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2016-08-23 ブログを再開すっぞ

どもです!(一年振り。。)いつか誰かにお叱りなり、突っ込みをいただくんではないかとビクビクしながら過ごしながら早一年。とうとう尊師よりチクッと、いやドスッとか、ご指摘を頂戴してしまった。

言い訳を始めるとキリがないんですが、FBは何か気が乗んなくなってきたし、インスタで文章を書き過ぎるのにも気が引ける。というかSNSというものは一方的に垂れ流し状態なんだけど、ブログは自分の発信をより明確にかつ、受け取りたい人だけが見ればいいわけだし、やっぱちゃんと書かないとなと考えを改めました。

さて1年ものブランク。何からなんて考えてもしょうがないのだけれど、やはりロックが亡くなったことには触れておきたい。

というのも彼の死があまりにも唐突で、看取ることも、亡骸すら見ていないためなのか、実感が薄いのだ。たまたまwcc worksの現場も超忙しくて、Plainの方もイベント開催で激務続きだったから気が紛れていただけなのか。ふとした時に思い出し、ロックを無くした喪失感がじわじわとやってくる。

犬というのは何とも不思議な生き物で、家族や世帯というコミュニティにおいての地位みたいなものをちゃんと理解しているように思う。

ロックが保健所から山の実家ににやってきたのは13年ほど前。すでに結婚、独立していたので一緒に暮らすことはなかったのだが、2代目のロックが亡くなってしばらくたっていたので自分を含め、それはそれは可愛がった。

3年ほど経ち、仔犬だったロックも山の中を縦横無尽に駆け回りずいぶんと逞しくなってきたころ、岩光家に激震が走り名実ともに父より全ての家督を受け継ぐ事になった。だからといって家族間のコミュニケーションが変わるわけでもないのだが、ロックはそういうこともちゃんと理解していたと思う。言うなれば、ロックにとっての主人はあくまでも飼い主である山の親父だが、家族という群れを率いるリーダー、つまりボスは大祐だということをちゃんとわかっていた。

ロックが10歳を過ぎたころ、彼は近所の庭に仕掛けられた猪の罠に掛かってしまい、右後ろ脚を切断。いつもかえってくる時間に帰らなかったが、脚を引きずりながら自力で帰ってきたそうだ。通常、罠には猪以外の動物が掛からないように米ぬかを主としたおとり餌を仕掛けなければならないのだが、そこにはコンビニの期限が切れた弁当が仕掛けられていたのだ。これは明らかに猟法で禁じられている行為で、ずいぶん憤慨したのを覚えている。

ロックは動物病院に1ヵ月以上入院し、傷口から脚が壊死するのを防ぐ治療を続けた。もともと山暮らしだったので入院生活がよほど辛かったのだろう。退院した時にはずいぶんやせ細り、老犬とも言えるような覇気のない表情を今でもよく覚えている。

いつもならヒンヒン言いながら駆け寄って甘えてくるはずなのに、その時は上目遣いでじっとこちらを見つめるばかりだった。

思い切り撫でてやろうとすると、座った僕の股に顔を埋め、小一時間ばかり全く動かなかった。それは「心配かけて本当にごめんなさい」と言っているようで、こちらも本当に切なかった。

寒い時期だったので父は暖炉のそばでロックを介抱していたが、ロックは元気がなくなるばかりで食欲もなく、いよいよダメかと思っていた矢先、少し外に出してやることにした。するとロックの目は生き生きと開き、びっこを引きながら歩き始めたのだ。そうか、外に出たかったんだねと。そこからみるみるうちに元気を取り戻し、春には三本の脚で今までと変わらないくらい山々を走り回るほどまで回復したのだった。


今月10日の水曜日、山に仲間が集まってバーベキューをした時には子供たちにたくさん可愛がってもらってとても幸せそうだった。12日の早朝、いつものように散歩に出かけて行って帰らず。少々心配したもののその晩保健所から保護されたと連絡があった。放し飼いだけど、絶対に勝手に遠くまで行くようなこともなかったし、近所のコンビニに頼んでもないのに保護犬だとロックの写真が貼りだされていたりと多少不可解な点もあったが一安心。だが翌朝保健所から「朝来たら死んでいた」とあまりにもあっけない電話があったというのだ。

ぼくがそれを知ったのは17日、亡くなってから4日も経っていた。いつものように山の倉庫へ資材を取りに行くも、ロックの姿が見当たらない。散歩に出掛けたのかと思い、山中に聞こえわたる咆哮の如くロックの名を叫んだ。

家の中から出てきた帰省中の末弟から「ロックは亡くなったよ」と知らされた。ちょっと意味がよく判らず、そもそも何故もっと早く教えてくれなかったのかと問い詰めると、憤慨して保健所に怒鳴り込んでは困るからということだった。

看取ってやれなかったのが悔しすぎるし、せめて亡骸を抱いてやりたかった。

ロックは山の庭の中央に埋葬されていた。

書くことでいろんなことを受け入れ、実感が湧いてきた。

一緒に暮らしていないのに、ロックは僕のことが一番好きだったんだ。

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2015-08-18 tacoma shop in shop 1日目

