Campaign_Otaku RSSフィード Twitter

2014-10-02

この質感・動き、もはやこれは人にしか見えない...。

f:id:y_sequi:20141002171944j:image

Final FantasyのCGのクオリティがいくら凄くても人間の目はCGのクオリティに比例して、その真偽を見抜こうとする能力を発揮すると思っていたけど、このChris Jonesがつくった"Ed"を見た時、人間の真偽を見極める能力の限界を悟った。

D

Lightwave, Sculptris, Kritaという3つのソフトウェアをつかっているようですが...質感・動き共に人にしか見えず、若干の恐怖を感じます。

広告はダメでアートは良い

f:id:y_sequi:20141002162701j:image

平日平均で550万人を運ぶNYCの地下鉄は世界7位にして北米最大の規模の地下鉄。そして、そこで囚われの身となる人たちは格好の広告ターゲットとなる。これまで、それを拒否しようと数々のアーティストがゲリラ活動を試みたが、依然として広告に囲まれる状況に変わりは無い。

そんな中、アンチ広告活動の決定版としてリリースされたApp"NO AD"。AR技術を駆使し、NYC地下鉄の広告枠をスキャンするとアート作品が広告フレームに合わせて現れ、タップすると別のアートに変わる。この"NO AD"の共同ファウンダーであるJordan Seiler(元ストリートアーティスト)が100名のアーティストに呼びかけ、広告に代わって現れるアートを供給している。現在"NO AD"はNYC地下鉄内の100カ所の広告スペースに対応しているようだ。

NYC地下鉄に許可をとっていることは無いと思いますので、マーカー無しで読み取る技術が使われているのだと思います。今後は他の地下鉄網への適用を検討しているようです。

この手のプロジェクトで広告の代変えとなるのは常にアート。この夏行われた"Art Everywhere US"では全米500カ所の屋外広告スペースが著名なアート作品に置き換えられた(こちらは"NO AD"のようなゲリラ的プロジェクトではないですが)。

f:id:y_sequi:20141002162741j:image

f:id:y_sequi:20141002162740j:image

広告は嫌われ、アートは好かれています。好かれる広告、喜んで見てもらえる広告を考えなければなりません。

デジタル不老不死

f:id:y_sequi:20141002020702p:image

紀元前、秦の始皇帝が不老不死の薬を求めて海の向こうに使者を派遣したように、人間の究極の欲望の1つに"永遠に生き続ける"ということがある。この"Yourbot"なるデバイスはそれをデジタル上で叶える新テクノロジーだ。あるいはタイムカプセルと言うこともできるだろう。

このYourbotにはあなたの記憶を蓄積する最新のテクノロジーが活用されており、Yourbotがあなたの死後、あなたに成り代わって家族や友人とコミュニケーションする。あなたがすべきことはあなたの過去〜未来にかけての経験に関する広範な質問にPCやスマートフォンAppを通じてビデオまたは音声で回答すること。それらは年代別・様々な種別に分解・整理され、データベースとして外部のサーバに蓄積される。あなたの死後、あなたの知人の会話や質問を音声認識技術で検知し、Wi-Fiを通じてあなたのデータベースから最適な回答を発見し、あなたが喋っているかのように3Dアバターが応答したり、あなたが語っているビデオが流れたりする。これで近親者や友人はあなたが居なくなった悲しみを緩和し、末の代まで共に過ごすことができる訳だ。

開発・販売元はYourbot Inc.であり、プリンストン大学が協力機関として参加している。

D

YourbotはKickstarterで資金調達を実施しており、目標額100,000ドルに対して現在36,000ドルで残り15日間。投資すると特典としてYourbotがもらえるようです。不老不死やタイムカプセルというコンセプトとデジタルのミスマッチ感に非常に惹かれますが、個人的には結局利用しない可能性が高そうです。

