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富良野でヨガ!改め[wa]:yogaどこでなにしてる!? RSSフィード Twitter

2017-10-31 好き


夢、潜在意識が教えてくれること。

中学の頃、大好きで大好きで、永遠の憧れの先輩がいた。

私は異性の方が同姓より氣を遣わずに自然に居られる方だけれど
好きで好きで好きになっちゃうと話は別

遠くから眺めて、でも、氣づいてほしいと願っちゃう、もどかしい、残念なところが。

***
ここ何年か、衝動的に突き上げられるような、好き、がわからなくなって
それは、娘や、犬と暮らすようになったり
日々の環境を好きだと思う自然の中に移して
それらを愛する想いに取って代わったのかもしれなかったけれど

私は何が好きなのかを教えてください

と心のどこかで願っていた。

切なくて幸せな夢だった。
私はやっぱり思いを表現できていなかったから。
だけど、大好きな人や環境を目の前に喜んでもいた。

既に、霞んできてしまったけれど。

先輩は芸大に進学し、欧州で作品制作もし、現在も、その延長にあることを生業にしている。
私が好きになったときには、サッカー少年〜スポーツ青年期だったので
まさか、私の憧れてやまないその方向に、先輩が舵を取るとは思いもよらなかった。

アートに、いつも心震えていた。
絵を見て泣いていた。
表現に、生き様に、それをオープンにする一人一人に。

***

Emiko superstar

メルボルン図書館で娘が授乳してというので
その漫画をながら読みさせてもらった。
日本人の祖母を持つアメリカの平凡な女子が
どう自己表現していくか、ひと夏のストーリーで

授乳し、寝かしつけているいる間に読み終えられるほどの量で
Emikoとして表現を開始するまでの過程を垣間見て
勇氣のようなものをもらえた。

好きを好きと表現していこうと決めた。
なにかがすんなりできる人も、そうでない人も
それは人によって様々だから
自分を広い世界で相対評価して縮こまるのではなく

私は私の中を深く泳ぐことで
闇の温かさも冷たさも、光の眩しさや輝きも。

2017-10-28

初体験 Diva cup

出逢いから初体験までの期間が長いったらありゃしない。
WWOOF知ってから旅立つまで4〜5年。
Diva cupに至っては、7年程前のカナダで「これ君の?」と
滞在先の男子に聞かれ「…なあに、それ?」と応えたのが出逢い。

つまりは、生理用ナプキンの代わりに、シリコンなどでできた
専用カップに、経血を溜めて、捨てる、というものなんだけど

半透明のゴムみたいななんとなく淫靡な感じもするものを、確か素手で
このヘアゴム君の?くらいの感じで持ってきて

「あ、じゃあ、前に来ていた子のだね、うん、生理用品だよ」
みたいな感じに、本当に、フランクに教えてもらった。

前に滞在した女子が、洗って乾かしたまま、忘れてしまったものだったらしい。

***

そこからずっとカップに興味はあったけど
何年か前に、布ナプキン、というか、布に転向してから
それはそれで快適で、初期投資も必要且つ身近に売っていないカップを忘れる事数年。

メルボルン来たら、ふと、使おうかな?ありそうだし。
と思いつつも、水道水フッ素入れている州だし、性器は皮膚からの
吸収力が腕の42倍と聞くし…と躊躇する事5カ月。

先日、いきなり買った。
そしたら、早く使いたいのか、予定より早いのにすぐ生理来た。

思ったより硬くて、え!と躊躇というか少し格闘したけど
そこは経産婦だし、歳も30代過ぎてるし大きい方買っちゃったけど
世界中のお姉さんたちが使っているんだという信頼のもと
一応、浄水器通した水で濯いで使用開始。

確かに、画期的なんじゃないかと思っているところ。
DivaCupは可愛いポーチみたいなのもついていたし
これ一個を持ち歩いて、なんとか手洗いくらいできれば
月経血コントロールが完璧にできなくても
他の日と変わらずに過ごせるんじゃないかと思った。

12時間連続使用可能で、30ml一日の平均的な量って
そういうものなんだ、と女40にして、知らない事がいっぱい。
まだ己のは見ていないけど、透明な水分も多いとのこと!

布でも劇的に日数が減ったり、快適さや変化に驚いたけれど、はたしてカップは。

2017-10-11

ヘンナ

メルボルンに来て約5カ月。
続けやすいから習慣になったこと。
それは、ヘンナ。Henna。ヘナ!

