ナット・キング・コール「ラヴ/悲恋のワルツ(日本語盤)」(1963)

LOVEは世界の言葉 LOVEは二人の宝 愛し合えば明日も明るい LOVE, LOVE, You love I love you

阿久悠の死は、日本のポピュラー音楽界において、いよいよ作詞家という職業が立ち行かなくなってきたことを象徴的に示していたように僕は感じた。もちろん、作詞家も作曲家もいぜんとして存在していくのだろうけど、あれほどまでに存在感を放つ存在としてのプロ作詞家あるいは作曲家は、Jポップ以降、プロデューサーにその地位をゆずりわたさざるをえなかったのだろう。これは、良い悪いとは関係ないところで起きる社会の変化であり、ポピュラー音楽がその変化から免れえないということである。このへんは、以前に論文としてまとめもした。中川翔子の「綺麗・ア・ラ・モード」が、いつになく筒美/松本的との三位一体的な曲であることに若干の希望は見つつも、JポップならJポップ然とした魅力を見出していければ良いと思う。しかし、阿久が死んだその数年前、じつはひっそりとしか話題になっていなかったように思うが、やはりもうひとつの時代がすでに終わっていた。それが、漣健児の死である。

漣健児は、日本のポピュラー音楽黎明期において、まだオリジナルのポップスを作るのが困難な時期に洋楽をカヴァーした、その訳詞家として活躍した人である。コニー・フランシスの「ヴァケイション」(弘田三枝子など)やジーン・ピットニーの「ルイジアナ・ママ」(飯田久彦など)、あとは「赤鼻のトナカイ」や「ミッキー・マウス・マーチ」などの訳詞などは一般的にもよく知られていると思う。そのなかでも、少しだけ珍盤めいた漣モノがこれ。日本人が日本語の歌を歌っていれば、ただの60年代のカヴァー・ポップスなのだが、ナット・キング・コール自身がカタコトの日本語で、自身の代表曲「LOVE」を歌っている。ある種のDJにはよく知られた盤ではあるものの、このへんの事情に明るくない人にはかなり変な曲に聴こえるかもしれない。ポリスとかクイーンとか、日本語モノってけっこうあったりするんです。それにしても、L.O.V.Eであいうえお作文をするという訳詞(「E」は少しズルだが)がやはり温かくて、ゆるいスウィングの演奏とあいまって魅力的だ。はっぴいえんどとフラワー・トラヴェリン・バンドをめぐって起きたという日本語ロック論争は、キメ台詞だけを英語で言ってしまうキャロルの登場によって沈静化されたとも言われるが(『宝島』史観)、英語と日本語を混ぜて味わいの深い作詞をした人物なら、その10年以上前に漣がいたのだ。

漣健児のワンダーランド?ヴァケーション

漣健児のワンダーランド?ヴァケーション

  • アーティスト: オムニバス,望月浩,RONA PORRAZZO
  • 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン
  • 発売日: 1998/10/14
  • メディア: CD
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The La's「There She Goes / Way Out」(1988)

だいぶ更新が遅れてしまった。やばいやばい。

オアシス以降、イギリスの音楽がどうも苦手で、もちろんヒップホップなどを見ても個別におもしろいものはいろいろあるのだろうけど、いわゆるブリット・ポップ的な音楽が、僕にはとてもつまらなく思えてしまった。イギリスと言えば、大好きな、というか世界中のだれもが好きなビートルズローリング・ストーンズとフーなどがいるし、ロンドンパンクもあるし、興奮して聴いた音楽は数知れずあるけど、そういう先代から本当にオルタナティヴでありえたのはやはりニューヨークとかテキサスとか、まあシアトルとかそういうところだったという気持ちがあります。

