藤原伊織 テロリストのパラソル

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あらすじ

アル中のバーテンダー島村圭介は日常と現実を日陰で生きてきた。学生運動を辞めた後の爆弾騒ぎで人死にが出て以来自身の本名を捨て、様々な職を転々としてきた。行き着いた先がアル中で、行きつけのバーの老夫婦から雇われの形でこの店に収まっている。時が止まったような店は飛び込みの客も少なく収入もオーナーと折半でほとんど小遣い程度しかない。だが、アル中のバーテンダーはそれで満足をしていた。
彼には一つの習慣がある。晴天の元、公園でウイスキーを引っかけることだ。アル中の最大の問題点、酒が切れたときの手の震え、そして酒をコントロールする為の一種の儀式で楽しみだった。その日も新宿の中央公園で島村は楽しみを満喫していた。バイオリンが上手いという少女と会ったのも偶然ではなく必然だったのだろう。
唐突に起こった爆発で多数の死傷者を出したテロに島村は図らずも遭遇する羽目になったわけだ。人生を変えざるをえなくなった転機である爆弾。再びまみえることになるとは露とも思っていなかった。四散する血肉の最中に考えるより先に島村は足を踏み出し、先ほどの少女を捜した。額から血が出ていたが、幸い軽いけがだけの様だった。意識は無かったが、爆風のショックで気を失っているだけだろう。その場で手頃な人物に少女を託した頃にはもう警察がやってきていた。
指紋のべったり付いたウイスキーの瓶はベンチに置いてきてしまっている。日本の警察も馬鹿ではない、いずれこの事件と自分をつなげてくるだろう。島村は警察から事情聴取される前に姿をくらますことにした。

感想

受賞時は史上初の第41回江戸川乱歩賞・第114回直木賞受賞作のダブル受賞とのこと。今のところ両賞をダブル受賞している本は他に無いようですな。乱歩賞の方はしっかり表題に書かれてたんで読む前から知ってたんだけど、直木賞獲ってたのはしらなんだ。まぁ、書名は有名ではあったんですが、延々スルーしてました。ここのところでかい賞受賞している作品で外ればかり引いていたような気がしますが、久方ぶりの当たりですな。なお作者の本はこれが初めてでした。
しかしまぁ、ダブル受賞もさもありなんという内容ですなぁ。語りとキャラクターの魅力が端々からほとばしり、読みながらニヤニヤするのが止まりませんでしたわ。さらに導入部から読者を飽きさせずに感情移入させる巧者ぶりには、じわじわとページが減っていき、終わってしまうのが惜しまれました。これは久々の当たりの感覚ですな。
満ちあふれるダメオヤジパワーがダメなのに何故かハードボイルド。ミステリー・サスペンスとして読むよりもハードボイルドとして読むのが正しい選択かと。ただ、ハードボイルドに通底する薄暗い欲望と何かに乾いた文体はこの本の中にはないので気をつけた方がいいかも。どこか人のぬくもりのようなものを感じずには居られない文体は好感以上のものを残滓として感じ取りますなぁ。主人公もアル中でダメになったフィリップ・マーロウみたいでどこか親近感が持てますな。時代に取り残されたロートルの冒険ってな感じでしょうか。また団塊の世代に通底する共通認識「学生運動」を絡めながらイデオロギーに拘らないあたり、作者の洒脱なセンスを感じますねぇ。今まで読まなかったのが不思議なくらいこの本だけでファンになっちゃいましたよ。
最近では シリウスの道を発表してましたね。未読ですが、スルーするのは勿体ないなさそうですわ。そういえば作者は今年に入って食道癌を罹患してることをカミングアウトしてましたが、大丈夫なんでしょうかねぇ。5年生存率で20%ぐらいらしいので養生して欲しいところ。せっかく出会ったのに、逝かれるとちょっと辛い。まだ一面しかまだ見れてないしなぁ。
90点。
読んだこと無い人にまず勧めたい。

蛇足:これだけ本を読んできて漸く気付いたが・・・どうやら浪花節はツボらしい。

引用

「あなた、なんで私に襲いかかってこないのよ」
「君がいった。ひどい目にはあいたくないんだよ」
「目を開けなさい」
「たぶん、これは夢なんだろう。目を開けて夢から醒めたくない」

藤原伊織『テロリストのパラソル』より

参考リンク

テロリストのパラソル
藤原 伊織
講談社 (1998/07)
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テロリストのパラソル
藤原 伊織
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