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「おっはよー!ショップインショップ、がんばるよー!」と意気込んだ表情で旅館から出てきたように見えますが、実はこの歴史ある旅館のお部屋が歴史がありすぎて本当に怖かったらしく、寝不足と空腹でトランス状態の渡辺さん。

とりあえず近所のおいしいパン屋さんで空腹を満たしていただいたんですがこれが失敗。

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まだ始まってもいないのにカングーで寝る。

たたき起こしていよいよショップインショップ始まりです。

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北九州からtravelbooks 遼くんも参戦。

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早速物色する渡辺さん。「荷物になるからなー」とブツブツ悩みながらも4、5冊買いこんでいた様子。

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お昼も近づいてきてお隣のベジカフェトイトイさんのグリーンカレーもセット完了。ここのグリーンカレーココナッツミルクの代わりに豆乳で仕立ててあって、尚且つしっかり辛いからぼく大好きなんです。お客さんにも大好評!

そうこうしているとさっきパン食べたばかりなのに、渡辺さんが餌を待ちきれず目が血走ったマスチフのような形相でお客さんを睨みはじめたので、慌ててカレーを注入。カレー好きの渡辺さんにはこれが一番の鎮静剤。

「ね〜岩光さーん、ビール飲んでいい?」と甘えた声を出すのでしょうがなく許可を下すと、トイトイさんが用意したクラフトビールを勢いよく飲み干し、カレーをおかわり、ビールももう1本チャージ。これが失敗だった。。

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ちょっと目を離すと、寝る。すね毛にガムテープでも貼って叩き起こしてやろうと奮起するも、あまりに気持ちよさそうなので目をつむりました。

この日は北九州から電車を乗り継いできてくれた(山口駅からは徒歩!)ナイスガイや、遥々愛媛より海を渡ってやってきてくれたナイスカッポーなど遠方からもたくさんの方にお越しいただきました。食っては寝るだけのただのおじさんかと思いきや、こんなにも多くの人に慕われる存在で、ぼくはこのおじさんを本当に敬愛して止まないのです。この後も近くの昭ちゃんコロッケ食いながらビール飲んで寝てましたけどね。

夕方になり、広島よりオダ理容室の小田さんと、バーバーズ構成員若頭の土佐さんがご来店。みんなで鶏酒場 ケムリへ。

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「ん!!この地鶏のタタキ超美味い!おかわり!」とレモンサワーをひたすら流し込みながら談笑。

とても良い夜。

次の日のことも考えて早めに解散。2日目へと続く。

2015-08-14

ショップインショップの前日から山口にキャンプインした渡辺さんを迎えに新山口駅へ。

Abusan Weizenのアイスグレーで登場した渡辺さんはまずグランカングーに大興奮。

「でかい!」「ひろい!」

「いいな〜。。これいいな〜。」

「ちょうだい!」

「つーかくれ!」

など、のっけからジャイアンっぷりを発揮。

とりあえずもう無視して、現在住宅に興味津々丸な渡辺さんにおすすめのwccw施工物件を見学に。

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引き渡ししたばかりのLOOL店主 大下邸へ。祖母の代より受け継いだ大量生産大量消費時代の古い住宅にリノベをかけたお家です。施主もtacomaのヘビーユーザーで、渡辺さんに是非見にきてほしいということで実現しましたが、「現場に渡辺さんがいる」というなんだか不思議な現象のような感覚。

つづいてこちらも施主夫婦共々タコマを来てくれているwccw 2013年の新築物件 竹重邸へ。

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流石愛犬家、ジャックの熱烈な歓迎を受けすぐに友達になっていました。

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湯田温泉の老舗旅館(老舗過ぎてちょっと怖かったらしい)にチェックインだけすませ、以前から渡辺さんが来たら絶対にここ!と決めていた聖地 きはらしへ。

このお店、とても一見さんでは入れないような佇まいと雰囲気を醸し出していて、中にはいってもメニューも何もない、席についてもタレすらでてこない、普通の人ならパニック陥ってしまうであろう焼肉屋さんで、賛否両論というより、いわゆる「焼肉屋」が好きな人にはおすすめしないのですが、写真から判るように、渡辺さんはとても気に入った様子。

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この後いつものknotでレモンサワーを軽くやっつけて、次の日に備えて早めに解散。

山口のいつも飲んでる馴染みの店で渡辺さんとガハガハ笑いながら飲んでるなんて、いま思い返しても何気なくささやかに感動的なことなのでした。

2015-07-20 タコマが街にやってきた

18日、19日とPlainで開催されたTACOMA FUJI RECORDS SHOP IN SHOP。一か月ほど前の渡辺さんとの何気ないやり取りの中で、なんとなく「山口来て下さいよー」と聞いてみたところ「いやおれ全然行くよ!?」と拍子抜けしてしまうほど簡単に決まってしまったこのショップインショップ。今年はTACOMAから怒涛のTシャツリリースラッシュで超多忙なのは知っていたし、本当にそんな夢のような話が実現すんのかよっ!と半信半疑になるほど。だって、何度もしつこいようだけど僕の最も敬愛する人なんですから。