そこで、ラーズ。みんな大好きラーズ。ブリット・ポップの近い源流にありそうな、このリバプールサウンドは、こういう流れで出すと、あきらかに批判されそうなものだけど、このキラキラしたポップスに僕はとても感動した記憶がある。甘くてけだるいコーラスととろけるようなギターサウンド。そのときは、目の前がぼんやりとした光に包まれたような気がして、ここは天国かと思った。とくに、やはりシングルの「There She Goes」と「Way Out」に夢中になった。そのへんの曲とは比べものにならない耽美的な快楽にただただ流されているのが気持ち良いのだ。ストーン・ローゼズの音楽がキラキラしていて、あるいはマイブラッディ・ヴァレンタインの音楽が恍惚としていて、クスリをキメるとさらに快楽が倍増するという、その感覚はイメージとして想像はできるけど、ラーズを聴きこむだけであんなヤバい快楽を得られるのなら、わざわざ法律を破るリスクを冒すことはない。これはラーズに限らないけど、天国に連れて行かれるような本当にとろとろとした音楽を聴くと、僕は白目をむいて、よだれをだらすくらいの状態にザラになるので、端から見たら、クスリをやっていようがいまいが同じくらいマズい状態に見えると思う。そういう、頭が振れるとか馬鹿のように踊るとかそういうバーサク状態ではなく、とろとろと溶けてそのまま天国に行ってしまうような体験をラーズはさせてくれる。演奏とヴォーカルがうまく調和している感じに吸い込まれるのだ。そういう音楽ってそういえば他には思いつかない。ラーズが自分にとって、何にもかけがえのない音楽という感じはないので、たぶん他にもあると思うけど、もしかしたら数少ないのかもしれない。音楽への感動だって、多様なありかたがあるわけで、心臓をつかまれるような衝撃もあれば、こういうなしくずしの快楽もあると再認識した。

以前、i-podをシャッフルにして聴いていたら、西田佐知子「アカシアの雨がやむとき」の次に「There She Goes」が来たときがあり、とても印象的だった。西田佐知子で内に向いていた感情が、ラーズでどろどろと世界に流れ出した。

ラーズ+26<デラックス・エディション>(紙ジャケット仕様)

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土屋浩美「SOMEDAY」(2005)

先日の新宿OTOでのイベントでは、元クールスプーン/現スライマングーズ、ハローワークス東京ムードパンクス笹沼位吉さんとご一緒になりました。あまりにもナイスガイで、7インチにサインしてもらいました。ということで、せっかくなので笹沼さんの名仕事、土屋浩美「SOMEDAY」を取り上げたいと思います。

土屋浩美さんと言えば、やはり一回、一緒にイベントに出たことがありますが、かつてはヒロミック・ラダーとして「太陽の罠」など(やはりクボタさん、はせさんなどそのへんの人脈がリミックスをしています)、そして最近はなんといっても、われらがはせはじむさんによる売れに売れている(らしい)ヴィレッジ・ヴァンガードCDで活躍しています。ソロ名義では、スライマングースのファーストに収録されている「Make Your Mind Up! Little Girl」でヴォーカルをとって以来、ロカーノ系の作品でしばしば名前を見ますが、ジャズとかラテンっぽい演奏の難しそうな曲をうまく歌いあげている印象があります。しかし、そんなことより、やはり笹沼さん関係の曲はクラブ映えのするサウンドが魅力的。ルーツ音楽がちゃんとポップスに昇華されているのが良いです。「SOMEDAY」は、本当のオリジナルはだれかわかりませんが、おそらく、「バナナ・ボート」や「ブラウン・スキン・ガール」などのようにカリプソ系スタンダード・ナンバーで、他にはクリフ・リチャードが歌っていたりもします。しかし、土屋浩美版は、スライマングースの面々によるアレンジがすごく現代的にスピーディーで、リズムもしっかりしていてとても良いです。いまやオールジャンル系のイベントでは、アンセム化されている感もあり、中古価格もけっこう値がついていますが(以前ヤフオクで9800円! これはいくらなんでも高すぎだけど)、たぶんクボタタケシさんが自身のミックスCDに収録してから値上がりを始めたのでしょう。クボタさんは、CDの中で、「SOMEDAY」の次にYSIGの「Super Soul Meetin'」をつないでいて、それはとてもアガるつなぎだったのですが、YSIGもやはり高価なものになってしまいました。いずれにしても、土屋浩美版「SOMEDAY」は、ポップなセンスに彩られた一曲としてまだまだクラブでかかり続けるでしょう。曲単体としては、一生聴かれ続ける名曲というたたずまいとはまた違う感じもありますが、DJの手によって魅力を引き上げてもらう感じの、ある意味、クラブでしか生きられないかもしれない/クラブでは生き生きする、DJ文化以後の曲という感じがします。ちなみに個人的には、スライマングースの本質とは、ZEレーベルのようなニューウェイヴ・ディスコだと思っています。笹沼さんのDJも、「ハプニングがあってちゃんと選ぶ余裕がなかった」とは言っていましたが、そんな感じだったと思います。今度、山辺圭司とかと辺境のサイケ音楽ばかりかけるようなイベントに出るかもと言っていましたが、ちょっと行きたいな、それ。

