『うらおもて人生録』/色川武大/新潮文庫/昭和62年刊 飲み屋のカウンターで背後を人が通り過ぎる気配がした。カウンターの中の人が「ありがとうございました」と声をかけたが、相手は無言のまま立ち去ったようで、中の人は眉を八の字に下げて呟いた。 「なんでなのかなあ」 ほんと、なんでなんだろう。私が振り返ったときにはもういなかったから、男か女か、若いか年寄りかもわからない。彼もしくは彼女は、別に悪いことをしたとも思ってないだろうけれども、酒場にも士気というものがある。士気を下げるような行いは、やめてもらいたいものだ。 お店の人とそんな話をしているうち、『うらおもて人生録』を思い出した。『麻雀放浪記』で…