2014-10-01

ホームレスのフォントでホームレスが稼げるようになる「のらもじ」みたいなプロジェクト

f:id:y_sequi:20141001175048j:image

デザインの世界とホームレス...双方が交差するポイントなど想像できないが、Arrels Foundation(Barcelona)はそれを発見した。彼らが注目したのはホームレスたちが段ボールの切れ端に描くメッセージのユニークなフォントだ。

Arrels Foundationはホームレスのユニークな書体をデジタルフォント化し、その背景にある物語と共に提示することで、社会貢献に積極的な企業のデザインに活用を促し、また個人にはソーシャルメディアでそれらのフォントを活用するためのAppの活用を促したり...。勿論それは有料であり、売上は各ホームレスの収入やホームレス支援費用となる。

単にお金や食料を差し出すよりもホームレスが稼げるようにしてあげるというのが素晴らしいと思いますが、この"HOMELESSFONTS"を見た瞬間、昨年日本で話題になった"のらもじ発見プロジェクト"を思い出した。

D

何らかのカタチでインスパイアされた可能性もあります。

アートと広告の境界線

f:id:y_sequi:20141001160110j:image

ラグジュアリブランドのショップは世界のメガシティの目抜き通りに出店するというのが定跡形だけど、この"Prada Marfa"は人口2,000人ほどのテキサスの小さなアートの町"Marfa"から更に60km離れたHighway90沿いの果てしない荒野の中にある。

"Prada Marfa"はElmgreen & Dragset(北欧のアーティスト)によってつくられたアート作品であり、2005年にオープンした。店内には芸術を支援するPRADAから提供された2005年モデルの高級靴やバッグがディスプレイされており、通常のPRADAショップ同様にロゴマークもある。ただ店員がおらず、常時施錠されており、客が中に入れないだけだ。

この建物はこのまま朽ち果てて廃墟になるまで放置されるというコンセプトでつくられており、現代の消費主義社会に対する皮肉的イメージになっている。尚、この作品はBallroom Marfa及びArt Production Fundが100,000ドルの資金を提供し、実現した。

f:id:y_sequi:20141001160556j:image

f:id:y_sequi:20141001160555j:image

f:id:y_sequi:20141001160553j:image

f:id:y_sequi:20141001160728j:image

このPrada Marfaを一目見ようと、多くの観光客がやって来る訳ですが、落書きや破壊行為、盗難などの被害に遭うこともあり、その都度修復された。"朽ち果てて廃墟になるまで..."というコンセプトの実現はかなり難かしそうだ。

f:id:y_sequi:20141001161009j:image

そして年月を経て、2013年末、PLAYBOY Magazineが同じ道路沿いにRichard Phillipsによるアート作品を突如立ち上げた。しかし、"Texas Department of Transportation"(TxDOT)はそれを広告であると判断し、撤去を命令した。因みに撤去されたPLAYBOY Marfaは"Dallas Museum of Art"に移設された。

f:id:y_sequi:20141001161120j:image

このPLAYBOYの件をきっかけに"TxDOT"は"Prada Marfa"も広告であるとの判断を下し、撤去指令を発動したが、Marfaの人たちを中心に激しい反対運動が起こった。

f:id:y_sequi:20141001164808p:image

そんな騒動に影響を受けたかどうかわからないが、今年の4月、1人のアクティビストがPrada Marfaの壁を青いスプレーで塗り、Toms Shoesの靴を置くという事件が起こった。彼はそれを"Toms Marfa"と名づけ、"Prada Marfa"のことを"ナルシズムと非倫理的な快楽主義であり、それは将来の不幸を予言する黙示録のようだ"と罵った。

f:id:y_sequi:20141001161649j:image

f:id:y_sequi:20141001161648j:image

このような事件の中でも"アートか否か"問題についての抗議は継続され、約1年の時を経て9月中旬"Prada Marfa"が遂にアートとして認定され、今後も保存していくことが確認された。今後は"Prada Marfa"を運営している"Ballroom Marfa"が敷地をリースする形式となる。

何がアートで何が広告か...という問題は非常に難しく、この場合はファンがいるかどうか、多くの人がアートとして認識しているかどうか、みたいなことが分かれ目となった。しかし、実際、アートと広告の境界はどこにあるのだろうか?