何故そうなのかと聞かれたら、たくさんありすぎて明確にこうだから!ってもんじゃなくて、僕を異常に惹きつける人間臭さと、その中に垣間見る思慮深さ。あと得体のしれない品格(ゆうこさんの言葉を借ります)とでもいいましょうか。

とにかく僕が影響を受け続けている渡辺さんが、東京からわざわざこんな山口まで来ていただけるなど本当に夢のような話なのです。それがいともかんたんに叶ってしまい、あっというまに過ぎてしまった3日間。今こうしてイベントの後片付けをしながら、お客さんや仲間、家族たちと本当に楽しく接してくださった渡辺さんの笑顔を振りかえって、ほんの少しの空虚感と単純に忙しいからそんなこと言ってる暇ねーし!頑張ろう!という気持ちで変な感じです。

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会期中は近くの方はもちろん、はるばる海を越えて四国九州から遊びに来てくれたお客さま、そして関係者のみなさん、TACOMA FUJI RECORDS 渡辺さん、お陰様で本当に良いイベントになりました!また渡辺さんに来ていただけるようにより一層努めて参ります!!!!

イベントの様子はまた随時更新していこうと思います。

2015-07-08 おしゃれとはなんぞや

最近ではその手軽さからFBやIGでの発信ばかりになりがちですが、いかんいかん。本当はもっと書きたいし、きちんと正確な伝わり方をするためにしっかり書かないといけないと思っています。

僕の投稿した現場や家具、あとお店の植物や商品の写真にはいろんな反応を頂きます。反応が欲しいから投稿するわけであって、ああいうものは言わば自己顕示欲的な要素もあるわけですね。そういうものを手軽に発信し交流できるのがSNSの良いところなのでしょうが、発信者としての自覚や責任とか覚悟が必要ですし、あとあまりネガティブな要素を発信するのも避けたいところです。とりあえずぜんぶいいね!のひとや、いいね!したのにいいね!こないのひと等の所謂「いいね病」のひとは少し自制をするべきではとも思っています。少なくともぼくはひとつもいいとも思わないのにいいね!なんて馬鹿げてると思っています。

だけどさ、やっぱり自分の尊敬してるひとなんかからいいね!がくると嬉しいもので、ある特定の人達から反応があったとき、しかもそれが2人同時だったりすると「よし!」と喜んでいる自分もいるわけですよ。

つい先日、それこそ完成したリノベーション現場の写真を投稿したのですが、「お洒落ですね!」とか「うちもこんなふうにお洒落にしてほしいです!」とかいうコメントをいただいたんです。「へ〜、こんな質素で慎ましい引き算の建築が、お洒落に感じてくれるひともいるんだなぁ」というのが正直なところです。

「おしゃれ」と聞くとなんだか妙にこっぱずかしい気もするし、大体おしゃれに造っている気はさらさらないのです。ぼくにとってお洒落とは薄い衣のようなもので、ようするに表面上の話なわけです。

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写真は約3年が経過したT邸の台所。シナ材の合板で造った引出や棚のユニットの上にオーダーしたステンレスの天板を乗っけただけの実に簡素なキッチンです。システムキッチンのようなピカピカで多機能な利便性はありませんが、本当に料理をするひとであれば、ぼくはこういうキッチンの方が断然良いと思うのです。だってほら、プロの厨房には食器棚以外戸や引出はないでしょう?

棚には戸がついていないのでなにがどこにあるかが一目瞭然。中に湿気がこもることもなくよっぽど清潔です。調理器具なんかも敢えて隠さない潔さ。ぼくが最も敬愛する建築家 中村好文さんも著書の中で「台所観」についてこう語っています。

「美しく散乱する台所、あるいは多少の散乱くらいでへこたれない大らかな台所が私の理想です。」

「料理には段取りと手順があり、それを手際よく裁いていく一連の流れの待ったなしの最中に飛び散る油や吹きこぼしや、ソースがはねるのをいちいち気にして心を痛めていたのではとても料理になりません。台所は小さな戦場、もしくは修羅場と考えていた方がよさそうだ」*中略あり

つまりこの台所は機能や必然性から生まれたかたちであって、その本質を住まい手である彼らがよく理解して使っているからこそ良い台所になっているんだと思います。そしてそれの積み重ねが良い住宅となるわけです。その様子がお洒落にみえるのでしょうか。

逆に、どんなにお金や時間を費やしてつくったとしても、住まい手と価値観を共有できなければ佳い住宅にはならないのかもしれませんし、実際にそういうことは多々あります。そういう場合、「お洒落」が先行している場合が多いのもまた事実。

大事なのはもっと深いところにある本質的な部分であり、表面的で薄っぺらいこだわりなんて持つと、それこそ痛い目に遭ってしまいます。

ですから、ぼくにはおしゃれなものをつくるセンスはもっていないのです。ごめんなさい!

次回はものつくりにおける「こだわり」についてを書こうとおもいます。(宣言することで自身に約束をする意)