海外経験も増えて、あんまり外国感ないとは思っていたけれど
実は苦労もしているようで(秋に来て、冬だったし!)
はたまた、先月四十路に突入したからなのか
白髪が、氣になるようになった。

ここ数年の間に、トリートメントとして、あるいは、お湯シャンプーに移行したくて
5回くらい挑戦しては、いまいちつかめず挫折していたヘナが
人種のるつぼメルボルンインディアングローサリー(インド食材のお店)で
日本の100分の1くらいの値段で手に入るので、品質とかはよくわからないけれど
月二回ほど、続いている。

そして、自己流で、眉毛にも載せて、ほんのり薄化粧っぽく仕上げる技も!

北海道の東川で、ヘンナの第一人者の一人である先生といっしょに
ヘンナの素晴らしさを伝えているお友達の所で
丁寧に、ヘンナの扱い方を教えてもらえたのがやっぱりとっても良くて
自己流の時より、上手にヘンナを扱えるようになった。

バーミックス(ハンディーミキサー)をやっと手に入れて
それでさくっと混ぜて置いておけるようになったのも
オーガニックハーブティーが、身近に手に入るのも大きいと思う。

そして、二歳半を過ぎて、娘が「ヘナやっているからね」で
色々理解してくれるようになったのも大きいと思う。

結局は、白髪が氣になりだして、ヘンナをした方が氣持ちがいい
という事なのかもしれないけれど。

髪も汚れにくくなる感じがするし
今使っているSUKINのナチュラルシャンプーでも氣持ちよく洗える。

次は、ドライシャンプーでも使っている、重曹について書きたいな。

2017-10-07

原点回帰、とは

まだ、ヨガをイメージでしか知らなかったころ
オーガニックファームでの手伝いの後
あちこち痛い体を整えるのに

たまに、誰かに、芝生の上でヨガのまねごとを教えてもらったり
どこに家にも1冊はヨガの本があったから、それを読んだり
ヨガマットが借りられたら1,2ポーズ、教えてもらったポーズや
太陽礼拝一ラウンド(笑)とかで
そのあと永遠に寝ていたり(今思えば、シャバーサーナ、屍のポーズ)

芝生でもどこでもごろんと屋外で寝転ぶのが大好きだった。

そのさらに昔、社会人だか、学生だったか
友人宅で夜中までおしゃべりしながら、自然にあらゆるポーズをとって
ストレッチをしていたら

ピラティスの先生とか、向いているんじゃない?

と言われて
体は柔らかかったけど、順番とかを記憶するのが苦手なので

ぜえーーーったい、むり!!

と応えたけど

オーガニックファームでの旅を終えた後
タイ、インドスリランカと、半年以上のヨーガ旅をするわけだから
不思議なもの。

産後、数えるほどしかフルのヨーガプラクティスは出来ていないし
クラスをさせてもらったのなんて、余市エコビレッジさんでの1回だけ。

だけどね、最近娘が2歳半を過ぎ、公園で、ちょっとだけ、
娘の横で、遊具にぶら下がって伸びたり
芝生でポーズとったり
それがむしろ、今は大好きだ。

ヨーガとは言えないのかもしれないけれど
裸足で芝生の上でゆっくり体を動かす事
あるいはごろんと身を投げ出す事が
ただただ大好きで(というか体がしんどくなりやすいだけかも)
本当は、もっと踊りたいんだと思うけれど

でも、やっと戻ってこられたきがした。

ずっと

シェアしたいシェアしたいシェアしたい

ずっと思っていたこと。

それは、ニュージーランドで始めて

カナダで合計12カ月、アメリカで3カ月、韓国で2.5カ月、日本で一度

タイで2カ月、インドで3カ月、スリランカで1カ月

約二年間の、旅する暮らしでの事。

カナダで、毎日たくさんの雑草を取りながら、英語の勉強は?と思ってた。

同じ西海岸なのに、アメリカに行ったらカラカラで、今度は大きなふるいで石と砂を分けたりもした。

どこへ行っても鶏やヤギや動物たちのうんちを山ほどかきまぜたし
当時のフランス人のパートナーは人の糞尿も、自分の背丈よりも直径の大きな丸太!を人力で割るのもやらせてもらっていた。(丸太が一番ハードだったらしい)

なんでシェアしたいと、いつも思っているのかは自分でもわからなくて自己顕示欲みたいなものなのか?と自問していたけれど

純粋に、ただ、私が、いつも驚いていたから。

あまりにもの雑草生命力に。
庭から取れる食材が、食卓を彩る、そのおいしさ。
世界中から集まる人たちと囲む、オーガニックファーマーの絶品料理。

足の踏み場もないほどに広がる、手つかずの島の牡蠣の浜辺。
森の中でキノコ採集をすること

色んな種の、面白い形(ビーツの種だったかな?植えているうちにグラノーラにしか見えなくなってきて笑い転げたことがある)