例えばJeff Koonsの"Luxury and degradation"は洋酒の広告を油性インクでキャンバスにプリントしてあるというだけで見た目は全く同じだ。

f:id:y_sequi:20141001162134j:image

これは現代美術の父・Marcel Duchampが日常的にあるありふれたもののなかに美的なものを発見する"レディメイド"という概念(便器などをそのまま展示するようなこともあった)に少なからず影響されており、このような広告に隠された人種やセクシャリティの問題、更には消費主義の問題などのメタファーと考えられている。Koonsの作品ではないが、別のアーティストによる引用問題が訴訟に発展することもあった。

Prada MarfaもPLAYBOY Marfaも共にアーティストと呼ばれる人の作品であり、撤去されたPLAYBOYの作品も現在は美術館に移設されている正真正銘のアートであるが、正反対の結果となった。アートの正体みたいなことを考えると迷宮に入りそうです。

※追記:"Prada Marfa"はAndreas Gurskyの"Prada"を回収しているとの指摘を受けました。確かにそうですね。

f:id:y_sequi:20141002195828j:image

また、PLAYBOYの作品について個人的に考えてみたのですが、そもそもは広告だったが、"TxDOT"に否定された瞬間に"役所的エゴイズム"などの意味が発生し、アートになったのではないかと思いました。聞くところによると、Marcel Duchampの"便器"も最初はアート界から否定されたことによってコンテクストが生まれてアートになったという複雑な経緯があったようです。

f:id:y_sequi:20141002200434j:image

2014-09-30

iPhone6 Plus買うならシャツやパンツのポケットもリフォームしなきゃ!

f:id:y_sequi:20140930223602j:image

世界中のモバイルネットワークが"iPhone6"のSIMは是非うちで!と積極的に仕掛けている訳ですが、KPN(ドイツテレコム傘下)はアムステルダムで一風変わった方法を採用。iPhone6を求めるApple Storeの長蛇の列に衣服のリフォームスタッフを派遣。iPhone6 Plusの巨大サイズに合わせてシャツやパンツのポケットのリフォームサービスを提供した。

なるほど。日本でもショッピングモールに入っているリフォーム店がソフトバンクドコモショップと連携してリフォームサービスを提供できたかも知れません。

公共空間をより機能的に、より楽しく

f:id:y_sequi:20140930113820j:image

JCDecaux, Florian Brillet, Nicolas Lelievreによる"Mens sana in corpore sano"(健全な精神は健全な身体に宿る)と題されたフランス国内のプロジェクト。街頭や標識といった公共物をゴルフ、フットボールなどのスポーツ空間に変え、国民の運動不足問題に貢献。

フットボール。こういった港町のゆったりスペースだと親子が散歩がてら楽しむことができる。

f:id:y_sequi:20140930114220j:image

バスケットボール。ボール以外の物でも遊ばれそう。

f:id:y_sequi:20140930113917j:image

意外にもパンチングボール。これは良いエクササイズになります。

f:id:y_sequi:20140930114257j:image

ゴルフ。丸の内あたりにあると、昼休みは人だかりになるかも。

f:id:y_sequi:20140930114603j:image

大きな投資ではなく、ちょっとしたアイデアで社会問題にも貢献できる。公共空間はもっと機能的に、もっと楽しくなるハズだし、クリエーターが活躍できる機会になねのではないか。広告的にもスポーツブランドは食いつくかも知れない。

2014-09-29

ストーリーテリング...終わりの始まり

f:id:y_sequi:20140618120939j:image

"ストーリーテリング"は去年〜今年にかけての広告界におけるNo.1のバズワードだ。カンヌライオンズでも"ストーリーテリング"をテーマにしたセミナープログラムが多く、また、一部のクリエーターは自らを"ストーリーテラー"と呼んでいるそうだ。その"ストーリーテリング"に関する興味深い記事"The Beginning of the End of Storytelling"がAdageに掲載されていた。