ちなみにサインは、裏面に。

BASS ON TRUE STORY~the 16 sounds about Noriyoshi Sasanuma~

BASS ON TRUE STORY~the 16 sounds about Noriyoshi Sasanuma~

デデ・マウス「EASTEND GIRL(KEEP IT SING)-SENOR COCONUT remix」(2009)

新譜を。デデ・マウスは、ここ1〜2年でかなりの人気を博したユニットなので、多くの人がご存じかと思います。エレクトロ・ハウス的なサウンドに民族系のヴォーカル・サンプルを切り刻むという手法は、誰もがやりそう/できそうでやらなかった/できなかった発想で、結果的にあのサウンドは、デデ・マウスの専売特許のようになった感があります。このような唯一無二的なものがある人って強いですよね。この7インチは、珍しく通販で即買ったのですが、実はこれまでデデ・マウス自体は、個人的にあまりピンと来ていませんでした。しかし、それでもなぜ即買いをしたかと言うと、リミックスをしているセニョール・ココナッツに興味があったからです(というほど聴いていませんが)。

セニョール・ココナッツは、ドイツのエレクトロニカ系ミュージシャン、アトム・ハートによる変名ユニットのひとつ。他にもジーズ・ン・ゴッシュとかラジック・ベントハウスなど、さまざまな名義を使い分けていろんな音楽をやっていますが、セニョール・ココナッツの場合、エレクトロを通過したラテンとでも言うべき音楽をやっています。おなじみなのは、YMOのカヴァー・アルバム『プレイズ・YMO』で、僕もこのアルバムが気に入ったので、今回の7インチを買いました。ラテンと一口に言ってもさまざまあるのは、前回やその前の記事を読んでもらってもあきらかだと思いますが、セニョール・ココナッツの場合、聴いたかぎりではわりと静かなラテンです。薄いパーカッションとヴァイヴが基調になっているおり、その上にわりと控え目に機械音が散りばめられているのを聴くと、カル・ジェイダー+音響派といった印象を受けます。それにしても、リミックスやカヴァーのセンスはすごくあって、YMOにしても今回のデデ・マウスにしても、ここまで原曲の魅力とアレンジの魅力が溶け合っている例はなかなか無いのではないでしょうか。個人的には、セニョール・ココナッツを聴くと細野晴臣を思い出します。セニョール・ココナッツ自身、YMOのファンでもあるみたいなので少なからず影響は受けているかもしれませんが、細野のテクノの側面とクラウン時代におけるモンド・エキゾの側面をいっぺんに消化するとセニョール・ココナッツになるような、そんなイメージを抱きます。曲自体は、ラウンジ感が強く、バキバキのエレクトロ・ハウスなんかとは共存しづらいですが、単なるコピー&ペーストにおさまらない、1+1が3にも4にもなってしまうような、リミックス行為の原初的な魅力がじゅうぶんに発揮されているような気はします。

