この結果として、癌細胞は細胞中に酸をため込んでしまう性質も持っています。酸が蓄積すると、通常はアポトーシスを引き起こしますが、うまく酸を外に出す機構もあることで、癌細胞は特殊な代謝システムを維持しています。この機構についてはまた別の機会に説明致します。

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ここまで、癌細胞の代謝的特徴について説明してきました。実はこのような話は、生理学の基礎レベルさえ理解すればわかる話です。

わからない部分などあれば、ぜひ生理学の本を手にとっていただければと思います。

次回は、日本のがん治療の現状について少しご説明したいと思います。

2016-07-27 講座:がんは代謝疾患である!?-1- このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

今回から新講座をはじめていきます。

 

この講座は、2016年6月11日に、京都大学・芝蘭会館にて開催された私が代表理事を務める日本がんと炎症・代謝研究会の学術総会でお話しさせて頂いた講演内容になります。

前回の講座は、患者さんや医療現場での仕事を目指している学生さんなどにも見ていただけるようわかりやすい内容を心がけてお話をしましたが、今回は特にがんと代謝の関係に焦点を当てて詳しいお話をしていきます。


今回のテーマは、がんは代謝疾患であるのか?ということですが、がんを代謝性疾患として捉える根拠の一つを以下の図で示しています。

癌細胞は低酸素状態になっており、その周辺はpHが低下する、つまり酸性になっているという特徴があります。

癌細胞がからだに存在すると、PET検査において陽性になる原理はここにあります。

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実際に最近の論文でも、代謝性疾患としてのがん、という内容での総説が出ています。

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通常、正常な細胞は、エネルギーを生み出すために、ミトコンドリア内膜で酸化的リン酸化を行い大量のATPを獲得しますが、癌細胞は虚血による低酸素状態ということもあり、電子伝達系は使用せず、ほぼ基質レベルのリン酸化のみでATPを獲得します。

この虚血による低酸素状態でも癌細胞は生き延びている、ということが非常に重要で、通常ではこのような状況下では正常細胞はATPの供給が難しくなり、ミトコンドリア内膜の電位が維持できず膜崩壊が生じてしまいます。膜崩壊が起きるとチトクロームCなどが放出され、細胞死(アポトーシス)という結果に陥ります。

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では、癌細胞は低酸素・無酸素状態でアポトーシスを引き起こすことなく、どうやってATPを作るのか、ということですが、実は唯一、電子伝達系のTCAサイクルの中で酸素がなくてもATPを取り出せる部分があります。これがアポトーシスすることなく、癌細胞として生きながらえる大きな要因となっています。

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次回は、この癌細胞がATPを獲得する方法について詳しく説明していきたいと思います。