この記事の筆者であるDavid Berkowitz(CMO @ MRY)が妻と共に知人たちと会話していた時のこと。その知人たちは人の話に耳を傾けず、自分の話ばかりを語る人だったようで、妻は"彼らは自分の物語を語ってるだけ"と嘆いたそうだ。

Davidによると、これが大きな気づきに繋がった出来事で、"ストーリーテリング"は人と理解し合う道を開くというよりは、製品やブランドに関するある瞬間や特徴に光を当てるといった類いのものになってしまっている。加えて、あなたが好きなAppleやTide, Gucciの物語をあなたは覚えているか?という問題がある。例えばDavidの妻はDiet Cokeの大ファンであるが、Diet Cokeの物語は知らない。

逆に、妻が覚えているのはCokeが赤いタブの缶を発売した時に友達みんなで集めたことやキャンプで好きな男子の話をする時にタブを開けるのがセレモニーだったことなど。これによって友達との仲がより深まったそうだ。

そして"ストーリーテリング"の未来は"ストーリーメイキング"であると結論づけている。これはDavidの妻が体験したように、ユーザーが自分自身の物語をつくって友人とシェアすることをブランドがサポートするという意味合いで、ブランドはその個々人の物語の中に何らかの形で寄り添うイメージだ。

その例としてCoca-Colaの"Share a Coke"があがっていた。その国のポピュラーな名前をボトルに記した日本でも実施されたキャンペーンだ。

D

こんな風にボトルを使って恋人にプロポーズする人が現れたりする。

f:id:y_sequi:20140929134739p:image

Coca-Colaがこのようにレスポンスすることで、更に注目が集まる。

f:id:y_sequi:20140929125535p:image

このあたりはカンヌライオンズ2014でのセミナー"Winning in Realtime"でもCoca-Colaの取組みとして紹介された。

個人的にもCoca-Colaがユーザーの行動に対して沈黙せずに働きかけていく展開については興味があったのですが、こういう視点で説明されることでより深い興味を持ちました。

元々"ストーリーテリング"は商品の機能差に人々が心を動かさなくなった今、ブランドの存在意義に関連した多くの人が共感できる大きな物語が必要で、その物語により人々をブランドの世界に巻き込んでいく...といったブランディングの類の話だと思ってました。例えば、わかりやすいのはPanteneのジェンターギャップを描いたこのフィルム。

D

他にも、P&G"Thanks Mom"とかDove"You’re more beautiful than you think"など、例はたくさんありますが。

それが、このVolvo Truckのフィルムのように、機能に軸足を置いた物語も"ストーリーテリング"と呼んでいることを知って、えっ?となりました。

D

勿論この作品の良し悪しに対する違和感ではなく、全てを"ストーリーテリング"で包み、そして"ストーリーテリング=新発明"みたいなイメージになっていということに対する違和感です。こうなると"ストーリーテリングは昔からあった"という意見が出てくるのは当然だと思いました。

こんな感じで"ストーリーテリング"は単なるクライアント説得の為に業界総出で推進されるギミックなのか? と思っていたのですが、"ストーリーメイキング"は今の所、興味深いです。

2014-09-27

18時になるとデスクが吊り上げられるデザインスタジオ

f:id:y_sequi:20140918112109j:image

広告クリエーティブ界において残業とは常識中の常識だけど、アムステルダムのデザインスタジオ"Heldergroen"は夕方6時にはきっちりと終業する。あなたが仕事や食べかけのサンドイッチを残していようが関係なく、作業デスクは天井へと吊り上げられ、ヨガスタジオやダンスフロアに代わる。仕事以外のことに取り組む時間を持つことで仕事にも良い影響を与えるとディレクターのVeenendaalは語っている。

※1分29秒〜のTimelapseに注目

D

ワークシェアリングなど労働環境の先進国・オランダならではの発想という感じ。ルールを変えるなど表層的な方法論でなく、オフィスデザインでワークスタイルを規定するというのが素晴らしいです。