それにしてもリミックスという文化もおもしろいもので、ときには完全に原曲を乗っ取ってしまうというケースもあります。たとえば、パブリック・エナミーの「シャッテム・ダウン」と言えば、これは完全にピート・ロックによるリミックスの方が名曲だし、あとは思いつくところだとLLクールJの「アラウンド・ザ・ウェイ・ガール」とかマーリー・マールの手にかかれば原曲は肩なしです。こういうケースになってくるとリミックスの略奪的側面が痛快です。ただ今回は、リミックスとオリジナルのどちらが良いかというよりも、あのヴォーカル・サンプルの魅力を違う仕方で引き出したという感が強いです。このように、原曲を新たな文脈の中で曲を輝かせるというケースは、ピート・ロックやマーリー・マールのような痛快さとはまた違ったリミックスの魅力に気づかされます。

プレイズYMO(初回限定生産)

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ポール・アンカ「風に泣いている/ブラジル」(19??)

「ブラジル」で続きますが、日本版シングルとしてわりと手に入れやすいのがポール・アンカによるヴァージョンです。「ボサ・ノヴァでキッス」(これも最高!)に続くのがA面「風に泣いている」ですが、こちらはいかにもなムード歌謡路線で退屈。粗いドラムなど悪くはないのですがメロディとウワ物がちょっと…。むしろB面「ブラジル」の方が、ポップスとしては素敵です。

もちろん、「ブラジル」が本当に名曲で個人的にも好きなので、それだけである程度は満足なのですが、ポール・アンカ版はアレンジが良い。というのも、リズムこそサンバだけど、出だしのホーンでわかるように、全体のトーンはむしろスウィンギンでポール・アンカな感じで、このスウィング感がとてもハッピー。ヴォーカル・ジャズになりすぎず仰々しいビッグバンドにもなりすぎず、いちばん好きな、まさにポップスといった感じで好きです。ポール・アンカは、日本でのヒット曲こそ実はそんなに好きではないのですが、カヴァーではけっこう良いものが多い。その最たるものは、3年くらい前に出たスウィングのカヴァー集で、選曲がわりとノイジーなギターが目立つ曲が多かったので、そのギャップが素敵です。たとえば、ヴァン・ヘイレン「ジャンプ」、ニルヴァーナスメルズ・ライク・ティーン・スピリット」、オアシスなど、上品に歌いあげてしまうのだからニルヴァーナもオアシスも好きではない僕としても、すごく気に入りました。このアルバム、どのくらい話題になったのかわかりません。アルバムのおもしろさのわりに騒がれなかったような気もするのですが、じっさいはどうなのでしょう。J-WAVEで1回聴いた覚えはあります。

ポール・アンカは、スウィングしなけりゃ意味ない。というか、ポール・アンカがスウィングするとマジハッピーなのです。

ロック・スウィングス

ロック・スウィングス

THE LATIN ALL STARS「BRAZIL」(19??)

ブラジルのスタンダードナンバーである「ブラジル」は、すごく有名な曲であるとともにすごく好きな曲でもあるので、僕は、この曲入っているアルバムなどはひいきして買ってしまいます。しかも、各々のアレンジに幅がある曲なので、いろいろなヴァージョンが楽しめます。そして、そんな中でも圧倒的に良いのが、このラテン・オール・スターズによる演奏。たぶん、当時の売れない御用バンドだと思うけど、サルサっぽいアレンジが最高で、ホーンの混じり具合がシンプルながらもすごく温かみがあります。他の人がどう聴くか微妙なところですが、僕の耳にはオッチョとかあの辺のニューヨーク・サルサを感じさせる。しかも、イントロがチャカポコとしたラテンのブレイク(?)で、DJ的にもソー・グッドです。また、B面「プレイタイム・イン・ブラジル」も、やはりホーンが心地よくて温かいのですが、曲が少し地味か。しかし、なかなか良い曲です。