アスパラが、最後、森の様になること。ぐんにゃり曲がったのとかあること、東京で食べていたのの4倍くらいの太さがある事。

些細すぎて、一つ一つに凄く驚いたのに、ずっとシェアできなかった。
今したところで、誰得?って思いもある。

そして、アーユルヴェーダの性質ではヴァータ(風)の要素の強い私は
フィールドでの仕事も合わない。肌カッサカサ、唇ガッサガサ。

ファーマーにはなれないなあ、素敵だし大事だと思うけれど。

でも、何が素晴らしいかを、私は感じていて
ただ、それを、共有出来たら、うれしいな。

ただ、それが、したかったんだと思う。
ただ、そうしたいのだと。

南半球の第一印象

いま、9月に四十路になって、南半球に居るんですけど
第一印象とは、29歳で初めて行った、ニュージーランドの、第一印象です。

NZの中心都市、オークランド郊外に滞在したのだけれど

そのとき思ったのは

日本車とか、目につくなあ
スーパーの食べ物は全てNZ製だ

裸足でお店に入ってくる人がいる
私を迎えに来たスコットランド人の服が破れてる

という、四つ。

工業製品は、メイドインチャイナとか、ジャパンとかで
この国は、あまり工業汚染とかないのではないか?



食べ物は、自国ですべてまかなっている、と。

なんか、いいとこどりじゃない?

ってこと。



私が会社を辞めた時、辛かったことといえば

価格競争力をつけるために、国内の工場ではなく
中国の工場を使い
しかも、短期で納品するメリットを出すため
顧客企業の要望をギリギリまで受け入れ
中国の工場を休みなしに24時間体制で動かしてもらい
納品した、何千台の販売促進用の映像機器が
顧客、その先の売り場の都合で
その何割もが、倉庫で眠らざるを得なかった時

私は、世の中を楽しくよりよくするために、身を粉にして働く社会人になったのに、何をしているのだろう、というきもち。



そんな理由で退職した直後だったので
G7とか、そういうのからも免れて、なんだか日本のニュースでは
ちっとも目立っていない印象の南半球の国が
実はとってもお得にちゃっかり豊かな印象を覚えたのです。

2017-10-06

南半球って 原点回帰

確か、28歳で、せっかく就職させてもらえた東京大企業を退職

苦手なことも頑張ってやめないで、克服していくのが大事

と、思っていたので、悶々とすること1年

仕事を辞めるなんて思ってもみなかったのに

信頼していた上司に報告して、1カ月で仕事を辞めさせてもらったと記憶しています。

その後、初めての南半球ニュージーランドで、暮らすように旅をするのをはじめました。

なぜ、NZだったのか。

英語を使えるようになりたかったから。

大学の時に広告研究会の友達に連れて行ってもらった
王子小劇場でのパーティーに、なぜか、関西からの旅人の建築の学生がふらりと紛れ込んできて、彼が

大学の建築の先生の紹介で、ニュージーランド建築家のもとで、一年間、農作業や色んなことを手伝う代わりに、住み込みさせてもらって英語を学んだ

と教えてくれたから。



学校や机で、たくさんたくさん英語は勉強したけれど
仕事で後悔していたのは、同じ部署で海外に仕事しに行っている
先輩や後輩もいたから
きっと堪能だったら、多少分野が違っても海外の仕事も回してもらえたはず。
だけどそこに挙手も出来なかった。


だから、実際に暮らすように英語を身に付けることができたらなあ

建築青年の彼みたいな方法があるのかー

と、社会人になってからも憧れ続けていたので。

ただ、素直に、同じように、NZで、住み込み

とりあえず、シティーガールだし、土とか農作業とか慣れていないので、おためし1カ月、4軒。

そこで、その後も寄り道はするものの、胃袋つかまれてしまうのです。

旅をするように暮らし、暮らすように旅をする

言い古された言葉に憧れたのは
どちらにも決めてしまいたくない、欲張りな性質から。

でも、今は

行きたい時にいつでも、行きたいところへ

いや、もっと、

居たいところに、その瞬間、居る

とか、

生きたいところで、生きる

のほうが、シンプルに、願いに近いかも。

それは、どこ、という場所や環境も大いにあるけれど
結局は、どこに居ても、幸せで在る
という、ヨガ的な思いなのかもしれない。

出産1、2週間前まえまで、ヨガのクラスに携わらせてもらえて
その後、いろんなことが重なって
産前にしていたことと同じことは何一つと言っていいほど
出来なくなったけれど

そのかわり

色んな所に暮らすのが好きだった私は
いつの間にか、いろんなところに暮らし
自分がヨガに惹かれた原点回帰のようなことを
自然としている。

富良野東京北海道余市⇒時々富良野東京南半球

乳飲み子と一緒に、沢山、沢山移動したなあ。

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