「ブラジル」と言えば、他にも数えきれないほどあるのですが、日本だったら見砂直照と東京キューバン・ボーイズかポール・アンカ(日本盤シングル「風に泣いている」のB面)のヴァージョンなどが、比較的手に入りやすいところで良いと思います。キューバン・ボーイズの方は、LP『エキサイティン・ラテン!』に収録されていますが、これは、イントロにホイッスルの煽りが入って、「始まるぞ」感が高まったところにドラムがバシバシ打ち込まれ、ホーンも入ってテンション高いです。同じラテンと言っても、サルサというよりはマンボ感強めで能天気な感じがします。メロディが入るところよりも、やはり間奏のドタバタした感じに惹かれるのは、クラブリスナーの弊害なのだろうか。

ポール・アンカの方は、7インチなので次回取り上げることにしたいと思います。

スターボー「たんぽぽ畑でつかまえて/不思議★テレパシー」(1983)

――今二人 コバルト色のオーロラ追いかけて そのラブコール、テレパシー ほら聞こえてくるの

少し期間が空いてしまいましたが、前回の続きでスターボーを取り上げます。前回、最後に触れたように、宇宙人路線があまり受けなかった宇宙三銃士は、いさぎよく「宇宙三銃士」の看板を外し、しかし銀河系第10惑星の名前を残したままの、スターボーという名義で新曲を出しました。写真を見ていただければわかるように、新生スターボーは、「ハートブレイク太陽族」的な世界観はいっさい排除し、聖子ちゃん的なアイドル3人組として、ナミ・ナギ・メグと改名までしている。ただし、もともと女子感の無い女子として連れてこられたことを考えると、この転向はかなり困難なもの、というか付け焼刃に近いもので、やはりそれほど支持を集めなかったみたいです。しかも面白いのは、宇宙的な世界観からの脱却に微妙なグラデーションをつけていることで、ユニットロゴにも歌詞の一部にも、微妙な宇宙趣味が残されている。たとえば、「幾百幾千万の星雲(ほし)が生誕(うま)れ たとえばかぐや姫からスペースシャトル 時は流れて星は消滅(きえ)ても変わらぬ誓い あなたひとり決めたのです」(「たんぽぽ畑でつかまえて」)や、「雲の道 魔法のメッセージ 飛行船 宇宙のかなたへと しあわせの風 愛をえがき二人をとりまく」(「不思議★テレパシー」)など、まったく無意味な宇宙のスケールは、あきらかに宇宙人としてデビューしてしまったことに対する配慮だろう。そのうえ、路線変更によって、「ハートブレイク太陽族」のような楽曲的な鋭さもなくなって、本当に凡庸と思える歌謡曲になってしまった。ただ、このシングル、A面の「たんぽぽ畑でつかまえて」よりもむしろカップリングの「不思議★テレパシー」がわりと良い曲なので、そちらはチェックする価値があると思います。転がるようなエレピから泣きのサキソフォンへ向かうイントロは、さながらミッドナイトスターのようなアーバン・メロウソウルだし、さらに盛り上がる間奏は、完全にモータウンからニューソウルへ移行するときの熱気を潜在的に意識している(と思う)。女であることを禁止された3人が、一転してブリっと歌っているという事実は、前回から述べてきたような文脈を踏まえると本当に笑えるのですが、それとは別に、カルト・テクノポップ・ユニットからソウルになりきれないシスター・スレッジへと、超微妙な進化を遂げたスターボー「不思議★テレパシー」という曲は、僕にとって、それなりに魅力的だったりします。

スターボーI たんぽぽ畑でつかまえて(紙ジャケット仕様)

スターボーI たんぽぽ畑でつかまえて(紙ジャケット仕様)